12 言葉を失くした再会 side-Noxion
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ヤフェエールの城下町は、常にない人出で、道のあちこちに露店が並んでいた。
普段ならばどちらかといえば慎ましやかな服装の者が多いはずの町中には、華やかな色の衣装を纏うものも多く見られた。その人並みを縫うように歩く。
途中食堂の常連である商人に行き会い、彼らの荷馬車の馬たちと同じ場所に黒鹿毛を預けてきたが正解だった。おそらくパレードのメイン通り周辺には馬を連れてはいけないだろう。
「おめでとうって言うんだよ」
「おめでとおめでとう~!」
パレードのためのものだろう。花片でいっぱいになった網籠をさげた子どもたちが歓声をあげながら駆けていく。籠から零れた薄橙色の花片が風に舞い上がった。
どこもかしこも華やいだざわめきに満ちていた。
浮かれた者であふれる町の中で、自分はひどく異質だということを自覚しながらメイン通りの沿道にたどり着く。
ひと目、ミワの無事を確認できたらそれでいい。王家の暮らしなど彼女には窮屈過ぎはしないかと少々心配ではあるけれど、ミワならばきっとうまくやるはずだ。
旅の間は聖女とは名ばかりで、パーティに呼ばれるでなく、誰かに傅かれるでなく、ただただ瘴気を浄化するためにあちこちに足を運びつづけた彼女が、ようやく公に聖女と認められ、多くの民衆に祝福される姿を見届けられるなら、もうそれでいい。そう思った。
遠くさざ波のようだった歓声が徐々に近づいてくる。
白い馬に跨がった礼服を纏う騎士たちが前を過ぎていく。
沿道の建物からも祝いの花片がまかれているのだろう。言祝ぐ声と共に、色とりどりの花片が雪のように降りそそぐ。
式典用らしき豪奢な白馬車が見えた。御者の影から見えるのはリュミリエルだ。
歓声がわっと大きくなった。けれど、一瞬その音もすべて消えたように思えた。
「どういう……ことだ?」
知らず呟きが漏れる。
居並ぶ民衆に時折手を振って応えるリュミリエルの隣で、同じように小さく手を振る女は見たこともない女だ。
白銀の髪に輝くティアラが──それを冠する少女こそが今祝福を受ける主役のもう一方だと告げている。
リュミリエルと目を合わせて幸福そうに微笑み合う、その女は誰なのか。
「おめでとうございます!」
「聖女様っ!ありがとうございます!」
「王太子様、おめでとう」
「おめでとう」
耳元にワッと音が返ってくる。同時に、道の反対側に黒髪の女が見えたと思うと、背を向けて向こうへと駆けていくのが見えた。
パレードの列が続き、通りを横切ることはできない。
人並みをかき分けながら、通りの向こう側へ抜けるルートを考える。
この町で黒髪の女は珍しい。なによりも、女はベールを被って歩くのが常のこの国で、何も被らずにいる女は更に珍しいのだ。
なぜ、あそこに座っているのがミワじゃなかったのか。
なぜ、見たこともない女が聖女などと呼ばれて祝福を一身に受けているのか。
渦巻く思考を宥めきれないままに、人混みを進む。
人違いであってくれ。あれがミワでなければいい。彼女は自分の世界へ帰った。そうあってほしい。
願いながらも足は止まらない。
焦燥感に苛まれながら、どうにか彼女が入っていった路地までたどり着いたが、ここまで時間が掛かりすぎた。
白い馬車は遠のいたが、周囲はいまだパレードの余韻を孕み、人々は皆笑い合いながら道に落ちた花片を踏んでいく。それがいっそ恨めしく思えた。
なにが聖女だ。あんな女は初めて見た。
知らない世界に突然連れてこられた彼女が、どれほどの時間と苦労のもと魔王を封印したのか、なにひとつ知らない者たちが「聖女様だって」「綺麗なお姫様だったね」などと言葉を交わしあうことすら疎ましく感じる。
路地を抜け、メイン通りから離れるように足を動かす。
建物と建物の間の細い路地に目を配りながら早足で歩くが、それらしき人影も見えない。
舌打ちをしながら、歩を止めて周囲を見渡すが、それらしい姿は見つからない。
逸る気持ちが思考を鈍らせているのを感じても、それを宥める術がない。
王城に向かうべきか。仮にも魔王討伐に参加した己ならば、リュミリエルは無理でもサヴァイゼになら取り次ぎくらいはしてもらえるのではないか。
考えかけて緩く首をふる。
あれがミワではなく、単なる人違いならばいい。
しかし、もしもミワだったとしたら、城を出されたのだろう。そんな事実を、王家に膝を突くあの男が認めるとは思えない。
そう考え出すと、自分が封印の儀を前に早々に城を出されたのも、ミワが聖女だと知る人間を一刻も早くこの町から追い出したかったからではないのか。
疑心暗鬼は膨らむばかりだ。
「っざけんな、このアマっ!」
荒げた声にふと顔をあげる。向こうの路地あたりから聞こえた。
どさりと重い荷物を落とすような音を耳にして、無意識に駆け出す。
「おいおい、手荒に扱うなよ。ますます傷がつくじゃねえか」
「そうだぜ、値段が下がるだろうが」
駆けつけると、男が地面に転がった女の腕を強引に取り、立たせようとしていた。
その姿に、カッと頭に血が上る。
腰の剣に手を掛けて駆け寄り、彼女の腕を持つ男を蹴り飛ばした。
「っ、な、なんだお前っ」
壁に背を預け、蒼白な顔で目を見開く彼女を庇うように、男たちに対峙する。
肩越しに振り返れば、歯の根が合わないほどに震えているのは、間違いなくミワだった。
「もう大丈夫だ」
声を掛けるが、怯えきった彼女の耳にはその言葉すら届いていないように見えた。
「そいつは俺らの獲物だっ」
「痛い目みたくなきゃそこをどけやっ」
男たちは四人。商人にも見えないが、少なくともヤフェエールの民には見えない衣服だ。
威勢のいい言葉を吐いて、剣の柄に手を掛けたところを自身の剣で振り払うと、それだけで地面に尻をついたふたりの男は、ひぃと情けない声をあげる。
「っざけんな!」
大剣を振りかぶり、ガタイのいい男が斬りかかってくる。振り下ろされた刃を、鞘で強くはらえば、鈍い音をたてて容易く吹き飛んだ。
「どうした? もう終わりか?」
胸に渦巻く怒りはこの程度では到底納まらない。低く唸るように問えば、男たちが息を呑む。
ひょろりと背の高い男が自身の腰に下げた袋をまさぐりだした。
警戒を込めて睨み付ける。
「いつまでそんな威勢のいいことが言えるかねぇ」
袋から取り出したのは手に納まるほどの筒状の何かだった。
火薬だろうか。背後のミワは絶対に怪我をさせるわけにはいかないと身構える。
「お、おいっ! そいつはやめとけっ! 見つかりゃこっちの命がねえ」
「馬鹿野郎っ、ここで使わずに俺らが死んじまったら元も子もないだろうがっ!」
狼狽えて止めようとする仲間の制止を振り切るように、長身の男は筒をこちらに向け、何事が呟く。途端に筒からは勢いよく黒い靄が吹き出した。
こちらに降りかかろうとする靄を、咄嗟に剣を抜いて薙ぎ払う。
──っ!?
単なる靄ならば空を切るだけのはずだった。しかし、剣ごしに感じたのは覚えのある手応えで、まるで瘴気のようだった。
霧散したそれらをくぐり抜けるように強く足を踏み込み、男たちを蹴り飛ばす。柄で殴りつければ、四人はあっという間に地面へと転がった。
怒りはふつふつと腹の中で燃えたぎる。誰に手を出したかわかっているのか。その怒りのままに、男目がけてとどめの刃を振り下ろそうとした、その時。
『やっ──』
悲鳴のような小さな声が耳に届く。ミワの声だ。
視線をやれば、見開いた目には怯えをたたえ、緩く首を振っている。
『ノクス、やめ……やめ、て』
名を呼んでいる以外はなにを呟いているのか、声が小さいせいかはわからないが、彼女が願っていることは手に取るようにわかった。
息を吐く。
腹立たしさは変わらず内に渦巻いてはいるが、これはきっと彼女をも傷付ける行為だ。そう自身に言い聞かせながら、剣を鞘に納めていく。
立ち上がることもできずに呻く男たちを見下ろしながら、殺すとあとが面倒そうだ、と考えるくらいの余裕がでてきた。
ミワがこんな姿でここにいる以上、衛兵などがくる事態は避けるほうが賢明だろう。冷えた頭でなら、そのくらいは判断できた。
「大丈夫か?」
彼女の前にしゃがみ、目線を合わせる。黒い目に過った安堵は一瞬で、すぐに怯えの色へと変わった。
「どうした? どこが痛むか?」
彼女の服は最後に見た姿のままの、シンプルな生成りのワンピースだった。けれどそれも今は所々薄汚れ、擦り切れている。覗く腕や足には擦り傷がいくつも見えて、改めて男たちへの怒りが湧きそうになる。だが、今は目の前の彼女が先だった。
『の、のく、ノクス?』
「ああ、俺だ。もう大丈夫だ」
宥めるように伝えても、彼女はますます絶望的な表情になる。
『やっぱり、何を言っているのか、わからない、よ……』
知らぬ言葉で話すミワを問うように見つめると、彼女は壁に背を預けながらかぶりを振っている。
助け起こそうと腕を掴むと、『いやっ』と何か声を発して振り払われた。
彼女の目に浮かぶのは、天敵を前にした小動物のような緊張感だ。
『どうせノクスも、ノクスも同じでしょ……ノクスもどうせ……』
ぶつぶつと何事かを呟いた彼女は、ふいに糸が切れた操り人形のように脱力した。その身を危うく抱き留める。
「ミワっ!」
腕の中のミワはぴくりともしない。
ほんの一週間だ。
人懐っこく笑い、楽しげに話していた彼女になにがあったのか。
リュミリエルの隣にいた、知らない少女。それだけで、ミワの絶望の一端はわかる気がした。
「ミワ……」
意識はないが呼吸はある。
今の状況を考えれば、とにかく急いでヤフェエールの王城の町からは遠ざかるべきだ。
ますます華奢になったように感じる体を注意深く抱き上げ、ゆっくりと歩き出した。




