十三話:これは私のため(1)
昨日、1日中体調が悪かったルティラだったが、そんなことは嘘だったかのように朝になれば治まっていた。そのまま昼になっても特に何もなく夜になる。
「白蛇様。本日はこちらにてお待ちください。私は用がありますので」
[隠れて着いていけないの?]
「はい。ドレスに隠れていても、人目の多い場所ですし、万が一のことがありますわ」
[わかったわ]
ルティラはそうして白蛇を残し部屋を出ていく。その白蛇がルティラの部屋の窓を開けて出ていくとも知らずに。
* * *
日が傾き、あたりが暗くなり始めたころ、リスタは王城へと向かっていた。
「メアは東側のルートから。私は西側のルートから行きます。いいですね?」
「ニャー」
1人と1匹はそうして2手に分かれ、各々王城へと向かっていく。その途中のことであった。
「すみません、お嬢さん」
「……あ、私、ですか?」
「はい。そうです」
リスタに話しかける人物がいた。その人物はまるで喪服だと勘違いするほど全身真っ黒な服を着ており、黒のヴェールまでつけていた。その人物はリスタに向けて一つ、水晶を差し出してくる。
「これ、差し上げます」
「え?」
「その場面を録画し、もう一度映し出すことができる魔道具です……占いの結果では、”黒き小さな命が見続けるそれを記録しろ”、とのことです」
「は、はぁ……?」
「お代は要りません…ですが、いつか、私のお手伝いをしてください」
「え?ちょっと待っ…」
「それでは」
そう言って真っ黒な服を着ている人物はその場から去ってしまう。リスタはその人物に手を伸ばし、引き留めようとするが、手も足もなぜか動かない。
「っ……!うぐっ……うご、けっ!…あっ!動いた!」
そうしてなぜか動かない手足を動かそうとしていると、急に体が動くようになる。しかし、そのころにはもう真っ黒な服を着ている人物を見失った後であった。それに、その人物を追いかけている暇はない。今はロマを王城へ迎えに行かなければならないのだ。
「……行きましょうか」
そうしてリスタは王城へと向かう。
「……割と入りやすいですね」
どうやら侵入者を検知するような魔法は城壁付近にはないらしい。なので見張りに見つからないように闇夜に紛れて行動するだけなのだが、城内も侵入者を検知するような魔法が無いとは考えにくい。なので内部に侵入してからはある程度魔力を感知できるメアとともに行動することにしているのだが……
「遅いですね……」
少し予定の時間を過ぎている。何かトラブルがあったのかとリスタは一瞬不安になったが、そんなことを思っていると、メアが姿を現した。
「よかった、何かあったのかと……」
「ニャ」
首を横に振り、何もなかったことをメアはリスタに伝える。だが、何か気になることがあるのか、メアは予定とは違う場所へと向かっていく。
「メア?そっちは予定の場所とは違いますが……」
「ニャ~オ」
「……まぁいいです。とりあえず着いていきますよ」
そうしてメアが行くのは城の上のほう。比喩でもなんでもなく、城の上のほうに屋根や壁を使って登っていくのだ。
上のほうにロマがいるのだろうかとも考えながらリスタはメアに着いていく。やがてメアがとある窓の前で止まり、その窓から、中をじっと覗いている。
”黒き小さな命が見続けるそれを記録しろ”
そんなメアを見ていると、この城に来るまでに出会った謎の人物が言っていた言葉が脳裏に思い浮かぶ。先ほどまで全く考えていなかったが、黒き小さな命とはメアのことであるとリスタは予想する。
(見続けるそれを記録しろ?確かこの水晶は魔道具になっていて……魔道具の使い方は……)
ジェーンに教わった魔道具の使い方を思い出しながら、謎の人物にもらった録画の魔道具を使う。その窓の中を誰かにばれずに見るための足場がないため、リスタ自身は窓の中を見れないが、幸い魔道具で録画はできそうだ。
「グルルル……」
そうしてしばらくすると、窓の中を見ていたメアが、グルグルとうなりだし、威嚇するように背中の毛を逆立てる。中にいる誰かにばれたのかと思い、リスタは魔道具の録画を切り、回収した瞬間、窓がバリンと割れる。割れた窓自体はメアが避けたので当たることはなかったが、避けたことによりメアはバランスを崩して窓辺から足を滑らせてしまい、そのまま落下してしまう。
「メア!」
猫は高いところから落ちても大丈夫だというが、ここは足場が不安定だ。だから無事でいられる確率は低い。リスタは頭で考えるよりも先に、メアを受け止めるために先ほど登ってきた屋根や壁を伝ってメアの着地点に到着する。
「よっと……」
「ニャ~」
「はぁ……ケガはないですよね……それよりさっきのは……」
そうしてリスタは割れた窓のほうを確認するために上を向いた。だが、そこから覗いている人物はいない。リスタが下りている途中にもしかしたら覗いていたのかもしれないが、もしそうなら侵入者として騒ぎになるだろう。
「急がないといけないかもしれませんね」
そうしてリスタはメアに頼んでロマの居場所を探し始めた。
* * *
「本日はおめでとうございます、殿下」
今日はフロンツ王国の第一王子、クローツ・アルフ・フロンツの成人パーティ。つまり16歳の誕生日だ。婚約者であるルティラはもちろんそんなクローツに1番に挨拶をしに行く。
「ああ……そうだな。ところで父上を見たか?」
「いいえ、見ておりませんが……」
「そうか……実は先ほどから探しているのだが、まったく見なくてな」
そろそろ国王が姿を現す時間だというのに、まだ会場に姿を現さない。パーティーに参加している貴族たちも少し騒然としてきている。そんな時、1人の騎士がクローツに何やら耳打ちをする。その報告を聞いて、彼は舌打ちをした。
「どうかされましたか?」
「……父上が頭を打ち、気絶していたらしい。発見場所は園芸用の倉庫だ。父上はそのような場所に赴くことはない。だから、誰かに気絶させられていると考えた方がよいな……幸い外傷は頭の傷だけで、魔法でなにかされた様子もないらしい。すぐ回復するといいが……」
そうこうしているうちにも、貴族たちの心配の声や不安の声は大きくなっていく。
「そのようなこと……パーティーの参加者に知られては混乱を招くことになりますわね……」
「いや、父上は無事だ。犯人はまだ捕まっていないが、顔が割れるのも時間の問題だろう」
クローツはルティラにそう言った後、パーティーに集まっている貴族たちに呼びかける。
「皆の者!よく聞いてくれ!」
クローツがそう言うと、騒然としていた声が一瞬でピタリとやむ。
「国王陛下が何者かに頭部を殴られ、気絶させられていた。発見場所は園芸用の倉庫。陛下はそのような場所に赴くことはないため、誰かにやられたと言うのが妥当だろう!」
すると、ぴたりとやんでいた声が再びざわめき始める。
「ただ、安心してほしい。陛下に外傷はほとんどなく、魔法で何かをされているという様子もない!陛下を襲った犯人の顔が割れるのも時間の問題だろう!」
それを聞いた貴族たちは少し安心したようで、ざわめきが少しだけ止んだ。だが、まだ不安に思っている貴族たちもいるようだ。
そんな時、1人の令嬢が手を上げる。
「どうした?アリス・グローヴィア侯爵令嬢。何か事件について知っているのか?」
「いえ、きちんとした詳細は存じ上げません。ですので、1つお聞きしたいのですが、何時ごろにその事件は起きたのでしょうか?」
「推定では17時頃だ」
「17時?」
クローツが推定時刻を言うと、会場にいたこの国の宰相である、アルト・ミューロンがそう返した。
「どうした?アルト。何か心当たりがあるのか?」
「ええ、その時間は確か、ルティラ・ツェルン侯爵令嬢が国王陛下に謁見を申し込んでいた時刻と概ね一致します」
アルトのその言葉で、すべての視線はルティラに注がれる。
「え?」
アルトの言葉に、そして今起きている出来事にルティラの頭は真っ白になる。なぜなら、ルティラは今日、国王陛下に謁見をするという申請などもしていないし、そもそも今日のうちに国王と顔を合わせていないからだ。
「わ、私は本日陛下と謁見するという申請などしておりませんわ!それに、本日陛下とは1度も出会っておりません!」
ルティラはそう主張するが、疑いの目は消えない。そんな時、クローツの元に、また騎士がやってきて、耳打ちをする。
「国王陛下が目を覚まされた。陛下が言うには、ルティラ・ツェルン侯爵令嬢に襲われたらしい」
「だ、誰かの幻覚魔法の可能性もありますわ!」
「いいや、国王陛下は幻覚魔法を見破る魔道具を持っている。それはない」
「そんな……本当に違いますのに……」
絶望が押し寄せてくる。何も知らないまま濡れ衣を着せられた。このままではルティラは死刑に、もっと言えば、家族全員が死刑となる可能性も十分ある。その事実に、ルティラの前身の血の毛は引き、立つことさえままならなくなる。
「止まれ!!おい!ぐあっ!」
そんな時、パーティー会場の出入り口の外からそんな声が聞こえてきた。そうしてゆっくりと扉が開かれる。そこにいたのは、深い紺色のローブを着た”誰か”だった。




