2 ケンカ
『この話おもろないんじゃ、ボケ』とか、
『テメェ、なろうの機能使いこなせてねぇよ』とか、
小さな事でも感想がいただけたら幸いです。
2
私立蓬台高等学校は、ピンからキリまで激しい学校だった。
入試の学力レベルは地域最底辺ながら、卒業生には某有名大学にトップレベルの成績で入学するような人間もざらに輩出する、その裏でやっぱりおちこぼれはおちこぼれのまま卒業する、いっそ卒業できなかったりする。本当に雲泥の差を見せ付ける学校だった。
掃き溜めの中にあって『こんなところで終わってられるか!』とやる気を燃やした人間には強力なバックアップを約束し、そうでない人間にはまぁまぁその程度の教育しか施さない。それがこの学校の特徴でもあろう。
学校側からのバックアップは、なにも学業に拘った事ではない。何かやりたい事を見つけた生徒に対しては親身になって接してくれるのだ。例えば、勝負の世界に生きたいと願う生徒がいれば、そんな部活を快く発足させてくれたりもするだろう。
「で、俺はこの部活に入るわけだ」
なんだか昼休みの流れで、そんな事になってしまった。
時刻は放課後。場所は勝部と書いてショーブの部室前。
ちゃんと入部届けを作成し、律儀に部室まで持ってきていた。
部室はちゃんと、部室棟にある。立地も悪くない、日当たり良好な南向きの角部屋だ。アパートなら家賃も割高かもしれない。
まぁ、そんな事はさておき、だ。俺は俺のやる事をこなさねば。
俺は部室のドアをノックした。
『はい』
部屋の中から声が聞こえる。昼に聞いた、先輩の声だ。
『どうぞ』
声に促され、俺はドアを開けた。
「失礼します」
部室は至極簡素なものだった。
真ん中に長テーブルがどっかり置いてあり、壁には本棚が一個あるだけ。他には一切飾り気などもなし、あ、でも壁掛け時計があるな。
そんな殺風景な部屋の中に居たのは、言わずもがな菖蒲先輩。椅子に腰掛けてこちらを見ている。
「ようこそ、いらっしゃい。カツベくん」
先輩はその持ち前のベイビーフェイスをクシャっと笑顔に変えて俺を迎えてくれた。
なんか昼の時は討ち入りから威勢が良かったし、もっと荒々しい先輩かと思ったら、意外とそうではないのかもしれない……。
そんな風に菖蒲先輩の印象を改めながら、俺はポケットに入っていた紙を差し出す。
「これ、約束の品です。収めてください」
「入部届けね。確かに受け取りました。私から顧問の先生に渡しておくね。ありがと、カツベくん」
これで約束は果たした。
正直、あまり部活動とかやる気は起きないし、折角名指しで勧誘してくれた先輩には悪いが、幽霊部員を決め込ませてもらおう。
この部室に顔を出すのも、これが最後になるだろうな……。
恐らく、人生において最初で最後の所属部の部室だ。一応、じっくり見ておこうか。
と言っても、改めて見回してみれば、空き部屋かと疑ってもおかしくないレベルの部屋だ。閑散としすぎて見る所が一つもないぞ……。
「先輩、この部室って、これしかモノがないんですか?」
「え? うん、そうだけど……何か変?」
「変……と言うか、モノがなさ過ぎて、ホントに部室かどうか怪しいですよ」
まぁ、そもそもこのショーブとやらが何を目的にして設立された部活なのかもわかってはいないのだが。
「ショーブは名の通り、勝負をするための部活よ。勝負方法に制限はないわ。基本的にはそこにあるモノで勝負をするから、部室にはほとんどモノがなくても良いのよ。あるのは勝負の記録をとっておくためのファイルと、それを保存しておくための本棚、そしてまぁ、適当にくつろぐためのテーブル。……ね? 全部揃ってる」
「勝負道具が必要となるような勝負を挑まれたらどうするんですか?」
「それは何か代用品を探すか、代えが効かない様ならその勝負方法で挑む側に用意してもらうわよ。それぐらい礼儀ってモンでしょ」
さも当たり前のように言われると、そう思えてくるのだから面白いものだ。
……という事はつまり、あのマーパンダのトランプは先輩の私物って事か。
「先輩って、近所の商店街にはよく行くんですか?」
「え? ああ、あのトランプの事?」
そう言って先輩はトランプを取り出す。マーパンダのトランプは限定四個しか出回っていない、超レアな品物だ。そしてそれは近所の商店街で行われたジャンケン大会の景品。
もし仮にだ。
俺がこの部活に所属し、幽霊部員になったとしよう。
その後、商店街でバッタリと先輩に出くわしたりしたら、それはとても気まずい事じゃないか? だとすれば、この可能性はしっかり検証しておくに越した事はない。
「私って結構運が良いらしくて、あの商店街には、たまたま用事があって行ったのよ。そこでジャンケン大会とかやってたのも知らなかったし、偶然に偶然が重なって、ってヤツだね。しかもそれで優勝しちゃうし、私自身もビックリだよ」
その後、普段は別のスーパーなどで買い物している事を明かした先輩。
なるほど、それでは俺が偶にお使いに行くあの商店街でバッタリ出くわす可能性はかなり低いと見てよろしいですな。
「トランプと言えば……カツベくん、昼の勝負の時、イカサマしたでしょ?」
「うっ……」
やはりバレていたか……。デッキ一つでファイブカードは流石にやりすぎたか。
これは糾弾される、と思いきや、先輩は童顔をヘニャと曲げて笑った。
「すごい鮮やかだったね。いつ仕込まれたのか、気付かなかったよ」
「え? ……あの、怒らないんですか?」
「どうして?」
……おかしいな。普通は不正を働いたら怒られるものだと思ったのだが……いや、結果俺が負けたから良いって話なのか?
「イカサマは確かに、ルール上はいけない事だけど、私は別に絶対にやっちゃダメな事とは思わないのよ。しかもそれがレベルの高いイカサマなら、それは技術、芸術と呼んで昇華されても構わないとすら思うよ」
「先輩は……イカサマとかするんですか?」
「いいや、私はそういうの不得意でさ。仕込もうと思うと顔に出ちゃうみたいで」
なるほど、言われてみれば、この先輩は感情表現が豊かだ。
昼の時を思い返してみても、クラスを睨みまわしたり、神妙な顔つきになったり、今は気の抜けた笑顔を見せていたりと、表情筋が良く働いている。
って事はやっぱり、あの二連続ブラックジャックは仕込みなしの、リアルラックで引き当てたと言う事か。運が良いとは言っていたが、それにしても神がかったものがあるな。
「で、で? どんなイカサマしたの!? 聞かせてくれないかな!?」
どうやら先輩は俺の仕込んだイカサマに興味津々のようだ。
そんな期待されても、大した事はしていないんだが……。
「先輩が俺にデッキを見せてくれた時、さりげなく一から五までの数字を一纏まりにするようにしておいたんですよ。先輩のシャッフルの方法はヒンズーシャッフルだけみたいでしたしね」
ヒンズーシャッフルとは極々一般的なシャッフル方法だ。
片手に持った山札の中間から適当な枚数を抜き出し、順番に上に乗っけていく方法。一般にテンを切ると言ったら、十中八九、このシャッフルを思い浮かべるのではなかろうか。
先輩がこのシャッフル方法を多用すると言うのは、ラグビー部の一戦でわかった。
あの時、先輩は長い事シャッフルをしていたが、その時、他のシャッフル方法を取らなかった。と言う事は、ヒンズーシャッフルが手馴れている、または別の理由でそのシャッフル方法を多用している、と見当がついた。
「ヒンズーシャッフルはポピュラーなシャッフル方法で、難易度も低いですが、反面、あまりデッキが混ざりにくいって事もありますからね」
「ほうほう、それで?」
「ならば一所に集めた一から五までのカードはバラけにくい。先輩の後にシャッフルした俺はその纏まりが上に来るようにシャッフルすれば、仕込みは完了です」
もしあの時、先輩にリフルシャッフルやマシンガンシャッフルなど、別のシャッフル方法を取られていたら、また別の結果になっていたのではないだろうか。
「私、何も考えずにシャッフルしてたんだけど、もしかしたらバラけちゃうって可能性はないかな?」
「そこはそれ、臨機応変にです。もし取り返しのつかないような事態になったら、それこそガチンコで勝負に挑みましたよ。でもそうはならなかった」
先輩のシャッフルはとても綺麗なものだったが、俺の作った一から五までもカードの束はほとんどバラけずに済んだのだ。
「へぇ~。そんなのってわかるんだ?」
「ええ、俺って結構動体視力とか良いんですよ」
人に自慢できる、数少ないポイントである。
「でも、それじゃあ完璧とは言い難いよね? ヒットする時、一から五までのカードを引いたとしてもバストする可能性はまだまだ高い。ファイブカードなんて役を作るつもりなら、もっと手の込んだものを仕込まなきゃ」
「ええ、だから別に大した事はしてないし、俺自身ファイブカードが本当に出来るなんて思ってもみませんでしたよ。アレはほとんど偶然です」
「どういうこと?」
「最初の二枚の手札は一から五までのカードが二枚くるとして、最高で十点になります。ここからカードを引いたとして、五を二回引く可能性は低くなります。そうなれば当然、ヒットの枚数は多くなるでしょう? ファイブカードに至らなくても、そこに限りなく近づけることは出来る。そうすれば、先輩もちょっとは驚くのではないか、って感じです」
一から五までのカードは全部で二十枚。その中でバストしてしまう組み合わせを、五回のヒットで引き当てる可能性とはいかほどのものか……計算が面倒なので算出はしないけど。まぁ、それほど高くはないだろう。
「というわけで、ネタばらしは終了です。満足いただけましたか?」
「うん……最後にもう一個」
先輩は真面目な顔をこちらに向けていた。
「カツベくんは、負けると思って勝負を受けたの?」
「まさか! 負けるのなら仕方がない、運がない、と諦めはしますが、最初から負けるつもりで勝負なんか受けませんよ。特に、賭けが発生してる勝負ではね」
その答えに満足したのか、先輩はまたニコッと笑った。
「なら、よし!」
ホントに表情豊かな先輩だ。見ていて飽きはしないな。
「そう言えば、俺からも質問させてもらっていいですか?」
「なに? 答えられる範囲なら答えるよ」
「どうして俺を名指しで勧誘しに来たんですか?」
先輩とは初対面のはず。言葉も交わしたことのない人間を、唐突に勧誘するなんて……それがランダムに選ばれた人間ならまだしも、俺を名指ししたところに興味がある。俺はもしかして、俺が気付かない内に有名人になってしまったのではないか!?
「ああ、名前だよ」
「名前?」
「そ。カツベって勝部って書くんでしょ? ウチの部活と一緒じゃん」
「……それだけ?」
「それだけ」
うわぁ……有名人になったかも!? とか勘違いも甚だしかった。
って言うか、理由適当すぎないか……?
「あ、でも動機はそんなだけど、釣れた魚はでかかったって思うよ」
「……そうですか?」
「うん、君のイカサマは私に見抜かれはしたけど、ソツはなかったし、技術も高いと思う。ショーブのメンバーとしては申し分ないポテンシャルを持ってるって思うよ」
「そりゃどーも」
今更フォローされてもどうしようもない。
まぁ、別に部員として活動する気もないのだから、別にいいのだが。
……って、あれ?
「他の部員って、まだ来ないんですか?」
俺の何気ない質問に、先輩は顔を曇らせた。
あれ、地雷だったかな?
「ああ……答えにくいことだったら、別にいいんですけど……」
「ううん、そうじゃないの。えっとね、部員は他にはいないんだ。正確にはいなくなった。退部させられた」
なんだか雲行きが怪しくなってまいりました……。
「退部させられた、って事は外部から圧力がかかったって事ですか?」
「まぁね。ショーブは成り立ちから特殊だから、結構敵も多いんだ。でも正直、部員が私だけになるまで追い詰められるとは思わなかったな……」
「確か、校則じゃ部員が三人以上いないと、部活動として認められないんですよね? 俺と先輩だけだったら、廃部になるんじゃないですか?」
「そうなの。しかも猶予は一ヶ月。それまでにもう一人集めないと、生徒会から廃部が言い渡されるわ」
なるほど、変わった部活だと思っていたが、立たされている状況も特殊なのだな。
……ふむ、あと一人、か。
「うん、俺も協力しますよ。その部員探し」
「えっ?」
今の今まで部活動なんてクソ食らえと思っていたが、現状を聞いて気が変わった。
何を隠そう、俺は逆境萌えなのだ。
説明しよう! 逆境萌えとは!
例えば三点ビハインドで迎えた後半三十分に交代選手として出場してハットトリックを決めた上にアシストもバンバン決めてしまうとか、周回遅れにされていた状態でショートカットコースを発見して一位に肉薄したりだとか、いつもは二時間かけても終わらない宿題を提出日ギリギリまで溜め込むと三十分で終わらせられたりだとか、そういう追い詰められた状況に際して、アベレージ以上限界付近の力を発揮してしまう先天的能力に加え、そういう状況に陥った際にちょっと興奮してしまうなどの後天的性格が合わさる事により、しばしばドMと揶揄されんばかりの性格の事であるッ!
かいつまんで言うと、窮鼠猫を噛む状況でのネズミ役が大好きって事だ。
どうやらこのショーブと言う部活。これは今、危機に瀕しているらしい。ならば俺の望む舞台にうってつけだ。
「部員探しって言っても、簡単じゃないのよ? さっきも言ったけど、ショーブの部員は他からの圧力で辞めさせられる場合もあるわ」
「……俺の事は苗字だけで選んだくせに、ですか?」
「うっ、それはほら、ノリって言うか、なんていうか……」
「まぁこの際、そこには目を瞑りましょう。重要なのはその『やめさせられる原因』です。どのような経緯で部活をやめさせられるのか、そこを聞かせてください」
自分からやめるのではなく、やめさせられると言うのには、それなりの権力者が関わってきていると言う事だ。
その相手を知っておく事は悪いことではあるまい。
「ショーブの部員を辞めさせたのはね……生徒会だよ」
「生徒会……ですか?」
生徒会が部活潰し? そんな漫画やアニメじゃあるまいし……と軽口も叩けない雰囲気だ。先輩の顔がそれを語っている。どうやらマジな話らしい。
「この部活はね、蓬台高の部活の中でも結構古い部類に入るの。昼休みに木札を見せたでしょ? あれは初代の部長が書いたモノなんだって。最初の勝負……学校側との勝負の時にね」
「学校と勝負をしたんですか?」
「そう。ショーブの設立を賭けてね。結果、初代部長は見事勝利を収め、更には莫大な部費を得る事になったわ。そして一つ、公約を掲げたの」
先輩は木札を取り出すと『尋常勝負』と書かれた側ではなく、その裏側を見せてくれた。そこにはショーブ部則が書いてある。
その一、勝負に負けた際は勝者の要求を快く引き受ける事。
「なるほど。その部則につけこんで、生徒会は部員を辞めさせたって事ですね」
「生徒会や学校側にとっては、よくわからない部活に大量の部費を割いている現状は好ましくないはずなの。だからショーブを目の敵にするのはわかるし、蓬台高にとってそれは日常的だった。ショーブと生徒会の勝負は今まで何度もあったわ」
「ショーブはその勝負に勝ち続けていたんですか?」
「ううん、負ける事も当然あった。それで失ったのは部員ではなくて、部費の一部だったけどね。初代部長の公約は『勝負に勝てば部費を渡す』と言う事だった。それは生徒会に対してだけではなく、他の部活動に対してもそう。もちろん一般生徒だって勝負に勝ちさえすれば、学校側から色んな形で部費に当てられるはずだったお金を還元する事もあったそうよ」
なるほど、それで昼間はラグビー部があんなに躍起になって先輩に勝負を挑んだのか。勝負に勝てば部費を得られる、となれば飛びつく事もあろう。
しかし、生徒会との勝負ではアンティが変わっている。
「初代の公約は部費の譲渡だったのに、部員の退部にまで口を出すのは、間違ってませんか?」
「私たちショーブにとっては公約よりも部則の方が大事なの。この部則自体も初代部長が作ったものだし、初代も部則を優先しろと言っていたそうよ。勝者である生徒会が部員の即時退部を要求したら、私たちはそれを飲むしかない」
「なるほどね……」
なんとなく、生徒会の思惑が見えてきた気がする。生徒会や学校側が危惧しているのは、部費の圧迫ではなく、ショーブの存在そのものなのだ。
部費が圧迫されていても、現状は全ての部活が機能している。そこに部費だけを回収しても生徒会としては意味がない。ならば、今後の憂いを絶つためにもショーブそのものを根絶させる。部活動を完全に排除するつもりなのだ。
そのために部員を削って部活動として成立させないようにする。陰険なやり方ではあるが、部員を一人ずつ辞めさせる事で生徒会側の力の強さを誇示し、更にはショーブ側の士気を削り、次にショーブを作ろうとするかもしれない一般生徒にも牽制が効く。
賢いやり方だが、気になる点は幾つもある。
「先輩、この部員を退部させるやり方は、いつから始まったんです?」
「今年度に入ってからね。だからこれまで数ヶ月ってところかしら。それまではずっと部費をやり取りする勝負だったわ」
「……だったら、何故今年になってそんな事を始めたんでしょう?」
「生徒会長が変わったからでしょう。実際、勝負に出てくるのはいつもあの人よ」
そうか、生徒会長は毎年変わるんだから、今年度の会長の方針でそれが決まった、と。確か今年の生徒会長は三年の……名前はなんだったかな。
正直、生徒会長の名前なんて校長先生の名前くらい興味がない。覚えているわけもない。
必要に迫られた時にでも調べれば良いか……。
「さて、現状説明は大体こんなところかな。ほかに質問はある?」
「特にはありませんね。大体把握できました」
「飲み込みが早くて大変よろしい」
大仰に一つ頷いた後、先輩は椅子から立ち上がった。
「では、私は君の入部届けを職員室に持っていくから、後は解散してよし。明日からちゃんと部活動を開始するわよ」
「部活動、って何をするんですか?」
「まずは部員探しね。あと一ヶ月もしたら廃部になっちゃうわけだし。因みに、ショーブの部活動の基本は『勝負』よ。まぁ、いつもなら向こうから勝手に勝負を仕掛けてくるんだけど、今の状況じゃまず勝負の申し込みはないでしょうね」
生徒会に王手までかけられている現状で、横から飛びついたらどうなる事かわからない、って事か。なるほど、それは下手に勝負も申し入れられまい。
「だから今日、君を獲得したような手法で部員を手に入れるか、もしくは自ら入部を希望する奇特な人間を探すしかないわね」
「了解。一応、俺も知り合いに声をかけてみますよ。暇そうなヤツなら知ってるし……」
「あ、一つ気をつけて」
俺の鼻に人差し指が突きつけられた。
「勝負に弱い子を勧誘してもダメ。それはすぐに生徒会によって退部させられるわ。そんなんじゃ生徒会の思う壺だし、何よりその子が気を悪くしちゃうでしょ?」
俺の事は苗字だけで選んだくせに……。まぁ、それは言うまい。
先輩の言う事も頷けるし、俺を選んだ時も切羽詰ってどうしようもなく、神頼み的な感じでと言う事かもしれない。俺がいなければ、ショーブは今、先輩一人だけの部活なのだ。一人きりでこの部室にいるのはとても寂しいだろう。苗字が部活の略称と似ている、なんていかにも運命めいている。
「じゃあまぁ、とりあえず、勝負に強そうな人間を探しますか」
「お願いね。猶予はあと一ヶ月しかないんだから、出来るだけ早くよろしく」
俺の肩を叩いて部室を出て行く先輩を見送り、俺はなんとなく息を抜いた。
そう言えば、女子とサシで話すのは久々だった気がする。
無意識の内に緊張していたのか。うーん、俺も初心なところがあるなぁ、こいつぅ。
「って、そうだ、忘れてた」
「うわぁ!」
突然戻ってきた先輩。
「カツベくん、これから暇?」
「え? え? いや、えっと……」
ちょっと動揺しすぎて、頭がこんがらがっております。なにこれ、どーしたらいいの。
「予定とかあった? それとも、すぐに家に帰らなきゃならないとか?」
「そうじゃないです。別に用事とかもこれといって……」
「じゃあさ、ちょっとお祝い、しない?」
お祝い……お祝い?
****
そんなこんなで連れて来られたのは近くの喫茶店。
なかなかこじゃれた、雰囲気のあるお店だった。
「へぇ、学校の近くにこんな店があったんですね」
「えへへ、お気に入りなの」
ニヘラ、と幼い顔つきを崩す先輩。マジでこの人、年上なのか?
「先輩、もしかして年齢詐称とかしてないですよね?」
「いきなり失礼な。私は自分の童顔ぐあいは自覚してるけど、それをコンプレックスに思ってるんだぞ」
「へぇ、コンプレックス。……女性としてはその顔立ちも魅力的だと思いますけどね」
「……カツベくんって、女の人にそういう事、ホイホイ言っちゃう系?」
「違いますよ。俺は素直な感想を述べただけです」
「ふぅん……まぁ、そういう事にしておきましょ」
ジト目で眺められた後、先輩はメニューを開く。
俺の方も適当にメニューに目を通すが……なるほど、流石は喫茶店と言ったお品書きである。
コーヒー、カフェオレ、ココア、あとは軽食と言ったところか。
俺はコーヒーよりも紅茶派なのだが……あ、別にソフトドリンクもあるのか。
「先輩、決まりました?」
「え? うん、決まったよ。カツベくんも?」
「ええ。……因みに、先輩は何を頼むんで?」
「ブラックコーヒー」
「ぷっ……」
似合わない、と素直に思ってしまったら、先輩にすごい顔で睨まれた。
オーダーした物が運ばれてきた後、俺はコーラに一口つけてから口を開く
「で、なんのお祝いなんですか?」
「ああ、うん。カツベくんの入部祝い」
俺は別に入部したくてしたわけじゃないのだが……いや、まぁ先輩にとっては嬉しい事だろう。お祝いぐらいしたって当然なのかもしれない。
「まぁ、じゃあ遅れましたけど乾杯」
「え? ああ、うん」
俺のガラスのコップと先輩の陶器のマグカップがぶつかり、コチッと音を立てる。
先輩はそこで初めて、コーヒーに口をつけた。
「……にがっ」
「……俺の気のせいかもしれませんが、今、苦いって……」
「言ってない。言ってないよ」
「見栄張ったんですか? 無理せず、ミルクも砂糖も入れればいいじゃないですか」
「良いんだもん! 私はもう二年生だぞ! 君より大人なんだからね!」
大人を強調する辺りが大人っぽくないんですよ、先輩。
結局その後、先輩は砂糖とミルクを入れて飲んでいた。
うんうん、人間素直が一番だよ。
****
翌日の放課後。
試しに喜野とポーカーでもやってみたのだが。
「あーあー、ワンペア」
「お前、ワンペアって……」
使うデッキは一個、チェンジは一回ってルールでやってみたところ、俺の全勝。
コイツはダメだ、ショーブとして運が足りてない。因みに、今の勝負は俺のスリーカードで勝利。
「勝吾ってばまたイカサマしただろ?」
「バカ言うな。賭けもしてない勝負でイカサマしたって、リスクを大きくするだけだろうが。リアルラックだよ」
適当にシャッフルしつつ、俺はトランプをカバンにしまった。
喜野がダメだとすると、まずは暇そうなヤツから目星をつける必要があるなぁ。
暇そうで、かつ勝負強そうなヤツ……思い当たらないなぁ。
「勝吾は結局、ショーブに入る事にしたんだ?」
「まぁな。その活動の一環として部員探しをしてるんだが、お前はダメだな」
「確かに僕は運が良い訳ではない。でも、運ばかりが勝負の決め手ではないと思うよ」
そう言って喜野が取り出したのは、ポケット将棋。
「なるほど、定跡を知っていれば勝てる可能性の出てくるゲーム、つまり知識がモノを言う勝負もあるか」
正直、俺は将棋をやっても勝てそうな感じはしない。
知識によって勝利を得るって事もあるか。
「因みに、喜野は将棋、強いのか?」
「そこそこかなぁ。定跡の幾つか覚えてれば、素人には負けないと思うし」
「囲碁も出来るのか?」
「囲碁は将棋よりも出来ないよ。ルールを知ってるってぐらいだ。でも勝吾よりはまだ伸び白あると思うよ」
言ってくれる。確かに俺はそういう頭を使った勝負は得意ではないが、別に死ぬほど不得意と言うわけでもない。やろうと思えば出来るのだ。面倒くさいだけで。
「じゃあ喜野。勝負しようか。今日から練習を始めて一週間後、改めて勝負だ」
「あぁ、構わないよ。将棋? 囲碁?」
「マージャン」
「……確かに、一応打ち筋とかはあるけどね……」
「おい、その可哀想なものを見る目で俺を見るのをやめろ」
「大体、マージャンは四人で打つものじゃないか。僕と勝吾だけじゃ出来ないだろ」
「出来るだろ。脱衣マージャンは二人打ちだった」
「……」
「おい、その汚物を見るような目で俺を見るのはやめろ」
くそぅ、さっきからコイツは失礼極まりないな、プンプン。
とまぁ、冗談はさておき、
「どうだ、喜野。お前もショーブに入らないか?」
「僕がぁ? ものぐさで有名な、この僕がぁ?」
「実際部活動をする必要はない。名前だけ置いてくれれば、それで役立つんだ。ものぐさで有名な喜野だろうと、それだったら問題ないだろ?」
「意外に食い下がるね……。もしかして、勝吾、切羽詰ってる?」
ぐっ、見破られたか。
正直、俺の交友関係の狭さに、自分自身で辟易していたところだ。勝負強い友人なんて全くと言って思いつかない。手近なところで喜野を捕まえられば御の字、と思っていたんだが……。
「ふぅん、勝吾が僕にお願い、ねぇ」
外道の瞳に危ない光が宿る。
「別に聞いてあげない事もないよ。うん、僕もショーブに入ろう」
「えっ? マジか?」
「ただし、条件がある」
で、ですよねー。
喜野に連れられて、俺は廊下を歩いていた。
「勝吾はさ、最近、一年生の間で密かに盛り上がっている噂って知ってる?」
「密かだったら、あまり盛り上がってないんじゃないのか?」
「揚げ足取りは良いから。何か聞いた事ない?」
そう言われても、俺はあまり噂話とかは集めない主義だしなぁ。
交友関係も狭いと言うのは先ほど、イヤと言うほど自己確認したし、誰かから教えられるとしたら喜野経由しか考えられない。
となれば、その噂話に対して、俺がコンタクトを取れるチャンスはこれが初めてと言う事だ。端的に言えば、知らない。
「まぁ、そうだろうね」
答えずに黙っていると、喜野は勝手に納得した。くそぅ、なんか悔しい。
「その噂話ってのは、今年の新入生に物凄い暴れん坊が入ってきたって事なんだ」
「物凄い暴れん坊? 番長クラスのケンカ好きってことか?」
「僕の聞いた話じゃ、それで間違いないね。入学して数ヶ月で上級生を含めた五人ほど打ちのめしてるって話だ」
なるほど、そりゃすごい暴れん坊だ。
……しかし、どうして今、その話をする。
「ああ……喜野? 俺はちょっと嫌な予感がしてきたんだが」
「僕はね、どうしてもショーブに入って欲しいって言う勝吾の気持ちの強さを知りたいんだ。だからね、」
喜野が廊下の曲がり角で立ち止まる。
この奥は確か、特別教室棟のどん詰まり、用具室。
特別授業で使うはずだった色々なものがしまわれている……と言えば良いのか、それとも特別授業ですら使わなくなったものを押し込めていると言った方が良いのか、つまり、あまり使われていない部屋だけがある場所だ。当然、人の行き来も少ない。
しかし、俺には聞こえる。この奥から獣のうめくような声が。獲物よ、早くやって来いと言わんばかりの低いうなり声が。
「その暴れん坊と、戦ってきてよ」
「無茶言うなっ!」
喜野の要求は俺に命の危険を感じさせた。
「お、おお、お前は鬼か!? 人間を病院送りにしてるような輩と、俺を戦わせようだなんて、正気を疑うぞ! 言っておくが、俺はケンカなんてした事ないんだからな!?」
「まぁまぁ、落ち着きなって、勝吾。よく言うだろ? 人間の武器は知恵と勇気だって」
「それがどうした」
「だから、知恵と勇気を振り絞って、勝ってきな」
無茶を言いよるっ!! 大体相手だって知恵も勇気も備わった人間だろうにッ! もう、俺の口からは言葉が出なかった。コイツ、目がマジだ。
俺は……こんなヤツを部活に勧誘するために、死ぬような目に遭わなければならんのか? それは果たして当然の代価と言えようものなのだろうか?
しかし、同時に俺は少し口元が上がるのを止められなかった。
「ほら、笑ってる」
喜野がニヤリと笑った。コイツが『笑っている』と言ったのは喜野自身の事ではないだろう。俺の事なのだ。俺は俺が自覚できる程度に、笑っている。
「僕はね、勝吾のそういう部分、嫌いじゃないよ」
「ケッ、テメェに好かれたところで嬉しくとも何ともないね」
捨て台詞を吐き捨て、俺は廊下を曲がった。
これは、いわゆる『ピンチ』である。俺にはショーブに勧誘できるような友人は喜野ぐらいしかいない。しかしコイツは一筋縄じゃ入部してくれない。条件はこの先にいる番長に勝つ事。逃げ道は……どれも苦しい道ばかり。
これに燃えずして、何が逆境萌えか。
「くくく、俺もここに来て本気を出さねばならんとはな」
「大した実力を秘めてるわけでもないだろうに」
曲がり角の影から喜野の呟きが聞こえたようだが、聞こえなかったことにしよう。
まずは前方に集中である。
廊下は思ったとおりのどん詰まり。突き当りには用具質のドアがあり、それ以外には右手壁面に窓、左手壁面は白い壁……あれ?
ここに来るまで、廊下の壁一様に白かった。それはもう気持ちの良いぐらい真っ白。しかし、この廊下の壁は白時々赤。赤って言うか、赤黒い。
気がつくと、床には数人の生徒が転がっている。ピクリとも動かないが……し、死んではいないよな?
転がっている生徒は全て男子生徒。おちこぼれの蓬台高校においても、特別おちこぼれたいわゆる不良グループの末端だろう。彼らは何らかの理由によってこのどん詰まりの廊下で地に伏した。原因は言わずもがな、番長!
「って、あれ?」
改めて廊下を見回すが、平常心を削ってくるような彩色の施された床や壁、死屍累々とはこの事といわんばかりの男子生徒の骸が数体……番長らしき人物は見当たらない。
しかし、唯一つ、その場において異彩を放っている物体はある。
準備室のドアに背を預けて座っている少女。それはこの戦場の跡のような場所において、およそ似つかわしくないような美少女だった。
髪は金髪のロング、どうやら染色しているらしいが、その染色にはムラがなく、ホントに綺麗な金髪だった。いっそ生まれつきなのではないかと疑うぐらいに。
顔は整った顔立ちで、鋭い目線がややキツイものの美人と言って遜色ない。口には棒のついた飴をくわえており、さっきからチュパチュパと舐めている。
体つきはややスレンダー。服の上からではハッキリとはわからないが、シルエットもさぞ美しいだろう。
「何よ?」
こちらに向けて発せられた言葉はリンとなる鈴のようだった。俺の耳を通って脳髄を刺激する。決して誰にも媚びる事のない、狼の一鳴きのような気高いその声。どこかの童顔先輩とは全く違っていた。
……おっと、聞きほれている場合ではない。『何よ?』と聞かれたのだから答えなくてはなるまい。
「ここに番長とやらがいると聞いてやってきたんだが……」
「番長?」
「ああ、入学から数ヶ月で上級生を数人ボコボコにしたと言う、鬼のような番長がいるそうなのだよ。君は知らんか?」
「……ふぅん」
彼女は口の中で飴をコロリと鳴らし、口元に笑みを浮かべた。
「つまり、アンタもこの床に這いつくばってる連中同様、この蓬台高校で名を上げるために番長に挑もうって、アホなわけね?」
「……ちょっと違うが、まぁ番長に手合わせ願いたい、と言う部分においては違いない」
「だったら――」
風が吹いたようだった。
床に転がっていた骸を蹴り飛ばし、少女が跳躍する。
およそ女子高生とは思えぬ身のこなし。彼女は床を蹴飛ばしたかと思うと、天井にすら足をつけた。
恐るべきジャンプ力。天井の高さは二メートル半を超えるほどだ。その高さを悠々と跳んだのである。
「――お望みどおり、戦ってあげるわよッ!!」
天井を蹴り、少女は俺に向かって一直線に拳を向けてくる。
なるほど――予想通りだ。
刹那、交錯。
彼女の拳は俺の頬を掠めたが、完全に捉える事はなかった。
「お転婆は嫌いじゃないが、度を過ぎると美徳ですらなくなる」
猛突進してきた彼女の身体を支え、フワリと抱きかかえるようにして手を回す。そしてダンスでも踊るように回転して勢いを殺す。
あのままでは床に激突してしまいそうだった彼女を、俺が助けた形になっただろうか。ふっ、我ながら恰好良すぎるだろ……。
「言っておくが、俺はケンカが得意ではない。故に、君と拳を交えるつもりもない。俺はただ、君と友人になりたいと思ったんだが……」
「とっ、とっ、友達ッ……!?」
突然の事で何がなんだかわからなかったのだろう。彼女はワナワナと振るえ、拳を収めることもなく、そのままの状態で口をパクパクさせていた。
「おっとレディを抱きしめたままだと、少し破廉恥かな」
俺はパッと手を離し、彼女と距離を取る。
立ち位置的には俺が廊下の突き当たり側、彼女が出口側となる。
「あ、アンタ……何者?」
やっと正気を取り戻したらしい彼女は、改めて俺の素性を質してきた。
「俺は一年二組、勝部勝吾。ショーブの新入部員にして期待のホープだ。俺が名乗ったからには、返答を期待しても良いんだろうな?」
「……あ、あたしは一年五組、立風ノブコ。……って、そうじゃない! 今、どうやって避けたの!?」
「自慢じゃないが、俺の動体視力はとても良い。加えて、体育の成績もそこそこだ。身体を動かすのは嫌いじゃない……が、重ねて言おう。ケンカは得意でない」
「ふざけやがって! あたしの拳を避けておきながら、良くそんな事が言えるッ!」
「そんなのは簡単だろう。確かに天井からの奇襲と言うのは効果的だ。普通ならあんな攻撃は予想だにしないだろうからな。しかしそんな重力に反逆した体勢からでは攻撃の幅が極端に狭まる。俺の動体視力を以ってすれば、避けることなどたやすい」
とは言いつつ、結構ギリギリの攻防だった。俺が優位に立てたのは幾つかの要素が大きい。一つは今言った彼女の無理な体勢。アレではまともな攻撃なんて出来ない。初撃の時点では俺と彼女の間合いは結構開いていたし、相手の挙動を見る事が出来たのは俺にとってとても良いアドバンテージになった。
次にあの美少女が番長だったと、予想が出来た事。床に転がっている連中はあの美貌に騙された上に不意打ちを食らってやられたと見た。俺は彼らと言う先達がいたから彼女が番長ではないのか、と予想ができたわけだ。何もないところで人は血を吐いて倒れたりはしまい。
そして最後に一つ、彼女は奢っていた。あの無理な体勢からの攻撃というのもそれの現われと見た。彼女は俺の前に数人の男子生徒を打ち倒した事によって気を良くしていたのだろう。それが俺に足をすくわれる原因にもなったのだ。
「さて、俺は出来ればもう少し穏便な方法で勝負をつけたいのだがね」
「……黙れ! あたしは、やられっぱなしじゃ引っ込みがつかないんだよ!」
立風と名乗った少女は、今度は床を滑るようにして距離を詰めてくる。
いかんな。これはさっきとは状況が全く違う。
相手は万全の体制で攻撃を放てる。さっきは体勢に無理があったから攻撃の幅をある程度予測できたが、今回はその幅が広がっている。
更に俺と彼女との距離が短い。これでは相手の動きを見る余裕がない。
そして最後に……
「うぉッ!」
俺は床に伏している骸に足を取られていた。
ああ、これはやられたな……。
視界がふっと暗転した。
****
消毒液臭い部屋の中で目を覚ます。
気がつくと、俺はベッドに寝かされており、周りは白いカーテンで覆われている。
「保健室、か」
今までお世話になった事はなかったが、まさかこんな形で利用する羽目になるとは。
時計を確認すると、番長こと立風ノブコと立ち会ったあの瞬間から一時間ほど経っていた。倒れたのが放課後で助かった。休み時間とかだったら、授業をほっぽりだしていたところだ。
俺がベッドの上で起き上がると、物音に気がついたのか、外からカーテンが開けられた。現れたのは喜野だった。
「お目覚めかい? 具合はどう?」
「ああ、別にどこも悪くないし、不思議と痛くもない」
気を失う直前の記憶。あれは立風が俺に殴りかかってくるビジョンだ。
あの直後に気絶をしたと言うのに、体中どこも痛くないのだ。これは不思議である。もしかして俺が気付かぬ内にスーパーパゥワーを身に着けて、超人にでもなってしまったというのか。これは驚きである。
「君が何を考えてるか、大体想像つくけど、絶対違うからね」
「読心術とは、やるな、喜野」
「勝吾に褒められてもいまいち嬉しくないなぁ」
失礼な事を言いやがる。
「で、結局、俺の身体のどこにも異常がないってのはどういうことなんだ? 立風はどうした?」
「立風さんなら、もうすぐ帰ってくると……」
「カツベぇ!!」
タイミングよく、保健室のドアを勢い良く開けて登場したのは立風だった。
俺が起きているのを見ると、すぐに駆け寄ってくる。そのスピードたるや常人のそれを逸していたので、俺は本能から後ずさった。
「な、なな、なんだよ?」
「大丈夫!? どこもおかしいところはない!?」
「と、特には……」
「よ、よかった……」
なんだか大き目のビニール袋を抱きかかえて俺に詰め寄ってきた立風は、目の前で大きなため息をつく。なんだコイツ……?
ってか、近い。髪の匂いが良い匂い……って違う!
「よかったってどういう事だよ? さっきは殴りかかってきておいて」
「え? あ、そ、それは……」
急にムッと顔をしかめて、立風は俺から遠ざかる。
「お、お前はあたしの初撃をかわした男だからな。そう簡単にやられてもらっちゃ困る! せめてあたしに倒されてから死んでもらわなければな!」
「お前に倒されるって……実際、倒されただろ、俺」
「え?」
立風のキョトンとした顔。その隣に立っている喜野の企み顔。
なんだ、この雰囲気。
「ええと、確認させてもらうが、俺は立風のパンチをもらって、気絶して、保健室に運ばれたんだよな?」
「そこが君の勘違いだよ、勝吾」
喜野は自分の携帯電話を取り出し、俺に突きつけてきた。
ディスプレイに映し出されているのは動画。どうやらコイツ、俺と立風のケンカを陰から隠し撮りしていたらしい。
それによると、最後の一撃、立風のパンチは空を切ったようだった。俺は倒れていた男子生徒に足をすくわれ、背中から倒れこんで気絶している。
何が起こったのかわからない立風はバランスを崩し、俺に覆いかぶさるように倒れてきていた。
俺がどこも痛みを感じていないのは結局、立風には殴られていないからだ。
倒れこんだ時にも下敷きになってくれた、名も知らぬ男子生徒のお陰でどこも痛める事もなく、俺はピンピンしていると言うわけだ。気絶したのは単なる緊張からって事だね。うわ、俺ダセェ。
状況を理解した俺に、立風がまた詰め寄ってくる。
「カツベはあたしをかばってくれたんでしょ?」
「はぁ?」
「あたしがあの男子に躓く前に、カツベが躓く事によって危険を知らせてくれたんだよね? 正直、あたしにはあの時、周りが全然見えてなかった。アイツに躓いてたら、あたしが怪我をしてたかもしれない……でもアンタが助けてくれた!」
おおぅ、なんだかすごい勘違いしてるぞ、コイツ。
いや、だが待てよ? これを肯定して上手く丸め込めれば、あの勝負の行方をひっくり返せそうだな?
「いやぁ、そうなんだよ! 俺が身をもってお前に危険を知らせることによって、勝負のフェアを守ったんだよね。結果、俺が倒れた際に打ち所が悪くて気絶してしまったのは誤算だったがね!」
「くっ! 粋な事をするじゃない!」
やっべ、この娘、チョロい!
しかし、ここで勝利に固執するのはよくない。ここはあえて……
「まぁ、今回の勝負は引き分けって所かな」
「引き分け……?」
「そうだ。結局、俺は自分のミスで気を失ってしまった。あの後、立風は俺に追撃出来るはずだった。その辺を考えれば、引き分けってところが妥当だろう」
「……そ、そうだね、引き分け! 引き分けにしよう!」
どうやら納得してくれたらしい。立風は何度も頷き、笑顔を見せた。
「じゃあカツベ! 今日からアンタはあたしのライバルだ!」
「……は?」
「次は絶対負けないから! 覚悟しておくように!!」
人差し指を突きつけ、捨て台詞を吐いた後、立風は嵐の如く保健室を出て行った。
現れた時に抱えていた大き目のビニール袋は置いていったようだ。
「これ、なんだかわかる?」
喜野がビニール袋を指差して尋ねてくるが、俺が知る由もない。
「全部、薬とか湿布とか。君がどこか怪我したんじゃないか、って本気で心配したみたいだね」
「……アイツの思考はよくわからんな」
敵に塩を送ると言う事だろうか? それとも何か別の、深い意味が隠されているのかもしれない。
「因みに、あの廊下に転がっていた数人の男子生徒にも同じように薬とかが配られてたよ。どうやら彼女、ケンカした相手には全員に配ってるみたいだね」
「……やっぱ思考が読めんわ」
ゲームが終わったらノーサイドって事か? うーん、ケンカにスポーツマンシップを持ち出すのはどうかと思うけどなぁ。
まぁ、このビニール袋の中身は俺には必要ないし、保健室にでも寄付しておこう。
「それで、俺と喜野の勝負についてはどうなったんだ?」
俺が勝てば喜野がショーブに入ると言う、例の賭けの事だ。
喜野は『うーん』と唸り、あごを押さえた。
「正直、引き分けって落とし所も微妙だけど……あの力量差で引き分けってところに持っていけただけでも僕は勝吾を評価できると思うね」
「って事は?」
「うん、僕もショーブとやらに入るよ」
「よしっ! これで三人目だ!」
これで何とか、廃部の危機は乗り越えた。
あとは先輩にこの事を報告して、今後の対策を取らなければ。生徒会のヤツらがいつ攻め入ってくるとも限らないからな!
「じゃあ喜野、早速入部届けを……」
「……まぁ、なんにしても明日かな」
チャイムが鳴って下校時間を告げていた。




