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決勝トーナメント第1回戦(コクガ)

 トーナメントの出場選手には混乱を避けるために天覧席のような特別な観戦室が設けられている。イリスが待機しているはずなのでハイロイド組の試合を見るためにそこへ向かう。


 途中で誰かしらに絡まれるかと思ったが流石にそんなことはなかった。ウォルドロンがSランクの冒険者と聞いていささか期待したのだが蓋を開けてみればただの銃系魔術の使い手という初見殺しなだけだったので不完全燃焼だ。


 仲間なりなんなりが襲ってきてくれると食後のデザートにはちょうどいいかと思ったが・・・残念だ。


 「お疲れ様でした。シェラート様。Sランクの冒険者すら手玉にとり圧倒するその圧倒的な武。お見事でございます。」


 「・・・世辞はよせ。あの程度ならお前の方が遥かに格上だ。お前がSランクの冒険者として持て囃すから期待していたのだが、とんだ期待はずれだった。」


 「Sランク冒険者を相手に期待はずれとは。まぁあの者は秘魔術に目覚めてから日が浅かったのでしょう。なまじ強力な秘魔術を得てしまったが故に鍛錬を怠ってしまったようですね。あと10年もすれば少しはシェラート様を楽しませることが出来たかもしれませんが。」


 「果たしてどうかな。まぁ、死んだ奴のことなどどうでも良い。確か次はコクガだろう?相手は?」


 「コクガの相手は宮廷魔術師の1人、暴風の字名を持つ風属性の魔術を好んで使うアイレという女です。」


 「風使いか。仰々しい字名を持っているが果たしてコクガの守りを抜けるか、見ものだな。」


 闘技場に目を向けるとすでに両者がスタンバイしていた。どうせコクガが勝つであろうがひとまずは観戦するとしよう。



=========================================



 以前、我はある森の王であった。いつからその森にいたかは覚えておらぬ。気がつけばその森に王として君臨していた。記憶にあるのは縄張りに入ってきたと襲いかかってきた身の程知らずを叩き潰したことぐらいだ。


 我は強かった。我が力は他のどれよりも強く岩をも容易に砕いた。我が速さは地を駆けることが得意なはずな四つ足よりも早かった。しばらくすると我の行く先々で他の生き物は息を潜めるようになった。


 変に攻撃を受けることもなく過ごしやすい日々だった。ただ、その分戦うことがなくなり力を振るう機会が減った。なので寝床に近くにあった岩山を的にしていた。


 そんな生活が続いていたある日のことだった。我が森の縁を矮小なものが通っているようだ。矮小な者共は不可思議な攻撃をしてきたが我が肉体を傷つけることなどできるはずもなく、また我が力と速さの前には無惨に散るのみだった。


 幾度か殺したら来なくなった。そして今回のように縁を通り抜けるようになった。今回もそれと同じかと思ったが、どうも血の匂いがする。これは小さき醜い者共の血の匂いだ。奴らは本能のまま生きる生き物だ。どうせ腹が減ったとかで襲いかかったのだろう。


 矮小な者共はしばしそこで止まるようだ。別に興味なない。それ以上気にも止めずその日は魚の気分だったので川に向かった。


 しかし、川から戻ってみれば我の寝床に矮小な者の中でもさらに小さな存在がそこにはいた。そしてその矮小な者はその身から信じられないほどの攻撃的な気を撒き散らした。


 自身の住処を、寝床をそこまで荒らされて黙って見過ごすわけがない。怒りに震える体を抑えつつゆっくりと歩く。実際にこの目で捉えてみると我の背丈の半分ほどしかない。手には小さき醜いものが持っている棒切れと似たようなものを持っているがそのような物、我が肉体には通用しない。


 そう思っていたのだが睨みあった瞬間に本能が悟った。目の前にいる存在は強いと。


 しばし睨み合っていたが耐えきれず先に手を出した。我が速さにはついてこれまい。その速さと力を合わせた必殺の蹴りだ。この森の旧支配者たちもこの蹴りの前には一撃で葬り去られた。この矮小な者に避けれるはずがない。


 そう思ったのは我の世界の狭さだ。その蹴りは簡単にいなされた。それ以降も幾度となく攻撃を仕掛けるが当たらず、傷一つ付けられるわけがないと思っていた我が肉体は棒切れで簡単に斬られる。


 そして渾身の攻撃ですら傷1つ付けることは出来ず、完全に受け止められた。これ以上ないほど開いている実力差を悟り本能が負けを認めてしまった。


 全身の力を抜き、勝者に首を捧げる。我は負けたのだ。矮小な・・・いや、この小さくも強き者に。この命はここで尽きるであろう。そう思っていたのだが強き者は我の命を奪うことはなかった。


 不思議に思い強き者を見つめる。そこには我と戦っていた時よりも遥かに研ぎ澄まされた強き者がいた。


 直後、全身を貫く悪寒。全身を押しつぶされるような凄まじい威圧に思わず息を呑む。ソレ(・・)が何かわからなかった。ただただ目を奪われるほど洗練された武を持ち、我を倒した強き者と同等かそれ以上の強さを持っていることだけは本能で理解した。


 ソレは異常だった。見た目はおそらく強き者と同じ種族である森の端を通る矮小な者共だろう。しかも我のような巨躯ではない。それでも全身のありとあらゆる肉が戦いのためにだけ鍛え上げられていた。


 何より異常なのは我の肉体すら切り裂いた棒をもつ強き者を相手に何の得物を持つことなくその身1つで互角以上の戦いをしているところだ。己が身1つでここまで生き抜いてきた我にとってそれが繰り出す技の1つ1つ全てが美しく見え魂を揺さぶられた。


 そしてこれまで悪戯に力任せに手足を振り回していたにすぎない自分の戦い方を生まれて初めて恥じた。


 強き者とソレの決着はすぐに訪れた。強き者は我すら容易に両断できるほどの斬撃を放ち、ソレは拳が霞むほど高速の連撃を強き者に叩き込んだ。


 結果は強き者が吹き飛ばされて終わった。無理もない、体躯が違いすぎる。もし強き者がソレ並の体躯であれば結果は違っていただろう。というよりこの強き者は成体ではない。


 そして強き者は去っていった。その際に何か言っていたが我にはその意味が理解できなかった。


 ただ、なぜ強き者が我にソレとの戦いを見せたかだけは考えた。結局わからなかった。


 それからはただひたすらにソレの動きを真似た。真似てみてわかった。ソレの動きは途方もないほどの繰り返しの果てに身についたものだ。我がやると少しも美しくない。無様だが少しでもあの美しさに近づくためには繰り返さねばなるまい。


 そうして過ごすうちに今いる森では物足りなくなった。もとより王として君臨していた森だ。ただ手足を振り回すだけで最強に至れた森では強くなることなど不可能だ。


 あの強き者を追う。そう決めるのには時間はかからなかった。あの痛烈な気配だけは鮮明に覚えている。その気配を辿りながら移動を続け遂に辿り着いたのは魑魅魍魎が跋扈するこの世の地獄だった。


 我の力でもほんの浅瀬しか立ち入ることのできないほど深く強い森だった。かつての森では小さく醜い者ですら一定の知性を持ち徒党を組んで縄張りを確保している。

 

 そんな森へあの強き者も立ち入るようになった。あの棒切れで数多の魔物を切り裂き己の存在を知らしめる。そして凄まじい速度で森の奥へとその勢力を拡大していった。


 それからというもの、森で暮らし魔物を狩り強き者と戦うことが日課となっていた。気がつけばコクガという名前を与えられ種族が進化していた。それでもやはり強き者・・・シェラートには敵わなかった。


 進化して人間の言葉がわかるようになり、強き者の名前も、強き者に付き添う魔の者の名前ぐらいは覚えた。


 それからさらに年月を経てシェラートは成体へ成長した。ますます勝てなくなったが時折攻撃を当てることぐらいはできるように成長した。


 そんな折、シェラートよりその武を世界に知らしめるとの通達があった。人間の住むーずに帝都とやらで開かれる大会に出場するそうだ。


 俺の他にもシェラートが見出した強者たちが一堂に集う。それはそれは楽しい祭りになりそうだ。


 予選と呼ばれた有象無象の羽虫を捻り潰せばすぐに決勝トーナメントへ進むことができた。シェラートはもちろん他の奴らもだ。


 まさか開会式でシェラートが早々に暴れるとは思いもしていなかったが何はともあれ大会は始まるようだ。


 初戦でシェラートがその実力をまざまざと見せつけた。容赦無く殺していたが相手もシェラートを殺そうとしていたのだ。あの程度の実力では殺されて当然だ。


 そんなことを考えていたら俺の名前が呼ばれた。さっさと倒して他の奴らの試合を観戦しよう。


=========================================


 試合開始の合図が鳴った。それと同時にアイレは風を身に纏い、速度をあげてコクガから距離を取った。


 「妥当だな」


 「そうですね。基本的に距離を取り遠距離から相手を殲滅するのが魔術師の戦い方ですからね。そして彼女は特にレンジの長い風属性使い。ましてや相手は予選で出場選手の武器・腕・喉と魔術を行使するに当たって最重要な部分を全て破壊して決勝へ進んだコクガですから。油断せずに距離を取ったということは相当警戒しているのでしょう。」


 それに対してコクガはその場から一歩も動くことなく、構えた。


 「相変わらず隙のない構えをする」


 コクガに空手を見せてから10年以上が経過した。しかし武術というものは一生かかっても体得し得ない修羅の道。ましてや物心着いた時から鍛錬を重ねていた武神ならともかく、たかが10年ちょっとであの武神と遜色なほどの構えを見せるほどになった。


 技のキレや経験ではいまだ武神の方が上だが、それを補って有り余るほどの身体能力を見せている。ゆえに俺ともやりあえる。


 コクガは構えたまま動かない。対するアレイはコクガが動かないのをいいことに風の防壁を構築し、さらに竜巻に貫通力のあるランス、そして威力に優れるボールを大量に展開。風属性魔術師の基本を忠実に守った戦法を取るようだ。


 しかし理魔術は秘魔術と違って創意工夫の余地がほとんどない。強いていうならば込める魔力量で威力や射程、着弾後の継続時間等が変わるがあくまでそれだけ。つまり理魔術師の取ることのできる戦法は限られてくるということだ。


 相手が優れた宮廷魔術師とはいえ所詮は理魔術師。イリスは理魔術を極めたスーパーメイドだ。対策など飽きるほどしている。


 何を言いたいかというと、その結果が眼下へと広がっている。


 「くらえ!」


 アレイは全ての準備が整ったのか、展開していたランスやボールを一斉にコクガへ向けて発射した。その数およそ1000。これだけで彼女が並外れた魔術師であることははっきりとわかる。もちろん狙いも正確。避けてもその方向へと移動する自動追尾も付与している。


 宮廷魔術師の名前に恥じない実力を持っているだろう。


 ただ、今回は相手が悪かった。コクガは迫り来る魔術を見ても顔色1つ変えずに構えを変えた。今の攻撃は質より数なので受けるより撃ち落とす方を選択したようだ。


 正拳突きの構えだ。空手の基本中の基本だが同時に奥義でもある。初心者からすれば基礎だが達人が使えば必殺技にもなる。魔の森という魑魅魍魎が跋扈する地獄の中で日々休まることなくその技を磨き、魔物ゆえの圧倒的な身体能力で繰り出されるその正拳突きは威力だけに限定すればすでに武神をも超えた。


 黒牙流ー彗星拳


 コクガオリジナルの技。魔力を右の拳一点に集め、魔物の身体能力と正拳突きという武の理を融合させ破壊力を増加。さらにその拳を魔力で覆うことで生身ではなし得ない圧倒的な攻撃範囲、飛距離、威力を実現させたまさに異世界番空手の新技術。


 コクガの拳から放たれた魔力は迫り来る風の魔術の全てをたったその1撃で粉砕してみせた。


 そしてそれだけの数の魔術を受けてもなおコクガから放たれた飛拳は衰えることなくアレイが展開していた防壁に直撃。魔力と魔力のぶつかりあう甲高い音が響き渡った。結果としては飛拳は防壁を割ることはできなかったが、大幅のその厚みを減らすことには成功した。


 流石の宮廷魔術師といえども防壁という魔力消費の激しい魔術をそう何度も使えるはずもない。一旦は魔力を注ぎ込んで厚みを回復させたようではあるがこれで流れは完全にコクガに傾いた。


 残心を取っていたコクガだが構えを解くとゆっくりとアレイに向かって歩き始めた。本来は受けに徹するのがコクガの基本的な戦闘スタイルだ。特に初見の相手ならば自ら攻めに転じることはほとんどない。


 攻めに転じるとしたら相手の実力を見切り、格下だと判断した場合のみ。こうして構えを解いて前に出たということはアレイの実力を見切り、相手にならないと判断したということだ。


 一歩一歩、歩みは遅いが着実に迫り来るコクガに恐れをなしたアレイは万が一にために取っておいたであろう周囲に展開していた5つの竜巻を操作し1つに融合させた。


 巨大化した竜巻は闘技場の地面を削りその破片を舞上げる。これで竜巻に飲み込まれれば風の刃とチリとなった闘技場の破片でミンチになることは目に見えている。


 「あれは風の理魔術の中でも上位に位置する【暴風烈刃】ですね。風属性の中ではあのように準備が必要で出は遅いですがその分破壊力は風属性でも随一です。」


 イリスの解説を聞き流しながら戦況を見守る。もちろんあの程度の攻撃でコクガを殺れるとは思っていないがそのまま受けるのもコクガらしくはない。さてどう出るか。


 アレイは天に向かって唸りをあげていた竜巻を横に倒し、一瞬の間をおいてコクガに向けて放った。


 コクガは竜巻が横になった時点で足を止め、天地上下の構えを取った。そしてそのまま竜巻を迎えうち、一切の無駄なく受け流した。


 「・・・実際にこうして外から見ると異常な技術ですよね。コクガの廻し受けは。」


 そう、空手のもう1つの基礎にして奥義である回し受けをコクガも実戦で使えるレベルにまで体得している。ハイロイドではあの魔術よりもさらに強力な攻撃をその身を削りながら受けてきたコクガからすれば無傷で受けれて当たり前である。


 渾身の一撃を無傷であっさりと受け流されたアレイの表情は驚きを通り越して恐怖に染まっている。あの竜巻の操作もかなり魔力を使ったことは明白だ。もはや新しい魔術を行使することはなく、残った魔力を防壁の強化に回したようだ。


 触れただけで刻まれる風の防壁がさらに分厚くなった。おそらく全魔力を壁の維持に回しているために並大抵の技では破ることはできない。


 そう判断したコクガは少し距離を取り、大きく腕を広げた。その両の手のひらには可視化できるほどの濃密な魔力が集まっている。


 「あれをやる気か!」


 俺とイリスは慌てて両耳を塞いだ。それとほぼ同時にコクガが手のひらを叩いた。かなり離れた天覧席の窓ガラスにヒビが入るほどの衝撃。


 黒牙流ー真空掌


 簡単にいえばコクガの身体能力と魔力で手のひらを打ち付け真空波を引き起こす力技。あれを初めて使われた時は空気が破裂する凄まじい音で鼓膜をやられてしまった。


 当然それを至近距離で受けたアレイの防壁が無事であるはずがない。風の防壁は木っ端微塵に砕かれ、アレイは爆音で気を失ってしまっていた。


 コクガは気を失ったアレイを場外へ放り投げて勝負あり。


 俺の時とは違って歓声を受けながらコクガの勝利が宣言される。コクガの表情は変わらない。あの程度の相手だと不完全燃焼だろうな。


 さて、次もハイロイド組の戦いだ。


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