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4 餓狼

『この話おもろないんじゃ、ボケ』とか、

『テメェ、なろうの機能使いこなせてねぇよ』とか、

小さな事でも感想がいただけたら幸いです。


 翌日の月曜日。昼休みになって、当然のようにノブコが現れた。

「やぁやぁ、二組諸君、ご機嫌麗しゅう!」

 クラスのドアの前でそんな風に大声を出すと、一直線に俺の元にやってくる。

「カツベもご機嫌麗しゅう」

「麗しくはないな」

 ポチポチと弁当を突く俺の姿のどこが、ご機嫌麗しく思えたのだろうか?

「あれ? 『ご機嫌麗しゅう』ってそういう意味なの? てっきり、たんなる挨拶だと思ってたんだけど?」

「よくわからない言葉を使う前に、ちゃんと意味を知っておくんだな。後々恥をかくぞ」

「そん時ゃカツベが正してくれりゃ良いじゃーん」

「俺が常に傍にいるとは限らんだろ。ちょっとは考えてモノを言え」

「ケッ、こんな可愛い娘っ子が可愛げのあるセリフを吐いてるってのに、カツベはそんなんだから彼女もできねぇんだよ」

 急に態度を一変させて毒づくノブコ。いや、これもいつもの事だから慣れたものだがね。

 俺の目の前にいる喜野も、にこやかに日常風景を眺めながら弁当を突いている。

「二人は本当に仲が良いねぇ」

「でしょ!?」「どこが!?」

 全くもって見当違いな事を言い始めるから、ついつい大声を出してしまった。

 ぐっ……足が痛い……。

「おやおや、どうしたカツベぇ。いきなり顔をしかめおってからにぃ」

「なんでもねぇよ」

「勝吾はね、筋肉痛なんだよ」

「バカヤロウ、喜野! バラしてんじゃねぇ!」

 そう、俺は昨日の野球部との勝負の影響で、本日太ももからふくらはぎにかけて筋肉痛を患っているのです。

 原因は恐らく、キャッチャーをしていた時の上下運動だろう。

 ミットを構える時はしゃがんでいるが、ピッチャーに返球する時は立ち上がる。そんな事を繰り返していれば、それはスクワットと変わりない。

 チクショウ、普段の運動不足が祟ったか……。

「勝吾はこの体たらくなのに立風さんは元気そうだね」

「鍛え方が違うんだよ! そこな軟弱ボーイと一緒にしないでくれたまえよ、ヨシノぉ」

「これは失敬」

 くそぅ、運動量で言えばノブコの方が圧倒的に多いはずなのに、コイツが筋肉痛じゃない方がおかしいんだ。俺は悪くないぞ!

「昨日の勝負と言えばさ」

 ノブコが思いついたように手を叩く。

「今日、祝勝会でもやらない? 適当に町をぶらぶらして遊ぶの!」

「俺は今しがた、脚が筋肉痛である事を明かしたばかりだが、ぶらぶらするってのは拷問か何かか?」

「カツベはちょっとぐらい我慢しなよ。ね、ヨシノ!」

「そうだね、菖蒲先輩も誘って、パーッとやろうか。経費は部費で落ちるでしょ。なにせ大量の部費がショーブには落ちてるわけだしね」

 なるほど、部費にはそういう使い方もあるか。……いや、でもそれって横領じゃね?

 俺が大丈夫なのか、と疑問を膨らませている間に、ノブコと喜野はすっかりその気になってはしゃいでいる。

 お、俺は知らんぞ。


 急遽決まった祝勝会とやらは、先輩の都合がつけば今日の放課後にも行われる事になったらしい。俺はその話をなんとなく聞き流しつつ、

「じゃあ、あたしは戻るわ」

 と、ノブコが帰っていくまでダラーッと時間を過ごした。

 ノブコがいなくなると、すぐにチャイムがなる。

「じゃあ、僕も席に戻るね」

 そう言って喜野も帰ろうとした時、ふと思い出す。

「なぁ、喜野」

「うん?」

「今の生徒会の顧問はどうやら臨時顧問らしいんだが……その教師が誰だかわかるか?」

「生徒会の臨時顧問? もちろんリサーチ済みだけど……もうすぐ現れるよ」

 喜野は不敵な笑みを浮かべ、明確な答えは残さずに席へと戻っていった。

 もうすぐ現れる、とはどういう事だ?

 それを考え始めようとした時、五限目の授業である数学の教師が現れた。

 ヒョロっとした体格の、メガネをかけた男性教師。尾張正人。

 なるほど、彼が生徒会の臨時顧問か。

 尾張教諭は温厚な人柄で、口調も穏やか、荒事など好みそうにない性格が外側からでも読み取れるような人物だった。

「はい、授業を始めます」

 授業開始の挨拶も、なんだかよろっとして頼りない。

「尾張センセ! 今日、宿題忘れましたぁ!」

 授業が始まろうとした時、ガタリと椅子を鳴らして男子が立ち上がる。

 どうやら宿題忘れの自己申告らしい。

「う? うん、じゃあ今度……」

「今度持ってきまぁす!」

 あの男子、見るからに持ってくる気は皆無だな。席に座った途端に近所の男子と雑談を始めやがった。それを諌められない尾張教諭も、その反応はどうなんだ。

 なるほど、野球部の増子先輩が言っていた『生徒会長を御しきれてない』と言うのは本当かもしれないな。

 あの完璧超人生徒会長なら、尾張教諭を逆に手玉に取る事だってありえそうだ。

 心なしか、尾張教諭の顔にも心労が認められる気がする。

 俺はそんな風に尾張教諭を観察しながら、適当に五限目の授業を受けるのだった。


****


 世界と言うのは不思議な物で。

「祝勝会? 良いね、やろうやろう」

 俺の希望は聞かれないのに、ノブコの望みは叶ってしまうのだ。

 放課後に部室にいた先輩に祝勝会の話をすると、二つ返事で了承されてしまった。

「いえーい! さっすがセンパイ! 話がわかるーぅ!」

「これで多数決成立だね、勝吾」

 チクショウ! 俺は負けないぞ! 俺の太もものために!

「せ、先輩! こいつら、部費を横領しようとしてるんですよ!? 部長として何も言わないんですか!?」

「うーん、そんな事言っても、部費は毎月毎月配られちゃうんだよね。それを腐らせておくのも勿体無いじゃない?」

「だったらもっと有意義な事に金を使いましょう! 例えば……そう! この部室をもっと利用しやすくするんです! クーラーを置いて、テレビを置いて、パソコンを置いて、冷蔵庫を置いて、あとはそうだな……なにか適当に家電を置くんです!」

「それこそ横領だと思うけど……祝勝会って言っても数千円で済む話でしょう? 横領に使うお金は少ない方が目溢しをしてもらいやすいわ」

 くそぅ、俺だって今日が筋肉痛ピークでなければ別に反対などしないのに!

 鈍痛を絶えず訴えている太ももが恨めしい!!

「それにね、」

 口を開いた先輩は、一度逡巡してから『まぁいいか』と言った風に言葉を繋ぐ。

「ショーブで使わなかった部費は、年度末に学校側へ還元されるのよ」

「は?」

 先輩の言葉に、俺はアホのような声を漏らしてしまった。

 声こそ出さなかったものの、喜野も同じような顔をしている。ノブコだけは状況がわからないようだった。アホめ。

「せ、先輩? それって、もらった部費を学校に返してる、って事ですか?」

「そうよ。例年は使用額がすずめの涙って程でね。毎回ほとんどの部費を返却している事になるわ。第一期のショーブの頃から部室の設備も大して変わってないし、その頃から出費はほとんどなかったみたい」

「じゃ、じゃあこのショーブの存在ってなんなんですか!? どうして初代は部費を大量にせしめる必要があったんです!?」

 そんな約束を学校側と取り付けていたなら、部活に所属している連中をいたずらに苦しめているだけになる。既知の事柄を並べ立てただけでも既にヒールっぽさがバリバリする初代部長とやらだが、これ以上ともなると今後の進退についても考えなければならない。

「話すと長くなるんだけど……ちょっと祝勝会が遅れても良い?」

「構いません。ぜひ、聞かせてください」

 俺は椅子に座り、先輩が対面に、喜野が右手に、ノブコも状況が読めてないなりに左手に座った。

 なにせこの話はショーブの存在意義を問う話だ。ショーブの部員全員が聞いておく必要があるだろう。

「まず、初代部長は中学生の頃、バリバリの野球部員だったらしいの」


****


 先輩の話す内容は以下の通りだ。

 元々野球少年だった初代部長は、この蓬台高校に入学しても当然のように野球部に入部するつもりでいたそうな。

 初代部長は地域のリーグでブイブイ言わせたスラッガーで、どんな投手も安全策を取って敬遠してしまうような、一打で形成を逆転出来る能力を持った選手だったのだ。

 だが本人の頭はすこぶる悪く、このおちこぼれ高校である蓬台に入学したらしい。他校にてスポーツ推薦の話も持ち上がったのだが、それが立ち消えてしまうほどの頭の悪さだったのだそうな。逆にどれほどの物か興味がわいてしまう。

 さて、そんな野球少年は蓬台高校に入学して絶望を覚える。

 この高校は確かに『やる気のある生徒』に対してはとことん注力し、その手のトップへ押し上げられる程度のバックアップをしてくれる。だが、野球をはじめとするチームスポーツは一人では出来ないのだ。たった一人の名選手を育て上げたとしても、チーム、部活としての名声がなければ、その名選手だって目立たない。

 蓬台高校は毎年毎年、野球もサッカーもラグビーも、チームで行うスポーツは概して結果を残す事が出来ず、名選手たり得た人物も多くが涙を飲んだと言う。

 しかし、すこぶるバカだった初代部長は、絶望こそ覚えたが、しかしそこで挫ける事などなかった。

 そのバカは考えたのだ。チームスポーツが泣かず飛ばずなのは、チーム全体の士気が低いからだ、と。実際、彼の代でも野球部はそのほとんどがやる気のない部員ばかりで、初代部長がどんなに檄を飛ばしてもバットもグラブもボールも握ろうとはしなかったそうな。

 いや、初代部長という輝かしい原石が入部してきた事も、彼らのやる気のなさに拍車をかけたのだろう。やる気のない部員と言うのは『そのスポーツが好きだけど、才能に恵まれず、努力も怠ったおちこぼれ』である。

 そこに才気溢れ、努力を惜しまない人物が現れたりしたら、どう思うだろう?

 僻み、妬み、ひねくれまくった根性を全開にして、やる気を根こそぎ消火させてしまうだろう。

 しかし初代部長は知っていたのだ。努力すれば誰でも輝く事は出来る。トップを取る事が目的ではなくとも、その人のベストを尽くす事が大事なのだと。

 故に初代部長はその起爆剤となろうとしたのだ。

 やる気は『消火』出来たのだ。ならばそれ以前は『燻っていた』と言う事。火種があるなら再び燃え上がらせる事だって出来る、と考えたのだ。

 バカらしい、真っ直ぐで、それでいて気持ちの良い考え方だった。

 だから初代部長は、全ての部活から部費を取り上げ、ショーブに勝利した部活に部費を分け与えると確約する。

 ショーブの勝負方式はショーブと相手のどちらも勝負方法を提示する。相手が得意な勝負方法を提示する事が可能なのだ。

 部活に所属している連中の得意なモノとはなんだろう? なんて、考えるまでもない。

 部活に所属しているならば、それなりの心得がある。なかったとしても部活にてそれを教えてもらえるはずなのだ。部活外の人間に遅れを取る要素は少ない。

 要約すれば、バカの考えとはこうだ。

 部費が足りない→ショーブに勝負を申し込もう→でもどんな勝負方法? →部活でやってる事で良い→じゃあ練習のために部活をやろう!

 この考え方は、最初は一部の部活でしか扱われなかっただろう。初代部長の所属していた野球部などは部費など必要ないから、ダラダラやらせろとでも言ったかもしれない。

 しかし、それは蓬台高校内の一大ムーブメントとなる。

 どの部活も部費は切り詰められているはず。そこに来てショーブなんてわけのわからない部活が部費を掻っ攫っていったのだ。それが面白いわけもなく、諸部活はショーブから部費を取り返そうと躍起になったはずだ。

 部活だけでなく、一般生徒にも色々な形で部費があてがわれるのだから、それが大きな騒ぎにならないわけがない。

 今までチームスポーツをやっていた連中も、その熱気に当てられる。

 初代部長ただ一人がどれだけ『頑張ろう!』と声を上げても、それは所詮小さな声でしかない。だが、それが学校全体から上げられた声ならばどうだろう?

 きっと当時のチームスポーツを取り扱った部活も、その熱に乗っかったに違いない。

 こうして蓬台高校はチームスポーツでもそこそこの活躍が出来るようになった。

 全てはショーブを立ち上げた初代部長のバカな思いつきによっての出来事である。

 それを迷惑と考えた連中もいるだろうが、結果としてプラスマイナス、どちらに転んだかと言うのは……それは俺の知るところではない。

 ただ、そのバカな考え方は、なんとなく共感できた。

 それだけで十分だ。


****


「――と、いうわけ。ご清聴どうも」

 ペコリと頭を垂れた部長は、話を終えた。

 外は既に夕暮れ。初夏の長い日照時間を考えれば、そろそろ七時頃か。

「だからね、ショーブにも、初代部長にも、あまり酷い事は言わないで。他の誰でもない

ショーブの部員である貴方たちには、それを覚えておいて欲しいの」

「……わかりました」

 俺は深く頷く。

 バカなりの考え方。ショーブの初志。全て聞かせてもらった。

 初代部長は、ショーブを立ち上げてから恐らく、野球部には戻れなかっただろう。自分でやり始めた事を投げ出すような人だったなら、最初からショーブなんて立ち上げなかったはずだ。彼は卒業までショーブを守り続けたのだろう。

 それはどれだけ無念だっただろうか。元は野球少年だ。本当は野球がやりたかったに違いない。

 ならば、そんな無念を圧して偉業を残した先達に、俺はどんな言葉を向ければ良いだろう? 一つわかる事は、それは『罵声』などでは決してありえない、と言う事だ。

 誰かショーブをバカにするようなヤツがいれば、俺がぶん殴ってやる。

「そんな話を聞かされたら、生徒会との勝負も、絶対負けられませんね」

「当然よ。負けるつもりはないわ」

 先輩の力強い笑みが、沈みかけた夕日に照らされた。

 彼女も、初代部長の意志を継いでるのだ。

 何を思って先輩がショーブに入ったのかは知らない。だが、彼女はショーブを守ろうとしている。つい先日までたった一人だったショーブでも、へこたれず、あがき続けた。

 強い人なんだな、と思った。

「でも待って。それっておかしくないかな?」

 その時、喜野が声を上げる。

「結局、余った部費を返すのなら、学校側にマイナスは少ないはずでしょ? 部活に所属している人たちが部費を取り戻そうとするのはわかるけど、生徒会や学校側がショーブと敵対しているのは道理ではない気がするよ」

「そうね、喜野くんの疑問ももっともだわ。これには幾つか理由があるの」

 予想していた質問の様で、先輩は特に驚いた様子もなく頷いて答える。

「まずはショーブの部費還元はショーブと生徒会、学校側の間のみで取り決められた約束であり、秘密裏にされている事。これが知れ渡れば、ショーブの存在は単なるペテンや狂言でしかない。図式はしっかり『ショーブ対生徒会、学校側』でなければならないの。それを他にアピールするためにも、生徒会は度々ショーブに挑戦状を持ってきて、大々的な勝負をする。蓬台高じゃ結構有名なイベントよ」

 秘密の約束とやらがバレればショーブすら生徒会、学校側の末端機関だと思われても仕方がない、と言う事だろう。ショーブが存在する事で学校側は部費を他の部活に回さずに済むのだから、諸部活に害はあれど、学校側に損はない――

「二つ目に、ショーブの存在は確かに、学校の財政を圧迫しているのよ」

 ……と思ったがそうでもないらしい。

「幾ら年度末に還元されるとは言え、それは繰越金にはならないの。部費として支給されたお金は、その年度の内に消費されなければならない。そうでなければ本当に横領事件になってしまうわ。部費をわけのわからない部活につぎ込み、それを最後に回収して浮いたお金を作り出すわけだからね」

「するってーと、年度末に何か宴会でもして消費してるって事ですか?」

「それもバレれば問題になる。そうじゃなくて、学校側が取った策は年内に赤字を出す事よ。ショーブから還元される部費の分、きっちりとね」

「最後の最後に帳尻合わせで部費を回収してるって事か。回収できる事がわかってりゃ赤字の出るような無理な金策も通るって話だな」

「主な用途は学校行事の強化って話らしいわ。そのお陰で体育祭や文化祭なんかの行事や修学旅行なんかも豪華に出来るらしいの。でも、それも学校側にリスクがないわけじゃない。結局は生徒を騙してるわけだし、それがバレればバッシングは免れない」

 つまり、出来るだけ一般生徒や学外の人間なんかにショーブと学校側の関係が悟られないように、デモンストレーションでもなんでもショーブとの対立をアピールしなければならない、と言うわけか。

 学校側からしてみれば、ショーブに勝てばそれだけリスクも軽くなるだろう。ショーブに割いている部費の所為でピンチに陥っているのだから、それを回収する意味はある。

 一方、ショーブにとって見れば、現状が長く続けば続くほど良い。何せ初代部長の願いとは全部活の活性化。現在もそれが維持しているのだから、ショーブの存在意義は今もなお健在であると言える。

 この状況は学校側にとってリスクはあれど、好ましい状況なはずだ。

 部活の活性化は結果に繋がる。実際、各部活は年々成績を上げているらしい。蓬台高校としてある程度実績を残す事が出来れば、学校の名誉にもなる。学校だって一種の客商売だ。生徒を募らなければ立ち行かない。そのために部活の成績と言うのは客寄せの看板としては常套手段である。

 ……だったら何故? と、疑問が残る。

「カツベくんも気付いたみたいね」

「……ならば何故、今年に入って生徒会は本気でショーブを潰しに来たのか、ですね」

 理由は考えられる。部活動の活性化も『十分』と考えられ、ショーブの存在がリスクだけになってしまったから、と言うもの。それならば強引な廃部手段として人員を削減するなどの方法もありえる話である。

 だが、今もって蓬台高校の団体競技の部活は弱小と言われている。確かに結果は残しつつあるが、それでも発展途上だ。

「起爆剤、としての役目を終えたって事かな」

 喜野が呟く。確かに、それもありえる。

 ショーブは初代部長の時から『起爆剤』として捉えられた。ならば、その役目を終えていると言われればそうだ。各部活のやる気には火がつき、起爆剤としての役目は既に終えている。だが、その維持力はどうだろう?

 蓬台高校のスタンスは変わっていない。『やる気のある者にはバックアップする』と言う立場を堅持している。逆を返せば『やる気のない者は放置』と言う事だ。

 野球を例に挙げれば、チームは最低でも九人要る。

 その全てが果たして、学校側の認める『やる気』を持ちえるだろうか?

 毎年必ず入れ替わる部員の全てに、そのやる気を維持させる事は出来るのだろうか?

 未だ弱小校である蓬台高校に、そうそう有望なプレイヤーは入ってこないだろう。とすれば年々、成績も落ちてしまうはず。それを努力とやる気で補っているのが現状。その源となっているのはショーブだ。

 今の状況でショーブを排するのは早計と言わざるを得ないだろう。

「生徒会と学校側がショーブと対立している理由の三つ目よ。それは私たちが知りえない、何かがある、と言う事」

 結局のところ、その『わからない何か』と言うのが重要そうだった。

 だが、今の俺たちにそれを知る術はない。

 全員が諦めたように口を閉ざした。

「……あ、話、終わった?」

 そこにすっとぼけた声が響く。言わずもがな、ノブコである。

「お前なぁ、今までずっと黙ってて、やっと発した言葉がそれか」

「だって、みんなして難しそうな顔して難しそうな話してるからさぁ。こちとら遊びたくて仕方ないってーのに、いつまで待てばいいわけ? って感じになるじゃん」

「大事な話してたんだぞ? ショーブにとって結構大事な!」

「つっても、結局結論なんか出なかったんでしょ? だったら無駄な時間だったよ」

「……無駄ってお前……」

「過去とかどーでもいいの。あたしは未来を生きてるんだから」

 コイツは能天気で、本当に羨ましい。

 俺が呆れていると、対面で先輩が笑っていた。

「ふふ、そうね。つまんない話をしちゃったわね。時間もおしちゃうし、早速遊びに行こう。もちろん、部費で!」

 思ったより先輩も乗り気だったらしく、部室に隠されていた金庫から数枚の札を取り出し、ニッコニコしていた。お、俺は横領なんか知らんぞ!


****


 やって来たのは、近所に最近出来た、複合娯楽施設。カラオケ、屋内スポーツ、ゲーセン、色んな娯楽をごちゃ混ぜにして一つの建物の中にぶち込み、時間制の料金設定で遊び放題、と言う場所。

 俺も初めて足を踏み入れたが……。

「こりゃすごいな」

 圧倒された。広い室内に色んな遊具が揃っており、それらが更に階層分けされていて、一階はゲーセン、二階はボウリング、三階はカラオケ、四階はネカフェといった感じ。広い敷地を最大限活かし、娯楽をギュッと凝縮させたのがこの施設と言うわけだ。

 料金も後払いなところがにくい。客に時間を忘れるほど楽しませて、最後にはその分の支払いをさせると言う、悪魔の所業もかくやといったものだ。俺がこの料金設定のお陰で、カラオケに行った際に何度泣かされたか。……ええ、歌うのは好きです。

「さぁて、なにして遊ぼっか!?」

 受付を終えた途端、ノブコが走り出す。

「まずは全員で、カラオケで喉でも潰しますか!?」

「まぁ待て、ノブコ。物事には順序と言うモノがある」

 浮かれるノブコを制し、俺は一つ咳払いをする。

「カラオケと言うのは、存外体力を消耗しやすい物なのだ。加えて、四人で回すとなれば相応の時間がかかってしまう。よって、一番最初にカラオケを持ってきて、体力と時間を消耗するのは下策といえよう」

「お、おぅ、だったらカツベはどうしたらいいと思うのさ?」

「まずは元を取る。三時間で千円以上取られてるんだ。全員で回転率の高いビデオゲームで遊ぶッ!」

 カラオケをやった場合、三時間なんてすぐに消化されてしまう上に、コストパフォーマンスを考えれば完全にマイナスだ。となれば、今回はカラオケを度外視する。

 料金プランは三時間でお一人様千三百円程度。時間で計算すれば一人で一時間に四百円以上消費しなければ元は取れない。すなわち、これがショーブのボーダーラインになるわけだ。

「これは言わば……俺たちショーブと、この店の勝負である!」

「おぉ、カツベが燃えてる!」

「まぁでも、元を取るって言うなら、プリクラを数枚取れば十分だけどね」

 喜野が指を指す先、そこには何ともきらびやかで俺には近寄りがたい雰囲気の筐体が立ち並ぶ一角があった。アレに見えるはプリクラと呼ばれる写真シールの撮影機。証明写真を取るアレの亜種みたいな物。

「バカヤロウ。履歴書にも貼れない写真を取る必要がどこにある。男子たる者、ここは対戦台でだなぁ……」

「プリクラ! あたし、カツベとプリクラ撮りたい!」

「僕も勝吾とプリクラ撮りたいな」

「じゃ、じゃあ私もカツベくんとプリクラ撮りたい」

「お前らなっ!?」

 くそぅ、俺はあんな浮ついた場所には近付きたくないと言うのに! なんか、野郎には近寄りがたい雰囲気がプンプンするんですよ、あの一角!

「喜野! お前だって、昔は俺と格ゲーで張り合った仲だろうが!」

「勝吾、こういうのには順序と言うモノがあってね。先に効率よく元値を回収した方が良いんだよ。それには単価が高くて回転率の良いモノを選ぶ必要があるんだ」

「そうだぞ、カツベ。ここはヨシノの言う通りだ」

「くそっ、お前ら……ッ!」

 自分の言を引用されているだけに反論しがたい。しかもプリクラは格ゲーの対戦台よりも単価が高く、回転率は驚くほど良い。どの点をとっても俺の提案よりも優れていると来ている。反論する隙がない……ッ!

「観念しなさい、カツベくん」

「先輩まで……わかりましたよ、撮りゃ良いんでしょ」

 たかがプリクラごとき、写真に魂を抜かれるのを恐れているわけでもないのに、そこまで拒否する必要もない。

 俺は諦めて垂れ幕をくぐった。


 聞いた話によると、プリクラとやらは一枚四百円程度が相場らしい。

 って事は、入場料の元を取るためには、みんなで四枚程度のプリクラを撮ればそれで良い。そう思っていた時期が俺にもありました。

「え? なに? 一人ずつ撮るの?」

 何故か筐体の前に出来上がる、ショーブ部員の列。

「あたしたちとカツベで一枚ずつ、合計三回」

「なんで俺だけ全員と撮らにゃならんのだ」

「大丈夫大丈夫、最後に全員で一枚撮るから、カツベは元取れる計算だよ」

「そんな話はしてねぇよ」

 なにコイツ、日本語通用しないの? バカだバカだと思ってたけど、そこまでバカなの?

「先輩も喜野も、ノブコに付き合って並んでるんじゃないよ」

「え? 僕もそういう話だと思ってたけど」

「私たち、ちゃんと言ったわよ? 『カツベくんと』撮りたいって」

 それってそういう意味なの? なんで全員で一枚じゃダメなの?

 俺には理解できない色々な事象が渦巻く中、些細な疑問など雑事とみなされたようで、ノブコは俺の背中を押して垂れ幕をくぐる。

「さて、最初はあたしっと!」

 布で区切られた小部屋の中はどことなく息苦しかった。

 手を広げてグルリと一周できるほどのスペースはあるし、ちゃんと換気はなされているのだが、それでもなんとなく落ち着かない。ここが俺の入った事のない未知の空間ゆえのプレッシャーか。

「なに、カツベぇ、まだ緊張してんの?」

「そ、そうじゃねぇし! 俺が緊張するわけねぇし!」

「ククッ、この程度で緊張するとは、カツベもまだまだ小物よのぅ」

「緊張してねぇって言ってるだろうが!」

「はいはい、戯言はいいから、さっさと撮りましょうねぇ」

 俺の主張を無視して、ノブコはさっさとタッチ画面を突いていた。

 くそぅ、ノブコのクセに生意気な……。

「はい、設定終わりっと」

「おや、意外と早いな。もっと時間のかかるものかと」

「時間がかかるのはこれからだよ。楽しみにしてな」

 ニヤリと邪悪な笑みを浮かべるノブコ。嫌な予感しかしない。


 その後、予感は的中する。

 正直、俺はこのプリクラと言うヤツを撮った事がないのだが、何故複数のポーズを撮らなければならないのか。

 確かに学校行事で撮られる記念撮影も、予備を含めて二枚撮る。だが、それでも二枚だ。六ポーズなんて撮ったりしないだろう。

 ノブコはノブコで、その六枚を全て色んなポーズで撮るもんだから、横にいる俺のなんと無様な事……棒立ちってこんなに滑稽なんだね。

 流石に四枚目くらいになると場の空気にもなれたので、適当にピースなんかをしてみたりしたが、はっちゃけてるノブコの横では、テレビ番組の中継に見切れた素人よろしく、最早背景の一部でしかなかった。

「ふーっ、撮った撮った!」

「つ、疲れた……」

 これからあと二人分、いや全員で撮る分を入れれば三回分か。これを繰り返すと思うと、心労で胃に穴が開きそうだ。

「おいおい、カツベぇ。何を一息ついてんのさ。これからが本番だよ?」

「ほ、本番?」

「そう。落書きターイム」

 タッチペンを持ち出したノブコ。画面にはさっき撮った写真が並び、どれにどんな落書きをするか選べるようだった。

「ら、落書き……? なんでそんな事をする必要が!?」

「その方が可愛いじゃん?」

 ノブコの口から『可愛いじゃん』なんて言葉を聞かされることになろうとは。

「……お前はこういうの慣れてんのな」

「ふ、ふっふーん、伊達に女子高生やってないっての!」

 妙な間が空いたようだが、この時の俺はそれに気付く余裕すらなかった。


 その後、長く苦しい落書きタイムを終えると、六枚分の写真シールが排出される。

「はい、これカツベの分。大事にしろよ!」

「へいへい……」

 たった一回だけでげっそりとやせ細ってしまったような錯覚を覚える。

 俺はノブコから切り分けられた写真シールを受け取り、カバンに仕舞った。

「次は僕だね」

「喜野……マジでやるのか。野郎同士だと結構苦だと思うぞ」

「大丈夫大丈夫。僕は男同士で撮ってる人とか知ってるし」

「マジか。こういう機械って野郎だけで近付いちゃダメって相場が決まってるんだろ?」

「偶にその制限がない場所があったり、そもそも今の僕らみたいな、男女のグループで来る人もいるしね。そういう場合には店側もスルーするみたいだよ」

 なるほどね……。


 何とか六枚分のポーズを撮り終える。気付いたんだが、これをもう一周するとなると、俺の中のポーズの引き出しが空になるどころか、在庫不足でお客様からクレームが来るレベルになるんだが……。

 そんな後々の心配にふけっていると、喜野が落書きをしながら口を開く。

「そう言えば勝吾はさ、菖蒲先輩と立風さん、どっちが好みなの?」

「……お前はいきなり何を口走ってるんだ」

 唐突過ぎて上手い切り返しも思いつかなかったわ。

「選ぶにしたってあの二人のどっちかってのは極端すぎないか?」

「その方が選びやすいでしょ? 微妙な違いだったら甲乙つけがたいって事にもなると思うけど」

「極端な場合はどちらも長所短所があって選びにくいって事にもなるだろ」

「ふむ、言い渋るね?」

「って言うか困惑してるんだよ。なんでお前と中学生女子の修学旅行夜話みたいな事を、この場面でせにゃならんのだ」

「だってほら、勝吾が好きな人がいたら、僕としても困るじゃない」

 ……はっ!? もしや、コイツ……。

「お前、ショーブの中に好きなヤツがいるのか!?」

「何を隠そう、その通りだよ」

 ……読めたぞ、喜野の思惑。

 俺が仮に先輩かノブコのどちらかを好いていたとして、それが喜野のターゲットと被った場合、色々と面倒くさい事になるから、先に確認しておこう、と言う事か!

 慎重派である喜野ならば考えそうな事だ。

「くっくっく、喜野よぉ、それは杞憂と言う物だぜ」

「どうしたの、いきなり」

「お前が仮にどちらかを好きだったとしても、俺は別に何も言やしないよ。お前の好きなように恋愛すればいいじゃねぇか。学生生活には――事『青春』と呼ばれる時分にゃ恋愛は切っても切り離せねぇからな。俺なんか気にせず存分に謳歌すると良い」

「ふぅん……まぁいいけど。じゃあ勝吾はあの二人のどちらも、特別好きではないって事だね?」

「ショーブの仲間として、友人としてなら好意に値するけどな。それ以上ってのは考えた事はないね」

 何せ、先輩はよしとしてもノブコはかなりアレだ。

 確かにノブコは、黙ってりゃ美人だ。ルックスだけで言えば学校内のトップレベルと言えよう。加えて、どうやらお嬢様の様でもあるし、家柄としてはこちらが気後れする程であると推察できる。しかし、中身は行き止まり番長である。その要素が全てのプラスを打ち消しているような気がしてならない。

 片や先輩は、低身長童顔ながら、理知的でショーブ内では物静かな方であろう。立ち振る舞いには年下の様な可愛げがあり、しかし口を開けば歳相応の思慮が感じられる。その上で芯は強く熱いハートを持った強い女性。……あ、いや忘れちゃならんのは、ちょっと前の喫茶店での一件だな。変に背伸びしようとして、身の丈にあわない事もやってしまうところもある、ってのを追記しておこう。

 あれ、これって考えるまでもなくね?

「おぅ、喜野。さっきの質問だが、俺があの二人と無人島に残って、どちらか選らべって言われたら、間違いなく先輩を選ぶな」

「勝吾ならそう言うと思ったよ。でも、実際そうなってみたら、案外口で言うほど易くはないと思うよ」

「お前は俺の何を知っていると言うのだ……」

「中学からの付き合い程度には、君の事を知ってるつもりだけど」

 くそぅ、手強い。


 そして最後は先輩である。

「よ、よろしくお願いします」

 垂れ幕をくぐった先輩は、どことなく緊張しているようだった。

 そんな反応をされると、俺も困ってしまう。さっきの喜野の質問があいまって、俺まで緊張してしまうではないか。

「わ、私、プリクラって撮った事ないんだよね」

「現役女子高生が何を仰る」

「現役女子高生だってプリクラを経験してない人ぐらいいますっ! きっと! 多分」

 語気が尻すぼみになっていると言う事は、クラスメイトなどは既にプリクラ経験者ばかりと言う事か。

 ここは俺がイニシアチブを取って行動せねばならんな!

「よぅし、先輩。ここは俺に任せなさい」

「おぉ、頼もしい! それではよろしくお願いします」

「うむ、苦しゅうない」

 これまでの二度はノブコと喜野に操作を任せっきりにしていたが、それをただボーっと眺めていただけではない事を見せてやる。

 とは言え、今のご時世、ユーザーインタフェースのしっかりしたモノばかりだ。幾ら素人の俺でもさくさくと事は進み、撮影にまでこぎつける。

「さて、準備はいいですか、先輩」

「え? え、あ、はい」

 なんだか無駄にかしこまってる。ホントに大丈夫か、この人。

「もうすぐ撮られますんで、何かポーズをとって下さい」

「ぽ、ポーズ!? ピースとか!?」

「そうそう、レンズに向かってダブルピースしてください」

 どうやらテンパってるらしい先輩は、俺の言う通りにダブルピースでレンズの前に立った。プレビュー画面には引きつった笑顔の先輩がダブルピースでドアップだ。

「もう少しスペースを作ってくれないと、俺が入る隙がないんですが……」

「あ、そうか。……あれ、このプレビュー画面……」

 マジマジと先輩が見つめる画面には、ポーズ例みたいなモノが表示されている。どうやらポーズに困った人宛の救済措置の様で、なるほど二人で撮るならこんなポーズもありだよ! と朗らかな口調でアナウンスされれば、それもアリだと思えるな。

「ええと、カツベくんはここに立って」

「え? このポーズで撮るんですか?」

「いいから、早く! 時間なくなる!」

 撮影までのカウントダウンは始まっている。確かに早くしなければ。いや、しかし。

「ホラホラ、早くしないと!」

「わ、わかりましたよ」

 プレビュー画面に表示されいている通りの立ち位置につく。

 するとどうだろう。俺と先輩の肩が触れる程度の至近距離になってしまうのだ。

 テンパっている先輩はそれに気付かないのか、それともこの程度の事で動揺するほど初心でもないのか、気にしているようではなかった。

 思春期真っ盛りの健全男児にとっては、同年代の女子とくっつくとなると、そりゃあ狼狽したりもするもんだと思いますがね? この人はそれを一切考慮してくれてないね?

「あ、こうすると良いかも」

 とか言いつつ、俺の腕を片手で抱きかかえ、更には横ピースでウインクまで決めてる。先輩のやわらかい身体の感触が腕を伝って俺の神経を刺激する。先輩の髪から漂ってくる良い匂いが鼻腔をくすぐり、プレビュー画面に映し出されてるのは精一杯良いポーズをしようと努力している先輩と、顔真っ赤な俺の姿。ああ、もうどうにでもなれ。

「先輩! 肘の角度が甘い! 横ピースを決めるなら、もっとこう!」

「え? どう?」

「こう! あと、もっと背筋を張って! あごを引いてちょっと上目遣いに! 客に媚びるように! 笑顔は自然に! まだ堅さが抜けてませんよ!」

「えっと、こうかな?」

「そうそう、良いよ良いよ。良い表情になってきた。はい、一枚目!」

 俺も適当に横ピースを決めつつ、その後も妙なテンションのまま、色々なポーズで写真を撮る羽目になった。まぁ、これはこれで良しとしよう。


 六ポーズ撮り終わったところで、落書きタイムなのだが……。

「はぁ、なんか疲れたね」

「俺は貴女の三倍疲れを感じてるんですからね」

 なんだか一仕事終えたような感じに息をついている先輩。

 まぁ、一息つくのは問題ないのだが……。

「で、そろそろ離れてくれませんかね?」

「え?」

 最後の写真を撮った時のポーズ、具体的に言うなら俺の背中にのしかかってる感じのまま、先輩は一息ついていたのだ。

「あ、ごごご、ごめんなさい! 気付かなかった!」

「どんだけ夢中になってるんですか、全く」

 やっと背中の重荷が取っ払われ、俺の身体が軽くなる。

 身長の低い先輩は、相応に体重も軽いのだろうが、それにしたって人一人を背負い続けるのは結構キツイ。何せ俺はインドア派なのだから。

「ゴメンね、カツベくん、重かったでしょ?」

「ええ、相応に」

「そ、そこは軽かったって言うところでしょ!?」

「根が正直な物で」

 プーと頬を膨らまして不貞腐れる先輩。やはりこの人は偶にとんでもなく幼く見えるな。

 先輩も自分の行動に幼稚さを感じたのか、頬を染めてパッと顔を逸らす。

「もぉ、カツベくんといると、なんか調子狂う」

「人の所為にしないでください。大体、俺たちショーブでいる時はあんなに毅然としてるのに、なんで今だけそんななんですか」

 俺は適当にプリクラに落書きをしつつ、質問を振ってみた。

 すると、蚊の鳴くような小声で返答が帰ってくる。

「なんか、カツベくんってお兄ちゃんに似てる気がする」

「はぁ? お兄ちゃん?」

「わ、わかってるよ! 自分でもおかしな事言ってるなってわかってるよ!」

「ホントだよ。なんだ、お兄ちゃんって。アンタ、俺より年上だろう」

「そうだけど、仕方ないでしょ! そう感じちゃった物は! ……だから多分、二人きりでいると素が出ちゃうんだよ……」

「じゃあ今の先輩の方が素って事でいいんですか?」

「私は末っ子なの。だからちょっと甘えん坊なところがあるのっ! 仕方ないでしょ!」

 仕方ない事あるか、とは思ったが、口には出さないで置こう。

 なんとなく、理知的な面とのギャップがあって、これはこれで面白い。

「俺でよければ存分に甘えていいぞ、妹よ」

「私はカツベくんよりお姉さんなんだからねッ!」

 プリクラに兄と妹と書き込んだが、すぐに姉と弟に訂正された。


 その後、適当に全員でプリクラを撮り終わり、俺は無事に元を取る事に成功した。

 だが、この数十分間はほとんど楽しめなかった、と言う感想を抱いている俺の脳ミソはおかしいのだろうか?

「さぁて、お次は何をしましょうか!」

 ニッコニコしてるノブコや、初めて撮ったらしいプリクラをマジマジ眺めている先輩、俺を含むショーブ全員を眺めて微笑んでる喜野。各々、楽しんでますな。

「喜野ぉ! 今度こそ対戦台行くぞ! 憂さ晴らしだぁ!」

「はいはい、付き合いますよ、っと。でもその間、菖蒲先輩と立風さんはどうする? 多分、見てても面白くないよ?」

 喜野が首を傾げる先で、先輩とノブコが顔を見合わせる。

「あたしは……そうだな。センパイにサシでお話があります」

「え? じゃ、じゃあお受けします」

「と言うわけなので、あたしらの事は気にせず、二人でタイセンダイでもどこでも行っちゃいなさいな」

「そう? じゃあ、勝吾、行こうか」

 そんな感じで、俺たちは別行動を取る事になった。


****


 誤算だったのは、俺が普通のゲーセンを想定していた事か。

 普通のゲーセンなら人気のゲームの台はある程度、数を用意しておく物だ。その方が回転率が高く、客足も増す。

 しかしここはゲーセンとは似て非なる施設。回転率よりも時間の浪費を誘う仕掛けを施しているのだ。

 即ち、同じゲームを取り扱っている台の数が少ない。故に、待ち時間が発生してしまうと言う事。その待ち時間の間、客は何もせずに時間を、ひいては金を浪費している事になるわけだ。

 しかし純然なる浪費とは言いがたい。確かにギャラリーに徹して、上級者のプレイを見るだけでも勉強にはなるのだ。が、俺はそれを良しとはしない。

「まさか、こんな古い台まで置いてあるとはね」

「そして案の定、誰も見向きもしない」

 対戦台スペースの端っこに追いやられた筐体。それが映し出しているのは中途半端に古いゲームだ。

 実はファミコン時代のゲーム、例えばドルアーガやマリオ、グラディウスなどのレトロと呼ばれる時代のゲームはそこそこの人気がある。

 しかし中途半端に昔のゲーム、より具体的に言うならマイナーチェンジの上位互換版が発表され、世代的に一、二世代ほど昔のゲームになると、その中途半端さから本当に見向きもされない台となる。ギルティやメルブラなどコンボゲーならばなおの事だ。

 そしてここに置いてあるのは、餓狼MOW。言わずと知れた格ゲーの老舗が放つ、名作格闘ゲームである。シリーズの新作が出なくなって久しいが、それでも俺はこのゲーム、嫌いじゃないよ。

 世代としては大分昔となり、俺や喜野がハマるには時期がズレ過ぎているが、近所のゲーセンにポツンと置いてあり、ワンクレジット五十円と言うのも手伝って、一時期、俺と喜野はこのゲームで鎬を削りあったのだ。

 ここに置いてあるとは僥倖である。

「俺とお前の勝負にはおあつらえ向きだな」

「ふふ、僕と勝吾の戦績は確か五分だったよね。ここで白黒つけさせてもらうよ」

 好戦的な笑みを浮かべつつ、喜野は筐体の逆側に回り、スタートボタンを押した。俺も続いてスタートボタンを押し、乱入する。

 喜野の使用キャラはテリー。シリーズを通して主人公を張っているが、今回のみは別キャラに譲っている。その譲られた主人公と言うのが、俺の使うロックだ。

 キャラのダイヤグラムで言えば、全体的にロックは劣っている。

 だが対テリーとなると性能は五分と言ったところだ。

 つまりキャラ性能もプレイヤーの腕も、俺と喜野は拮抗している。それが戦績に如実に現れている。

 今回の勝負もどっちに転がるかわからない。気の抜けない勝負だ。

 そんな事を考えている内に、第一ラウンドが始まる。

 序盤はお互い、ゲージを溜めるのに技を空撃ちしたり、相手を牽制する飛び道具を撃ったりするが、ゲージが一本分溜まると喜野が先に動いた。

 ラッシュ力の強いキャラであるテリーは、勢いに乗られるとまずい。

 相手のジャンプ攻撃を打ち落としたり、ダッシュを飛び道具で潰したりと、ある程度距離を保って立ち回り、隙が出来れば一気に詰め寄ってこちらからラッシュ。

 投げ技からのキャンセルコンボもある程度決まって、一ラウンド目は俺が先取出来た。しかしこれは運が良かったから拾えた勝利だ。俺の牽制が悉く刺さり、相手の行動を封殺出来たのは喜野と俺の行動が上手くかみ合ったからに過ぎない。

 次も上手く行くかどうかは、正直望み薄だろう。

 さて、第二ラウンドだ。

 今回は第一ラウンドとは違い、最初のゲージ溜めの行動がない分、もう少しハイスピードで展開するはず。テリーに先に仕掛けられると不利だ。相手の攻撃を凌いでカウンターを仕掛けるか、それとも先にこちらから攻めるか……悩みどころだが、こちらの飛び込みが対空技で潰されるとそこからラッシュを仕掛けられる可能性もある。

 ここは距離をとって相手の出方を見る!

 しかし、次の瞬間、俺は驚きの光景を目の当たりにする。

 このゲームはプレイ中にスタートボタンを押すと『挑発』行動が出来る。

 テリーは今、その行動をしたのである。

 喜野は挑発行動を良しとしない。何故ならヤツは面倒くさがりで、非効率的な行動を嫌う傾向があるからだ。大きな隙が発生するだけの挑発行為は、喜野の信条に反する。しかし、だとすればこれはどういう事だ?

 俺を混乱させるための策か、それとも何か別の意図があるのか……。

 ええぃ、考えても埒があかん。向こうが来ないならこちらから攻める!

 下手にジャンプで距離を縮めれば対空技で打ち落とされるのは目に見えている。ならばフェイントを交えつつ、地上戦で挑む。

 直上ジャンプや小ジャンプをフェイントに使い、更には飛び道具を使って牽制しつつ、ダッシュで相手との間合いを詰める。

 だが、相手は嫌に冷静だ。飛び道具は全てジャストディフェンスされ、削りダメージすら通らない。フェイントのジャンプにも飛びつこうとはせず、ただ俺の到来を待ち続けている。

 誘っているのか、接近戦を。

 テリーは余裕の笑みを見せるように、あまり動こうとはしていない。

 なんなんだ、この異常な雰囲気。これは本当に喜野なのか……?

 戦い方がまるで違う。俺の知らない間に、喜野はこんな戦法を身につけたとでも言うのか? ありえない話ではないが、このプレッシャーは喜野から感じる物ではない気がする。

 確証はない。だが断言できる。

 今、俺の対面に座っているのは、喜野ではない。

 いつの間にか乾いていた唇を湿らすように、舌でなめる。

 上等だ。誰だか知らないが、俺に挑んだ事を後悔させてやる。


 勝負はあっという間だった。

 俺は突進技を使って、相手との距離を詰め、さらにラッシュを仕掛けようとしたところまでは覚えている。しかし、そこから形勢が逆転し、あれよあれよという間に画面端に追いやられて、テリーお得意のラッシュを仕掛けられて、手も足も出せずに完敗した。

「な、なんて強さ……」

 コンボとコマンドの精度、こちらの動きの読み、ゲージ吐き出しのタイミング、どれをとっても高レベルで纏まっており、俺が敵うような相手ではなかった。

 基本的なレベルが違いすぎる。

 アレほどのプレイをするにはゲームの知識、技術、そして瞬発力、どれ一つ欠けても無理だろう。対戦相手はそれら全てにおいて高レベルを維持していたのである。それは俺には及びもつかない場所。どれだけ練習しても辿り着けなかった境地である。

 悔しい、と言うよりは憧憬を抱いてしまうレベル。それほど美しい流れであった。

 ファイナルラウンドを放り投げて、俺は対面へと向かう。

 一体、どんなヤツが対戦相手だったのか、それが知りたかったのだ。

 たった数歩の距離ではあるが、焦るように早足になる。

 アンタは一体、誰なんだ?

「……なっ」

 俺は言葉を失った。

 そこに座っていたのは当然、喜野ではなく別の男。しかし、見知った顔ではあった。

「こんにちわ、ええと……勝部くんだったかな」

 ニコリと爽やかな笑顔をこちらに向けてきたのは、俺たちショーブの天敵、生徒会の頂点に立つ男、不破だった。

「アンタは……生徒会長!」

「今度は覚えていてくれたようだね、嬉しい限りだ」

「なんでアンタがここに……ッ!」

「僕だってたまには遊びに来るさ。……と言うのは当然建前だ。今回の目的はショーブの戦力調査と言ったところだよ」

 不破は椅子から立ち上がり、俺に向き直る。

 俺も身長が低い方ではないが、不破は俺よりも数センチ高い場所から見下ろして来た。

「一応尋ねておくけど、君は今の試合、手を抜いたわけではないよね?」

「……当然だ」

「ククッ、だったら……すこし過大評価したかな」

 蔑んだ様に鼻を鳴らす。それがとてつもなく癪に障った。

「野球部を手玉にした一年生男子と聞いて、少しは期待したんだけどね。いやはや全く、話にならないな」

「何が言いたい……」

「役不足と言いたいんだよ。僕には君の相手なんて詰まらなすぎる。せめてあの部長、菖蒲さんくらいではないとね」

「なにをぅ……」

 自分が奥歯を強く噛んでいる事に気付く。拳も爪の跡がつくくらいに握り締めている。

 先ほど抱いた憧憬も掻き消え、今では悔しさばかりが俺の心を埋め尽くしていた。

 言い返したいが、言い返せない。

 現状、俺はこの男に勝てるビジョンが持てない。

 格ゲー勝負において、と言うだけでない。さっきの勝負だけで、俺はこの男との力量差をハッキリ自覚してしまったのだ。

 次元が違う、と。

 俺ではこのゲーム、あれほど極めるに至らない。今も自分のレベルを超えようとは思っているが、それが上手く行かない。越えられない壁があるのだ。

 不破はその壁の更に先を行っている。それは人間としてのスペックを物語っているように思えて仕方ないのだ。

 俺に越えられない壁を、コイツならば越えてしまう。

 およそ、地力が違うのだ。それをイヤと言うほど味わった。たったワンラウンドの短い時間に思い知らされたのである。

 言葉が継げない。これ以上の発言はいたずらに自分を貶めるだけだ。

 喉を鳴らす俺に、不破は勝ち誇った笑みを浮かべ、

「そう言えば、これは君たちのモノではないかな?」

 そう言って懐から何やら紙を取り出した。

 それは先ほど撮ったプリクラ。しかも俺とノブコのツーショットのヤツである。

 俺は慌ててカバンを確認したが、そこにはノブコとのツーショットの物だけなくなっていた。

「落し物は気をつけたまえよ。では、僕はこれで」

 最後まで余裕の笑みを崩さず、不破はその場を立ち去った。

 状況をただ静観していた喜野と、敗北感に塗れた俺は、その後姿を見送るしかなかった。


****


「手痛い経験だったね」

 先輩とノブコを探している途中、隣を歩く喜野が口を開く。

「ゲームの途中、後ろに立ってる姿に気付いてね。それが不破会長だったとわかって驚いたけど……」

「そこで対戦を代わってくれと頼まれたのか」

 喜野は素直に頷く。

「僕は相手の力量を量る意味でも、ここでデモンストレーションをしておいた方が良いと思ったんだけど、逆効果だったみたいだ。ゴメン」

「喜野が謝る事じゃない。むしろ感謝しているさ」

 不破の持つ本当の実力を知らずに公式戦を行っていたら、取り返しのつかない事になっていたかもしれない。それならば、今日の時点でヤツの実力の一端でも知っておいた方が良いに決まっている。

「しかし、ヤツにどうやって勝てば良い……? 格ゲーで一回勝負した程度じゃアイツの底力なんて知れやしない。さっきの勝負がヤツの本気でない事は、戦った俺が一番わかっている……どうやっても、勝ち筋が見えない」

「勝吾が弱気になっちゃダメだよ。菖蒲先輩も立風さんも、もちろん僕も、勝吾の事は、君が思っている以上に信頼しているんだから」

「ケッ、嫌なプレッシャーだぜ」

 仲間からの信頼を重荷に感じていては、俺も本気でダメだな……。

 気持ちを切り替えねば。相手だって人間だ。どこかに弱点はあるはずなんだ。

「あ、二人を見つけたよ、勝吾」

「おぅ」

 喜野の指差す先、ベンチに二人で座っている先輩とノブコがいた。

 ……くそっ、今は上手く二人を見れない。

 俺は無意識の内に顔を背けていた。

 どこを見るでもなく、店内に集まった客の波を見ていると、ふと一点に目が留まる。

「あれは……」

「どうしたの、勝吾?」

「不破と……もう一人?」

 客にまぎれて、不破ともう一人、見覚えのある男がいた。

 どうやら不破が一方的に男に何か言われているようだ。

 不破が、怒られている? あの完璧超人と謳われているヤツが?

 信じられないが、目の前で起こっている光景を否定するほど、俺は愚かではない。

「どうしたのさ、何を見てるの?」

「アレだ。あの二人」

 喜野を一度振り返り、また不破たちを指差そうとしたのだが、そこには既に客の波が押し寄せてきていて、二人は見えなくなっていた。

「どれ? どの二人?」

「いや、良い。それより喜野。一つ、情報収集を頼めないか? 明日からで良い」

「……ふぅん、何か思いついたっぽいね?」

「疑問が一つ解けそうなんだ。それと同時に、不破攻略の一歩かもしれない」

「面白そうだね、すぐに取り掛からせてもらうよ」

 立ちはだかる壁を前に、一筋の光明が差したようで、俺は自然と口元を持ち上げた。


****


 翌日。

 通学路で偶然喜野と出会った俺は、一緒に学校へと向かっていた。

「昨日、勝吾から頼まれた件だけど、有力な情報元がつかまりそうだよ。上手く行けば、今日中……そうだな昼休みには話が聞けるかもしれない」

「おぉ、仕事が速いな。流石は喜野。単に外道なだけじゃない」

「まぁ、情報を得るための手段に色々とヤバい橋は渡ったけどね」

「お前、人様に何をしたんだ!」

 我が友人ながら恐ろしい……。コイツがショーブで良かった。生徒会側に付かれたらどうなっていた事か。

 そんな風に雑談しながら歩いていると、ようやく学校の校門をくぐり、昇降口が見えてくる。

 我が蓬台高校は、他所の高校と違わず、昇降口を上がってすぐの廊下に掲示板が設置されてある。そこには色々な張り紙が張られてあるのだが、今日は何やらその掲示板の周りが騒がしい。

「あれ、人だかりが出来てるな」

「何か良いトピックスでもあったかな」

 俺も喜野も興味を引かれ、掲示板の方へと歩いていったが、近くに見知った顔を見つける。

 人ごみの中でも目立つ金髪、ノブコだ。

「よぅ、ノブコ。早いな」

 とりあえず見知った顔ゆえに、挨拶ぐらい交わしておこうかな、と思ったのだ。

 ショーブのメンバーでもあるし、昨日も遊びに行ったし、俺の中にもコイツが友人だと認める箇所が現れつつあったんだろうね。

 俺はすごくフレンドリーに話しかけたつもりだったのだ。

 しかし、

「……うっさい、近付くな」

 殺意の篭った返答を受けてしまうと、ちょっと動揺してしまうよね。

「え? なに?」

「アンタが、こういう事するとは思わなかった」

 要領を得ない言葉を投げつけられ、俺は困惑するしかなかったのだが、ノブコは何の説明もせず、廊下を駆け去ってしまった。

「なんなんだ、アイツ……」

「勝吾、これ……」

 手持ち無沙汰で廊下を眺める俺の肩を喜野が叩く。

 喜野の視線の先は掲示板。張られていたのは学校からの掲示物ではなく、どこの誰が張ったかもわからない、コピー用紙だった。

 そこに書かれていたのは誹謗中傷であり、どうやらその心無い言葉の数々のターゲットにされているのはコピー用紙の真ん中に貼られてあるシール……もう少し具体的に言うならば、プリクラに写っている女性に向けられているらしい。

「こ、これって……」

 見覚えがあった。と言うか、忘れるはずもない。

 これは昨日写したばかりのプリクラだ。それも俺とノブコのツーショットで撮ったもの。今、目の前に貼り出されているモノはご丁寧に、俺の部分だけマジックで黒く塗りつぶされている。

「なんだよ、これ!」

 掲示板の前に集まっていた人ごみを掻き分け、すぐにその紙を破り捨てる。

 そして、ふと気付く。アイツ、走り去る前、何て言ってた?

 もしかして、この張り紙、俺の所為だと思われてないか?

 確かに、このプリクラを持っているのはノブコと俺のみ。それなのに何故、この張り紙が張り出されたのかはわからないが、ノブコ本人がやったわけではないだろう。とすれば、アイツが俺の所為だと勘違いするのも仕方がない。

「ヤベェ、喜野! ノブコがどこに行ったかわかるか!?」

「あっち、特別教室棟の方だよ」

 返答を聞くや否や、俺は廊下を駆け出した。


****


 道行く見知らぬ生徒に目撃情報を尋ねつつ、特別教室棟を走る事数分。

 そろそろ朝のホームルームも始まってしまう、と言う辺りで、ようやくノブコを追い詰める。ノブコが行き着いた先は、ヤツと俺が初めて出会った場所、用具室に続く行き止まりの廊下。

 特別教室棟にはこの時間、ほとんど人がいない。授業もないのだからこちらに来る人間などほぼ皆無なのだ。故に目撃情報を集めるのが難しかった反面、得られる情報の確実性は疑いようもなかった、と言うのは余談。

 静かな廊下に反響して、ノブコの声が聞こえる。

 すすり泣きとかならまだ可愛げもあるが、壁を叩く音と共に

「殺す」

 だの、

「生かしておかん」

 だのと聞こえてくるのだから、すぐさま踵を返したくなる。

 しかし、このまま誤解を放置してしまえば、それこそ殺されてしまう。そればかりは回避せねばなるまい。

 俺は行き止まりの廊下へと足を進め、最後の曲がり角を曲がろうとする。

 ……とその時、何かが起こる。

「あごを引きなさい」

「……えっ」

 気がつくと、俺は仰向けで廊下に転がっていた。どうやら背中を強打したらしく、呼吸が乱れて咳き込んでしまう。反射的にあごは引いていたので、頭を打つような事はなかったようだ。

「ゲホッ、ゲホッ……な、なに……が」

「これ以上は進ませません」

 状況を理解できずにいると、声が聞こえた。

 若い、だが俺よりも年上のような男の声。

 その男は俺の胸倉を掴んでおり、更には右腕の袖を握っている。

 あれ……この感じ、アレだな。柔道の授業みたいだな。

 やっと状況を飲み込む。俺は、出会い頭のこの男に投げ技を決められたのだ。

「な、何をしやがる!」

「それはこちらのセリフです」

 男は俺を放し、曲がり角に立って踵を合わせる。

「お嬢様は泣いておられる。それも聞けば貴方が遠因だとか。ならばこちらから糾弾こそすれ、貴方に何かを言われる筋合いなどございません」

「な、なにを……」

 良く見るとこの男、以前、校門でノブコを待っていた使用人、藤原さんとか言ったっけか。その人じゃないか。

 学外の人間がなんで校舎に入り込んでるんだ!?

「お嬢様からは何人たりと、ここから先へは通すなと申し付かっております。カツベ様ならばなおの事、とも」

「なっ、それじゃあ誤解も解けないじゃないか!」

「誤解をされるような事をしたのが既に罪、でありましょう」

 藤原さんの視線が、冷たく俺を突き刺す。

「以前にも申し上げましたように、お嬢様は立風家のご息女と言う特殊な環境ゆえに、あまり友人の出来ない毎日を過ごしておりました。私はそれが不憫でならなかったのです」

 人とは環境が違う、と言うのはそれだけで周りから人を遠ざける。

 ノブコがどれほどのお嬢様なのか、俺は知らないが、使用人がつくような環境に身をおいているのならば、普通のクラスメイトなら気後れしてしまい、なんとなく近寄りがたい雰囲気だって持ってしまうだろう。

「クラスメイトはお嬢様を遠巻きにし、腫れ物のように扱う……そんな幼少期を送ってしまったためか、お嬢様は私が教えた我流護身術にモノを言わせてケンカに明け暮れる毎日でした」

 それはそれで極端すぎる例だとは思うが、ここで口を挟んでいいものか、ちょっと悩ましいね。

「ですから、最近のお嬢様が部活の友人である貴方がたの事を話してくださるのが、何よりも嬉しかった。お嬢様も毎日が充実しておられた事でしょう。……しかし、貴方はそれを裏切った」

「違う! だから、俺は……ッ!」

「お嬢様は今泣いておられるッ! ならば私には、それ以上の判断材料など必要ありませんッ!」

 廊下の端っこまで通りそうな大声。そんな声に一喝され、俺は身動きも取れなかった。

 そんな様子の俺を見て、藤原さんは恭しく頭を垂れた。

「どうぞ、お引き取りください」

「そうはいくか! 俺はノブコの誤解を……」

「お引き取りください!」

 どうやら藤原さんは、どうあっても俺を先に通すつもりはないらしい。

 さっきの投げ技で思い知ったが、藤原さんはかなりの手練。押し通るのは、今の俺にはまず無理だろう。

 しかし、だからと言って易々と諦めるわけにも行くまい。

「藤原さん、アンタに言いつけられたのは、ここより先に、誰も通さない事、だったな」

「……相違ありません」

「なら、俺はここから先には進まねぇ」

 俺は藤原さんを見据え、深く息をついた。

 どう頑張っても、俺はこの先には行けない。

 だが、だとしたら何だというのか?

 ここからだって、ノブコに声は届くはずだ。

「ノブコぉ! 聞こえるかぁ!」

 聞こえないわけがない。アイツの呟くような声だって聞こえたんだ。俺の大声がアイツに届かないわけがない。

「俺がお前を傷つけてしまった事は事実だろう! それは謝る! だが、掲示板のアレは俺がやった事じゃない!」

 返答はない。だが、俺もそれを期待しているわけじゃない。

「だから、俺はアレをやった犯人を引きずり出して、お前の前で土下座させてやる! 何の償いにもならんかもしれんが、これが俺に出来る最大の誠意だ!」

 返答は期待していない。だから、俺はすぐに踵を返す。

 ノブコのすすり泣きは聞こえなかった。だが、藤原さんはノブコが泣いていると言った。それは事実だろう。

 はらわたが煮えくり返る。友人が泣いているのを放っておけるほど、俺は人間が出来ちゃいない。なんとしても犯人を見つけ出して、まずは俺に土下座させてからノブコにも土下座させてやる。

「待ってッ!」

 その時、背後から声が聞こえる。

 振り返ると、藤原さんがいるだけで、声の主の姿は見えない。

「あたし、わかってるんだ。カツベがあんな事するやつじゃないって」

 姿の見えない声の主は、鼻をすすってから続ける。

「だから、別に誤解なんかしてない。でも、犯人は見つけてきて。そんで、あたしの前で土下座させて。……あとね、あと……」

 言いよどんだ後、いつもの調子で

「謝るぐらいだったらさ、また遊びに行こ。楽しみにしてる」

「……ああ、今度は生徒会長をぶっ飛ばした後の祝勝会だ」

 軽く約束して、今度こそ本当にその場を後にした。


****


 朝のホームルームをサボり、一限目から参加しつつ、俺は考えをめぐらせる。

 今朝の事件、あの張り紙の犯人は大体予想がついている。

 昨日、俺はあのプリクラを、ノブコから受け取ってすぐにカバンにしまった。ショーブのメンバーにすら触らせていない。つまり、あのプリクラを手に入れられる人間は極限られてくるのだ。

 俺もノブコも、今回の事件に関しては被害者。俺たち以外にあのプリクラを入手できるような人間は、俺はあと一人しか知らない。

 昨日、格ゲーが終わった後に『落し物』としてあのプリクラを拾っていた、不破統司。アイツ以外には考えられない。

 だが、ヤツに土下座させられるだけの力量が、今の俺にはない。

 犯人を特定する、確固たる証拠などないのだ。だとすればヤツに土下座させるためには犯人としてではなく、敗者として服従させるしかない。それにはヤツに勝たなければならない。……悔しいが、俺ではヤツに勝つのはまず無理だろう。

 正攻法では無理とかではない。どんな策を弄しても勝てないような気がするのだ。ヤツは俺の策など見抜き、さらに俺を策にはめてこようとするだろう。

 ならばヤツの急所を的確に、強烈に、一突きにしなければならない。

 必勝策を神速で放つ事が出来れば、ヤツのめぐらせる策など関係ない。

 そのための準備は整えている最中だ。待っている間、俺には何も出来ない。

 ジリジリと焦げるような感覚が、俺の内側から焼き付けている。

 何もせずに待つだけ、と言うのはこれほど辛いものか。

 そうして焦りを身の内に飼っている間に、時刻は昼休みへと入るところだった。


「じゃあ、僕は行ってくるね」

「ああ、色良い返事を期待している」

 教室から出て行く喜野を見送る。喜野には俺の策の中枢を担う情報の収集をお願いしているのだ。これがもし、俺の予想と違っていたなら、俺の策は根本から崩れ落ちてしまうだろう。

 故に、ここを外すわけにはいかない。

「ホント、マジで頼むぞ。お前にかかってるんだからな」

「勝吾、必死すぎて軽く怖いよ」

 真剣になって何が悪い。そんな俺に対して、喜野は軽く笑って見せた。

「大丈夫だよ、僕は勝吾を信じてる。君が戦えば、生徒会長ぐらい容易く捻れるだろう」

「無根拠な信頼だな、おい」

「そうでもないよ。僕は君の事を良く知ってる。逆境に置かれれば、君は誰にも負けないポテンシャルを発揮する。そういう男だ」

 喜野の拳が、俺の胸に当てられた。

「だから、君も君自身を信じると良い。そうでなければ、君を信じている僕が滑稽だ」

「……わかったよ。もう少しだけテメェを信じてみよう」

「うん、じゃあ期待して待っててよ」

 喜野は笑みを絶やさず、階下を目指して歩いていった。

 頼むぞ、喜野……。

 と、その時、ポケットの中の携帯電話が振動する。

 確認してみると、見た事のないアドレスからのメールだった。

 いや……このアドレスのドメイン、学校の公式メールアドレスだ。

 何か悪い事でもしでかしただろうか、と内心ビクビクしながらメールを開く。

 すると、その内容は

『今日の放課後、勝負研究会の廃部を賭けた勝負を申し込む。場所は本校舎五階、一番奥の空き教室にて。 不破統司』

 と、目的のみが書かれた文が書かれてあった。

 これは電子メール媒体の挑戦状である。しかも日時も場所も向こうが指定している。

 これまでのショーブの方針からすれば、勝負を申し込んだ側は申し込まれた側と比べて不利になる事が多い。だが、今回の場合、完全にイニシアチブを向こうに奪われている。

 どういうつもりかは知らんが、この勝負から逃げるわけにもいかない。

 しかし、今のまま挑んでも結果は芳しくないだろう。

 俺は……どうすべきなのだろうか。


****


 放課後。俺はホームルームが終わってすぐ、部室棟を目指した。

 先輩に挑戦状の件を相談するためだ。

 生徒会からは一度、紙媒体で挑戦状を受け取っている。にも拘らず、もう一度メールでそれを叩きつけてきた、と言うのはショーブのルール上、アリなのかどうなのかを確認すると言うのもあるし、仮にアリだったとしても、先輩にもノブコにもその勝負を受けて欲しくなかったからだ。

 俺には策がある。それは確実性に欠けているので、ともすれば必勝策とは呼べなくなるが、だとしてもあの生徒会長相手に少しでも勝率を上げるならば、この策の可否を確かめるぐらいさせて欲しい。

 ノブコは恐らく、今のところ勝負をするようなコンディションではないだろうし、喜野には俺の策をほとんど教えている。それを無視して突っ走るようなヤツではあるまい。とすれば懸念は先輩のみ。

 ある程度信頼はしている。先輩の勝負運は強いが、しかしそれに驕ったりしない。幾らなんでも何の策もなしにあの生徒会長との勝負に臨むなんて事は、ないはず……

「なんてこった……」

 呟かざるを得なかった。

 ドアを開け、部室に入ると、テーブルの上に書置きがあった。

 それには先輩の筆跡で、先輩のサイン入りで、

『生徒会長との勝負を受けてきます。 菖蒲ミキ』

 と、簡潔に書かれてあった。

 まさかとは思った、が、本当にこんな事になるとは……。

 しかし、何故あの先輩が先走ったりしたのか。俺たちに相談ぐらいしてくれても良かったんじゃないのか。

 いや、考えてみれば兆候はあった。

 先輩は野球部との試合前、いや、そのマッチングが決まる前、挑戦状の束を俺たちに見せた時から、俺たちを慮る素振りを見せていた。

 初戦だからなるべく優しい部活と、初戦だからこちらに有利な種目で……どちらも俺たちに気を利かせての事だろう。あの人は俺たちを大事に思ってくれていた。それは推測するに、先輩が仲間を失った事が原因だろう。

 もう、あの人は失いたくないのだ。だから、今回も一人で不破との勝負に赴いた。俺たちを気遣って。

「クソッ! なんて自分勝手な! もっと俺たちを信用してくれてもいいだろうにッ!」

 と、その時、電話が鳴る。

「なんだ、こんな時にッ!」

 ディスプレイを確認すると、見知らぬ番号からの着信だ。

 無視を決め込む事は出来る。だが、何か胸騒ぎがしたのだ。

 俺は意を決して、その電話を取る。

「……もしもし」

『やぁ、勝部くん。僕がわかるかな』

「その声……不破統司か!」

 驚いた事に、その電話の主は生徒会長、不破統司だった。

「何故、俺の電話番号を知ってる……!?」

『簡単な事さ。君の友人から聞いたのだからね』

「なに……!?」

『喜野ハル君と言ったかな。なにやら僕の身辺調査の真似事をやっていたようだから、少し話しかけたんだが……話の流れで君の電話番号を教えてくれてね』

 喜野が……俺の電話番号を不破に教えた……!?

 どういう事だ? いや、別に不自然すぎると言う程の事でもない。何か理由があって電話番号を教えたのかもしれないし、これ自体がブラフと言う事も考えられる。

 しかし、一番気にかかるのは、不破が喜野のやっていた事に気付いていたという事。

『君はどうやら、僕の弱点を探っていたようだが、残念だったね。先に僕が潰させてもらったよ』

「潰した、だと……!?」

『友人関係と言うのは案外脆い物だよ。喜野くんは快く、君の策を教えてくれた。知ってしまった敵の策を潰すなんて造作もない。相手が君ならばなおさらね』

「喜野が口を割ったって言うのか? ありえないね」

『どうしてありえないと思う? 実際、君が僕の弱点探しをしていた事は僕に知れている。喜野くんを使って情報収集をしていた事も、ついでに君の電話番号だって知った。可能性として考えられないレベルではないと思うけれどね?』

 確かにそうだ。可能性としてはないわけではない。

 だが、俺の震える心が、それを拒絶していたのだ。

「喜野が裏切るわけがない」

『もう一度言おうか。友情なんて脆いんだよ。ちょっと小突いただけで、崩れてしまうような物だ。例えば、君を騙って相手を貶す様な紙を掲示板に張り出せば、あら不思議。彼女は君を敵視しただろう?』

「……やっぱりテメェかッ!!」

 苛立ちをおさえきれず、テーブルを拳で強か叩く。

「アレでノブコがどれだけ傷ついたと思ってやがるッ!」

『熱くなるなよ。冷静さを失えば、勝負は簡単についてしまうぞ?』

「うるせぇ! ……テメェは、ノブコの前で土下座させるだけじゃ許さねぇからなッ!」

『怖い怖い。だがまぁ、それと同じ事だよ。喜野くんの場合も、簡単に壊せる。何も不思議なことはないだろう?』

 自分の視線が一定しない事に気付く。

 不安なのか、俺は。喜野が裏切ると、信じ始めているのか? バカな!

 アイツは俺を信じると言った。俺もアイツを信じると言った。

 ならば、何を恐れる事がある。

『そうそう、それと』

 耳障りな声が、電話のスピーカーから流れてくる。

『今日は僕も勝負の予定があってね。これからもうすぐ、勝負が始まるんだ』

「……先輩かッ!?」

『菖蒲さんも健気だよね。君たちには危害を加えない事を約束する、と一文を添えれば、簡単に釣れてくれるんだから。おかしくて笑ってしまうよ』

「テメェッ!!」

『勘違いしないで欲しいが、メインディッシュは君だ。勝部くん、最後に僕と勝負をしよう。菖蒲さんとの勝負は前座に過ぎない。全ての仲間を失った君を完膚なきまでに倒す事で、僕の勝利は完結する。……それでは、待っているよ』

「待てッ!」

 電話が切られる寸前、ドアが開くような音が聞こえてきた。

 不破はもう既に勝負の場所である、空き教室にいる。とすれば、その教室に現れたのは先輩だ。

「くそっ!」

 俺は乱暴にドアを開け、そのまま部室棟を後にする。

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