一喜一憂
俺たちの通う賀陽魔法習得学院、通称K.M.Aは数学、国語、歴史などの学問よりも魔法学、錬金術、魔法歴史学などの日常で必要とされる学問の総称魔法を重点的に教育するための機関である。
学院卒業生は王族魔法警護隊(K.M.B)に多く輩出しておりファーズ王国からの信頼も厚い。
授業内容も歴史学、薬学、術式学などより剣術、魔法学、召還術など実践的な学問を推奨している。
前置きは長くなったが俺が言いたいことは一つしかない。
「別に歴史学の補習なんてしなくていいじゃんか…」
そう、俺は魔法歴史学の補習を担任で魔歴の担当教師である宮元 静音と共に補習を受けているのである。
この前のテストで28点という情けをかけてもらっても差し支えない点数だったにも関わらず俺は悪魔の軍門に位置している宮元のせいで三時間に渡る補習地獄の刑に処されているのである。
哀しきことに俺の力では先生を倒して放課後を勝ち取るほどの実力が無いから仕方ないのだが。
「お前、補習を受けたくないなら授業中に居眠りしたりするなよ。居眠りしても赤点付近なんだからテスト前に一度でもいいから教科書を読み直してみろよ。」
呆れ顔を作りながら肩まである紫色の髪を払いながら俺のことを見てくる宮元。
「嫌です。俺はテストには無計画、無勉強を信念としているから無理です。
第一、先生がテストを作っているんだから俺でも赤点を取らなくてすむようなテストにしてくれたら俺も先生もこんなにいちいち補習しなくてもいいのに・・・」
なら俺もバイトとか自由時間が出来て万々歳なのに・・・
「そうかそうか。担任に迷惑をかけておいてお前はそんな言葉を言うのか。これには制裁が必要だな。」
持っている教鞭がダークブラウンに染まっていくのを見ながら俺は詠唱破棄しながら盾を作るのであった。
「小生意気なクソガキに制裁を!!!」
「それ絶対に生徒に対して言うセリフじゃないでしょ!!!」
こうして俺の盾と先生の強化された教鞭が反発しあいながら圧されていく俺に対して朝礼を知らせる予鈴が俺の朝の補習と言う地獄から解放してくれるのだった。
時と場所は変わりここは食堂で昼休憩。
俺の周りにはいつものメンバーの三人と一個が思い思いに昼飯を取っているのであった。
円形のテーブルには俺から右周りに見て加奈、一白、才、愛名が座っている。
ちなみにみんなが食べているのはカレー、しょうゆラーメン、塩ラーメン、サンドイッチ。今朝加奈を怒らせてしまったのでお昼抜きです。
これもいつものことなのです。
この前、加奈がお風呂に入っているって知らなくて脱衣所で脱いでたらタオル一枚の加奈とばったり遭遇、9割殺し、絶食一日。
という地獄を味わったりしましたのでこれくらいなら軽く出来るのです。
哀しくなんてありませんよ、慣れました。
「お前、また加奈ちゃん怒らせるようなことしたんだろ?」
ラーメンをすすりながら汚物が話しかけてきた。
「話しかけるな、生ゴミめ!!」
生ゴミは自分の存在を理解して大ダメージを食らった。落ち込んでいたので残っている塩ラーメンをいただいた。
ヤバイ、朝飯抜いてきたからかなりうまい。
「加奈ちゃん、お兄ちゃんが好きなのはわかるけどあんまり意地悪し過ぎたらそのうち過労で死んでしまうで。」
スープを飲み干したらしく一白が微笑みながら助けてくれた。
「やるならやっぱり鞭とかでしょ、宮本先生なら教鞭たくさん持っているから事情をはなせば絶対くれるさ。」
助けてくれてるのか、これ?
助けてくれてるんだよな?
「そうね、先生に頼んでみますね。」
「そうそう、バカには制裁を加えてやらないとね。」
仲良く話しているけど明らか俺ピンチだよな?
愛名の奴は俺のこと見てもそっぽを向きやがる。
汚物なんてずっと踏まれ続けて完璧に気を失っているし。まぁ哀れとは思わないけど。
だってこいつドMだし。
チャイムが鳴ってようやくこの鬱憤に満ちた時間と退屈を詰め込んだ授業を引き換えになった。
「え〜現国王で在らせられる水面国王の先祖で在られた阮前国王が幾百の村を統一な………」
クラスメートの祭藤 流々が教科書を読み上げているのは心地よい子守唄でしかなく夢の中に誘われていくのであった。
「私がそんなことを許すと思っているのかバカモノめ!!」
今朝と同じように魔法強化された鞭が扇状の教室で糸を縫うように俺を狙って飛んでくる。
「火竜の鱗、吐く吐息は我を守る焔の楯となれ 『粉塵の楯』」
火の楯と鉄の鞭がお互いの攻撃は已むことなく火の粉を教室に撒き散らす。
悲鳴なんて聞こえません。一白が怒鳴っている人なんて見えない。
教科書なんて撒き散らされていないです。
「教師である私が生徒に毛が生えたくらいで私が対策も練らずに同じ攻撃をすると思うな。」
反発しあっている鞭の先からビー玉ほどの球体が現れて楯を壊して俺に向かってきた。
反射的に障壁を展開した。でもそれは意味を成さずに砕け散った。
教室に乱入した人の形をした悪魔によって。
「お前はバカなのか、バカなんだな!!!
この世界の何処に居眠りを妨げられたからって魔法を使うバカが居るんだ!!!
そこのクソ教師、お前もお前だ!!!
鞭でも危なっかしいって言うのに装甲、しかも潜伏魔法を使ってんじゃあねぇ!!!
見てみろこの教室を!!
どこの戦場だよここは、せめて教師なら固定魔法と消音魔法を使いやがれ!!!!」
深緑色の髪、二の腕で留められている刀身なき鞘、19歳という若さでK.M.Bのナンバーに上り詰めた実力を持つ天才サボり魔騎士、ココアを心から敬愛している青年、名前を水原 七草と言う。
彼の歩いた道は1時間の間歩いてはいけない。
学園の影の支配者、悪魔殺しの堕天使、教師の金で生活している男。
などなどいくつもの禁忌の法を作り出してきた七草だけど友達である俺にだってマジ切れするような禁忌が存在する。
『ココアを飲んでいるときの奴を邪魔しては日の当たるうちには学園生活できない。』
これだけは俺たちの中でも暗黙の了解、というか原罪として通っている。
ある先輩は七草がココアを飲んでいるときに喧嘩を吹っ掛けたらその日から全治11ヶ月の重症を負ったと聞いた。
それにそれがトラウマらしくその先輩は今では後輩にも優しい先輩として有名になった。
前置きが長くなったけどつまりは教師、生徒、学院長すらもが恐れる人間な訳です。
そして状況説明すると七草の手には空け口がココアと埃にまみれたココアの紙パックが握られていた。
俺と先生を両手に掴んで何かを行っているみたい。
耳を澄ましてみた。
「神の怒り、人の原罪、時の運命、俺のココア。ココア神に預かりし雷を我が手中に在りし咎人にエラナ神の裁きを与えたまえ」
ココア神が何なのかはわからないし、触れたくもない。
この詠唱を聞いたらしい先生は自分の中での最強防御呪文を詠唱している。
流石教師、という速度で次々に言葉を紡いでいた。
だが俺はそんな真似はしない。渾身の一手があるのだ。
「助けてくれるならお前の大好きな王家御用達の『ロイヤルガーデンココア』を上げてもいい。」
詠唱を続けている七草に聞こえるように言った。
それを聞いた七草の左耳がピクッと動いた。詠唱を止めた。
「何グラムだ。」
低く、興奮を押さえ込むような声が聞こえた。
「大出血のなんと78グラム。」
「乗った。今日の授業が終わったら取りに行くから忘れるなよ」
「あぁ。」
こうして俺の生命の危機は100グラム4520円のココアによって守られたのであった。
「怒り(いかり)の剣、神殺し(ごろし)の稲妻となり敵を打て(う)『雷第5章(だい5しょう)4項目(4こうもく)蓬莱の玉座』」
先生と目が合った。
怯えていたので俺は左手で右手を隠すようになぞった。それに先生が頷くのを見て交渉成立。
『死霊の導き』
詠唱破棄して先生の座標位置とこんな状況でも眠ることの出来るバカの座標位置を置き換えた。
直後七草の胸から光が左肩経由で伝い、居眠りを続けているバカに永遠の眠りと交換することによって俺の午後の受講科目は終了するのであった。
バカの悲鳴など全然聞こえていませよ。
「愛名さん、今日のお昼の授業何があったんですか?轟音のあとに悲鳴っぽいものが聞こえたんですけど。」
「それはね・・・」
俺たちいつものメンバーは学院内にあるオープンカフェでのんびりと放課後をしゃべりながら使っていた。七草はKMBの仕事が入ったらしくて今日はキャンセルらしい。
俺はテーブルの上に配置されている三面立体ディスプレイのチャンネルを変えながら過ごしていた。
漫才をしていた番組は消えて、中央にハト、それを三本の剣が三角形を作りその後ろに木の葉っぱが描かれた旗が映った。
これは俺たちの国の国旗。
たしか中央のハトは自由と権利、三本の剣は自治警護隊、警察、王国兵士と義務、後ろに描かれた薄い葉っぱは平等を現しているって習った気がする。
なぜ俺が知っているかと言うと毎年魔法歴史学の授業の初めにはこの国旗とその意味を書かされているから染み込んでしまった。
そしてこの国旗が放送で使われるのは緊急の国王の会見が行われるときのみ。
つまり国をあげての一大事と言うこと。自然と俺たちにも緊張が走る。
そして画面が国旗から玉座にすわる国王に移り変わった。
『この放送をお聴きの皆さん今日は私、第31代目国王水面からご報告が在りまして放送させていただいております。』
画面に映っているのは俺たちと対して変わらない年齢の青年というのが表現に合っている男。
白色に金色を使った服を着ている。頭には王冠が乗せられている。
服には防弾・防刃・対魔法障壁が施されていて中級魔法程度なら軽々と弾くらしい。
俺が覚えている知識を思い出していると画面左からまだ幼さを残した少女が出てきた。
この少女を俺は覚えている。
『第16代目妃として今日から務めさせていただくことになりました第16代妃花煙です。
まだ経験は浅いですが、兄上の足を引っ張らず、また国民の皆様が少しでもよりよい生活を過ごせるように努力していきますのでご理解・ご協力をお願いいたします。』
それからアナウンサーが何かを言っていたけど耳には入らず何を話せばいいのか分からずにカフェラテを飲んだ。
口に広がっていく苦味が浮き足立っていた俺を落ち着かせながら喉を過ぎていった。
その日は結局その後は誰が何かを言うわけでもなく自然解散という形で家に帰ることになった。
そして俺の頭の中を埋め尽くしているのは妃の就任とそれに関わっていたであろう七草のことだった。