(33話)奴とは異なる鋭利な得物を使い、其の黒い魔法に磨きを掛けるのだが、其の為に必要な動機と理由と大義名分を私達は知らずに此処に立っている、と手と足と腕と脚と腹と頬との傷口から痛感する事だ
裂けた雲、太陽の下、戦いはまだ続いていた。
ナイフを握った男は、こちらを睨んでずっと不気味に笑っている。
「ニィ…」
「…アークいわく、あいつの権利の数は37らしいぞ」
ステイトもまた、口元に笑みを浮かべながら言った。
「37!?」
柚の頬に冷や汗が走る。そこから、雨とは違った気持ち悪さが全身に広がった。
「おい、柚、お前 確か…」
「俺の、神になる権利の数は6…ヤバイな」
「単純に考えて、6倍以上の経験差があるわけかよ!クソっ!」
2人がステイトの後ろで動けずに立ち尽くしているところ、その男はゆっくりと口を開き始めた。
「…ジャマすんじゃねぇぞ」
ナイフをくるくると振り回している。白いシャツには朱い血が付いている。…朝宮のものだ。
「は?邪魔って?お前のお遊びのか?」
ステイトは、挑発するかのように言った。
しかし、それを無視して男は語る。
「オレはよぉ…神になりてぇだけなンだわ。それをどいつもこいつも…!てかさぁ、ルールの中にも、殺していいってある。だろ?少なくとも俺の規律使いの話を聞く限り、そうだった。…だとしたら、だ。…それの何が悪い?」
「…」
ステイトは何も言わなかった。中学生2人も、何も言えなかった。
そしてついに、こちらにまでイラつきが伝わるようにプルプルと震えながら、男はこう言う。
「あんなクソガキ一匹、オレの未来のために死んでくれよォォ!!!」
雨の止んだこの周辺に声が響き渡る。
しかし、
その直後、より強い声が、
「「あぁ!?」」
2人の中学生の口から、矢となって飛んだ。
この時には、既に2人は恐怖心をなくしていた。奴に対する心は、そのまま、怒りだけになっていたからだ。
「機堂…」
「わかっとるわ、クソ」
機堂は、道端に落ちていた秋野のカバンから武器になりそうなものをパクる。秋野のカバンの中は、教科書なんてものは一冊も入っておらず、フライパンやら包丁やら野球ボールやらが入っていたのだ。
金田はというと、冷たい怒りを生成するだけだ。
「──グラキエ・スタッロス」
氷のミサイルが男目掛けて、加速しながら駈けていく!
─そして、ミサイルが着弾する前にはもう新しく魔法を使っていた。
ドガシャァン!!
氷の砕ける轟音の後を、無数の氷のつぶてが追っている。
「いきなり魔法は卑─」
魔法を避けきれず、砕けたグラキエ・スタッロスの破片に身体を切られた男。そこへ、氷のつぶて達は容赦なく追い討ちをかけた。
ドッ!
ズドドドッ
…当然、こんなことで済ませるわけがない。砕けた氷が空気中をキラキラと舞うのを済ませた頃には、機堂がフライパンを握って目の前に立っている。
「おらァ!!」
響く金属音。
「よしっ! 浮遊で空に飛ばせ!そのまま押し切れーーッ!」
間髪入れず、2人は次の行動に出る。機堂は浮遊魔法を使おうと左手を前に出し、金田は上級魔法の呪文を唱えようとしていた!
「分かった!行くぞ──」
「アコーリス──」
ただでさえ、少しばかりの時間を必要とするため戦闘では使いづらい魔法の呪文。それが、上級魔法となると──
しかし、そう簡単に必殺技が決まってしまう訳がない。
痛む頭部を抑え、男は反撃に出た。
「痛いンだよクズ共っ!!」
既に機堂は浮遊魔法で男を空へ飛ばそうとしたが、間に合わない。間に合うはずもない…力使いの拳だ。
「ぐわァあっ!」
「機堂!!」
すぐに金田が駆け寄る!魔法の暗唱を中断して、すぐに! が、突撃しに行った金田も軽くいなされるだけだった…
ひょい と金田を避け、くるっ と自分の体を一回転させる。そこから蹴りのコンボ。
「がはっ」
体が宙を舞う!
重い一撃。魔法使いの体には少しキツすぎる。
「おらっ!クソっ!ガキが邪魔しやがって!!」
男はただひたすら、寝転がる機堂の腹にキックをする。既に彼はフライパンで殴り返す気力もない…。
「やめ、ろ…!」
誰かの家の塀にもたれながら氷を撃つ。小さな小さな弾だった。
コツン。
小さな音が男の背中からした。
標的はすっかりダウンしたフライパン兵士から、氷の魔法使いへと変わる。
「ウゼェんだよ!氷ぃ!!」
ナイフを握りしめ、男は金田の方へとすっ飛ぶ。─がしかし、最後の力を振り絞って飛びかかった機堂に阻止されるのだった。
「はァっ…はァ…」
「離せ!デブ!!」
─そこに、拳を握った金田が、
「おらァァァ!!」
だがそんなパンチを黙って見ている訳もない。男もまたナイフを握る手に力を入れる。
「どいつもこいつも邪魔だ!!」
…ステイトはそれをたった一声で止めてみせた。
「やめろ」
その声は、空間を停止させた…かのようにも思えた。なぜなら男までもが動きを止めたからだ。金田と男は2人とも拳を振るうのを止めたのだが、なぜだろう、拳の振るい方でも忘れたのか。
「…ん、ん"ん"っ。……冷静になれ2人とも。今の君たちじゃ勝てない」
機堂を振るい落し、動くことを思い出した男は笑った。
「ギャハハハハ!そこにいる保護者くんの言う通りだ!ガキが神に敵うかよ!!」
「あー。そういうことでいい。2人とも、戻った方がいいのは確かだ」
「オラどけ!…おいお前!お前も俺の邪魔をしそうな目をしてやがる。まぁ、普通に殺すわな」
ブン。男はナイフを振り下ろした!
金色の光。
「ぐわっ!ま、眩しいっ。クソ…!」
ステイトの奥に位置する太陽はいつの間にか雲に邪魔されることなく力を発揮していた。その光は、逆光でステイトを黒く染め、金田と機堂からまでも視界を奪う。
その中で、メタ・ステイトだけが…ゆっくりと口を開いた。
「さっき…金田くんは上級魔法を使おうとしたな?良くない。非常に良くなくないか?」
ステイトは、語ることをやめなかった。
「そもそも中学生が中級魔法なんか使ったら明日から筋肉痛とお友達になるだろ…。それを、あんな魔力がカラカラの状態で上級魔法。上級魔法て。ダメだろ。…人生の先輩からアドバイスしておくね」
手を擦り合わせてホコリを払う。そして、やはり、喋るのだった。
「[相棒]…いや、金田くん。機堂くん。ここは、オニーサンに任せてくれよ?」
まさしく そんなことを言われても…状態の2人は、それを黙って聞くだけしかできない。
とにかく、金田と機堂へ向けて言いたいことは言い終わったステイト。次に、男に声をかけた。
「おい、そこの。もう流石に光に慣れたろ、目は開くだろ」
その言葉に、男はどうも苛々した様子で反応するようだった。
「…やっとガキどもとのおしゃべりは終わったか。…ま、どっちでもいい。もう殺す。殺してやる」
コキ、
コキキ…
本当に軽〜く首を鳴らしてから、ステイトは男との会話に身を乗り出すのだった。
「…お前は幼い少女の華奢な体にナイフの刃を立てた」
ステイトはゆっくりと言った。金田と機堂は、もう立つ気力もなく、それを地べたに体をくっつけながら聞いていた。
「あぁ!?何を言ってる?」
男はただそう喚く。
ステイトは、手をゆっくりと自分の胸の前へ出した。
「そして、この物語をバッドエンドに少しだけ近づけたわけだ…」
「何が言いたい?」
「人を殺す動機、そして理由。お前にもあっただろ…?」
「ギャハ!?そんなことか!ああ、俺は神になりたいからっていうカッコいい理由があるぜっ!!」
…明らかに朝宮を馬鹿にする言葉だ。金田と機堂の手がどちらか片方でも動くだけの気力があったのなら、石ころでも投げていただろう。
「…だが、お前には、大義名分がない。正しい理由、正しい動機じゃないんだよ」
「うるせぇ!!」
喚く男を無視して、ステイトは少しの間、振り向いて太陽をみた。陽の光は、どこか、魔力を秘めているようだった。
「俺にはある……」
太陽は眩しかった。
「──異 邦 人」
男が目を開けた先には、ステイトが立っていた。先程と違う点は一点。いや…一本の……ナイフ。
「イホウ…なんて?ダサい呪文だな。お前が自分で考えた呪文か?…にしてもナイフ一本 出すってだけの!?ぎゃははははは!……ザコが、死ね!!」
二度目のナイフがすごいスピードで突き進む!
カンッ!
そのナイフを止めたのは、今度は太陽の光ではなかった。ナイフを弾いたのは、もう一つのナイフ。
カラン、カラン。
銀色のナイフは、地面で音を奏でた。
「そん、な──」
しかし、本の魔法使い──メタ・ステイト──の手には黒いナイフが残っていた。
「…」
ステイトは、その黒い刃を正確に心臓に突き刺す。
「ヒ…卑怯だ、ぞ……」
胸のあたりから漆黒の剣が突き立っている男。最後までこの物語に名前を出してもらえずに、死んでゆくその男。
男は、よろよろと2、3歩 後退りしたと思うと、信じられない風景だったが『消滅』した。太陽の光の前に、ヴァンパイアが光へと還るかのように……。
その絶えることのない光の中で、ステイトはただこう言った。
「ああ。説明してなかったか。俺は『本』の魔法使いなんだ」
「…」
「…」
金田と機堂はポカーンとするばかり。まさに口をあんぐりと開けてステイトを見ていた。
「…ま、とりあえず、館に行こう。そこに朝宮ちゃんたちもいる」
「ア…朝宮…」
金田は疲れ切った声で短くそう呟いた。
「なに、大丈夫。朝宮ちゃんは助かるさ。俺たちが助けた」
ステイトは、手を伸ばして金田を立たせた。同様にして機堂にも肩を貸す。
機堂は気まずそうに…というより、照れ臭そうに言った。
「…その、ありがとう。ステイト…サン」
「おお。…ちょっとは信用してもらえたみたいで、良かったな〜」
いよいよこの道路ともオサラバということだ。
「そういえば、あの緑の本はそこに放っておいていいんですか?」
金田が、ぶ厚い予言書のことを思い出してそう言った。ステイトが異邦人なる魔法を使っていた頃にはもう見かけなくなっていたが、どこに行ったのだろうか。
「あぁー…あれは後でアークにでも回収しておかすか〜。あいつは物を移動させるのに便利な魔法を使うからなー。テレパシーでそのことを話しておくか。……それよりも、今は君たちに肩を貸す方が大事なことなんでね」
ステイトはこう言って笑う。
「疲れた、な。柚…」
「機堂には迷惑をかけたな…明日も学校休んじゃうか?」
「はは、それもええな。明日はネトゲのイベントがあんねん…」
機堂のおちゃらけた返答に、金田は見抜いたように言う。
「……嘘つけ、本当は明日からずーっと朝宮ちゃんのトコに寄るつもりだろっ」
「…なんでバレてんねんアホ」
「俺も全く同じ考えをしてたから…」
金田の台詞の途中だが、曲がり角にさしかかる。
ステイトに体を支えてもらいながらゆっくりと道を曲がると、そこには…
「あ」
「あァ…」
そこには、あえて見た目の描写をしないでおくが、規律使いがいた。他の人種に比べて、体に特徴がありすぎる。
そいつはひどく怯えているようだった。
「あ、あ…が…」
腰を抜かしていて、電柱の後ろで尻を地面につけながら、ぶるぶると震えている。
そして、それを見たときに3人はすぐに分かった。直感的に感じとる、「こいつが朝宮ちゃんを傷つけた神候補のパートナー」ということ。
その規律使いがずっと朝宮を狙っていたということも、そいつの近くに落ちていた少女の写真からすぐに分かった。
全て。全て、こいつが。全てはこいつのせい。全て、全て……
そう思うと、体が、目頭が特に熱くなってくる。悔しさ怒り悲しみ苦しさ、言ったらキリのないようななにかがドッと目から溢れそうだ…。
「なァ…金田。こんなクズ見たくないよな。……上を向いて歩こう、」
「……ヤだよ。太陽が眩しくて、涙が溢れちゃうだろ…。……それに、今は夜じゃなければ…ひとりぼっちでもないんだからさ…」




