年月が流れて
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気が付けば始めたときは十二だったが、一年が経ち十三という年になっていた。
訓練ばかりで家族の仲は更に遠くなり、アルトリシアは騎士団に入り顔も合わせることが出来なくなっていた。
「一年あっという間だわ‼」
朝。昨日で修業が終わり、今日から両親が決めた圧倒的な量の激務に入る。
「いやぁ、早かった早かった」
ひとしきり独り言をいってうんうん頷いていると扉が開かれた。入ってきたのはメアリだ。いつもの輝きのない瞳とは打って変わり、輝きに満ち溢れている。
あまりの変わりぶりに私は頬を引きつらせた。そんな私にすすすっ、と歩み寄って。
「お嬢様、今日からは怒涛の一週間にてございます」
そこでメアリは満面の笑みで、「教育には私が務めさせていただきます」
な、なんでだろう。冷や汗が止まらないかな‼
「・・・・・・えっと・・・・・・よろしくお願いします」
「はい。こちらこそ」
***
「ぐっ、おぉお!?」
コルセットの締めがきつく、お腹が悲鳴をあげる。ぎちぎちぎちぎち、と布地が音をあげ、がっちがちにきつくしてゆく。
「あのっ、きつっ」
「我慢してくださいましッ‼」
舞踏会で公認のお見合い場である社交場に生半端なドレスはいけない。最近のはやりである『ウエストの細さ(ここ超重要)』を第一に考え、ドレスを着飾るか髪を飾るか考えていくらしい。で、着ていくドレスを何にしようかも今日決めてしまう。理想のウエストの細さは紳士が片手で掴めるぐらいなのだが筋肉の問題でちょっときつい。
このコルセットは食事も入らなくなるぐらいのきつさは当たり前。動きやすいようなドレスばかりを重視して身に着けていたいたためか吐きそうなんだが。胸も押し上げて苦しいし息しにくいし。
「ちょ、まっ、吐く‼」
「これぐらい当たり前‼ 公爵令嬢ともあろう方が何を申されるのですか‼」
怒られました。じゃあ、吐くぞ‼ 吐いてもいいんだな‼ 吐くからな‼
「お嬢様、吐くならここに」
ドレスにぶちまけてやろうかと思ったが、メアリがボウルを持って待機。首を反対側にすれば回り込んでくる始末。
「ふぅ、完成。綺麗なボディーですから、ふんわり系よりぴちっ、としたドレスですかね」
他のメイドさんがメアリに聞くと、真顔でこくりと頷いた。
「ええ、そちらに重点を置きましょう。皆さん、急いで集めてきてください」
メイドさん、高速で散開。どたばたと駆け抜けてゆく。
超ヤだ‼ 誰か‼
そんな心の叫びは知らず、メアリはぶつぶつと呟いている。
「腰のラインを強調する・・・・・・スレンダーラインが好ましいが、スカートはオーバーが良いかしら・・・・・・ハイネックをつけて上品さ・・・・・・すそはアメリカンスリーブで大胆に・・・・・・」
かっ、と目を開くとメアリは傍にいたメイドに耳打ち。すると、メイドもかっ、と目を見開いて「失礼します」と言いつつ私を上から下まで見つめて———「わかりました‼ さすがメアリ侍女頭様です‼」と叫び淑女にあるまじき猛ダッシュ。
一分ぐらい待機していると、散開したメイドさんたちが大量のドレスとハンガーを持って集結。
「では、お嬢様、参ります‼」
ばっ、と横一列に並んでメイドさんがじりじりと近づいてくる。がたたっ、と慌てて後退するも肩を掴んだその手はメリア。にこりと笑った顔は、世界の終わりの様に感じられる。
「ちょ、死ぬ‼ 死ぬ‼ あぁぁあぁ~‼」
「ですから、ルノワール公爵様はこちらで、ボンソワール男爵様はこちらです‼」
「どっちも髭だよ‼ 間違って何が悪いのさぁ‼」
「人のお名前を間違うなど、人として失礼に当たります‼ クラウソリス家のお名前に泥を塗ってはなりません! 生涯付きまとう笑い草になります‼」
ピックアップされた会場に集う参加者の顔と名前、公にされている事情をすべて叩き込む。百人近い顔を見続けて誰が誰だかわからなくなっている。
「で・す・か・ら‼ 何故、ダンス中に顔が引きつるのですか‼」
「別にいいじゃん‼ 笑いすぎて表情筋が死んでるの‼ 笑ってないの‼ ここ数年‼」
「何をおっしゃいますか‼ そんなこと通じるわけがないでしょう! 笑みを絶やさず!
はい、ワン、ツー、スリー‼」
フロム先生にしこまれたマナーも更に磨きがかけられ、礼の仕方から、グラスの受け取り方、男性とのダンスの仕方までみっちり。
女は謎があればあるほど男を引き付けるということで。
話す内容まですべて決められるというこのありさま。
これを一週間続けたリベリアはへとへとで、両親と顔を合わせることは無かった。
***
「久しいな、リベリア」
顔を合わせた両親と若輩だが立派に成長したアルトリシアに対面したのは社交界の直前だった。
僅かに老けたが威厳ある父と、口を扇子で隠した妖艶な母。きっちりと服を着こなすアルトリシア。だが、その口元に浮かぶ微笑みは作り笑いと同じものだ。
「ええ、お久しぶりですわ、父上、母上、それとアルトリシア。大きくなりましたね」
対する彼女は上品に微笑む。薄いパープルドレスに大きく開いた肩口にはハイネックが掛けられ、上品かつ華奢にみせている。オーバースカートの裾は美しくフリルで飾られ、薔薇の刺繍もあしらわれていた。髪はゆったりと結わえられ、後ろ姿ですら美人といっても過言ではない。
この服を選んだのはもちろんメリアだ。
「お姉さまもお綺麗ですよ」
「ふふ、そう? ありがとう」
薄く口紅が塗られた唇を持ち上げ、嬉しそうに微笑えんだリベリア。その笑顔もアルトリシアの前でも完璧で人形を思わるものだ。一年ぶりにみたアルトリシアは十三歳でもう声変わりも始まっていた。昔の様に愛らしいといった風ではなく、凛々しいといった言葉が似合う年齢だ。そこに、次期クラウソリス公爵、剣の腕も一流と来た。これは注目されることは間違いないだろう。
「馬車がお付きになられました」
老執事が四人の後ろで報告する。その言葉を聞いて歩きだす。
公爵とその妻アンネはもちろんのことその後ろを歩くリベリアとアルトリシアも美しく綺麗に歩く。
作法は完璧に、それでいて美しく堂々と歩くその姿は誰もが一瞬息を呑むほどだ。
公爵家の前に止まった馬車の扉が開かれ、四人は乗り込む。その時に後から乗り込むリベリアに静かに手を貸すアルトリシア。
全員が乗り込んだ馬車は静かに車輪を回転し始める。
馬車の中はとても静かだ。魔術で転移すれば良かったと後悔し始めるが、公爵の家に連なるものとしては馬車を使わないことは言語道断だ。アルトリシアとも何を話していいかわからないし。
それに、病のことがあってから一言も話していないのではないかしら。
溜息をつき、仕方なく気分を紛らわすため窓の外を見た。
(姉さん・・・・・・)
自分の横で退屈そうに窓を見る自分の姉にアルトリシアは僅かに顔を曇らせる。
一年前、倒れた時に自分の病を治したのは血のつながった姉リベリアだということは聞いた。だが、その日から姉さんはまるで僕を避けるように勉強を始めた。
父とか母に聞いても笑うだけで何も教えてくれない。久々に会った姉は別人のように変わっている。
これほどまで距離が出来ていたのだろうか。
(姉さん・・・・・・僕は)
アルトリシアは膝の上の手を握る。
家族ですら腹の中を見せないクラウソリス家。
作り笑いしか見せない自分の子供たちに公爵夫人であるアンネは頭を痛めていた。
冷酷と思われがちなアンネだが、中身は意外と子供思いだ。だが、毎日勉強ばっかりのリベリアと、騎士として勉強するアルトリシアは両親をみても微笑むだけ。
今日久々に会ったリベリアは社交辞令のような挨拶をしただけで何も他には語らなかった。
(どうしたものねぇ)
ゆっくりと扇子を閉じてアンネは顔をあげた。
(これは一体どうしたものかな)
無駄に静かな馬車の中でクラウソリス家の主たる私は悩んでいた。
横をみればアンネは何やら考えているし、アルトリシアは何か決意しているし、自慢の娘は退屈そうだし。
アルトリシアの剣の腕は上出来と聞いていて、リベリアの方は近年まれにみる秀才と言われた。恐ろしい程吸収していく、と二人ともお褒めの言葉をいただいている。
二人とも社交界に出すのは初めてで、他の貴族の話では一番の期待が添えられている。
アルトリシアは凛々しく、リベリアは上品に。
王族との婚姻の話が合ったのだが、一応断っておいた。王子じゃないから大丈夫だったと思う。
(だが、この空気はまずいぞ)
話す内容はないから、ちょっとほめてみるか。
父親らしいことは何もしなかったし、リベリアにはいっていないが一応あの職業は区切りがついてきたからそれも後で言うとして。
(退屈だわ、暇)
(姉さんに言いたい)
(ちょっと聞いてみようかしら)
(父親らしくほめる‼)
それぞれの決意を握りしめ、いざ。
「リベリア」「ねぇ、アルトリシア、リベリア」「アルトリシア、リベリア、少しいいか?」
ハモった・・・・・・・・・・・・




