間話16 義理の『姉妹』 その2
トラベルライターという職業が理由で、義兄の中山幸太郎はよく海外に出かけている。26歳、新人から数年という経験値を積み重ねたおかげもあってか、最近は仕事が忙しくなっているらしい。先月は月の半分も国外にいたと梓は聞いていた。
……ちなみに誰から聞いたかと言うと、もちろん夫の不在を寂しがっている妻のしほからである。
彼女は頼んでもいないのに幸太郎の情報をスマホで梓に知らせてくるので、彼女はすっかり兄の事情に詳しくなってしまっていた。
「おにーちゃん、今はロシアだっけ?」
「えぇ。私のおじいちゃん……ひいおじいちゃんだったかしら? どっちかよく分からないけど、とにかく親戚が実は旅行関連の会社をしているとかなんとかで、契約がうまくいきそうって言ってたわ」
「ふーん。ロシアかぁ……だからしほさんって銀髪なんだね」
「そうらしいわ。まぁ、私の血なんてどうでもいいのよっ! それよりも早くだぁちゃんには帰ってきてもらわないと困るのだけれど?」
「そんなこと梓に言われても……」
「まったく、あずにゃんのおにーちゃんはどうしてあんなに真面目なのかしらっ。おかげで仕事先からも評判が良いらしいし、これじゃあもっとお仕事が増えちゃうじゃない!! 何よ、だぁちゃんったら……仕事ができるなんてかっこよくて素敵すぎるわ。もう大好きっ」
「のろけたいだけなら帰ってくれない?」
――ってか、いいかげんにおにーちゃんからのお土産渡してよ。
二個目のケーキを頬張るしほに、梓はジトっとした視線を送る。
未だにお土産を渡してくれないので、なかなかしほを追い出すことができずにいたのだ。
「あずにゃん、紅茶が飲みたいわ」
「自分で入れて。梓はおにーちゃんじゃないよ? 甘えたって甘やかさないんだからね?」
「ふっふっふ……本当に私が入れてもいいのかしら? ドジっ子として生きてきた私なら、ティーカップの一つや二つ余裕で落として割っちゃうなんて容易いことよ?」
「……ひきょうものっ」
そういえば、目の前に座る美女は結構なポンコツだった――そのことを思い出した梓は、ため息をつきながら紅茶を用意してあげた。
大学を卒業すると同時に一人暮らしを初めて、早四年が経過した。
自宅では家事を幸太郎に任せきりだったが、最近はようやく自分で色々なことができるようになった。
もう、兄に頼りっぱなしの妹ではない。
梓もちゃんと、成長していた。
「じゃあ、紅茶を入れてくれたお礼にだぁちゃんからのお土産を渡してあげるわ。はい、どうぞ」
――やっとだよ!
内心で大きなため息をつきながらも、そんな感情を表情に出さないように気を付けながら、差し出された小包を受け取る。
かわいらしい包装紙で包まれたそれを見ていると、いかにも幸太郎らしいと思えてきて、ついつい梓は頬が緩んでしまった。
「ロシアの前に行ってたところは……たしか、モンゴルだっけ?」
「えぇ。なんかお馬さんに乗ったって言ってたわ。あと、羊さんもいっぱい見たって!」
おにーちゃんは絶対にもっとそれ以上の思い出を語ってるだろうなぁ――と、しほのざっくりした説明を聞き流しながら、小包を開封する。
包装紙が変に破けないように丁寧にはがして、中から出てきたのは――暖かそうな『靴下』だった。
それから、小さなメモ用紙も一緒に出てきたので、手に取って読んでみる。
『梓へ。モンゴルは羊毛の質がいいらしいよ。また今度、帰ってきた時に会おう。元気でいることを願ってます。幸太郎より』
簡素な文章に目を通して、それからそっと靴下を握りしめた。
兄が結婚して……少し寂しさを感じなかったと言えば、ウソになる。
兄が盗られたみたいで、子供じみているとは分かっていても、ふてくされたこともあった。
だけど、結婚しても兄は兄だった。
血は繋がってないし、義理の関係ではあるけれど、彼はずっと『おにーちゃん』でいてくれる。
離れたところでも、梓のことを思ってお土産を用意してくれる。
それが嬉しくないわけ、なかった――
(続く)




