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魔王を守る下僕となりて  作者: 絢野悠
勇者の資格
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五話

 確認する。アナベラの剣先が今にもヴェロニカの腹部を直撃しそうだ。でもまだスローモーションのままだ。考えろ、考えろと自分を追い込む。


 アーサーは確かに不器用だ。魔導炉の数は勇者の中でも飛び抜けているが、それを使って賜法を練り上げることができない。しかし逆に飲み込みは早く頭もいい。

 このスローモーションの原因はすぐにわかった。あの男、ライオネルの影響だとしか考えられなかった。


 ライオネルが使う〈限界突破〉を何度か見ているから。大きな心の動揺と気持ちの乱れ、なんとかしなければという責任感と義務感が魔導炉を活性化させた。


 彼は自分の力に溺れ、自分を見失っていた。それを、今ようやく見つめ直すことができた。


 相手の賜法に反応してカウンターを返すことができるのであれば、その賜法を理解することもできるのではないか。


 スローモーションなのは思考が加速しているから。それならば身体をそちらに合わせてやればいい。


 難しいことなど必要ない。不器用なら不器用なりに、どの魔導炉を使えばいいかなんて考えない。全部だ。全部の魔導炉を使ってやればいい。


全霊加速アクセラレーショングロウ


 動きが鈍いこの世界を、誰よりも速く駆け抜けた。ライオネルのように世界を止めることなどはできない。時間の適正はライオネルの方が明らかに上だからだ。しかし加減の魔導特性を持つアーサーならば別の方向からアプローチができる。ライオネルからなにかを教わるのは癪だと思いながらも、彼と戦ったことを心のどこかでありがたく思っていた。


 ヴェロニカの腹を抱え、去り際にアナベラの腹を殴りつけた。


 賜方を解いた瞬間、まだ加減の止め時がわからないのか慣性で地面を滑ってしまう。


「ぐっ……!」


 アナベラが苦しそうな目でこちらを睨む。


「アーサー、なにを?」

「後で教えてやる。今はアイツをなんとかするぞ」

「え、ええ。わかったわ」


 レベル差はあるが二対一。それにアナベラはアーサーの成長に対応できていない。


 先程造った賜法は二つ。一つは〈全心加速〉で、時間を遅くするのではなく思考を加速、それに身体を合わせるというもの。そしてもう一つは〈全霊複写リソリューショントレース〉だった。誰かに影響を受け、なにかを作り出すという能力。それは能力というよりも気概に等しい。


「雑魚が二人いたところで!」

「口が悪いな。俺が躾けてやる」


 ただし、練った二つの賜法自体に攻撃力はない。それにレベルが高い相手に対しては賜法が効きづらい。ヴェロニカの賜法であってもそれは同じだ。


「援護しろヴェロニカ!」

「了解!」


 ヴェロニカの〈地盤創成(グランドトリック)〉で大地が歪む。木々は倒れ、地面がせり上がる。


「こんな遊戯に付き合っている暇はありません!」


 気にせず突っ込んでくるアナベラ。それを見たアーサーが微笑む。


「来ると思ったよ」


 左手を上げて盾のような物を作る。相手の賜法に対して勝手に発動してくれていた〈完全調律モジュレーションゲート〉はもう使えない。正確には弱くなりすぎて格上の相手には発動してくれない。だから賜法を凝縮し、自分一人を守れる程度の盾にした。


 その名を〈全制抗波(コントラクトシールド)〉。


 右手を胸の前で構える。少し大きめのガントレットをイメージする。森羅万象を破壊する〈完全破壊(デストラクションドア)〉も同様に弱くなった。だったら超攻撃力を持つ武具として生成しなおせばいい。


 その名を〈全潰衝破(ルインズガントレット)〉。


 剣を盾で受け止めた。


「私の間合いだ! 〈空気裂傷(エアスライサー)〉!」


 風が巻き起こり、真空波となってアーサーを襲う。これも想定内だがブラッドフォードの同志だ。賜法が一つとは考え難く、短期決戦しか勝ち目がないことを理解していた。それならばどうにかして気絶させなければいけない。


 アーサーは思う。人を、勇者を、魔王を殺すわけにはいかないのだと。ヴェロニカの前で人殺しを行うことこそが彼にとっての禁忌だった。


 二人は十年間一緒にいて同じ時間を過ごしてきた。こうやって強敵と戦うことはなかったが、ヴェロニカは常にアーサーを中心に立ち回っていた。だからこそわかる。こうやって自分が時間をかせぐことで彼女がどうやって動くのか。


 真空波を魔法で受け止める。レベルが低いせいで皮膚に裂傷ができるものの、なにもしなかったら肉を抉られていた可能性だって低くない。


 一度身を引くとアナベラも追ってくる。そしてその背後にヴェロニカが現れた。影の中を瞬時に移動して背後を取ったのだ。


 アナベラの背中に手を当てて〈鼓動把捉(イノセントホルダー)〉を発動させた。触れたことがある相手が半径一メートル以内にいることで、その相手の心臓の鼓動を制御できるという賜法。今は触れている間にしか使えないが、アーサーが時間をかせいだからこそそれができた。


「ぐぅ……!」


 アナベラの動きが一瞬止まる。ここを見逃せば勝ち目はない。


「はあああああああああああああ!」


 わかっているからこそ全力で殴りにかかる。これまでで一番弱い、しかし現状では最強の一撃だった。


 腹部にめり込む拳。横に吹き飛ばすことはせず、素早く軌道を変えながら地面に叩きつけた。アナベラの身体が地面にめり込む。身体はくの字に曲がり、口からは血が飛び出た。


「がはっ!」


 強い衝撃を与えられても、押さえつけられているため身体はバウンドしなかった。


 拳を叩きつけたままそのままにしておいたが、彼女が起きてくる気配はなかった。


「アーサー」

「わかっているさ」


 身体を起こし、アナベラを見下ろした。


 予想以上に苦戦した。いや、このレベル差ならば勝つこと自体が難しい。勝利を収められたという幸運を喜ぶべきか、と小さくため息を吐いた。


「さすがにこれを報告しないわけにもいかないな。ヴェロニカ、念話は使えるか?」

「ええ、城からはそんなに離れていないから大丈夫そう」

「それならば主人に連絡を取れ。四光の後継者ブラッドフォードがやってきた、とな。この辺の魔王は使い物にならないだろうし、必然的にクロムウェル家が引き受けることになりそうだ」


 使い物にならなくしたのは自分だが、とは言わなかった。


 連絡の方はヴェロニカに任せ、アーサーは近くの木の幹に腰を下ろした。額に手を当ててこれからのことを考える。あんなふうにして城を出て、一体どう言い訳をしたものか。顔を合わせるのも都合が悪く、素直に謝るにも恥ずかしい。


 だが、自分が悪いことをしたという自覚がないわけではない。だからこそ戻りづらい。戻りづらいが、この状況を自分で打破することもできない。

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