三話〈ビューポイント:アーサー=バートレット〉
「くそっ、くそっ……!」
城を出て、アーサーは歩き続けていた。セレスティア城の周囲は森であり、方向がよくわからないので、ゆく当てもなくただ歩くだけだった。
頭の中には「ヴェロニカめ!」という考えしか浮かんでこない。十年前に助けてやったのは誰だと思っているのか。この十年、手塩にかけ育ててやったのは誰だと思ってるのか。
ヴェロニカが孤児であることや、崩壊した町では生きて行かれないこと、もしも町が存在していても劣悪な環境であることなど、いろんなことを考えた上でヴェロニカを引き取った。引き取ったという言い方は少し違う。従えてやったと言う方がアーサーとしては正しい。
それでもきっと、ヴェロニカ以外の人間が「連れていって欲しい」と言っても連れていかなかっただろう。それはアーサーもわかっている。彼女の目には光があり、それ以上に彼女に才能を感じていたから同行を許可し育ててきたのだ。
十三歳にして自分の力を自覚していたアーサーは、なんとなくではあったが魔導炉の適正を判別するに近しいなにかを持っていた。鑑定というほど精巧なものではなく、あくまで感覚的なものだ。
その時、アーサーが見たヴェロニカは戦闘向きであり、自分の元に置いておくに相応しいと感じたのだ。
逆らうな、従っていろ。そうやって言い続けてきた。
俺が正しいのだ、俺についてこいと誇示し続けてきた。
それがどうだ。飼い犬に手を噛まれるとはこういうことかと、強く下唇を噛んだ。
「くそっ!」
立ち止まり、木に拳を叩きつけた。木は揺れ、数枚の葉が落ちた。全力ではないにしろ、そこそこ力を入れて殴ったはず。それなのに葉が落ちただけ。今までならば木の数本折れてもおかしくないくらいの力で殴ったのに。
「ここまで、堕落してしまったというのか」
魔王の従者である以上、魔導力も身体能力も魔王のさじ加減一つなのだ。三百八十あったレベルは二百に落とされ本来の力を発揮できない。ヴェロニカもまたレベルを二百まで落とされている。つまり現在アーサーとヴェロニカは対等なのだ。
不甲斐ない、口惜しい。なによりも悔しいのは、魔王ではなくその従者に負けてしまったという事実。あのままいけば四光にも手が届いたはずなのに、自分よりも明らかに弱い魔王の従者に負けた。
「女のために命を賭けるだと? 馬鹿馬鹿しいにもほどがある! あんな戦い方をしていたらいつ壊れるかもわからない。そんなやつに……!」
そんな奴に負けてしまった。
いや、逆か。
どうしてか、妙に冷静になっていく。
誰かのために自分を犠牲にするのは馬鹿のやることだ。しかし、だからこそ負けたのかもしれない。
一つため息をつき、もう一度歩き始めた。
いつもならばそんなことは考えない。馬鹿だ阿呆だとこき下ろす。しかし負けてしまった以上なんらかの要因がある。それにアーサーにとってライオネルは格下だ。そのなんらかの要因が強烈でなくてはならない。強烈ななにかがあるとすれば、それはただ力を振るっているのか、それとも――。
「おやおや、こんなところでアーサーじゃないか」
目の前に数人の男女が現れた。白く長髪の男性、その後ろには四人の女性が立っている。
知っている。それは当然とも言える関係性があるからだ。
「ブラッド……!」
四光の後継者の一人、ブラッドフォード=オルブライト。同じ四光の後継者であるアーサーとは少なからず面識があった。
「そんな怖い顔をするな。まあ、すぐにそういう顔になるだろうけど」
「なにをしに来た。お前はずっと北にいたはずだ。あそこが自分の領土だと、北側から出ようとしなかっただろう」
「ある人に頼まれた。後継者の一人が魔王の手先になったから、その後継者を屠って欲しいとな」
自分のことだとわかっているからこそ身構える。が、アーサーは自分でも知らず知らずの内に逃げ腰になっていた。
肌で感じるものがたくさんあった。アーサーはレベルを落とされてしまったのでブラッドフォードとは二百近いレベル差がある。彼の後ろにいる四人の勇者もまた、アーサーよりも百以上レベルが高い。高レベルの勇者五人と対峙し、毛という毛が逆立つほどに畏怖していた。
今戦っても勝ち目はないと、本能がそう叫んでいた。
「ははっ、そういうことか……」
強敵を前にして、アーサーはそんなことを口にしていた。
「どうした、アーサー。魔王の従者になっておかしくなったか?」
自分とライオネルが最も乖離している点にいきついた。いや、いきついてしまった。
アーサーはライオネルよりも頭がいい。そんな彼が、どうして他人の言うことを聞かなかったのか。聞かなかったのではない、プライドが邪魔をしているのだ。
わかっている。ダメなところを指摘されれば、そこを直せば自分は成長できる。だがそんなことをしなくても自分ならば成長し続けるのだと高をくくっていた。間違いではないが、間違いではないことがそもそもの間違いなのだと気が付かなかった。
そう、今の今までは。
彼よりも計算高く、彼よりも飲み込みが速い。それ故に立ち向かうことができない。守るものがあるかないかだけではないのだ。どんな時にでも誰にでも、誰かの前に立ちはだかるということがアーサーにはできない。勝てないとわかっているから、立ち向かうことができないのだ。
「目が泳いでいるな。なにを考えている?」
「なにも考えてないさ。そうだな、考えることがあるとすればどうやってお前を倒すか、くらいだろうな」
「口だけは一丁前だな、いつでも」
「いつでも? 勇者だった頃の俺は実力もあった。だからこそ四光の後継者だった」
「四光の後継者、か。四光は勇者の中でも上位四人しかなれないんだ。お前のような、後継者の中でも下位に属する勇者がなにを言ってるんだ。お前では四光にはなれないよ」
「そんなバカな。俺ならば四光になれる。そのために賜法を組み上げた」
「後継者になったからと舞い上がったか。お前のように不器用な者は四光になれないよ。それにもう一つ。自分が四光の後継者だとどうやって知った?」
「文が届いた」
「差出人は?」
「エイブラム=マクラーレン」
「それが誰か知っているな?」
「四光の後継者最高権威。世にいる勇者の中で最強と言われる勇者だ」
「そうだよ。国でも法王でも鎮事府長でもないんだよ。個人が個人に当てた手紙程度の価値しかない。四光の後継者だと言われた人間が世界に何人いると思ってる? およそ二百人だよ。お前はその中でも弱い方だ。強い魔王が現れて殺される可能性もあるから、という意味で後継者は広くとるようにしてるんだ」
「なぜお前がそれを知っている……」
「決まってるだろ? 俺とエイブラムが繋がっているからさ」
一気に頭に血がのぼる。
四光の後継者をあざ笑うかのような行為。その後継者でさえ理不尽な理由で大量に選定されていた。傀儡のようでいて扱いは愛玩動物のそれと同じだ。




