【第三章 - 9】猫が選ぶ野菜のセンスは素晴らしい
「もうそんな時間なんだ……」
れいりが時計を見ると、時間は午後10時を回っていた。
「れいり様もこれくらい早く寝ても良いのですよ?」
「いや……、それはちょっと……。研究は夜中からが一番集中できるの!」
れいりの主張に、甘猫は妙に納得したような表情を浮かべた。
「それは共感です。私も、つい魔法の研究をしたくなっちゃって気がついた時には朝の2時半ってことが良くありますし……。いや、ほぼ毎日ですね」
「でも、甘猫って早起きだよね。毎朝何時に起きてるの?」
「大体、6時50分くらいでしょうか……」
何気なく言った甘猫の一言に、れいりは驚きを隠せない様子だった。
「すごいブラック。もうちょっと遅く起きても良いんだよ?」
「いや、メイドにしては凄く遅いし、ギリギリに起きてるので凄くゆるいと思いますよ」
「じゃあ、普通のメイドは何時くらいに起きるの?」
れいりの質問に甘猫は少し考え込む。
「そうですね……私の周りの人たちは大体5時30分には起きてましたよ。それでもホワイトなので本来は4時45分くらいには起きなければなりませんね」
「それ、幽霊じゃなくて……?」
あくまでも、れいりは真面目に聞いている。
「いや、生きてますよ!れいり様がだらしなさすぎるんです」
「でも、私の家、皆こういう生活してたし……」
ーー研究者タイプの多い心虹家では朝の3,4時に寝て11,12時に起きるのが当たり前だった。
その為か、れいりもこのような生活習慣なのである。
「確かに、夜中にキッチンへ行くと偶に誰かと遭遇したりしますね」
「でしょ?だから甘猫ももっと遅くまで寝た方が……」
れいりの心配する声に、甘猫は自信満々に返した。
「安心してください、私はこの為にお昼寝をしているのです!だからこれからもれいり様を朝早くから起こさせてもらいます」
「……えぇ……」
「やっぱりそれが目的だったんですね!」
甘猫は怒り気味に言う。それを見てれいりは焦ったように言った。
「そんな事ないって!本当だから」
「まぁ、別に……本当なら何でもいいんですけど」
そう言って、甘猫は部屋を出て行った。
* * *
ーー翌朝。
「れいり様、早く起きてください」
「うぅ……眠い」
今日のれいりはいつもより目覚めが良かった。それはぐっすり眠れたからではなく、ただ単に眠りが浅かったからだ。
「あ、すんなり起きましたね……」
甘猫はびっくりして、時計を表示させた。
「まだ、8時17分ですよ!どうしちゃったんですかれいり様。もしかして、風邪でも引いちゃったんです?」
こんな時間に起きただけで、風邪を疑われるとは……。なんだか悲しい。
そのまま、れいりは布団から立ち上がり、中央の部屋へと歩き出す。それを追って、甘猫はその後ろを付いて行った。
部屋の椅子に着席すると、意外にもその向かい側には少女は居なかった。
「あの子、どこ行ったか知ってる?」
寝ぼけた声で、れいりは尋ねる。
「わかりませんね。私が起きた時はまだ寝てましたけど……。別に部屋を出た形跡はありませんし……」
「まだ寝てるってこと?」
「まぁ、そうかもしれませんね……。少し様子を見ておきましょう」
そうして、甘猫はキッチンから持ってきた料理を机の上に置く。
「今日の朝食はコーンポタージュをフレンチトースト、そしてサラダです」
相変わらずコンポタージュは緑の煙を放っており、フレンチトーストの上には死灯蜜で作ったジャムがかかっていた。
サラダは普通に見えるが、味はとてつもなく美味しい。なんだか、口の上に入れた瞬間ヒリヒリとして最後に甘味が残るのだ。
「いつも思うんだけど、このサラダどうやって作ってるの?」
「え?そこら辺に生えてる野菜を水で洗って、砂糖とお酢、オリーブオイルを混ぜたドレッシングを上にかけただけですが……」
きっと、ここで一般人ならそこら辺に生えている野菜が大丈夫なものなのか悶絶しても良い気がする。
実際アイルーだって、毒は好きであるが、悪い意味で甘猫の選ぶ野菜のセンスには感服している。
何故、こうもいつも変な野菜を選べるのだろうか。
なんなら、お母さんが「あ、この野菜、丁度使いたかったのよ!」とキッチンから野菜を持っていき怪しい鍋に入れる始末である。
そして、アイルーはこう言った。
「甘猫ちゃん。お母さんの助手もやったらどうかな……多分、給料倍になるよ」
でも、甘猫はこう反論したのだ。
「アイルー様、いくら魔導書が欲しいからって、私に仕事を増やさせるのはどうかしていると思います」と。
全然、そういうことでは無いのにも関わらず。
ーーニッコニコで朝食を食べているれいりを少女は扉からこっそり見ていた。
「あの人……なんなんですか……。バカ舌にもほどがありますよ」
少女は決して部屋の中で寝ていたわけでは無い。
ただ二人の様子を観察して、セイシスト教会と関わりがあるという証拠を記録しようとしていたのだ。
(盗聴魔法と録音術式を複合した術式を使って昨日中央の部屋に隠しておいたのにバレてない……)
これは作戦は成功したということで良いのだろうか。と少女は思っていた。
でも、言わないだけで、れいりも甘猫もとっくに気がついている。
洞察力オバケの猫と、魔力を視る事のできる『虹色の剣士』に挑むには100年早かったのだろう。
そして、甘猫は思う。
(あの子、可愛いですね……まさか、術式をあんな分かりやすい位置に置くだなんて……)
術式が置かれていたのは机のど真ん中。
確かに、一番記録しやすい位置であるが、こんなの甘猫やれいりじゃなくとも、『中級魔術師』くらいなら一目で分かる。
そんな純粋さが、甘猫にはどうも可愛く見えてしまう。
れいりは、凄いと関心していた。
あの年齢で複合術式が出来るだなんて、なかなかの才能の持ち主である。というか、昨日からあの少女には感服されっぱなしなのだ。
でも、ここで甘猫は仕掛けた。
「あの子、起きてきませんね……ちょっと様子を見てきます」と。
それを聞いて、少し笑ってしまった。少女がどんな行動にでるのか気になったからだ。
少女は一生懸命布団に走った。
でも、少女が布団に飛び込もうとしたタイミングで、甘猫が先に扉を開けた。
すると、少女は何と言うと思いきや……。
「おはようございます」
少女が言ったのはただそれだけだった。ただ諦めただけなのか、それとも最初からそういう作戦だったのか。
それに対して甘猫も笑顔で挨拶した。
「おはようございます。朝食の準備は出来てますよ」
それを聞いて、少女は少し顔を濁らせる。でも、そのまま立ち上がって、甘猫に付いて行った。
ーーでも、安心して欲しい。
れいりが食べているのは甘猫が作ったスペシャルブレックファーストなだけであって、少女には甘猫が食べるのと同じ、違うものが用意されていた。
見かねたアイルーが甘猫に料理を教えたのだ。
それからというものの、最初は朝食の味見に食べていただけだったのだが、甘猫もいつの間にか朝食を食べるようになっていたのだ。
「本日の朝食は、ヨーグルトとホワイトシチュー、そして主食はパンでございます」
甘猫が差し出した朝食を見て、少女は少し安堵したのだろうか。そんなに大差ないが、硬かった表情が柔らかくなった気がする。
そして、少女は一口、また一口と朝食を食べ始めた。
すると、甘猫は自分の朝食を持ってきて、れいりの隣の席に座る。そして、お祈りをしてからシチューを一口、口に運んだ。
「甘猫って、ご飯食べる前にお祈りするよね」
それは少女は聞き逃さなかった。そして、術式を発動させる。
それを見て、甘猫は少し驚いたが、何事も無かったかのように話始めた。
「昔からの癖で……、孤児院でご飯を食べる前にお祈りするようにと叩き込まれたんですよ」
「シスター養成所ではやらなかったの?」
れいりの質問に、甘猫は目を伏せる。
「あ、そっか……。色々あったもんね」
もう一度聞かされていた甘猫の学生時代の話をれいりは思い出す。
「気にしないでください。ほとんど、不良みたいなものなので」
笑って甘猫はそう言う。
(不良……このメイドさん孤児院出身の方で間違いないようですが……。二人とも辺な方ですね)
少女は心の中でそう呟く。
「そういえば、君には自己紹介をしてもらわないと」
少女は急に話しかけられて驚いた表情を見せる。
「まぁ、そうですね……。約束通り、自己紹介を……。後は、仕方がないので、今までの話も教えてあげます」




