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落第生部活指導員と現代魔法スポーツ  作者: たなお
1章 マジッカーフロンティア県代表戦編
40/65

40話 部活指導員存続の危機?

 シンは、薄暗い階段を登ると、鉄製の扉に手をかける。

 ギギギと錆びた音を鳴らし、扉を開けると、夕日が運ぶ心地よい風がシンの肌を撫でる。


「やっと見つけたぜ、姉貴。屋上でサボってんじゃねーよ」

「シンか……。別にサボってないさ……」

「疲れた顔してるな。シワが増えて、結婚できなくなるぜ」


 洛咲中学の屋上の鉄柵に寄りかかると、深い溜息を吐くと、缶コーヒーをすする。


「黄昏れるとは、姉貴らしくねえな」

「ちょっと厄介なことが起きてな。その対策会議があってな……」


「なにがあった?」

「それは――いや、今、口外するのは控えておこう。それで、何用だ? まだ、部活の時間だぞ」


 厄介事が起きた。そんなことは瑠偉の表情を見れば、鈍感なシンですら理解できる。しかし、瑠偉に話すつもりがなければ、今のシンにはどうすることもできない。

 瑠偉のことは気になるが、シンは本題に入ることにした。


「相談があるんだぜ」

「シンの相談は、大体ロクでもない内容だが……。また金か?」


「ひっでーな、姉貴! 俺のことを何だと思ってんの?」

「まぁ……弟だ。一応」

「なんで、『一応』を付け加えたんだよ! 俺達は、血の繋がった立派な姉弟だろ! あ、女の子の日で

イライラしてんだな? 無理もほどほどにしねーと老けるぜ。30代のクセに、結婚どころか彼氏もいな――あああああああああああ!! また、アイアンクローかよおおおおおおおおッ!」


 瑠偉に頭を掴まれ、足が地を離れる。頭蓋骨から、電流のように痛みが全身に走り、シンの絶叫が、屋上から校内に響き渡る。


「それで、何用だ? 教員という仕事に暇な時間はない」

「ああああああッ! 用件言うから、手を離せッ! 頭蓋骨が陥没するううぅぅぅッ!」


 アイアンクローから解放されたシンは、うずくまりながら、ズキズキと痛む頭を抑えると、瑠偉の顔をチラリと覗く。

 シンが普段のように接したおかげか、瑠偉の顔に覇気が戻っている。


(いつもの調子を取り戻してくれたな。姉貴は、こうでなくっちゃな)


 世話になっている姉には、常に元気でいて欲しかった。不器用と自覚しているが、これがシンなりの気遣いだ。

 瑠偉が、その気持ちを汲み取っているのかは、今のシンにはわからない。ただ、常日頃、瑠偉には感謝している。それだけなのだ。


「話が逸れたな。それで、シンは、私に何用だ?」

「洛咲中学は、大会前は土日の部活が認められるだろ。マジッカ―部のために、土日にグラウンドを解放してくれ」

「可能だが、いいのか?」


 瑠偉の質問の意図が汲み取れず、シンは呆れて、肩をすくめた。


「いいに決まってるだろ。何を俺に尋ねてるんだ?」

「運動部が部活動を行う場合、生徒の安全面を踏まえて、教員か部活指導員の監視役がいる。しかし、私を含めた全ての教員は、雇用契約上、土日は休まなければならない」


 瑠偉が語る法律などが絡んだ規約に、シンは嫌気が差して、目を瞑るとブンブンと首を横に振った。


「難しい話は止めてくれ。つまり、土日のグラウンドの開放には、誰でもいいから、学校関係者の大人が、必要ってことなんだろ?」

「そういうことだ」

「俺が出るから問題ないな。正直嫌だが、休日出勤させてくれ」


 シンが、まさか自分から働く意思を見せて、瑠偉は驚いたように口を開いた。


「なんだよ、その顔? 休日出勤したら、マズいことでもあんのか?」

「土日の出勤分を代休で埋め合わせすれば、大丈夫なはずだ。私は、出勤管理を担当していないから、詳しくはないがな」


「それで俺は、どうすりゃいいんだ。どうせ手続きが必要なんだろ」

「職員室の隣にある事務室で相談してこい」

「サンキュー、姉貴。それじゃ、早速、行ってくるぜ」


 シンは用件が済み、屋上を後にしようと扉に手をかけたとき、瑠偉は微笑ましそうシンの背中を眺め、ポツリと呟いた。


「変わったな、シン……」

「なんだよ、姉貴。嫌みか?」

「あの日以降、お前は荒れたからな……。バイトとはいえ、しっかり働いてくれるのが、嬉しいのさ」


 穏やかに笑う瑠偉に、シンは呆れる。


「母親みたいなこと言うじゃねえか。老けたんじゃねーの?」

「かもしれないな。よかった……、前を向いてくれるようになったか……」


 目を伏せて、瑠偉は笑う。

 しかし、その笑顔には、陰りがあった。


「余計なお節介だ。でも、その割に、姉貴は嬉しくなさそうだな」

「……やっぱり話しておくべきか。さっき、会議があったといっただろう」


「言ってたな。どんな会議だよ」

「他校の話だが…とある部活指導員が、生徒に暴力を振るったらしい」


 予想の斜め上の知らせに、シンは眉を寄せる。


「ほお……? バカな大人もいるもんだ」

「状況を詳しくは知らないが、くちごたえをした生徒の頬に拳を一発らしい」


「暴力とはよくないな。まあ、厳重に処罰されるだろ」

「危機感がないようだな。シンにも、関係がある話だぞ」


「なにがだよ?」

「この件を、教育委員会やPTAが黙っていると思うか?」


「なるほどな……」

「恐らく、部活指導員の存続に関わる」


「部活指導員ってシステムがあるから、こんな事件が起きたって吊し上げられるって言いたいんだろ? このままじゃ、俺は、ニートに逆戻りってわけだ。いやー、朗報だな」


 楽を愛するシンにとって、朗報である。

 また、あの自堕落な生活に戻れる。

 毎日、引きこもって、ゴロゴロして、アニメ見て、好きな時にメシ喰って――まさに現代の楽園。


 しかし――不要だ。


「なーんてな。冗談だぜ、冗談。だんまりすんなよ、姉貴」

「……驚いたな。シンの口から、そんな言葉が出るとは……」


「姉貴は、一言多いんだよ。まあ、安心しろ。部活指導員の悪い点が出ちまったなら、逆に良い点を教育員会やPTAにアピールしてやればいい。部活指導員は、欠かせない存在だってことを、俺が証明してやる」

「どういうことだ、シン?」


「今日のマジッカ―フロンティアの県代表戦を勝ち抜く。部活指導員をなくそうとする連中がいたら、俺が言ってやるよ。二宮シンという素晴らしい部活指導員がいたから、結果を残せましたってな」


「この事態が、その程度で収束するほど単純ではないが……。頑張れよ」

「頑張るのは、俺じゃねーよ。俺が育てたヤツだ」


 シンは、風で髪をたなびせて、屋上から中庭を見下ろす。

 昔出会ったお姉さんと再会したい。そんな目標を掲げて、必死に剣を振り、魔法を放って、シンの帰りを待ちながら、自主練に励む女の姿があった。

 自然とシンの頬がゆるむ。


「俺にもな、目標が出来たんだよ。名前も知らないバカが起こした揉め事の巻き添えで、挫折してたまるか」


「前を向いているな。どんな目標だ?」

「俺を超えるヤツを育てる、そんな目標だ」


 揺るがない。

 俺は、聖華を追う、愛那に負けたい。


「じゃーな、姉貴。遅くなるなよ」 

「ああ、頑張れよ。シン」


 目標を再び胸に刻むと、シンは瑠偉に手を振って、屋上を後にした。


 ――。


 シンは、周囲に誰もいないのを確認すると、ポケットから白いマジックギアを取り出した。高熱で溶けた金属、割れた小型モニター、勿論バッテリーは切れている。

 そんなボロボロのマジックギアをシンは、ジッと見つめる。

 これはシンが、自身の罪を忘れないため、戒めとして、常に持ち歩いている物だ。


(なあ、聖華。お前の弟子が、頑張っている。お前を目標にしてるんだってよ)


 普段は、白いマジックギアを見ると罪悪感と悲しみに心を押しつぶされ、人目も気にせず涙を溢すほどであった。


(なあ、聖華。愛那が、俺を超えるまで見守ってほしい)


 だが、今は不思議と苦しくはない。

 それに何故か、今は聖華が応援してくれている――そんな気がした。

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