はじめの一歩は弟と
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「いたっ、痛い痛い‼」
「誰かッ、私の息子が‼」
混乱にまみれた会場。広くなった扉の前にみえるのは黒い鱗。黄色い爬虫類の瞳はぎょろぎょろとあちこちを向いている。体調は六メートル超。
————翼竜と呼ばれるものだ。
彼らは恐ろしく早く飛翔速度が最も竜種の中で高い。
「姉さん‼」
空を飛ぶ翼竜を睨みつけているとリベリアの下にアルトリシアが駆け寄る。その手には、長剣が握られていた。
「ねぇ、アルトリシア。あれを食い止めることは出来る?」
驚いたように息を呑む気配が伝わってくる。一応今も尚空を駆け回るやつから目を離していないから、はっきりしたことはわからないが、多分相当驚いていることだろう。
「出来る、と思う」
アルトリシアは剣を鞘から抜き放って答えた。
「そう、じゃあ、兵士さんに避難は任せて、私たちであいつを地に落とす」
***
恐ろしい速度でアルトリシアが駆け出す。最初はゆっくりとした動きで上半身が前に倒れる。だが、足の一歩を踏み出した時に疾風が走った。待機を揺るがす轟音に姿が霞む。時折姿がみえるもののアルトリシアの全容は見えることが出来ない。
鞘を纏っていない剣は鈍い銀色だから、十中八九錬鉄銀だろう。
地面を蹴りあげ空中に身を躍らす。頭を下に足を上と、逆さまになった形で剣を上段に構える。重力と重さで一点に切っ先に力が集中している剣を。
「お、ぉぉぉぉおお!」
見上げた翼竜の口に突き立てそのまま腹まで引き裂いた。
悲鳴を上げる翼竜から、アルトリシアは後方宙返りで距離を取る。
そして、その間にリベリアは空気中にある魔素を体に集められるだけ集める。
自分の身体の中で荒れ狂う魔素を押し留め、術式回路へと促す。
体を駆け巡る秩序のなかった魔素は、術式回路という道に沿って流れ始める。それに応じてまだ空気中に漂っていたのも共振し始めた。
「最初に始まる魔法の言葉」
直後、強烈な衝撃波が生まれる。竜種の飛翔にも負けぬほどの突風が、リベリアからまき散らされる。だが、その突風は意を返したように。リベリアを中心にもう一度集まり始める。目も開けていられないほどの風圧が襲い掛かるがそれが止んだときリベリアの身に纏っている衣装は変わっていた。
移動魔法と変身魔法を組み合わせると、他の場所に置いてあった服を自分に着せることが出来るという仕組みで、黒と青のゴシックドレス。オーバースカートの上には剣と同じくミスリル製の鎧。十三歳にしては豊満な胸を覆い隠すような胸当て。腕はフリルと籠手が一体化している。
フロム先生直伝。外装魔術『戦闘装束』である。
リベリアに目を向けた翼竜が、飛びながら口を開く。
そこに収束しているのは竜種だけが持つ技、『咆哮』だ。
彼女は厳かに手を広げる。
ふぅ、と息を吸って、タクトを振るう指揮者のように、広げた手を上へ持ち上げる。
彼女の動作に対応して生まれる魔法陣。先生の作った術式刻印に刻まれた防御魔法が起動する。
フロム先生とリベリアで作り上げた彼女が持つ究極の盾。ある神話を再現し、自己の世界から引っ張り出す魔術の最たるものだ。
其の名は。
「荘厳たる我が至宝――――――Aigis」
彼女を守るように立ち上がる白銀の魔法陣。その中心には、魔法陣で描かれた瞳。
メドューサを象徴し、かつ石化を置換し動きを封鎖させるための拘束魔術で防御魔術。
魔法陣の外側にいたアルトリシアは慌てて後退する。翼竜が放った咆哮は魔法陣に直撃する。眩い光と白く歪んだ大気がぶつかり、火花と土煙をあげる。
その衝突によって更なる二次被害が起きたが、両者は気にしない。
普通なら無に還すほどの多大なる影響を及ぼすものだが、翼竜の前には魔法陣で守られた二人。さらに、魔法陣の目が発動し、翼が硬直。ぐらりと体勢が傾き、落下した。
動けない翼竜に向かって、アルトリシアは翼を斬り飛ばす。
悲鳴を上げたワイバーンに見えたのは、指先を鳴らし魔法陣を壊すリベリア。白銀の雨が降る中、彼女は不敵に微笑んで見せる。
痛みと憤怒で動けなくなった体を無理矢理起こした彼は獰猛に雄たけびを上げる。四肢を踏みしめ走り出した彼の瞳に移るのは二人の強敵。
だが、アルトリシアは放って置いて彼が向かったのはリベリア。
それに気づいたアルトリシアは剣を煌かせ、全力で地を蹴り飛ばす。右方向から自分が斬り飛ばした翼の下に潜り込み————拳を突き出すように剣を刺した。
「お前の敵は———この僕だッッ‼」
ごっっ、とリベリアが援助でかけた身体強化の威力と元々の素質が合わさり、その巨体がずれる。
「アルトリシア‼」
叫んだリベリアに察したアルトリシアが、彼女の元まで後退する。まだ、先程の攻撃が効いているのか、彼は倒れたままだ。
「アルトリシア、私があなたの剣に一度きりの魔術をかける。それで、ぶった切りできる?」
「誰に言ってるのさ」
アルトリシアは頷いた。
アルトリシアの横に並び、血に濡れた刀身に触れはしないが、撫でるように手を動かす。
すると、刀身に紋様が浮かび上がる。地に濡れて輝きが見えない刀身だが、それは金色に力強く輝いている。
立ち直り突進を仕掛けてきた翼竜に、半身の姿勢をアルトリシアは取った。そのまま、中段にあった剣を大上段に掲げるように持ち上げる。
「さようなら」
振り下ろされた剣は距離が足りず翼竜には届かない。だが、刀身に輝く紋様が、黄金の嵐を生み出す。
それは先程防がれてしまった彼自身の咆哮に近いものがあった。リベリアが生み出しアルトリシアが生み出した黄金の旋風は、地を削り瓦礫を吹き飛ばし突き進む。そして、それは翼竜をも巻き込んだ。
全てが霧散したその後には。
堂々と立つリベリア、剣を下したままのアルトリシア。
そして、彼らの目の前には動くことのなくなった翼竜がいた。




