87話
カレンに案内され、シン達は明丘学院のグラウンドへ移動した。
土曜日というのに人が多く、シン達は驚いた。
観戦目的の生徒達が100人近くいる。
大量のブルーシートにパイプ椅子、はたまたテントまで並べられている。
さらには新聞記者に地元のテレビ局までやってきていた。
ただの練習試合にしては、あまりにも人が集まり過ぎている。
「なんだこれ? いくらなんでも人が多すぎるだろ」
「…それだけ注目されてんの、アンタ達…」
愛那が優勝を勝ち取った県代表戦は非常に大きな盛り上がりを見せ、ネット記事では大きく取り上げられ、動画配信サイトも賑わった。
シン達は自覚いないが、今や世間から注目の的である。
これだけ人が集まるのは不思議でもなんでもなかった。
「コーチ、あたし緊張してきました」
「県代表戦はもっと人が多かっただろ」
シンはそっけなく答えるとポケットに手を突っ込む。
――こいつらは別の場所に移動させた方がいいな。
神経を尖らせる。
しかし、顔に出ないようにシンは必死に取り繕った。
「愛那、祐乃。お前達はユニフォームに着替えてこい」
「わかりました。祐乃、行くわよ」
「うん。けど、どこで着替えたらいいのかな?」
「…あたしもジャージだし着替える。部室に案内するからついて来て」
そう言うと、カレンは愛那と祐乃を連れてグラウンド端の建物へと案内した。
どうやら、あそこが部室らしい。
――よし、これでいい。間に合った。
シンは一息吐くと、こちらへ近づいてきた人物に挨拶をする。
「おはようございます。祐乃のお母様」
「おはようございます。いつも祐乃がお世話になっています」
会わせたくなかった。
そのためシンは3人を着替えに向かわせたのだ。
愛那はこの人を嫌っている。
カレンもスマホを没収した件で嫌悪感を抱いているようだった。
今、あの中学生達と会わせると揉めかねない。
「わざわざ来ていただいて申し訳ありません」
「いえ、祐乃の送り迎えをしただけです。終わったらすぐに帰ります」
礼儀正しく振舞うが、その目はシンをさげすんでいた。
――いや、興味がないと言った方が正しいか?
あくまで社交辞令で挨拶をしているだけだ。
祐乃の母親のことを全然知らないため、シンは場を繋ぐために話題を切り出した。
「そちらの子は…」
「祐樹です。まだ4才になったばかりで」
母親の膝をがっちり掴む小さな女の子。
祐乃をそのまま小さくしたような子だった。
人見知りしているのか、シンを見るなり震えていた。
「俺は怖くないぜ。そんな震えないでくれよ~」
「ひうっ」
笑顔でコミュニケーションを取ろうとするが、祐樹は震えて母親の膝の後ろに隠れた。
シンがしょんぼりしていると、母親は1枚の紙を取り出す。
「今日はこちらをお渡ししたくて、伺いました」
「…なるほど」
渡された紙には堂々と『退部届』と書かれていた。
少し動揺したが、シンは心を落ち着けると受け取った書類に目を通した。
――違和感がある。
全部、達筆だ。
明らかに祐乃の文字ではない。
(全部母親が書いてやがる)
渡された退部届から、祐乃の意思を一切感じ取れなかった。
もし祐乃が強く退部したいと意思を持っていたら、シンは大人しく書類を受け取っただろう。
しかし――
「この書類は一旦、俺の方で預かっておきます」
受理はしない。
ただし、預かることにした。
「では私は車で待機しています。試合が終わる頃に迎えにあがります」
退部届を渡し、満足したのか母親は少し乱暴に祐樹の手を引っ張り、踵を返すと、この場を後にしようとした。
震えていた祐樹は振り返り、シンの顔を見る。
何かを伝えようとしているようだった。
「なあ祐樹ちゃん。もしかしてお姉ちゃんの試合、見たいのか?」
シンの問いに祐樹は、不安そうにしながらも首を大きく縦に振る。
しかし、母親の返答は「ダメ!」だった。
「なぜダメなのですか?」
「祐樹は勉強に専念してもらいたいですから、マジッカ―に興味は持ってほしくありません」
キッパリと言い切った。
(将来のためか。押しつける母親の理想が、子どものためになるんかね)
怒りを通り越して、呆れるしかなかった。
「ふ…え…えぐ……おねーちゃんの…まほう見たいよ…」
母親に否定され、祐樹の瞳からポトポトと涙が零れ落ちた。
泣かせたのは自分ではないとはいえ、罪悪感がこみ上げる。
「試合時間は10分もかかりません。すぐ終わるので、ぜひ見ていかれては?」
「わかりました」




