表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

胎児



 昼の時間になると音楽を聴かせてくれていた。

 その音楽は俺がヒナコに教えたものだった。

 まだ俺のことを覚えていてくれている気がして、なんとも言えない幸福感に包まれた。


 ヒナコが優しくお腹をさすると、その優しさで羊水が揺れる。

 ゆりかごで眠るような心地よさがあった。

 


 つまりはヒナコが俺に与えてくれる愛情全てが、今の俺にとって本物だった。

 ヒナコの愛だけで俺は構築されていた。

 これ以上の幸福はない。



 ヒナコの子供でよかったと心から思えた。




 それからしばらくしてだった。

 今度は下ではなく、子宮全体に強い衝撃を受けた。

 ヒナコの身に何かあったのだろうか。


 前回の不安など比にならない恐怖が伝わってきた。

 おそらくヒナコの精神的不安が直接胎児の俺にも影響しているのだろう。


 泣き出したかった。

 声も出せないのに。

 


 それからその強い不安は毎日続いた。

 ヒナコの悲鳴が聞こえることもあった。


 そのときヒナコは必死に身を屈めてお腹を守ってくれていた。

 その熱が俺に届いていた。

 俺は手を伸ばしてヒナコに伝えることしかできなかった。

 生まれていたならヒナコの手を握ることができたのに。

 守ることができるのに。



 夜中、ヒナコの体が何回も揺れた。

 俺の足元が崩れ落ちそうだった。


 熱いものが子宮に入ってきた。

 何かは分からないが物凄く不快に感じた。



 そんな日が毎日続いた。

 こころなしかヒナコの体が衰弱しているような気がする。 

 以前と比べて送られてくる栄養の質が悪い。

 そして俺の不安は現実のものとなった。



 足元から血が吹き出たのだ。

 ヒナコの中が激しい衝撃で傷つけられ、出血した。

 それでも構わず強い揺れが何度も続く。

 そしていつものように熱いものが俺の部屋に注ぎ込まれる。


 

 しばらくして俺は体調を崩した。

 体全体がだるかった。

 でも声も出せないのでどうしようもない。


 なんとなく分かっていた。

 俺は生まれることができないだろう。



 ヒナコはおそらく毎日暴力を受け、性の捌け口にされている。

 体全体がボロボロで睡眠も食事も録にとっていないのだろう。



 このまま死んでしまうのだろうか。



 胎児の俺にヒナコがくれた愛は紛うことなき本物だった。

 俺の記憶の中で一番の光だった。



 今日もヒナコの叫び声が聞こえる。

 男の怒鳴り声が響く。


 俺に強い痛みが届いた。

 男がお腹を殴っている。



「死ね! 死ね!」



 殺意の言葉が聞こえてきた。




 頭がぼんやりとする。

 子宮が血だらけになる。

 生ぬるい血液で息ができない。



 苦しい。悲しい。

 どうして……。


 どうして殺すの?

 殺さないで。

 大切な人だから。


 ヒナコの心臓の音が消えた。

 繋がりはなくなってしまった。




 ……大切な人?



 俺を裏切って自殺に追い込んだくせに、自分は身籠って幸せになろうとした女が、大切な人……?

 死んで当然じゃないか?

 俺を殺したのだから、殺されても文句は言えないんじゃないか?


 なぁ、そうだろう。

 俺を裏切ったことでお前の運命は決まったんだよ。


 子宮が涙で溢れた気がした。

 何の涙なのかはわからない。

 俺は眠るようにゆっくりと目を閉じた。



 もう二度とこの世界に生まれませんようにと願いながら。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ