(Part61)しかし にげこまれてしまった !
ゴォオ…ォン!
「──ッ?!」
-[秋野]の目には論ずるまでも無い無惨な光景が飛び込んでいた。そこに、蛙飛び込む水のよう…柔く、が、剛い、音が響く。
何だ、この音は…!?いや、それより!
思考を途中で切り上げ、すぐに駆け寄る。
「柚!大丈夫っ…なワケねぇなっ!!」
金田柚の姿を見る。躰が文字通り欠けている。まるでボーリング検査によって円筒形の穴の開けられた大地のようだった。
すると、
「くっ…!」
と何かを捨てる際に出てしまうような声を上げながら、彼女は剣を地面に放り投げる。
ガラン、ガラン。
空いた両手で自分の服を鷲掴む。服を脱ごうとしている。脱いだ服を金田のそこに巻き、止血しようと考えたのだ。
「ワオ♡」
向こうにいる土の魔法使い・孔が、ハート付きで不快な声を出した。が、それに構ってやる暇もない。今すべき全ては、服を脱ぐことしかあるまい!
そんな秋野を手で制する。
「そんなのするな…」
拭えきれない女々しさのベタつく秋野の服をここで巻いてもらうなんて、男として終わっている…。そう感じるのが、金田 柚という男だった。
バッ…。
服を脱ぐ。
大気に晒された金田の裸。赤く。紅く染まる横腹があった。
「う、く…っ」
思わず唸る秋野。
それに構わず、金田は脱いだ自分の服で、腹を括った。目の前の孔はただ黙っていた。
「残念ネ。この歳の女の子のハダカは長く見てなかったのにネ…。」
気味の悪いことを言う…。
このとき、この歳の女の子たる彼女は、普通「変態め」と叫ぶのが模範解答だと思われる。しかし、秋野はつい言ってしまう。
「化物め」
言った自分でも、何を言ってしまったのか分からないようなことを言う。ただ、正しくもある気がした。
目の前にいるのは、今まで彼女が出会ってきた人間の中で一番…化物だった。
さっきのはなんて技だよ。そんで、そんな技を使いこなす繊細な技術が、ありえるのかよ。こいつを相手に、私は今 再び地面に落ちている剣を拾わなくてはならないのか…。
ガチャリ。
拾い上げた銅剣は重かった。『半』の魔法をかけていないので、質量は1/1である。
今ではもはや、土と銅…どちらが強いのか分かったものではなかった。銅でできた剣・阿蛇虵舌であるが、あの泥を固めたような矛を前に折れるかもしれなかった。
「…!」
金田が立ったことに気づく。
「いけるか?」
酷なことを聞く。
「ああ…。土が体にかかって死ぬ人間がいてたまるか…っ!」
この時、金田の体は本当に命の危機に晒されていた。いや、いつだってそうだったか。
私は…こいつに勝てるのか?相手はまだ疲れが見えない。
そんな不安が頭の中で塒を巻く。
コンクリートではなく土のままである路地裏も今どき珍しい。地を踏むと、ジリ…と砂の転げる音が鳴った。
「秋野!柚!大丈夫かッ!?」
「「!」」
「まだ…交戦中のようですね」
2人が駆けつけたことに、2人は気づく!…そして、1人は悟る…。
「アイツが…負けるとはネ。」
ペアの規律使いの敗北。孔はそれを悟った。
これで1対4である。
「お…ぎ、機堂!アークさんも!」
秋野の中に活力が生まれた瞬間だった!何より、機堂とアークが無事であることが嬉しかった。
しかし、これは、これでは、
「まるでゲームだネ。そちらは4人の勇者パーティ。ボスは結局、一匹…。」
「な、コイツ…兎暦語 話せたんか!?」
「こんにちは。おデブちゃん…。」
「なっ!?失礼な奴やなァ…!」
怖いのは、孔土文がまだ余裕に浸っていたことか。
「…!金田さん!お腹を…大丈夫ですか!?」
腹に巻かれた衣服はもはや真っ赤ではなかった。時間経過で茶色がかったオレンジ色…といえばオレンジティーみたいだが、そんな良いものではなく本当に酷い色になっていた。血は止まっただろうが、衣服越しに痛々しさとダメージ量は伝わる。
ここで「大丈夫じゃないです。ちょっと休みます」と言えればそれはとってもいいことだ。だが、金田はそれではよくないことも知っていた。
「いや、気をつけてください」
言葉を向ける先には、機堂とアーク。
「相手の土魔法使いは…本来の魔法を変形させることを得意としています。それで…槍のように変形させた土魔法!特にそれに気をつけて!!」
その貌で言われれば、血の染みた服の向こうにある傷の形が、槍で抉られたような円筒形であることは嫌でも分かってしまう。
「おう…!」「はい!!」
返事してみたものの、どう気をつけていいか分かるはずもない。
敵もそのことを知っている。気をつけてどうにかなるものなら、気をつけてみろ。そう言いたげに──
「テラ──」
──詠唱を開始した!!
「「「──!!」」」
「まずい!!」
──まず駆け出したのは秋野である!体力など、遠の昔に尽きている!ただ、命と、魂は、まだ尽きていないのだから!!動ける!!
秋野のあまりの気迫は、数瞬間遅れで、機堂とアークに気づきを与える!「これが、金田をやりやがった技だ」ということを!理解してしまえば、これからやることなんざ、一つ!つまり阻止だ!
「絶対に止めろォっ!!」
秋野の怒号で、弾かれたように全員が動き出す!ただ、全員とは、孔を含めた全員だった!
そこからは、蛙の跳ねたのを水に伝える波よりも迅く起きた出来事だった…!
まず、秋野も対抗して魔法を使う。『半』…半減魔法にも呪文はあるのだが、唱える暇などないと零で悟った秋野は、魔力はやや喰うが無詠唱で魔法を使う。半減 半減 半減!相手の呪文の詠唱速度を1/8まで減らす!!
「…!」
秋野の仕業に気づくと同じタイミング、孔は──ドゴン!と轟かせながら右側面にあったらしい壁をぶち破った!どうも隣はボロボロの空家みたいだった!
それを機堂は、壁の崩壊する音の終わらぬ内に、相手の意図を汲み取る!そして、
「アークさんッ!!」
アークを呼ぶ!
このとき、全てが伝わった。
孔が壁を壊して空家へ隠れたのは、呪文の詠唱が完了するまでの時間を稼ぐためだけではない!アークの『箱』から逃げるためである!一度見ただけで既に『箱』の性質をほとんど理解した、土魔法を使うだけの化物は、それで遠くへ飛ばされてしまえば終わりだと分かっていたのだ!
その意味する全てを、全員が共有し、対応に出る!要となるのはアーク!ただ、やることは簡単──
ガ ドンッ!!
「『箱』ォーッ!!」
最 大 出 力 『箱』
──そして空間は入れ替わる!!
「……はは」
すごいなぁアークさん。流石…としか…
言いようがなかった。しかし、それを言う余裕すらないほど驚き疲れている。ただ簡単な話、味方サイドにも一匹、化物がいたということだ。
「すごい…」
金田も言う。隣を見て、こう言う。
「建物ごと…」
隣には何も無かった。
なんとアークは、空家まるまるを飛ばしたのだ。つまり『箱』は、1000立方メートルの空間を閉じ込め、入れ替えたのだ。
「ふぅ、流石に疲れました」
当たり前だ。むしろ「疲れた」程度で済むのはだいぶヤバい。
ここで、機堂がなんともいえぬ感情を抱いた様子で息を吐く。
「とにかく、良かッた。アレ、は今の俺らの手には絶対におえん。化物や…雰囲気からすら感じ取れるほどの…」
「…」
3人は黙った。実際、相手1人に対してこちらは4人で戦いを挑んでいたのに、相手は余裕の表情を見せていた。それに、勝てる気は正直しないままだった。
「…そういえばアークさん、あの神候補はどこに飛ばしたんですか?」
「ええと、桃源共和国の山岳地帯の上空ですね。死にはしないと思いますが、落下した衝撃で大怪我くらいはしてもらいたいものですね」
「うわっ結構やることえげつない…」
少し表情が柔らかくなる。微笑むとまでいかずとも、口角を少し上げる余裕くらいはできたころだった。
金田が口を挟む。
「いや、アークさんの判断は正しい…正しすぎる。きっと、ただ遠くへ送っただけで相手がピンピンしたままだったら、あいつはすぐ俺らを追ってきただろう」
「俺もそう思うわ。そう考えたら、この結果は最善に近いな」
そのとき、砂埃が舞った。
『箱』で入れ替えた先の空間で軽い砂が舞っていたのだろうか──
「──危ないッ!!」
急に叫ぶヴン・アーク!!次の瞬間には、その背中に付いた大きな羽をバサリと広げ、勝利の女神が掲げる旗のように羽ばたけた!
「くゥッ!!」
「な──」
見ると、翼には槍が刺さっていた!それが石でできた、鉄でできた槍だったらどんなに良いことだっただろうか。その槍は…土でできていた。
「やれやれ…あの『箱』は自信があったのですがね!捕らえ損ねてしまいましたか!」
身を挺して秋野たちを守ってくれたアークは、わざとハキハキと喋ってみせた。きっと口を開けば叫び声以外出したくないであろう激痛の中、こんな風に振る舞ったのは他でもない、心配させないためだ。
「う、あ…っ」
アークさんがっ!クソ!敵がまだいる?それよりアークさん、血が翼から!!私たちを守ってくれた。でも────
沢山の想いは、一つも言葉として口から出せなかった。
気づくと、周りは黄土色に染められていた。どこの砂か知らないが、濁った空気は視界を曇らせた。
ズボッ!
「そこですね…!」
突如、アークは引き抜いた槍を放り投げる!投げられた槍は、空気を切り裂きながら進み、黄ばんだ空気を透き通る透明に戻す。
その先には…
「やっぱお前が一番危険ネ。私の魔法を受けておきながら、その魔法を私に突き返してくるとはネ…。」
土の盾のようなもので己の生んだ土の槍を受け止めたらしかった孔 土文は、消えてゆく土魔法を一瞥してからこちらを見る。こちらを見る時間は一瞥では済まなく、ただじっと見つめていた。
怖いのもあったが、単純に疲れていた。動けない。少なくとも、自分の意志で動くことはできない。脳が、この状況を打開する方法を一生懸命に考えてくれているが、脳もまた疲れていたのだ。
孔は、逃げると同時に追い詰めた。逃げるのと、追い詰めるのとは、対義語のようでもあるが…この場合、ほとんど同じことを意味していた。『箱』から逃げきってここにいる、土の魔法使いは、まさしく化物だ…勇者一行を追い詰める化物…。




