092.見えない扉
侵入者は密かに継続してやってくる。
いまこうしている間にも、新たな企みが進行しているかもしれない。
それをただ探し出して削除し続けるだけでは、いつまで経っても埒が開かない。
外部世界の住人も、自分達のやることを阻止しようとするものがこの世界にいることに気づいているはず。
もっと根本的な解決策を見つけないといけない。
その正体が何者なのかなにが目的なのかはわからないけど、干渉と侵入の経路は調べることができる。
少なくともそれを明らかにして、その経路を封鎖しなくてはいけない。
急がないといずれはこの世界そのものが、再起動できないほどに破壊されてしまうかもしれない。
それは言うほど簡単な作業ではなくて、山のような大きさの絡み合った糸の塊を解いて手繰っていくようなもの。
地道な調査と分析をずっと続けてきた。
そのせいで他の生徒たちがやっているような、仲のいい友達と一緒に楽しく遊んだり、部活や課外活動に取り組んだり、なんてことをやる時間はなかった。
授業や課題をこなすのが精一杯。
寂しさを感じないわけではなかったけど、それよりやるべきことで頭がいっぱいだった。
世界の裏側を覗くのは、機械仕掛けの時計を開けて歯車やゼンマイを確認するようなこと。
普段わたしたちが触れている表層的な世界だけではわからないような、物事の因果を辿っていける。
人の生活を覗き見しているみたいだけど、それとはだいぶ様子が違った。
コンピュータで言えば、ストレージの中の0と1の配列を見ているようなもの。
楽しいコンテンツが観れるわけではない。
だけどこの能力を利用して探偵事務所でも開いたら儲かるかもしれない。
浮気調査とか全く興味ないけど、普通の探偵じゃ知り得ない情報は手に入る。
それとも占い師の方が無責任でいられて楽だろうか。
苦労の末におおよその経路は把握できてきたのだけど、一つだけわからない通路がある。
痕跡をたどっていくと、なぜか途中で途切れてしまうのだ。
(存在するはずなのに、わたしには見えない?そんなものがあるの?)
(そこを封鎖できれば、干渉も侵入者も遮断できるはずなのに…)
(別の仕組みなのだろうか?わたしの知らないなにかがある?)
わたしはいつでもひとりだった。
誰も、相談する相手も、悩みを共有する仲間もいなかった。
この作業ができるのはわたしだけ。
(どうすれば…)
不安と焦りが積もっていく。
作業自体は相談できないけど、いくらか話を聞いてくれる人はいる。
北山くんとの縁には不思議なものを感じてはいた。
干渉の痕跡を辿る中で、彼の存在が見え隠れすることがあったのだ。
それは普通の人では起こらないことだった。
あれは何なんだろう。
いつものカフェである日のこと。
わたしは気になっていたことを確かめようとした。
彼の手を握って額に触れた時、気づいたことがあった。
—— あなたは…ひょっとして…接続できるの?あの通路に?でもどうして?
わたしには見えないものが、彼には見えるかもしれない。
彼が普通の人ではないのではないか、というのは以前からなんとなくわかっていた。
そしてそれは正解だったようだ。
これが解決策になるのだとすれば、彼は何者なんだろう?
わたしと彼との出会いは、おそらく偶然じゃない。
必要な繋がりだったのだとすれば、それはどうしてなのだろう。
これも決められたことだったのか。
わたし自身、自分が何者なのか十分に理解しているわけでもないのだけど。
◇
わたしに”Phoenix”という名称がつけられているように、すべての人に通常の氏名とは別の名称があった。
世界の内部構造の中でそれぞれの人に固有の名称がついていて、覗けばそれを知ることができる。
だけど大抵の人はそれを知らない。そもそも裏の世界を覗けない。
北山くんには“Hummingbird”という名称がついていた。
本人は知らないはず。
だれが名付けたのか、なぜその名称なのか。その意味もわからない。
この世界を作っただれかがそうしたのだろうけど、そんなことわたしたちが知る必要もないのだろう。
彼についてはもう少し調べてみよう。なにかのヒントがあるかもしれない。
明らかな必要性があるわけでもないのに、人の素性についてあれこれ見るのは気が引けるけど。
変なのが見えたら嫌だな。裏の顔、的な。
普段の世界と同様に、内部構造においても彼は目立つ存在ではなかった。
にもかかわらず、さまざまなところで彼の存在が地味に見え隠れする。
この世界に目立たず幅広く関わっているような、そんな存在。
他の人たちとは、大きく異なっているによう見える。
わたしとは、また別の意味で他の人と異なっている。
一番異なるのは、彼はこの世界の内部構造の中で、行動の制約を持たないように見えることだった。
多くの人は、行動が特定の範囲内に制限されていた。
その中でわたしだけは、ほとんど制限を持たず行動できていた。
しかしそのわたしでも見えなかったものが、彼には見えるらしい。
わたしよりさらに自由度が高いことになる。
もう一つ気になるのは、なにか特定の役割を担っているというわけではなさそうということだった。
多くの人は、何らかの役割があった。
この世界における、まるで職業のようなもの。
彼にはそれが見当たらない。
だけど役割がないはずがない。普通の人たちとはやはり違うのか。
行動の制約がないように見えるのは、それが関係しているのかもしれない。
(...何者なんだろう?)
特殊なのだが、わたしのように本人が自覚しているわけではない。
他の人はみんな自覚していないので、それ自体はむしろ普通のことではあるのだが。
だけど、
(忘れているだけだったり?)
その場合、思い出したらどうなるんだろう。
わたしたちの出会いが偶然でないとしたら、その理由がわかるのかもしれない。
いずれ彼と共に、この世界の裏側で作業しなければならなくなる。
それによって全てが解決すればいいのだけれど。
街外れにある展望台。
その時は、彼とここに来よう。
いつも一人だったけど、二人で一緒に作業できたら。
一人の時よりは、前向きな気持ちになれるだろうか。
彼も普通の人じゃないのなら、わたしの仲間ってこと。
なんて相手の都合も考えずに勝手なこと言っているけど、裏世界での彼を見たら普通の人たちよりもずっとわたし寄りだと思う。
きっと二人で見えない扉を越えていける。
そんな期待をささやかなうれしさと共に抱いていた。
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