88話
祐乃の母親は祐樹を連れ、グラウンドの端へ移動する。
用意されたブルーシートやパイプ椅子に座るつもりはないらしく、立って観戦するようだ。
シンは数分、腕を組んで待っていると愛那達が右腕にマジックギアを装着し、セパレートユニフォームに着替えて戻ってきた。
「…お待たせ」
灰色のセパレートユニフォームを着たカレンは、腰に手を当てる。
シンは「全然待ってねーよ」と返事をしようとした時だった―――
ドドドドドドッ!!!!!
激しい足音がこちらへ向かってきていた。
「カレン―――――――ッ!」
大声の主『ハヤト』は両腕を広げながら、カレン目掛けてダイブする。
抱き着くつもりらしいが―――
「鬱陶しいッ!」
「ほぶっ!」
どーん
カレンのパンチが頭部に炸裂する。
どすんと鈍い音が広がり、幼馴染のハヤトは地面にめり込んだ。
相変わらずのやりとりに、シンは呆れるしかなかった。
「お前…試合始める前に怪我するぞ」
「何言ってんすか、アニキ。むしろカレンに愛のパンチをもらえてオレ元気100倍っすよッ!」
「…はあ…バカの相手…疲れるんだけど…」
カレンは頭を抑え、ため息を吐く。
こんな性格ではあるがタッグバトルの重要なパートナーなので扱いに困っているようだ。
「ホントはオレじゃなくて、副部長が出るはずったんすけどね」
「そういや、そんなこと言ってたな」
「けど、副部長が何故か辞退したんで、オレが出ることになったんす!愛するカレンとタッグバトルができる!もうこれは運命っす!オレ、この戦いに勝ったらカレンと結婚します!」
「なんで死亡フラグ立ててんだよ、お前」
わーわー騒ぐハヤトを他所に、祐乃の顔は酷く沈んでいた。
視線は観客の中――母親の方に向いていた。
「…お母さん」
身体はブルブルと小さく震えている。
苦手な人物が試合を見ていくのだ。
当然の反応だった。
「祐乃!そんな震えんなよ、何か怖いことでもあんのか?」
「…ごめんなさい。なんでもない」
嘘だった。
祐乃は自分の心情を話すことを避ける傾向にある。
優しいのだろう。
心配をかけたくないのだ。
だからシンは、自分から話題を切り出すことにした。
「母親が怖いのか? 今まで色々酷いこと言われたらしいな」
「…知ってるんだ…そっか…瑠偉先生がお姉ちゃんだもんね…」
――事情を知られている。
その事実に祐乃は、少し安心したような顔をするとシンの胸元にしがみついた。
悩みを知られているから、もう隠すつもりはないらしい。
祐乃は小声で話し始めた。
「お母さんに怒られるのが怖い…」
シンは胸元で震える祐乃の首後ろに手を回し、ぽんぽんと優しく叩く。
大人に怒鳴られる体験は、子どもには大きな恐怖となる。
それこそ、将来に影響が出るほど、心に傷跡を残すこともある。
祐乃の母親が、なぜ娘を毎日のように怒鳴り、意思の尊重をせず自由を縛るのか…
――その理由は、シンにはわからない。
(俺、親じゃねーから正しい教育はわからなけどよ、ガキの心を痛めつける教育は間違ってると思うよ)
不安定な状態だ。
また何かのキッカケで涙を零すかもしれない。
(そういや…最近、祐乃が泣くところしか見てないな…)
笑ったり、元気に振舞う姿が魅力的な子だ。
なのに最近は落ち込み、泣いてばかり…
「この試合の結果でコーチ…部活指導員を辞めされらるかも…しれないんだよね…ボク、怖いよ…」
また何かを追い詰めている。
責任感が強い子なのだ。
不幸な未来を想像し、心を壊している。
笑って欲しい。
だから俺は大きく笑い―――
「――思いっきり楽しんで来い」
「え…」
「大丈夫だ! どんな結果になってもお前を恨んだりしないって!だから楽しんでくれ!」
「でもボク…弱いし…きっと…」
「負けても大丈夫だ。マジッカ―は勝つことが絶対じゃない」
「で、でも…」
「魔法ってのは『楽しい』もんだ。それはお前達が思い出させてくれたんだぜ」
祐乃の肩をぽんぽんと叩き、後ろを振り返る。
突然じっと顔を見られた愛那は、不思議そうな顔をして首を傾げた。
「だから楽しんでこいよ。ドカーンとな!」
シンは片目を瞑り、笑顔でピンと親指を立てる。
「もし――そうだな。お前の『楽しい』を邪魔してくるヤツがいたら――ブチれてやれ。人の娯楽を邪魔するってのは、大罪なんだぜ!」




