追憶ー裏社会での出会いー
コクガの試合が終わり、闘技場を直すためにしばし休憩が挟まれた。その休憩の間になんらかの襲撃があるかとワクワクして待ち受けていたが音沙汰なし。全く、この世界の住人には復讐しようという気概はないのか。
休憩も終わり次の試合だ。選手の一方は先ほどのアレイと同じようなローブ姿なので宮廷魔術師の1人だろう。そしてその宮廷魔術師の対戦相手がハイロイド組の1人だ。
先に姿を表したのは宮廷魔術師の方。
「あの人がここで出てきますか。」
「知っているのか?」
「もちろんです。その名を【四重奏】のクアッド。二つ名の通り火・水・風・土の四属性を自在に操る宮廷魔術師最強にして史上最年少で宮廷魔術師の長となった男です。」
これはまた随分と大物が出てきたものだ。ここまで俺、コクガと外部の人間があっさりと勝ち進んでしまったことで焦りが出てきたようだな。このまま国が推薦した者が勝ち進まないと開会式で落とされた国の威信が回復するどころかさらに落ちてしまう。なのでここで確実に外部の人間に勝ちに行くためにも宮廷魔術師長を繰り出して来たのだろう。
その対戦相手が入場してきた。その男もまた普通ではなかった。まずその巨体に目が行く。180センチを越している俺よりもさらに大きく190センチ、体重はゆうに100kgを超えているだろう。
その巨体は全身を筋肉の鎧に覆われている。俺もそうではあるが奴は俺以上の肉体を誇っている。少なくとも見た目は。
そしてその面構え。とても表世界にいる人間の面ではない。むしろ裏世界の人間と言われた方がしっくりくる。左目は潰れており、右頬には十字の切り傷が刻まれている。
極め付けがその服装だ。ここは戦いの場。俺のように敵の攻撃を受けることが一切ない人間ですら動きやすさを重視した服装になっている。他の大多数はローブやマントなどの外套の中にしっかりと身を守る防具を装備している。
それなのにこの男、スーツに革靴、ネクタイまでしている。到底戦いに来た格好には見えない。その男の格好はこんな闘技場ではなく寧ろ後ろ暗い商会や裏カジノのオーナー室にいるのが似合っている。
「なるほど、クアッドの相手はルシフェルですか。これはクアッドがかわいそうになりますね。」
「そうだな」
イリスの呟きに返答しながらルシフェルとの出会いを回顧する。ルシフェルとの出会いは俺が10歳だ。この頃になると5歳の時に比べれば遥かに体が出来上がり魔の森の浅瀬だけではなく多少深いところまで入れるようになっていた。それと同時に体を作り上げるためにも常人の倍以上食っておりその食費確保のためにも鍛錬を兼あらゆる魔物を狩り、それをイリス経由で換金していた。
初めのうちはさほど目立ってはいなかったが、3日1回ほどのペースで常人が立ち入らない魔の森のそれも外縁部ではなく中層部の魔物の素材を納品していればいい意味でも悪い意味でも目立つ。
金など一定割合を残した以外は全て食費に消えていたのだがそうとは知らず、またイリスの見た目も合間って裏の人間が手を出してきた。
さぞうまそうな鴨に見えたのだろう。この街に来た新参で目麗しい女、さらにはメイド服と来たもんだ。実際に戦っているのはイリスではないと判断したことは間違いない。
初めは半グレにも満たない品の悪いゴロツキから始まった。よくあるベタなセリフでイリスを集団で囲い脅し金を奪おうとした。が、そんなゴロツキ程度イリスの相手になるわけがなくあっさりと素手で撃退。
それからが大変だった。古今東西、世界が変わってもゴロツキの習性というのは変わらないらしい。この手のゴロツキはどこかのチームだの舎弟だのとゴロツキネットワークともいうべき横と縦の繋がりがある。
最初のゴロツキを叩きのめした次の日には俺の舎弟が世話になったとかこれまたお決まりのセリフを吐く微生物がミジンコに進化したぐらいの強さを持ったゴロツキが出て来た。
あとはもうお察しの通り、芋づる式にあれよあれよという間にハイロイドの裏社会を牛耳るとあるマフィアと全面戦争になった。
流石にここまでくればイリス1人任せることはせずに俺が単身で本拠地に乗り込みぶっ潰す算段をつけた。俺としては思い立った瞬間に襲撃してもよかったがイリスに止められた。一応衛兵に話を付けるそうだ。
一応衛兵でもそのマフィアは裏社会どころか表でも違法な商売をしておりいつか潰そうとしていたということであっさりと許可がおりた。しかしそれでも3日は掛かっていた。
そして襲撃決行の日。俺は日付が変わることを見計らって件のマフィアの本拠地へ足を運んだ。しかし、そこには先客がいた。
先客がいたことにも驚いたがそれよりも驚いたことはそいつの体躯だ。世の中には生まれながらの強者というものが少なからず存在している。その強者は鍛えるということをしなくても生きているだけで強くなることができる。
目の前にいた男は間違いなく生まれながらの強者に属する部類だ。恵まれた体躯、気配、発する気、立居振る舞い。そのどれもが目の前の男を強者だと知らしめている。
「・・・」
男は俺の気配に気がついたのかゆっくりと振り返った。俺はその男を正面から見据える。・・・なるほど、こいつも裏の人間か。血の匂いがする。しかし俺が潰そうとしているマフィアとは別口のようだ。こいつからは裏の匂いはしても下衆に落ちた腐った匂いはしない。
察するにこのマフィアと敵対しているどこかの組の幹部だろう。見た目はまだ若いが全身から発せられる気は若い衆のそれではなく上に立つ者の覇気だ。
「俺はそこのマフィアを潰すためにここにきた。お前の目的はなんだ」
目の前の男に問うた。
「・・・落とし前を付けるために」
男は答えた。落とし前とはまた難儀な。しかし、理由がそれであるならば仕方あるまい。こいつからは裏の匂いはするが悪の匂いはしない。信用しても良さそうだ。
「そうか。落とし前か。ならば仕方あるまい。ここは身を引いてやろう。存分に落とし前とやらをつけてくるがいい」
そういうと男はわずかに目を見開いた。
「・・・感謝する。」
ふむ、これも好感が持てる。まだ10歳でしかない、明らかな目下な者にでも礼儀正しく振る舞える。裏の人間にしておくには勿体無いほど人格ができているな。・・・いや、血の匂いがする時点で表は無理か。
手出しをしないと決めた俺はその男がどうやってマフィアに乗り込むかを見物することに決めた。すでに男は俺のことなど頭に無いようで本拠地を囲う塀を見上げていた。
「さて、乗り越えられぬほどの高い壁、硬く閉ざされた鉄の門、強固な石と魔術で構築された防壁。これをどう攻略するか。見ものだな。」
もし、あそこに立っているのが俺であれば壁なり門なりを剣で斬ればそれで終わる。しかしあの男は無手だ。魔道具すら持っていない。どうやって中に入るつもりだろうか。
男はコンコンと壁を少しノックした後、少し下がり全身に力を込めた。たったそれだけで上等な皮でできているっぽいジャケットとその下の肌着が弾け飛んだ。
「ほう、これは見事。」
上半身が露わになった男の背には見事な純白の翼の刺青があった。うーむ、見た目は完全に極道だというにファンシーな刺青だ。まぁ、気配は極道のそれに近いようではある。おそらくこの世界のマフィアとは相反する生き様だろう。
男はそのまま野球のピッチャーのように大きく振りかぶり、渾身の力を込めて壁を殴りつけた。拳が壁を砕く凄まじい轟音があたりに響き渡った。それから少ししてぴしりと何かに亀裂が入る音がする。
その音は次第に大きくなり、1分もしないうちに頑丈なはずの防壁は見事に崩れ去った。そして壁がなくなりポツンと佇む鉄の門。遠くに見える屋敷からはわらわらと構成員らしきガラの悪い連中が飛び出して来たいた。
男は駆け寄ってくる連中をチラリと見ると徐に所在なさげに立っていた門を掴むと間髪入れずにぶん投げた。重さ300キロはあるだろう鉄の塊が弾丸のような速度で構成員に迫る。
ここでレベルの高い魔術師なら結界だのなんだのと身を守る魔術を発動するところではあるがあいにく所詮はチンピラの鉄砲玉。そんな技量などなくあっさりとひき肉へジョブチェンジしたのだった。
「クハハハハハ!いいぞ!いいぞ!まさかこの世界でそんな馬鹿げたことをしでかす奴がいるとは思わなかった!この世界もまだまだ捨てたものではないなぁ!!!」
こっそり見守るつもりがその男のあまりにも魔術師のそれとはかけ離れた行動を目の当たりにし血が滾るのを抑えられなかった。
「貴様、名をなんという?」
「・・・天獄會若頭・ルシフェル」
「天獄會のルシフェル、しかと覚えた。」
この日、俺はルシフェルの名前だけを聞きそれで満足しその場を後にした。イリス経由で事の顛末を聞く限り俺たちと敵対していたマフィアはルシフェルたった1人に壊滅させられたようだ。
俺は直接その現場を見たわけではないが、実際に見てきたイリス曰く凄惨な現場だったそうだ。マフィア側の生存者は無し。死体のほとんどがどこか欠損しているというとんでもない状況。屋敷は原型を止めていなかったそうだ。
イリスは魔術が大量に行使された結果屋敷の破壊が進んだと見ているようではあるが果たして。物音で目覚め野次馬根性丸出しで紛争の様子を見に行っていた貧民街の人間に話を聞いた限りではやはりイリスの言う通りルシフェル目掛けて大量の魔術が降り注いでいたそうだ。
その魔術の嵐の中を耐え抜き、全てを殺し尽くした男は血みどろになりながらもしっかりと両の足で立っていたそうだ。その戦いの凄惨さと血と死が織りなす静謐さの中に佇む血濡れた翼から様子からたった1度の戦いでルシフェルには二つ名がついた。
【血塗れ】ルシフェル
その後、俺は約束通りルシフェルのいる天獄會へ顔を出した。天獄會の本拠地もあのマフィアと負けず劣らずの規模ではあったが、しっかりと話が通っているのか特に戦闘になることもなくあっさりとルシフェルに会うことができた。
「・・・ふむ、男子、三日会わざれば刮目して見よという言葉があるがそれにしても空気が変わったな。」
「若頭から正式にこの會を背負うことになった。天獄會が長、ルシフェルだ」
「ほう、背負うものが出来たがゆえのその気迫と言うわけか。なかなかいい器だな。ルシフェルよ。」
「・・・」
「まぁ、貴様がどんな肩書きを持っていようと関係ない。ルシフェル、俺と立ち会え」
「・・・」
俺の宣言にルシフェルは答えない。驚いた様子もないので予想していたのだろうか。それとも部下の手前驚いた表情を見せないようにしていたか。
俺の言葉に周囲にいた部下が息を呑むことが聞こえてきた。それと同時にルシフェルから空間が歪むと錯覚させるほどの濃密な闘志が溢れ出てきた。
「売られた喧嘩は、買う」
直後、置かれた大理石であろう巨大な机が蹴り飛ばされて飛んできた。
「不意打ちが通用すると思ったか!」
飛来するテーブルを真っ二つにしてそのまま踏み込んで剣を振るう。奴のガタイは俺の倍ちかく。この距離では俺が有利だ。
手加減はしていなかった。少なくとも常人であれば真っ二つにできるぐらいには力を込めて剣を振るった。しかし、振り抜いた俺の手には剣は残っていなかった。ルシフェルの常人離れした筋肉と異常なまでの強度を誇る骨で俺の剣が止められたのだ。
流石にこれは予想していなかった。少なくとも前世では俺の剣を受けて斬れぬものなどなかった。それゆえの一瞬の思考停止。その隙を逃さぬルシフェルの渾身の一撃を受け俺は壁を突き抜け屋敷の外にまで吹き飛ばされた。
「よもや人間でここまでの奴がいるとは!」
咄嗟に背後に飛んで衝撃を逃したので致命傷にはなっていない。それでも全身の骨を砕かれたような痛みが駆け巡る。しかしそれでもなお、ルシフェルの力に俺の血が騒いでいた。
俺を殴り飛ばしたルシフェルはそのまま壊れた壁から這い出てきた。
「・・・頑丈だな」
ルシフェルは俺を見て一言そういっただけだ。俺からしてみれば殺す気で斬ったにも関わらず斬るどころか刃そのものを肉体のスペックだけで食い止め、さらに俺を殴り飛ばした奴の方が頑丈だと思うのだが?
ルシフェルは体に刺さったままだった剣を抜くと俺の手の届かぬところへ放り投げた。これで剣は使えない。そして肉体は満身創痍。対するルシフェルは筋肉で傷口を締め上げ止血まで完了しているときた。
いい、実にいい。実に血が騒ぐほどの危機だ!
剣がない以上武器は己の肉体のみ。で、あるならば久しぶりに使うか。体術。
ルシフェルがゆっくりと歩み寄ってくる。その距離が5メートルほどになった。一歩踏み込めば互いの攻撃が当たる。間合いの内側だ。
そのまましばし睨み合う。先に動いたのは俺だ。
歩法ー瞬迅 体術ー軽打
この技はボクシングで言うジャブだ。ボクシングでは基本中の基本。ただ腰も力もほとんど入れず拳を打ち出すという非常にシンプルな技。到底必殺技になりえない攻撃ではあるが極めればまた違う。
瞬迅の加速力は歩法の中でも随一。その速度を持って正確に相手の顎のみを高速の拳で撃ち抜く。それが軽打である。
俺の軽打を初見で躱せる奴は前世でもいなかった。それほどの俺の拳は早い。どちらかといえば力よりのルシフェルが躱すことなどできるはずもなく直撃。
並の相手であればこの一撃で脳震盪を起こし倒れるのだが、ここは異世界、そしてルシフェルは並の相手ではなかった。多少ふらつきはしたもののルシフェルは耐えきったのだ。
お返しとばかりに剛拳がうなりをあげて迫り来る。この距離での回避は不可能。しかし先ほどのように不意を突かれなければ対処はできる。
体術ー羽動
瞬迅よりもさらに脱力し自身が舞う羽であるかのように強い自己暗示をかける技。剛の技で舞う羽にダメージを与えるのは不可能に近い。ルシフェルのような剛力無双を相手にするのであれば非常に有効となる技だ。
掬い上げるようなルシフェルの打撃に流され宙に舞う俺の体。しかし先ほどと違いダメージは一切ない。抵抗がないものを全力で打ち上げたルシフェルの体は上に伸びてしまっている。
俺はその空中で回転し即座に着地。拳を振り上げた反動からまだ戻っていないルシフェルの足を刈りさらに空中に浮かせ、襟首をつかんで地面に全力で叩きつけた。
流石のルシフェルも頭から地面に叩きつけられれば流石に効くようで、立ち上がりはしたものの、だいぶふらついている。
「よくぞ俺を相手にここまで持ち堪えた。褒めてやろう。」
俺はルシフェルに止めを刺すべく拳を振り上げた。
「があああああ!」
しかし、ルシフェルもそう簡単にやられてくれはしない。雄叫びを上げながら俺を迎え撃つかのように拳を合わせてきた。
「いい気迫だ。だが、今のお前の拳は俺には届かない」
体術ー金剛龍砲
全身の力を拳一点に集中させて放つ体術の中でも極めて強力な一撃。今の俺が放てば岩など簡単に砕けるほどの威力がある。
いくらルシフェルの力が強くても脳を強く揺さぶられた状態でがむしゃらに放った一撃ならば俺の方が上だ。
俺の拳はルシフェルの拳を砕き、そのまま顎を撃ち抜いた。
クリーンヒット。確実に顎を撃ち抜いて脳を揺らした。ルシフェルはそのまま拳を撃ち抜いた姿勢のまま意識を失った。
俺の勝ちだ。そのことを確信した後、俺も意識を失った。




