四話
手のひらで踊らされていたことがアーサーのプライドを大きく傷つけた。
「貴様ら覚悟はできてるんだろうな!」
「なんの覚悟だ? 今のお前が怒ったところで俺の足元にも及ばない。むしろ俺の同志でさえ一対一で勝てるくらいにはお前は弱い」
「そんなもの! やってみなくてはわからないだろう!」
「なにを言っても駄目みたいだな。アナベラ、相手してやれ」
ブラッドフォードがそう言うと、一人の女性が彼の横まで歩みを進める。四人とも目付きは鋭いのだが、その中でも茶色い髪を後頭部でアップにしている女性だ。
「いいのですか?」
「目的はアーサーとヴェロニカの殺害だ。殺せれば問題ないさ」
「しかしブラッド様はアーサーとの戦いを楽しみにしておられたような……」
「今のアーサーでは相手にならない。まあ、レベル上げだと思え」
「承知しました」
アナベラが背負っている剣を抜いた。
本来ならば勇者は魔王を殺せない。しかしそれは人が定めたルールでしかない。
しかし、アーサーはまだ魔王を殺したことがない。この辺一体の魔王を倒したのはアーサーだが、彼は一人も殺していないのだ。魔王だけではなく従者も同様。魔王も従者も民衆も手にかけたことはない。良くて重症、悪くて半殺し。
アーサーはまだ、ルールに縛られた人である。
「従者を殺せば世界がお前を敵視するぞ」
「俺は今まで何人もの魔王を殺してきた。今更なんてことはない。殺人というルール違反を犯したとしてもせいぜい逮捕状が出るくらいなものだ。なぜならば、鎮事府の連中は俺を捕まえたり殺したりする手段がないからだ。俺を殺せるような魔王もまた指折り数えるほどしかいないだろう」
一人の女性を残し、ブラッドフォードの一団が背を向けた。「アルメンテで待ってるぞ」と彼が言えば「すぐに向かいますので必要ないかと」と彼女が言った。
ブラッドフォードたちが歩き始めた。当たり前のようにアーサーから遠ざかっていく。
「待て! まだ話は終わっていない!」
すぐさま追いかけようとするが、両刃の剣に進行を阻害される。
「ここは私が任されたのです。申し訳ありませんが、通すわけにはいきませんね」
なにかに背中を撫でられる。そのゾワリとした感覚で危険を察知した。
後ろへと飛ぶと、今まで首があった場所を剣が通りすぎる。鼻先に走る痛みが、まるで致命傷のようにズキズキと痛んだ。傷の大きさや深さではない。アナベラから放たれる殺気が体中を蹂躙しているのだ。
全身から冷や汗が吹き出してきた。
アーサーのバックステップよりもアナベラの直進の方が速い。着地した頃に、二人の距離は一メートルもなかった。
「終わりです、アーサー=バートレット」
全ての魔導炉を駆使して迎撃しようと試みても、低レベルの身体に数日では慣れなかった。特にアーサーは賜法を組むことに関しては非常に不器用で、しかし賜法がなければ魔導炉を活かすことはできない。
身体がいうことをきかない。唯一、目蓋だけは意思を汲み取ってくれた。
恐怖と諦念が彼の目蓋を下ろさせた。ゆっくりと閉じていく視界に、なんとも言えない虚無感を感じていた。
目を閉じきる直前だった。それは、彼を守るかのように立ちふさがる。
耳をつんざく金属音に目を大きく見開いた。
「ヴェロニカ……!」
アナベラの剣を受け止めていたのはヴェロニカだった。彼女はアーサーに目もくれずに、槍を薙いで剣を弾き返す。アナベラは微笑を一つこぼしてから後ろへと退避していた。
「貴女もまたレベルを下げられているのですね、ヴェロニカ」
「ええ、まあ仕方ないわ。私もアーサーも主人より強かったからね。それよりも、いつから弱い者いじめが趣味になったの? ああそうか、ブラッドは元々そういう人だっけ」
「裏切り者を殺すのは当然のことでしょう。一度は四光の後継者になっておきながら、命が惜しくなったとたんに命乞い。後継者として、いえ勇者としてはずべき行為だと思わないのですか?」
「そうね、確かに勇者としては恥ずべきね。でも今は勇者じゃないから、それはそれでいいと思ってるわ」
「結果論とも言えないくだらない理屈ですね」
「理由とか理屈とかどうでもいいのよ。私が生きててアーサーが生きてる。その事実があれば、私はそれでいいの。もしもアーサーが死を選んでいたのなら、私も間違いなく死を選んだでしょうね」
「貴女がアーサーに助けられたから?」
「そうよ。なにか悪い? 私は十年前に死んでいた。それをアーサーに助けられて、私の命はアーサーの物になった。でもそれだけじゃない。アーサーは私をここまで育ててくれた。だから私はこの身を捧げると誓ったの。命を張って彼を守るし、彼が粗相をすれば怒ることもある。それは彼に生きていて欲しいからで、決して嫌いなわけじゃない」
「涙ぐましいですね。それで貴女が死んでしまったら意味がないというのに」
「それは違う。私がいつ死んでもいいように躾をするの。同じレベルになったからこそ躾もできる。でも恩は忘れてない。アーサーは、私が命にかえても守るわ。それが私が生きる証だから」
ヴェロニカが槍を下段に構えた。
行かせてはダメだ。百以上もレベルが違う相手と戦うなど無謀すぎる。勝負になるわけがない。止めなければ、死んでしまう。十年一緒にいた、妹のようで、娘のような存在が、目の前で失われてしまう。
「やめろ! お前が敵う相手じゃない!」
そう叫びながら手を伸ばす。しかし、アーサーの手は虚しく空を切った。
動きがすべてスローモーションのように見えた。ヴェロニカが力強く大地を蹴り、アナベラも同時に地を駆ける。舞い上がる砂塵、飛び散る小石、翻る上着。スローモーションだというのに、二人身体が重なるまで時間はかからなかった。
いくら手を伸ばしても、ヴェロニカが戻ってくることはない。
気づくのが遅すぎた。なぜ言われるまで気が付かなかったのか。
ヴェロニカのことはただの小間使いだと割り切っていた。ただし今まで怒られたことなどなかったし、窘められることもなかった。それが今日、初めてヴェロニカが噛み付いてきた。
理由など考えなかった。二人のレベルが同じになって天狗になったのか、くらいにしか考えていなかった。いつも一緒にいたヴェロニカがそんな女性でないことくらい知っていたはずなのに。
彼女の死を目の前にして、自分が彼女をどう思っているのかがよくわかった。でもそれは彼女の死の直前だ。今わかったところで意味などない。
本当に?
本当にそうなのか?
あの男ならそう思うだろうか、そんな思考が降って湧いた。
あの男が簡単に諦めるわけがない。じゃあどうする。自分ができることがあるとは思えない。
いや、ある。ここでやらなくて、なにが四光の後継者だ。




