【第四章 - プロローグ】舞踏会
ルミナスタウンから外れた場所にある洒落た大きな家。白い家の装飾には金細工も施されていた。
今日、甘猫が此処へとやって来たのはエリーナから招待された舞踏会へと参加する為だった。
ドレスコードとして纏ってきたのは、普段きている服とは対照的な大人っぽいドレス。とはいえど、色は淡めのものを選んで来た。
足を踏み入れた甘猫は周りの人の視線を一瞬のうちに奪った。ただのメイドが、ただの小娘が何故こんな舞踏会に参加しているのか……。ときっと皆が思ったことだろう。
このチョーカーを見ればそんなの一瞬で見抜けること。
でも、甘猫は、それに動じ無い。それどころか、舞踏会に足を運んできた貴族達に一度挨拶をした。
甘猫はドレスの裾を持ち上げて、お辞儀をした。
どうせ白い目で見られるのだろうと思って、閉じていた目を開いたが、意外と相手の反応は良かったように見受けられた。
相手も、お辞儀をしてから、微笑んで甘猫に手招きをしたのだ。
甘猫が近づくと、彼女は甘猫にシャンパンのような物を手渡す。でも、それはある種の気遣のようなもの。
彼女が手渡してきたのはただの炭酸水だった。どうやら、持参してきていた様だった。
「なぜ、こんなもの……」
「大丈夫よ。もし、貴方がこちらへ来た時の為に、執事に用意させていただけのことだわ?でも、私は貴方に聞きたいことが山ほどあるの。この恩と引き換えに教えてくださらないかしら」
甘猫に断る理由など無かった。別に、隠すほどのことでも無い。強いて言うならば、三大賢者のメイドであるという情報を出すのだけは気が引けた。
何故なら、今回は社交の場としてやってきたのだから、メイドとしては下の扱いを受ける方が勉強になると思ったから。
三大賢者のメイドでさえも、この場においては上流貴族と同じ扱いなのだ。
「貴方、獣人族のメイドでよろしかったかしら?これを言うのはとても気が引けるのだけどーーーもしかして、売買された身だったり」
甘猫は首を横に振った。
「私はただのメイドです。私の身分について語れることは多くありませんが、少なくともロリ好きのおじさんに遊ばれてるとか、そんな御主人様は持っていません」
「その、主人様はこの場に来ているのかしら、でもこの舞踏会に来れるということはきっと、帝国とはなんらかの関わりがあるのよね」
「いいえ。私のご主人様は来ておりません」
れいりといえば、今日も今日とで全然起きなかったので、そのまま置いてきた。何故なら、そんなのに構っていられるほど今日は時間が無かったから。
そういえばーーれいり様は今日、三大賢者の会議があるとか……。
「貴方様の名前は確か……ディア・レーン様。ディア一族の方でしたよね」
「よくご存じですね。その通り、私の名前はディア・レーンですわ」
彼女は目を見開いて行った。
もちろん。甘猫はこの会場に来る参加者の顔と身分を把握済みなのである。
だからこそ、一番ゆとりのある彼女に声をかけた。そして、名声も丁度良かったのだ。あまり名声が高すぎる人に声をかけても、周りにひかれるだけ。
そして、甘猫は魔法で飲み物の中身を確認した後、グラスに口を付けた。
炭酸水とはいえ、少し砂糖が入っていて美味しかった。
これは不味かろうとマナーなので、少し不安だったのだが、飲みやすかったので良かった。
それから、甘猫は彼女から遠くの方へと離れた。それはもう、こちらを伺えないくらいの距離を。
そして、話しかけたのは男性だった。
勿論舞踏会とはそういう場だからというのもあったが、プロソポンが居なくなってからというものの、甘猫は法悦を感じられていなかった。
だから、こうして甘猫は愉悦を感じに来た。
さすがに、れいり様の前でやるのは、気が引けるというか、邪魔が入りそうでやっていなかったのだが、今は居ない。
今こそ、愉悦を感じるべき時なのだ。
それから、甘猫はお手洗いで黒いドレスに着替え、軽くメイクを済ませた後、彼に近づいた。
その雰囲気は、15歳とは思えない。23歳と言っても嘘では無いように見えてしまうくらいだった。
「こんにちは」
甘猫は笑顔で彼に話しかける。
本当は、狂人の役の方がやりがいがあり、好きなのだが、甘猫には似合わないし、今回の舞台上追放されてもおかしくないので、ちょっと意地悪をするくらいに……。
今回の設定は、そろそろ彼氏の欲しい21歳くらいの設定で行かせてもらおう。性格は後付けだ。
「こんにちは」
彼は、そう笑顔で返した。どうやら、頬の染め具合を見るに、惚れさせることには成功したようだ。
彼の名前は『アーレス・ザイン』。
しかし、知っていると公表するのも彼を警戒させてしまうので、そのことは伏せておいた。
「私の名前は、『ガター・グレース』。恐縮ながら一目惚れしてしまいまして……もし良かったら一緒に乾杯でも……」
と、甘猫は照れ気味に言った。
「……そうかな、ありがとう。僕の名前は『メリア・ザーク』だ」
名前は、西の方の言葉を元の名前から直訳したものを少しアレンジしただけであるが、どうやら、そのことに彼は気づかなかったらしい。バカで良かった。
それから、先ほど『ディア・レーン』様から、余ったからと渡された炭酸水を片手に持ち、彼にシャンパンを注いだ。
そして、乾杯をする。それから、彼はグレースに尋ねた。
「どうして、ここへ?グレースさんはガーター家の血を継ぐ者なのですか?」
それにグレースは頷いた。
ガーター家とはミラグロス帝国を代表し、デゼルダを統治、いや管理している貴族。グレースを演じている甘猫こそ直血では無いものの、最近、自分の調査をしていた所、少し遠い親戚にガーター家が居た。
つまり、血が薄くなっているだけで嘘は吐いていないのだ。
「ところで、ザークさんもですか?」
その質問に、彼は頷いて行った。
「実は僕、公爵なんです……」
グレースは不安気な表情をした。
「……最近は、ここら辺は情勢も悪いですし、ご苦労していらっしゃるでしょう」
これは、彼の支配地が何処にあるのかを聞き出す為に言った。
そもそも、メリアなんて貴族、何処にも居ないのだ。ただ、泳がせてみたかっただけ、完全にグレースの遊び心であった。
「まぁ……でも、大丈夫ですよ。別に生活には困っていませんし」
彼は結局笑ってごまかした。
* * *
ーーしばらくして。
少しづつ対談を重ねるうちに、二人は打ち解け合っていった。そして、今回の目玉ーー社交ダンスの時間がやって来た。
ダンスくらい、運動神経の強い甘猫にとってみれば、ゴツゴツした川の中、裸足で、断崖絶壁で、全然起きないれいり様の上で踊ったって全然余裕なのだがーーここはあえて、下手を演じてみた。
社交ダンスには男性がリードするという暗黙のルールが存在している。だからこそ、そのか弱き女を演じることに意味があるのだ。
それから、グレースダンスが下手なふりをした。ザークがダンスが下手な可能性も考えて、最初はこっちも気を使ったのだが、どうやら、ダンスには自信があるようで。
甘猫は存分に愉悦を感じられた。
もちろん、本来の目的である社交という面に関しても彼と話している間、同時並行で周りの様子を伺ったので問題ない。
* * *
そして、その舞踏会は夜遅く。幕を閉じた。それから、二次会をやる人たちも居たようだが、甘猫にはれいり様の夕飯を用意するという早急に片づけなければいけない仕事があったので、断念。
それから、近くの森の奥に足を踏み入れた甘猫は魔法で服を着替え。槍を片手に持ち、属性変換石を新しいものに変える。
それから浮かせた槍に飛び乗って、空へと飛翔した。
ーー属性変換石をここまで妥協せずに使えるようになったことは喜ばしいことだ。
それは、最近魔法で属性変換石を造れるようになったから。そのおかげで、属性変換石の価値はやや下がった。それは、甘猫くらいの給料なら数えきれないほど買えることを意味していた。
正直、箒の方が景色をみてゆったり出来るし、魔力消費量も少ないため転移術式よりもメリットが大きいのだ。
ちなみに、この複製技術は、どっかの猫の獣人族が開発したのだとか……。
そういえば、帰り際。
「あの……連絡先を交換しませんか?」
と、グレースに言われた。本当、男とは単純なものだ。
そう思い、甘猫は丁重に断った。
別に罪悪感など一切ない。何故なら彼は偽名を使用する程の大罪を犯して今、捜査中の貴族なのだから。愉悦を感じるために利用したってプラマイゼロだ。
ーーエリーナに頼まれて惚れ薬を少しだけシャンパンに入れていたのはここだけの話。
もうじき、彼は甘猫を探しにルミナスタウンに訪れることだろう。




