【第三章 - 14】寝不足は頭を狂わせる
「ね、カーロ様」
耳元でそっと囁く少女に、カーロは驚きを隠せない様子だった。
「驚かせないでいただけますか!」
少女は、カーロの反応を見て微笑む。それから隣に座った。
宮殿の屋根から見えるその光景は、まるでこの世のものでは無いようだった。僕の目に映る、空に舞う緑色の光は僕に世界の美しさや儚さを教えてくれた。
「とても、綺麗ですね……」
うっとりと空を眺めるカーロを見て、少女は言った。
「無理をしなくても、良いんです。空を見たくなければ、見なくたっていいんですよ」
本当、何を言っているのだろうか。
こんな、感動的な場面にも関わらず……。少女はそれを、理解している。
でも、カーロの目に潤う涙を見た時に、どうも黙ってはいられなかったのだ。
「何の話ですこと?」
カーロは自分が何も知らないかのように振る舞った。それは、同時に皇女の強さを示していた。
「そうですか……、セレディア様」
ーー翌日。
「おはようございます……って大丈夫ですか?」
今日は、エリーナからの呼び出しで、れいり達を含め会議をすることとなっていた。
れいりが起きるのが遅いことはエリーナも重々承知の上で、会議時間は余裕を持って14時からになっていたのにも関わらず……。
あの少女がどれだけ待っても来なかったのだ。
だから、れいり様とエリーナの指示で、甘猫は少女の様子を見にきたのだが、少女の宿泊している部屋の扉を開けた時。
そこは、まるで何か事件があったかのような光景が広がっていたのだ。
机から崩れ落ちた少女。その顔は真っ青でほぼ幽霊であった。
「……だ、だいじょうぶ……」
何とか、立ちあがろうと試みるも、少女はそのまま倒れてしまった。
甘猫は、少女を持ち上げて、布団の上に乗せる。そのまま毛布をかけた。
「寝不足のようですが……。もしかして、徹夜しました?」
「まぁ……昨日の流星群で新しい発見が沢山あって……。すぐ、寝不足を見破るとは、貴方も私と同類なのでは?」
徹夜で、頭がおかしくなったのだろうか、少女はニヤついて言った。
「もう良いです。れいり様とエリーナ様を呼んできます」
* * *
「もしやと思ったが……やはりか」
エリーナはため息混じりにそう言って、少女の顔を覗き込んだ。
「そこまで予想してたの?」
「まぁ、これだけ変わっている天才だからな……。集中しだすと、気絶するまで続けることくらい今更驚きやしない」
それから、甘猫は困りぎみに言う。
「それにしても、どうします?」
「いいよ。省エネモードだけど、何か質問があれば教えてあげる」
穏やかに、小さな声で少女は呟いた。
「じゃあ、ここでやりましょう」
甘猫が、そう言うと、部屋に幾つかのテーブルと椅子を持ってきて、その上に温かいお茶を置いた。
「今日は、この方が休めるように、温かいノンカフェインのお茶だけにしましょう。後は、栄養価が高いお粥も用意しておいたので、また徹夜して困った時には、それでも食べておいてください」
準備が良すぎると感心しつつも、れいりは、どこか甘猫がお母さんに見えてきた。
「さっそく、妹についてだが……。その狂人が沢山集まっているというのは、どういうことなのだ?」
険しい表情で、エリーナはそう尋ねた。
「デゼルダ孤児院には大きな聖堂があって……、それでこの間の司祭の話の件もあって。大体、信仰深いのは変人というか、狂人というか……」
「その司祭って何の話ですか?」
身に覚えの無い話を聞いた甘猫はそう尋ねた。
「まぁ、簡単に言えば、デゼルダ孤児院にセイシスト・リオンの子孫が居るとか居ないとか……」
「はぁ……」
エリーナの説明に、甘猫は深くため息を吐いた。
(そんなの居たら、碑石の謎を解くことくらい容易いですよ……。お姉さんの苦労を返してください)
「まぁ、そんなこんなで狂人が多くて……、全員を救わない方が良いっていうのは、あそこには本当の信者が潜んでますから。セイシスト教会の信者の子がばんばん入れられてるんです」
「それは、厄介だな」
エリーナがそう言ったのは、別にセイシスト教会の子供を助けたくないわけでは無い。それを親が知った時に、どうなるか見当がつかない。
親が、1番の恐怖なのである。
「それに、あそこは子供が多いからね……」
苦い顔をしてれいりは言った。
「そうなのか?」
「あそこは、子供が居れば居るほど良いみたいな、生産工場みたいなサイクルをしてて、エリーナ様もご存じの通り楽園にはそれぞれの特徴がありますが、デゼルダ孤児院はもっとも機械的な存在なんです」
ーーデゼルダ孤児院。
そのモットーは『感情の変化』だと、少女は言った。
それは、何故かーーそれはある日突然、地獄が始まるから。




