第一話 それで?オチはどこなんだい
「それで?オチはどこなんだい、アデライード」
王太子ヴィルフリートは、ワイングラスを片手に傲慢な笑みを浮かべた。
公爵令嬢アデライード・クラーレンスは、今まさに話し終えようとしていた「領地の孤児院で起きた心温まる騒動」の結末を、そっと飲み込んだ。
アデライードの話に、オチがないのではない。
ヴィルフリートが、他人の話に興味がないだけだ。
(……はいはい。始まりましたわね)
アデライードは淑女の微笑みを崩さず、心の中で深いため息をついた。
これまでの彼女は、彼のこの失礼極まりない態度を『将来の王妃としての修行』と割り切ってきた。
そして、長年の婚約者生活の中で、ひとつの技術を磨き上げている。
名づけて、王太子殿下専用・相槌の五音。
さ。
流石でございますわ。
し。
知らない視点でございました。素晴らしいですわ。
す。
鋭いご意見ですこと。殿下ならではですわね。
せ。
洗練されたお考えですわ。
そ。
そうなのです。よくぞ仰ってくださいました。
この五つを適切な間で差し込めば、ヴィルフリートはたいそう満足げに頷き、アデライードを『聞き上手な婚約者』と褒める。
もっとも、彼が褒めているのはアデライードではない。
自分の話を心地よく響かせるための、都合のよい壁である。
「申し訳ございません、殿下。わたくしの話が拙いばかりに」
「まったくだ。君の話はいつも長い。結論から話したまえ。私のような多忙な身には、君の世間話に付き合うのは少々酷なのだよ」
そう言うヴィルフリート自身は、このあと一時間ほど、中身のまったくない自慢話を繰り返す。
朝議で父王に褒められた話。
狩猟場で馬を見事に操った話。
地方貴族の訛りがいかに滑稽だったかという話。
大臣たちが自分の意見にどれほど感心していたかという話。
どれもこれも、聞き飽きていた。
いいえ、正確には違う。
聞き飽きているのは、彼の話ではない。
彼の話を、まるで価値あるもののように持ち上げ、場が冷えないように笑いどころを作り、失言になりそうな箇所を柔らかく受け止める、自分自身の仕事に飽きていたのだ。
「さて、先日の狩猟会だがね」
案の定、ヴィルフリートはアデライードの孤児院の話などすっかり忘れた顔で、得意げに語り始めた。
「私がひとたび馬を走らせると、皆が息を呑んでいたよ。あれほどの騎乗は、王国広しといえど私くらいのものだろう」
いつものアデライードなら、ここで微笑む。
流石でございますわ。
殿下は何をなさっても絵になりますもの。
そう言えば、ヴィルフリートは満足する。
周囲の貴族たちも、ほっとしたように笑う。
場は丸く収まる。
けれど。
今日のアデライードは、胸の奥で何かがぷつりと切れる音を聞いた。
なぜ、自分ばかりが彼の話を面白くしてやらなければならないのだろう。
なぜ、彼はアデライードの話を「オチがない」と切り捨てるのに、自分の話には聞く価値があると信じて疑わないのだろう。
なぜ、誰もそれを指摘しないのだろう。
アデライードは静かにカップを持ち上げ、紅茶をひと口飲み、そして微笑んだまま黙っていた。
「……アデライード?」
ヴィルフリートが眉をひそめる。
「聞いているのかい?」
「ええ、聞いておりますわ」
「なら、何か言ったらどうだ」
「何か、とは?」
「だから、感想だよ。私の話への」
アデライードは、少しだけ首を傾げた。
「申し訳ございません。どのあたりに感想を申し上げればよろしいのでしょう?」
「……は?」
「殿下が馬を走らせた。皆様が息を呑んだ。殿下はご自分の騎乗が王国一だと思われた。以上でございますよね」
「ずいぶん簡潔にまとめるじゃないか」
「結論から話せと仰ったのは殿下ですわ」
ヴィルフリートの笑みが、ぴしりと固まった。
アデライードは初めて知った。
つまらない話というものは、持ち上げる者がいなくなった瞬間、こんなにも静かに床に滑り落ちるのだと。
「な、なんだと……?」
「いえ。殿下がいつも仰るではありませんか。結論から話せ、オチをつけろ、と。今の殿下のお話、ただの現状報告にすらなっていませんわ」
アデライードは扇で口元を隠し、冷ややかな瞳で婚約者を見た。
「……つまらないです」
「貴様……!私に向かって、つまらないと言ったのか!公爵令嬢の分際で!」
「事実を申し上げたまでです。殿下の会話には、相手への敬意も、惹きつける工夫も、知性も感じられません。ただの独り言を大声で仰っているだけ。付き合う身にもなってくださいまし」
「黙れ!非礼な女め!もういい、婚約破棄だ!貴様のような可愛げのない女、こちらから願い下げだ!」
ヴィルフリートの叫びが響き渡る。
周囲の貴族たちは息を呑み、誰かが慌てて止めに入ろうとした。
けれど、アデライードは優雅にカーテシーをした。
「承知いたしました。これでようやく、苦行のような時間から解放されますわ」
その瞬間、ヴィルフリートは勝ち誇った顔をした。
自分がアデライードを捨ててやったのだと、そう思ったのだろう。
だが、本当に失われたものが何だったのかを、彼が理解するのはもう少し先のこと。
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