(Part44)黒の憧憬
ここは紛争地ではない。リングの上でもなければ、土俵の上でもない。
ここは、本当に、普通の、道路だ。銃声も聞こえないし、戦いの試合を観に来た客の喧しい声援も聞こえない。
RPGのフィールドに流れてくる平和なBGMすら聞こえてきそうな、平和な道。
そんな平和な国の整備された道路の上で、柔らかな雪の上で、金田は腹をおさえて悶えていた。
「が…ぁ、あ」
金田の目の前には、赤い髪の大男。
(何も考えることができない)
そんな、頭が真っ白の金田の隣で、代わりに怒るのは、
「お前ッ!何─」
当然 秋野、だ…
…けではない。
「お前ェえええッ!!!何しとんじャァあああッ!!!」
ダンッ!!
厚い雪の層を踏み抜いて 地面に音を鳴らした、空から降ってきた男。
機堂 誠一!
「オーゥ」
赤い髪の男は、空から降ってきた機堂に踏み潰されるところだった。
「はァ…はァ……」
「機堂ーーッ!!」
今にも泣きそうな声でそう言ったのは、秋野だ。
「クソッ…。おい…おいッ!」
雪の上に横たわる金田へ、機堂が呼びかける。
「ハ…ごめん、機堂」
情けねぇなぁ…俺…
そう思う金田の気持ちを汲んでのことか、
「アホ!謝ってんな!…誰やねんコイツら」
あくまでも冷静に、機堂はこの状況を理解しようとしている。
ついさっき、金田たちと別れて、自分の家へと帰ろうとした機堂だった。が、いざ足を進めようとしたその瞬間、金田が…親友がいる方からイヤな音が聞こえたので、文字通り 機堂は飛んできた。
機堂と秋野の目の前にいる、トゲトゲとした赤い髪をもつ男。そいつは、やはり外国語を話すのだった。
「なんだ、お友達か…」
「外人さんかよ。言葉は通じそうにないな。そんで、柚を攻撃…か」
言葉も、心も通じそうにない、明確な敵を前に、機堂は冷静に状況を把握していった。
睨み合いが続く中、ほとんど同時に、秋野と機堂は気づいたことがあった。
「「神候補…」」
そして、2人は互いにビックリしながら顔を見合わせる。
「機堂もそう思ったんなら、もう間違いない」
「あァ…。そんで、それはつまり、隣にいるあのフードのヤツは、十中八九 規律使いや」
このタイミングで、いよいよ金田が立ち上がる。
「はは…。もっと言うんなら、あの赤い髪の神候補の方は、きっと力使いだな」
「オイ、大丈夫かよ」
「悪かったな、機堂」
こうなるのは、覚悟していたこと。…そのはずだろ、俺。
金田が、無言で敵の方を見て、目を据わらせる。
神を決める戦い。…それは、その戦いは、あらかじめ綺麗な物語の決められたボクシングの試合のような、誰かに準備されたものじゃない!日常が、死と隣り合わせ…だろ、俺!
「覚悟でも決めてたんか、柚」
「ああ!!」
「すごいな、お前ら。…よし、私も覚悟完了だ!」
3人の…覚悟が完了した。
言葉が通じないのは、相手側も同じだった。
「あの少年たちは何を話してるんだい?」
赤髪の刺々しいそいつが、フードを深く被った男に聞く。
フードの方は、機堂たちの予想通り 規律使いだった。
「あの少年の方が数字が多くて気づかなかったが、あそこにいる少女も神候補だ。ラッキーだな」
「ファーッ!ハッハッハッ!そいつはラッキーだ!!」
ビクッ!
言葉の通じない金田たちから見ると、まるでそいつらは突然笑い出したようだった。
恐怖が走り、覚悟にヒビが入りそうな3人をまるで気にせず、怪しい男2人は話し続けている。
「ヒィ〜…まさか神候補が2人もこんなチンケな町に…。それも子供!」
「ただ、真ん中のデブは神候補ではないらしい。権利の数が見えない。…となると、あのデブが規律使い?」
「構うもんか!どっちにしろ、この、神の座を決める戦いの存在を知ってそうだし、無関係ではない!ここで楽になるといい!」
ダッ!
赤髪がこちらへと走り出す!!
「来るぞっ!!」
もうヘトヘトの3人。どこまでやれるか分からない。しかし、それでも、やるしかなかった。
「く…っ」
ガキィイィンッ!
ギターケースにめりめりと拳の型ができる。
「ヒュウ。兎暦の少女はブロンズソードが使えるのかい」
「だりゃあっ!」
両手でギターケースを押し、赤髪の男を押しのける。
息もつかせず、金田の魔法がそいつを襲わんとする!
「オォォオッ!!」
力を…魔力を振り絞って魔法を生む!!できたのは、いつの日か見た パチンコ…もとい、スリングショット用のゴム弾ほどの、小さな氷のつぶて。
いくら訓練の後だとしても、これほどの魔法しか撃てないものなのか…いや、違う!魔力の配分を、飛ばすという能力に多くを注いだのだ!!
ド ン ッ ! ! !
その氷のつぶては、もはや陸で生きる生物の速さではとても避けられないほどのものとなっていた。魔法の氷の弾丸。
「チッ!」
バツッ…
服を貫き、その透明な弾丸は男にぶち込まれた!
右横腹に、服がめり込んでいる。そして、服はジワジワと赤く染まっていく。
「ガキが…」
赤髪の男は、手を クイ、クイと招き寄せるように動かした。手の方向は後ろにいるフードの男へ向けられていた。
「やれやれ。仕方ないか」
そう言って、フードの男は何かを投げた。雪の降る宙を、眩しく舞う。
何が、赤髪の男に招かれたのかというと…
…パシッ。
赤髪の受け取ったもの。それは、剣だった。
「いっ!?」
中学生達は驚いた。それはそうだ。大男が、目の前で刃物を力強く握っているのだから。
それも、フルーツナイフやペーパーナイフのようなチンケなものではない。
「名前を紹介する気はない。…けど、これくらいは教えてやる。俺は、剣が得意なんだ。それも、こういう蛮刀がね」
当然、その言葉が通じるはずがない。
しかし、空気には伝わった。その空気がまた、金田たちに伝えた。
ヤバイ!!!!
そこまで変わる。剣を握る前と、握ってしまった今。相手の発するオーラがグンと鋭いものになる。
ヒュン ヒュンヒュン ヒュンヒュン
無意味に、両手で剣を舞わせる。
ビュッ!
空へと放り投げた。当然、注意は剣へと向けられる。
「う、あ…」
それが、マズかった。
3人が高くを舞う剣を見ている間に、赤髪の男はものすごいスピードでこちらに駆けだした。
「!」
気づいたときには既に、
「遅い!!」
ゴンッ!
武術もクソもない。力任せの一撃。
「ぐぁあッ!」
胴体にモロに喰らった!そして、喰らったのは、秋野だった。
「秋野っ!」
そんなときに、剣は空から帰ってくる。赤髪の、手の中に!
パシッ。
「いくぜ オイ」
来る。
その、名前も知らない赤髪の男は、どうやら狙いを秋野に定めたらしい。
「させるかッ!」
-[機堂]は、友への追撃を許さんと、前へ出る。
「そうはさせない」
しかし、相手側のフードの男に、阻まれてしまった。
「なんやお前!どけッ」
「行かせない。これは神候補の戦いだ。君は、規律使いということでもないらしい。ここで俺と遊ぶか」
ドンッ。腹を蹴られる。
「ぐはァッ!」
戦力が分けられた。分けられてしまった。
クソ…。痛い。いや、そんなことはどうでもええ。…まさか、規律使いの方まで戦いに参加するとはな。
蹴られた箇所を優しくさすりながら、そんなことを冷静に見つめていた。
「機堂…」
チラ、チラと金田がこちらを見てくる。
「柚。どうやら俺の相手はこいつらしい。…そっちは頼んだで」
ほんの僅か、しかし確実に少しの時間が経った後、金田は小さくコクンと頷いた。
「へっ…」
返事として、金田に小さく笑い返す。
そして、すぐ、顔を真逆のモードに変えた。その顔はフードの男へ向けられる。
「名前を言え。俺の名前はキドウ」
「!!」
機堂は、相手のフード野郎にも分かるような言葉で言ってやった。
「…これは失礼をした。この国では、戦いの前に名乗るのが礼儀だったな。…俺の名前は、ルーフ。」
機堂は、全て聞き取れたわけではない。しかしなんとか、聞きたい情報は理解できた。相手は、しっかりと「マイ ネーム イズ ルーフ」と言ったからだ。
相手の名前を知ったところで、何かが変わるわけではない。戦況は何も変わらない。
しかし、知っておきたかった。これから自分と戦う者の名前。
「お前は使い 規律の か?」
中学で少し習っただけで、外国語はそこまで得意ではない。かなり伝わりづらいが、こうやってコミュニケーションをとるしかない。
「規律使いですかって言いたいのか?…なら、『はい』だ」
やはりネイティブな外国語はとても聞き取りづらかったが、「イエス」と言ったのは分かった。
機堂の使っている兎暦の言葉は、地球の日本という国の言葉から模倣されたもの。
そして、ルーフ達の話している言葉は、地球の英語からつくられたものだった。だから、影響力も当然あり、兎暦でも中学に入ったら学ぶことになっているのだ。
外国語の成績も、頭の良い機堂はよかったが、本当に外国人と話すとなるとそれは幼稚なものだった。フードの男…ルーフからすれば、まるで小学生が相手のようなもの。
そんな状況に少し笑いつつ…ルーフが動いた。
「あいつのジャマはさせないよ」
その言葉は機堂に伝わらなかったが、その言葉が戦いのコングであることは分かった。
…来る。
一方…といっても舞台は同じ、雪の上。機堂とルーフが戦う場所から、少し南に15メートルほどのところ。
-こちらでは、神候補[金田]の戦いがあった。かなり厳しい戦いだ。
しかし、正直 金田は以前ほどの戦いに対する不安はなかった。隣にいる秋野 真絵…彼女と共闘しているからだ。神候補になってからの彼女の頑張りは、近くで見てきた。
「私も剣を使う。いくぞ、柚!」
「おう!」
ジィイーッ!ギターケースを荒々しく開ける。中には、銅製の、蛇!
鎖のような鈍い赤色の剣。ガリアンソード、阿蛇虵舌だ。
「変わった剣だ」
そんなことを英語のような言葉で呟く、ウニみたいな赤髪の男。
「…」
秋野は、黙って魔法をかける。これで、剣は普段の半分の重さになった。
「はぁっ!」
剣を赤髪に向けて構えると同時に、鍔の正面についている小さなボタンを押す。
ビャッ!!
「ッ!?」
何も知らない相手にしてみたらかなり驚いたことだろう。剣が、蛇のごとく伸びたのだから!
…しかし、
相手が悪かった。そう思ったのは、疲れるほど戦った後のことではなかった。(いや、金田と秋野は最初から疲れていたのだが、そういうことでもなく)
では、いつこのレベルの差に気がついたのかというと…あの蛇の一突きを、
「な…手で!?」
手で止められたときだ。つまり、今。今、やっと相手が悪いことに気がついた。
レベルが違いすぎる…!
秋野も同じことを思っていただろう。なにせ、隣で見ていただけの金田ですらこう思っているのだから。
「見た目よりも軽い剣だな」
そう言って、赤髪は、掴んでいた阿蛇虵舌をパッと手放した。そして、剣の先をガンと蹴飛ばした!
剣の先が自分の元へと返ってくる。秋野が望んだのとは違う形で、だが。
ヒュウゥゥ…
ざくっ!
雪に刺さる。
「あ…」
雪に刺さった自分の武器を見た、その一瞬。その間にも、敵は動く。
「俺の番だなっ!」
ザッ!雪を蹴って、地面を走る!こちらへ、赤髪が来る…!
男の狙いは、明らかに秋野へと変わっていた。見た目は完全に華奢な女の子なので、先にこっちを早く処理しておこうと思ったのだろう。
そうはさせない…
「させるかっ!」
ドン。健康な男子中学生の、渾身の体当たりだ。効いてもらわなくては困る。
「ジャマだっ!お前は、後で相手をする」
金田と赤髪の男が生んだ、一瞬の時の間に、秋野はもう一度ボタンを押した。キャニスター型掃除機のコードのように、阿蛇虵舌の銅でできた刀身がシュルル…と巻き戻される。
それと同時に、金田が吹き飛ばされた。
ガチン。瞬間、赤き蛇は、また剣となった。
「だああっ!」
キン。しかし、相手の蛮刀にたやすく弾かれる。
それは秋野にとっては、だからどうした、である。すぐに体勢を整えて、また剣を振るのみだ。
トゲトゲの赤いウニ野郎の心に、中学生ほどにしか見えない少女に対して チリ粒くらいの畏怖の念が生まれはじめる。
「素人だな。しかし…ゾッとする」
始めて3ヶ月ほどの秋野の剣は、本当にメチャクチャなものだった。ただ、彼女の目が自分をずっと見ていたのだ。
自分に攻撃をぶち込んでやるという、執念に近い根性。それに彼はゾッとした。
その気持ちが彼女へ伝わるはずもない。
「何言ってるか分かんねーよ!!」
少女は、ただ 我に武を、その者に羅を浴びせるように、剣をふるう。奮う。振るう。
秋野は、今 持つ全ての力を剣に乗せた。
火花が散る。乾燥した冬の空気、雪に混じる赤。交じる剣。
キャン、キャンと、子犬のように剣が鳴いた。
それでも男の身体がブレることはなく。相手は相当な剣の使い手だ。
体に一本の軸が、幹が通っているようだった。秋野は、どうしてもその男を崩すことができずにいた。
「ぐっ」
「…」
ピク。そんな時…フッと彼の赤いウニような髪が揺れた。顔を動かしたのだ。目線の先には、金田!
手は2つとも掌を見せていた…。
「秋野ォ!離れろっ」
「グラキエ・スタッロス!!」
男と金田の距離は、メートルという単位を使う必要すら 無い!この、狭い道。
「チッ…!」
力使いがそう目にする機会もないだろう…中級魔法。氷の凶器を超したその魔法は、氷そのものを武器とさせる。
秋野がすぐに離れたので、男の方も剣を武器として使うことを止め、剣を防御の手段にしようとする。剣を横に持ち、氷を受け止める構えだ。
しかしその氷、剣に対して鋭尖とあらず…
鈍!!
「ガハッ…!」
そして氷は厳かに砕け散ってゆく。
赤髪は、体内で血肉がグジュグジュと潰されていくのが分かった。
しかし、ここは現実だ。RPGのようなターン制のバトルなわけがない。ここは現実だ!相手が次の行動に移る前に、攻撃できるなら攻撃をさらにしてしまう!
秋野の追撃!ピンと張った重々しい銅の剣を、彼女は大きく振り下ろした!
「必殺!!」
そう、必殺奥義──
「天 翔 ⚫︎ 閃っ」
ズガン!!…とても『斬る』音には聞こえない斬撃音だが、必殺技の技名がそれでいいのか?
いいのか?いや、えぇ〜…?
「よくないだろ」
「ん、どうした…?柚」
「技名に…マンガの既に使われてる名前つけるなよ…。てか思いっきり叩きつけた、だけじゃん」
「いいじゃん。カッコイイじゃん…」
はぁ、はぁ と、2人とも肩で息をしながら、喋っていた。そこには、もう追撃を加える体力はなかったのだ。
そして2人は、相手が起きるまで、しょうもないジョークを飛ばし合ったり 雑談をした。
この戦いを舐めているわけではない。
戦地へ赴く兵士の言った、「死ぬにはいい日だ」という言葉と同じ。
2人は、冗談めかしながら、確実に来る、次のターン…相手を待った。
現実どころか、ゲームでもそうだろうが、必殺技で敵を必ず殺せるのかというと、そんなわけがない。
ガラ、ガラ…
その赤髪の男が、自分をぶん殴った氷を払って、立ち上がる。
「ハァ…ハァ。クソガキども。今…殺してやる!!」
戦いは終盤へと突入した。




