8「猟奇的な発想」
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桜野は終始サロンで読書していたが、僕と杭原さんと琴乃ちゃんはじっとしてもいられなくて塔の中をあちこち調べて回った。枷部さんが云っていたとおりに首切りジャックを探そうというわけだ。出雲さんには、桜野と共にサロンにいてもらった。
十階から順々に各部屋を確認していき、再びサロンに戻ってきた僕達には、しかし何の収穫もなかった。首切りジャックも、彼の存在を裏付ける痕跡も、他の手掛かりも見つけられなかった。
それどころか、新たな問題が浮上した。
枷部さんの姿がどこにもなかったのだ。
無花果ちゃんと新倉さんと香奈美ちゃんはそれぞれの部屋にいた。しかし枷部さんの部屋には荷物が残されているだけだった。首切りジャックを探している彼なのでどこかで入れ違いになったかと思い大声で呼び掛けたが、反応はなかった。
「まさか枷部さんも首切りジャックに襲われたんでしょうか」
枷部さんが僕らから隠れる理由はない。呼び掛けても反応がないならば、それは反応できない状態にあるからと結論するしかない。
「それでも、ひと通り探して死体がないのはおかしいわ……あと探してない場所はひとつだけね」
「どこですか」
「エレベーターのかごの上よ」
杭原さんはエレベーターを呼び出し、乗り込んだ。僕と琴乃ちゃんもそれに続く。かごの天井には換気扇と、救出用の開口部――ハッチがあった。シャフトと云うのだったか、エレベーターが通る空洞を転落させられた能登さんは、そこから回収されて玄関扉の前に運ばれたという話だった。
杭原さんが軽く跳躍して押すと、ハッチは簡単に外れた。
「普通は外からボルトで固定されてるものだけど、能登ちゃんの死体を拾うのに外したときのままみたいね」
杭原さんはまた跳び上がり、かごの上によじ登った。その際に短いスカートの中身が見えそうになって、僕は咄嗟に視線を背けた。
「誰もいないわ。それにしても、真暗ね。琴乃、懐中電灯」
いきなり云われても持っているわけがないと思ったが、琴乃ちゃんは当たり前のように懐から懐中電灯を取り出し、杭原さんに手渡した。それから僕の耳元に口を寄せ「探偵九つ道具のひとつよ」と囁いた。
「ロープ式……それも機械室のないトラクション式ね。これじゃあ隠れようがないわ。あれ?」
「どうしました?」
「血痕がないのよ。能登ちゃんは此処に転落したんだから、派手に血が残ってるはずなのに……こんな綺麗に拭き取る必要があるかしら」
それを聞いた琴乃ちゃんが手を叩いた。
「師匠、きっと逆なんですよ。犯人はエレベーターを十階まで上げておいて、九階から能登さんを突き落したんです。それで一階の扉をこじ開けて回収した。だから血痕があるのは上じゃなくて下の方って寸法です。どうですか!」
「大発見みたいに語るけど、どっちでもいいことね。それと、いつ喋っていいと云ったかしら」
ハッチから飛び降りた杭原さんは、琴乃ちゃんの頭を懐中電灯で軽く叩いた。結構痛そうだ。
「それにハッチが固定されてなかったんだから、やっぱり能登ちゃんが落ちたのは上なのよ。じゃあなぜ、わざわざ血を拭き取ったのか……」
「それよりも杭原さん、枷部さんが本当にどこにもいないですよ」
「まぁ隈なく探したとも云えないから、どこかに隠してあるんでしょう」
隠してある。その云い方から、杭原さんはもう既に枷部さんが殺されたものと断定しているのだと知れた。僕はぞっとして、エレベーターから出ると、安心感を得るために桜野のもとへ向かった。彼女は壁際のソファーに座って読書していた。出雲さんはその隣にいる。
「お疲れ様ぁ」
「どうでしたか?」
「枷部さんが消えてしまったんです。杭原さん曰く、もう手遅れなのかも……」
出雲さんの顔から血の気が引く一方で、桜野は意にも介していない。文字を追う目の動きが止まっていない。
「枷部さんは獅子谷氏と違って確かにいたんですから、完全な消失なんて不可能なはずなんですが」
「塚場くんはすぐに不可能なんて断じるよね。良くないよぉ、それは。不可能なんてものはね、本当は希少なんだ」
「でも桜野、玄関扉が使えない以上、この塔からは出られないだろ」
桜野は首を横に振った。
「この塔には玄関扉の他に出入りできる隙間はない、生きた人間にとってはね。でも身体を細かく刻めば、トイレにも流せるし、排気口からも外に捨てられるよ」
思いの外、猟奇的な発想だった。出雲さんが「そんな……」と唇を震わせて、自らの肩を抱く。僕は彼女を安心させるために「いや、僕らの捜索が行き届いていないだけですよ」と云ったけれど、根本的な解決にはなっていなかった。