(Part50)わたしたちのウォーゲーム!
「もう寝なさい」
-ただそうとだけ言ったのは、[彼女]の母だ。
「はい」
ただそうとだけ返す。
秋野は言われた通りに寝なければならなかった。トイレに行き、トイレ用のスリッパに履き替えてから用を済ませ、台所でコップ半分ほど水を飲む。それから階段へ向かう。
階段用のスリッパに履き替え、キシ、キシと、木でできた階段を音を立てながら登っていく。あとは寝るだけだ。
「…」
「…」
2人の親子の間に「おやすみ」はない。それを今更、秋野が何とか思うわけでもなかったが。
「ハ…」
乾いた笑いがつい漏れた。
悪者たちをぶっ飛ばして神を目指す神候補で、それでいて、サースターと地球を手にかける巨悪のような何かから世界を守る主人公…。実感はないけど、私はそんなことになってるらしい。けど、家じゃこんなもん…潔癖症のお母さんに頭の上がらないただの女子中学生か〜。
そんなことを考えて、つい笑いが漏れた。しかしその考えが、心を曇らせる、気分を暗くさせるのかというと、そうでもない。
そういう感じの“特別さ”は、まぁ、まさしく、自分がアニメ・マンガの主人公という感じがして、中学一年生にして中二病の秋野にはなかなか面白かった。それがまた笑えた。
…ちなみに、このとき地球には中二病という言葉はなかった。実は中二病という言葉はサースターが先に思いついた言葉なのだ。どうでもいいことだが。
階段を登り切ったら、そこには扉付きの部屋がある。基本的に、ここには寝る時以外は入らない。あまり母が入らせてくれないからだ。(これも、秋野の母が潔癖症であることと関係しているらしい)
4ヶ月ほど前の朝宮ちゃんの事件があってから、ずいぶんと経った。あのときに、神の座を目指す理由はできた。しかし、サースターを壊して地球でめちゃくちゃしてやろうなどと考える巨悪がいるらしいので、そいつを倒すこともいつの間にか秋野の役目みたいなことになっていて、そっちは彼女にとってもぶっちゃけよく分からなかった。
「さー、考えても仕方ねーなぁ〜。寝るか。」
その言葉を最後に、次に彼女が目覚めるのは、
なんと、たったの6時間後だった。
午前5時30分。太陽が出ずるよりも早く起きた彼女には、かなりハードなスケジュールが待っている。
「…」
掛け布団を押しのけ、服を着替える。
勉強道具の散らかった机の上にはガラパゴス携帯があった。ボタンが諸島のように付いたその電子機器は、もう世間じゃ昔の道具扱いだが、キッズケータイよりは未来の性能をしている。
携帯を見てみたら2件のメッセージがある。金田と機堂からのメッセージで、要約して一言で言うと「あけおめ」、さらにもう一言あるとすると「ことよろ」…年を越えた挨拶だ。
ん。ま…どうせ、後で会うんだし、メールで返す必要もないな。
と秋野はパタンと携帯電話を閉じる。
タ、タ、タ、と階段を降りる。母親がまだ寝ているだろうから、音を立てないように階段を降りる。
重い(具体的には銅製の剣一本分ほどの)ギターケース、そして宿題を抱えて、すぐに外へ飛び出す。
ガチャ、
「う〜、さっぶ!!」
瞬間、空気がこちらへドッッと流れてくる。ビシビシと風を全身に受けながらも、進むしかない道を歩く。
2001年が来た。
20世紀の終わりにはドラゴンクエストで遊びエヴァンゲリオンを観ていた。やってきた21世紀最初の年…去年。
去年の今頃は、世界中の数字が1999から2000へ変わることによって起こるコンピュータの誤作動を恐れていた。…結局、コンピュータになんてことはなかった。
恐れていたといえば、さらに一年前の1999年を予言したものもあったが、こちらも結局外れ、恐怖の大王は来なかった。地球にも、サースターにも。そして、ノストラダムスの予言はそれから日を追うごとに人々から忘れられていった。…それまでは、世界中を半信半疑にまでさせていたのに、だ。半信半疑とは言うが、人の心を半分も信じさせていたということはとてもすごいことだった。
しみじみと振り返っている秋野。次に彼女が振り返る思い出は、もう、この物語をここまで読んだ者には分かるだろう。
…そうか、そういえば、初めて『神の座を決める戦い』を知ったのもあの頃だったなぁ…!2000年の7月、か。ノストラダムスの言った、恐怖の大王のちょうど一年後にやって来てるんだな。うわ、初めて気づいたけど、すごいな…!
彼女はそのことを思い出していた。そして、また、笑ってしまう。
「フハっ…アハハ!」
箸が転んでもおかしいお年頃だ。こんなに非日常的な思い出、笑ってしまってもおかしくない。
大王様の代わりに、今の非日常が舞い込んできたのかもしれない。
「恐怖の大王のが、まだマシだったな〜…」
彼女が向かっているのは、例の館だ。円卓の大団の館で、彼女の[相棒]と[理解者]が待っている。
「やっぱり」
金田と機堂を見て、一言。
「何がやねん」
「いや、やっぱり先に来てるよな〜お前らは、って」
「はァ?」とかなんとか言う機動を無視して、床に座る。
ここは、数日前に貸してもらった部屋だ。なんやかんや…いや本当に、なんやかんやあって、秋野たち3人に部屋の権利が永久に渡った。そのため、冬休み中3人はよくここに来ている。
当然、神の座を巡る戦いだったり、次元を壊してサースターから地球へ渡ろうとしている 漠然とした悪いやつ、そういうのに向けて体を鍛えるためである。
でもそうは言っても、冬休みだからって毎日こんな朝早くから来て訓練…ってやつはな〜。魔王を倒そうとしてる勇者だって、そんなに頑張らねー。どうも、変わってる奴がおおいな、私の周りには…。
そう思いながら、チラッと機堂を見てみる。
彼は“変わってる奴”のいい例だ。良い例という意味ではなく、いい例だ。まさしくそれといった感じ。
機堂はとにかく頭がいい。学校のくだらない勉強は卒なくこなすし、それだけではなく色々知っている。キレがあり、地頭がいいのがすぐ分かる。
つまり…何考えてるか分からん。なんでこんなに早くにここに来てるんだ?神候補でもないのに。…ま、私と柚の協力なんだろうけど。
「なんやねん。こっちみんなや」
「…見ただけじゃん。男のツンデレに需要はないぞ」
「やかましいわ!」
少し先に金田がいる。
金田もすこしおかしな奴だ。というか正義感がデカすぎる。本当に現代人なのか、秋野はたまに不思議に思う。そのため、自分がこの物語の[主人公]と知らされたところで「主人公、っていうなら絶対 柚だろ?」とずっと思っている。
金田がこちらを見てきたと思うと、挨拶の先制を取られる。
「おはよう」
「あぁ、おはよう。…ってか、あけおめ。ことろよ」
「あぁ、うん。ことよろ」
ドサ、と荷物を床へ下ろす。
「…なぁ」
秋野から話しかける。
「ん?」
「あの予言書あるじゃん」
「うん」
あの予言書とは、あの緑の予言書のことだ。この館に住む者達『円卓の大団』のボス、メタ・ステイトの持つ予言書。(最近はアテにならないみたいな感じになっているが)的中率100パーセントの予言書である。
「あれにさー、ノストラダムスの、恐怖の大王のことって書かれてると思うか?」
「え?さぁ…結局外れてるしなぁ。アレ。」
そこに機堂も入ってくる。
「柚は信じとったもんなァ」
自分の黒歴史には、さすがに彼も反撃だ。
「バッ…!機堂!あれは小学生のときの話だろ!?」
「小学…6年生、のな。」
「ぐ、ぐぬっ…」
「アハハ」
秋野は口を抑えて笑った。
サースターはまぁ当然として、地球でも外れた。恐怖の大王も地球にくらい行けばよかったのになぁ。でも、その予言もつい最近のことだった…。
「まぁ、今年もよろしく」
「おォ、今年も頼むわ」
「今年もよろしく、秋野、機堂」
1999年 ノストラダムスの大予言を飛び越えて、2000年 Y2K問題をなんとかやり過ごし、2001年が始まる。始まろうとしていた時も過去のこと、2001年が始まっていた。




