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11 切れたミサンガ side-Noxion

本日2度目の更新。ノクス視点です。



 城の厩舎から好きな馬を選んでいいと言われて真っ先に目が行ったのは、ミワが気に入っていた馬だった。

 魔王討伐の旅に出る前、たまたま立ち寄ったここで、馬房から顔を覗かせる馬たちに声を弾ませていた姿が思い出される。

 黒鹿毛のその馬は体躯もよく、多少なりとも馬に乗る者ならば一目でいい馬だとわかるが、彼女が気に入ったのはそんなものではなく、四肢の先が白く靴を履いているようで可愛らしいとか、額から鼻筋に抜ける白い模様が星のようで素敵だとか、彼女らしい理由だった。


 ほんの先ほどまで、ゆったりとした歩調で故郷であるノルテリアを目指していた白い靴を履いた四肢は、今、力強く大地を蹴り上げ、ヤフェエールの王城へと駆けている。

 

 

 

 聖なる蒼綺石(ブロニス)を携え、城に戻ってきた日の夜のことだ。

 

「ありがとうございました。こちらが今回の報償です」

 

 サヴィはそう言って、ずっしりと重そうな革袋を差し出した。

 渡された袋には、契約通りならば300金貨(オーラム)。贅沢をしなければ、数年間は遊んで暮らせる額が入っている。

 旅の前に渡された剣もそのまま持って行くように言われたし、馬も一頭連れ帰っていいというのだから、命を落とすことも大きな怪我もなく終えられた結果と併せて悪くない仕事だったといえる。


「今夜のうちに出立してください。封印の儀が始まるまでに。そういう取り決めなのです」

 

 呼び出された時同様、終わりもどこまでも唐突な仕事だった。

 城を出る前にもう一度ミワと言葉を交わしたかったが、そうしたところで何かが変わるようにも思えなかった。

 おそらく彼女はこの世界に残るだろうし、近い将来王太子妃におさまり、己のような下々の者とは言葉を交わすこともない存在となる。もしも、彼女が生まれ育った世界に帰れば、それこそもう二度と会うこともない。

 ならばもう、別れの挨拶などしたところで、かえって未練ばかりが増すように思えた。 

 馬を走らせていれば、今頃はヤフェエールとフェルディリアの国境を越えるくらいのことは出来ていたかもしれない。

 けれど、かつてトレジャーハンターを生業としていた頃のギルドに立ち寄って報酬を預けたり、物見遊山でもするようにゆるゆると故郷を目指していたのは、やはりどうしようもなく後ろ髪を引かれていたからだと今ならわかる。

 

 馬が大地を踏みしめる振動を体全体で感じる。耳元の風を切る音を聞きながら、急げと念じるように手綱を握る手に力がこもる。

 ヤフェエールの王城まで昼夜馬を駆れば一日半、馬を乗り換えなければ二日半といったところだろうか。

 

 ミサンガが切れたのは、半刻ほど前のことだ。

 聖女の加護が込められたというそれは、ミワの手作りの品だった。

 蒼と琥珀の紐を丁寧に編み上げられたミサンガは、旅の間中、己の右手首におさまり続けた。道中で徐々に薄汚れてはいたものの、すり切れることもなく在り続けた。こうして無事に旅を終えられたのだから、確かに聖女の加護の力が在ったのだろうと思う。

 それが唐突に、なんの前触れもなくふつりと切れた。

 手綱をひき、地面に落ちたそれを拾い上げると、言いようのない胸騒ぎに襲われた。

 

 ミワになにかあったんじゃないか。

 

 城にいるのならば危険はないだろう。

 元の世界に帰ったのならばそれでもいい。争いで命を落とすことはほとんどない、平和な国だと聞いていたから、むしろそのほうが彼女にとってはきっと幸せなはずだ。あの男のものにならなかったのなら、それはそれで胸がすく気もした。

 けれど──。


 最初は、聖女がこんなに平凡な女でいいんだろうかと思った。

 始めこそ、こちらを少し警戒するような素振りを見せてはいたものの、旅に出てすぐに彼女が生来人懐こい性格なのだということを知った。

 道中出会う人たちにも気さくに話しかけ、瘴気に苦しむ者たちの話しに耳を傾けては辛そうに眉を寄せた。

 聖女の安全を守るためとはいえ、侍女のように扱われても気にも留めず、野営で限られた調味料しかない粗末な食事もおいしいと顔をほころばせる。

 

 きっかけすらなかったように思う。

 気付けば、雇い主の命により守るべき対象は、自身が守りたい女に変わっていた。もっとも、その頃には既に彼女は唯一人を決めていたようだったが。

 

 お伽噺のように、異世界から来た女が、聖剣の使い手である王子と結ばれる。それは、伝承の中にしかいないはずだった聖女に、とても似合いの筋書きのようにも思えた。

 

 

 

「おお、おお、こりゃまたいい子を連れてるねぇ」


 王城を目指す途中、馬を休ませるために立ち寄った集落でのことだ。

 期待以上によく走る黒鹿毛も、さすがに半日駆ければ口から泡を飛ばし、そろそろ休ませねば保ちそうにない。

 宿屋に併設された厩舎に黒鹿毛を連れていくと、老齢の馬丁は水桶を馬の前に置き、手慣れた仕草で鞍をはずして汗に濡れた馬の背や腹を拭き始めた。

 

「急いでいる。少し休ませたら暗くなる前に出発したい」

「だとよ。どうだい、どのくらいでまた走る気になりそうだい」

 

 馬の首元を撫でながら歌うように尋ねた馬丁は、「どこまで行きなさる」とこちらに向き直った。


「王城……王城の町までだ」

「あぁ、兄ちゃんも王太子サマのパレード目当てかい」

「パレード?」

「なんだい、違うのか。明日の午後から王太子サマの成婚前夜祭だそうだよ。だもんだから、商人たちは目の色変えて売り物をかき集めて王城に向かっている真っ只中さ」


 成婚前夜祭。つまりはリュミリエルとミワを祝う祭りということだろう。

 ならば引き返す必要などないのではないか。

 ポケットのミサンガを指先で撫でるが、胸騒ぎはやまない。

 遠目にでも無事を確かめればそれでいい。そうしたら、今度こそノルテリアに帰ればいい。そう自身に言い聞かせる。

 

「兄ちゃん、この町のギルドに顔は利くかい?」

「……なぜそんなことを訊く?」

「あそこに行きゃあ、ちいと値は張るがいい回復薬がある。こいつに使うなら……そうさな、五人分は必要だが。それを飲ませりゃすぐにでも発てる」

「なるほど」

「だがよそ者じゃあちいと厳しい。協会にでも入ってりゃ話しは早いんだがな」

 

 馬丁が、おまえもそう思うだろう? と額の白い星を撫でると、馬は答えるように力強くブルルと鼻を鳴らした。

 

 確かにギルドなら一般に流通しない物も充実しているはずだ。

 トレジャーハンターを辞める時に協会も抜けようかと考えていたが、サヴィから受け取った金を預けた時といい、今といい、籍をそのままにしておいたのはつくづく正解だった。

 

「礼だ。ギルドに行ったらすぐに戻る。それまでそいつを頼む」

 

 馬丁にチップよりは多い額の硬貨を握らせ、ギルドへと足を向けた。

 

 少し埃臭い酒場のような構えのそこに足を踏み入れれば、いくつかの小さなテーブルで酒を飲むもの、腹ごしらえをするものなど様々だ。

 カウンターで協会に属している証である金属製のタグを提示すれば、報酬を預けるも引き出すも可能だし、仕事の紹介もしてくれる。そして、普通の店には並ばないような品も、ここでなら手に入る。


「それよ、それ! ここだけの話し、お相手は『聖女さま』らしい」


 酔いがまわっているのか、男の上機嫌な声が響く。


「聖女さまってお前、ありゃお伽話だろうよ」

「なんだお前知らないのか。どうもありゃ本当らしいぜ? 実際ここ最近ピタリと瘴気だの魔物だのの話を聞かなくなったじゃねえか」

「たしかに……いやでも聖女さまねぇ……っと待てや。王太子っていうとあれだろ? 病弱な月の君はどうした?」

「だから、その月のお姫さんが聖女だったらしいぜ」

「さすがに出来過ぎだろ」

「まあいいじゃねえか。聖女サマサマだ。ここいらでパーッと稼がせてもらおうぜ」

「違いねえや」

 

 病弱。月の君。お姫さん。どれをとってもミワには結びつかないが、そういう筋書きの噂を流布するというやり口自体は珍しくもない。

 ミワがリュミリエルと結ばれるのは想定の範囲だ。だが、聞こえてくる単語を組み合わせてもどうにも腑に落ちない。

 たむろしている面々は、婚儀のお陰で祝いの品に使いやすい鉱石が高騰しているという話しで盛り上がっていた。

 リュミリエルが婚約パレードを行うのは間違いがなさそうだ。そして、その相手は聖女なのだと皆一様に口を揃える。ならばミワしかいない。

 それなのに、嫌な胸騒ぎはおさまるどころか、警鐘のように体中に響いている。

 

 再び黒鹿毛に跨がり王城を目指した。ギルドで手に入れた回復増強薬は、随分と値は張ったが品質は確かで、馬は休むことなくヤフェエールの城下町まで走りきった。

 


読んでくださってありがとうございます!

全32話。毎日更新していくので、また読んでくださると嬉しいです!!

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