決意にあふれたこの馬車で
三人が一斉に名前を呼んだことで、馬車の中で満ち溢れたのはまたしても沈黙だった。
先程の静かだという雰囲気ではなく、もはや気まずいを通り越して、三人は穴があったら入りたいの領域だった。
何も話していないリベリアはきょとんと顔をして、三人を見ている。
『おいおい、お前の家超おもろいな。やべぇよ、なんでこんなにハモってんの?』
リベリアの中でリオンが笑っている。たまんないといった風に、口を押えて笑いをこらえているようだが、笑いは漏れてる、言葉は震えてる、肩も揺れてる。
(ちょ、リオン‼)
『今のは我慢できねぇよ。お前も言ったら良かったのにな』
瞳に涙を溜めて笑い続けるリオンに、リベリアは溜息をついた。
その後、三人をみる。父は喉の調子を確かめてるし、母は扇子で顔を隠しているし、アルトリシアは俯いていて顔の様子が伺えない。
流石にまずいと、リベリアは助け船をだそうとして、父に、
「お父様から話してはどうでしょうか」
と提案した。
そこで空気が持ち直され、皆で公爵に目が行く。
「んっ、んんー、あのだな、その、アルトリシアとリベリアの評判が良くてな、よくできているとお褒めになった先生がいてな。私はとても誇らしかったぞ」
「ええ、ありがとうございます、お父様」
「これからも精進します」
アルトリシアとリベリアが礼を言うと、父は嬉しそうな顔でうんうんとひとしきり頷いていた。
「アンネ、君も何か話すことがあったんじゃないか?」
アンネは扇子を畳み、話そうとしたときに馬車が止まった。
「ちょうどいい所だったのにな、帰りで聞こう」
そういうと父シオンは代表して馬車を下りた。他の馬車で同様に降り立った人が綺麗に歩くクラウソリス家御一行に見とれ、不躾にみてしまったことを恥じて顔をそむける。
そんなことは全然知らないリベリアは動く街灯に目を向けていた。ランタンが空中に浮いており、それは人々が歩く道の先に自動的に光を向ける構造だった。
(とても良いシステムね。自立型なんて。どうやったら・・・・・・術者もいないし。これが出来たら自動で敵を追う魔術が出来るかもしれないのに‼)
羨望と探求心で歯を噛んだ彼女は、この会場に結界が張ってあることに気付く。強固だが、もう少し強くしないと心もとない。
扉の前に待機していた衛兵が、厳かに扉を開ける。
その扉の先には大勢の貴族が顔を向けた。だが、それは遠慮なく見るものではなく影からこっそりと探るものだ。
だが、そんな視線にさらされている公爵家は一切動じず、優雅に足を進める。華やかな会場、立ち回る給仕。がやがやとした貴族たちのしゃべりはこの時だけ声が少ない。
そして高い位置にいる王族の関係者すべてに一度の揃った礼をして脇道にそれる。
これでやっと解散になったと思うがまだ甘い。
これから、お貴族様恒例行事『挨拶回り』が潜んでいる。
最初は親しいものから、徐々に幅を広げて挨拶をする。話題のレパートリーをどんだけ頑張ったと思っている。リベリアはこの時点で僅かにぐったりしながら、歩みを進めた。
母はアルトリシアと。父は私と。
父が最初に向かったのは仲の良い同じ公爵ホムルン家だ。彼らは魔術よりも学歴に秀でたものが多く、次期ホムルン家御党首のディムレットは国の次期宰相候補として名が挙がっている。
確かそうだった気がする。やばい、緊張して話す内容をまるっきり思い出せない。内容を書いたカンニングペーパーは屋敷に置いてきた。
「おお、久方ぶりだな、シエル」
和やかに手を広げて歓迎したのは現当主クロデアだ。そこに控えているとても知的な男性は多分ディムレットだ。
「ああ、久方ぶりだな。元気にしてたか?」
「ああ。そちらこそ」
こんな気軽に話しかけているのは旧知の仲だからだろう。
———節度を持って、公爵令嬢たるものここで公爵アピールを‼
とメアリの叫びが脳内で再生される。
「こちらのお嬢さんがあの?」
どの!? あのって何!?
私いけないことでもしたかしら!?
と慌てる私だが、父は私の肩をぽんっ、と叩く。
「ああ、こういう公の場には連れて来た事無かったからな」
これが挨拶をするタイミングだろう。
利き足を交差させて、ドレスを持ち上げ一礼。
「お初にお目にかかります。公爵クラウソリスに名を連ねます、リベリアと申します。此度はこのような立派な式典で御目通り適いましたこと嬉しく存じます」
この国での挨拶は完璧にしたはずだが。
三者が唖然としている。
何か間違ったことはあっただろうかと心配になる。
「シエル。君の教育は素晴らしいな。ここまでよく磨いたな」
そりゃあ、うちのメイドとフロム先生だからな。
間違ってなくてほっとしたリベリア。
「これはご丁寧に。とても痛み入る。
さ、ディムレット」
「お初にお目にかかります。ディムレット・ホムルンと申します」
綺麗な礼で、ディムレットは微笑んだ。
それに答えるようにして、リベリアも微笑み返す。
そんな感じであいさつ巡りをすること一時間半。ぐったりと給仕に貰ったグラスを置き、テラスでリベリアは涼んでいた。
「うぅぅ、疲れたぁ」
「そりゃあな」
バッと跳ね上がる。こんな醜態をさらすわけにはいかないためにテラスの一番端の人気のないところまで来たのだ。
声のした方向をみると、リオンが正装をきっちりと着こなし、グラスを持ち上げて見せた。
「なんだ、リオンか」
リオンは私と歳が同じように見えるため、仲良くなったものと話しているとしか見られても思われないだろう。
「失礼だな、なんだとはなんだ、なんだとは」
「安心したの。ていうか、その服どこで買ったの?」
彼が身に着けているのは白髪に合うような落ち着いた色合いの青。装飾は見事なもので、良い身分に感じさせる。
「悪魔だから服変えられんの。納得?」
「納得」
ふふっ、と二人して笑う。それは仲の良い家族に見せるときのような笑みでもあり、仲睦まじい恋人の笑い方にも近い。
「私は旅に出るけど、付いてきてくれるんでしょ?」
「もちろん。お前とは夫婦よりも強い絆で結ばれてんだぞ?」
「契約だけどね」
二人で揃って外の景色を見る。二階建てだが、とても高く外は涼やかな風が流れていた。
「久しぶりに踊るか」
会場ではダンスの曲が始まろうとしていた。紳士と淑女が手を握り合い微笑んでいる。
その喧騒から離れた場所にいたリベリアは、楽しそうにリオンを見た。
「踊ってくれますか、レディ?」
「ええ、もちろん」
腕を組んで、その喧騒の中にリオンがリードする。一番最初に踊る人は、婚約者や仲のいい人が望ましいのがこの国の舞踏会のマナー。
そこに、音沙汰のなかった公爵クラウソリスの秘蔵っ子が来て、皆狙うのは当たり前。だが、どこぞの馬の骨とも知らないやつがリベリアと微笑みながらダンスの輪の中に入っていくのである。
貴族たちは唖然とするわ、クラウソリス家も度肝を抜くわ。
だが、他の令嬢は違う。
優しい瞳に、身成の高そうな品のある服。何よりもその甘いフェイスマスクにどきっ、とさせられる人は多いだろう。一緒に生活して慣れ切っている私としてもどきっとした。
「いやはや、自分でもこれほど注目されるとは思ってなかったぞ」
「私だって。リオンがでしゃばるからいけないんじゃない。その女を篭絡できそうな笑みとても止めてほしいわ」
「いや、見せつけてやろうとは思ったけどさ」
ざわざわと声が響く中、二人して背中に冷や汗を流す。
だが、二人とも笑みは絶やさないので、仲睦まじい婚約者同士に見える。
視界に入った家族三人が同じ顔で口が開ききっているのをみて、吹き出しそうになるのを我慢する。
「昔はモッテモテだったんだぜ、俺。流石」
「自分で言ってて苦しくないの?」
曲が始める。リオンが滑らかに手慣れた様子でリードし、動きはリベリアが完璧に合わせてゆく。足の動きは他の令嬢ならやりそうなもつれなど一切起こさず、滑らかに動いてゆく。
「多分、立場がそうだったんだろ」
誰もが二人に集中する中、魅せるような動きでダンスを踊ってゆく二人。
「立場って?」
「大国ドナレヒア。その王子リオン・ハルト・マックスカーの名に聞き覚えは?」
リベリアが息を呑む。三年前、大陸でもっとも大きな国ドナレヒアの第二王子リオン・ハルト・マックスカーが突如体に重傷を負い、亡くなったと聞いたことがある。
結構離れたこの国まで伝わったということは、それなりに大ニュースだったということだ。
「それが、俺。リオン・マーキスの前世よ。顔と体も受け継いでる」
自嘲気味に口角をあげたリオンは、腰に手を回して歩調を合わせ、腕を支点にリベリアを回転させる。緩やかな動きにドレスのスカートが持ち上がり、鳥が翼を開いたようにみえる。
「そんな、何故」
「それなりにな、玉座に座り大罪を司る器としては有能だったんだろうよ」
曲が終わり、皆が踊り終わった中でも二人は見つめ合う。
リオンの憂いたその瞳は、僅かに悲しげだった。
「貴方、大変だったのね。殺されて、悪魔になって、王になって」
「まぁな、だからか知らねぇが俺の二つ名は【小さき王】だよ」
リベリアから離れてリオンは出口へと向かい始める。それを追おうとはしないリベリアに貴族たちは顔を顰めた。アプローチしたかった令嬢も、残念そうに肩を降ろした。
リオンが去って、他の貴族とリベリアが話していた時。
ドォオオン、とけたたましい程の騒音が響いた。
「なっ、えっ」
「何? この音・・・・・・?」
会場が慌てふためき、パニックになった。
すると、慌てて扉を開けた兵士が敬礼も忘れ唾を飛ばして報告した。
「りゅ、竜が‼ 竜がここを襲って、結界が崩れました‼」
報告が耳に入った瞬間、兵士もろともその扉は外側から弾け飛んだ。




