070.体験学習
高校なのに企業インターンのような体験学習があった。
地元企業に短期間お世話になるのだが実践的な内容で、よくある社会見学のようなものではなかった。
各人の行き先は「新たな視野を広げるため」との理由のもと、希望ではなくランダムに選ばれていた。
学校側はセレンディピティ(Serendipity)だと主張しているが、ただの手抜きのような気もする。
某大手IT系企業に派遣されることになったぼくは、なんの因果か玲奈とペアを組んで課題をやることになっていた。
中央駅からほど近いビジネス街にあるツインタワー。
ぼくたちの派遣先の企業が入居しており、10数名の生徒が会議室に集まっていた。
合同のオリエンテーションのあと、いくつかの組に分かれてそれぞれ割り当てられた部署に案内されて行った。
ぼくと玲奈は法務部門で、若いけど見るからにバリキャリな雰囲気のお姉さまが世話係についた。
玲奈がまた本命彼女だとか言って自己紹介するので全力で否定する。
「まずはようこそ。仲が良いのは結構だけど、高校生だからって手加減しないからね。進学校なんでしょ?基礎学力はあるはずよね?」
いきなりプレッシャーかけてくる。
会社紹介のプレゼンの後に今回の体験学習の課題が示される。
お題:AI(人工知能)規制法の弊社ビジネスへの影響を分析し、対策を提案すること。
ほぼ業務ではないか。
これを素人の高校生にやらせると?
期間はニ週間。
会社と業務の概要と対象法規およびレポートのまとめ方についての説明。
そのあとは、パソコンの貸し出しとアカウントの設定など。
これが結構めんどくさい。IT企業なのに。
「じゃあがんばってね。期待はしているから」
バリキャリお姉さまがヒールをカツカツ鳴らして自分の仕事に戻っていく。
残されたぼくたちはフロアの空きスペースに並んで座っている。
「やっと二人きりになれたね♡」
玲奈が胸元で両手の指を組んで、高めの声でかわいいアピールをしてくる。
「今日はもう帰ろうかな」
「ちょっとなんでつれないのよ」
急に声が低くなる。
「愛しの本命彼女とドキドキオフィスラブが始まるというのに、もっとドギマギしたらどうなの?」
なぜ上から目線。
それにそろそろこのネタにも飽きたりしないのか。
玲奈のノリが悪いわねこいつみたいな視線が突き刺さる。
先が思いやられるのだが。
◇
ぼくは各国の規制と政策について調査して、玲奈はこの会社のビジネスについて調査。
それを突き合わせて影響と対策を考えることにした。
AIに関する法律はすでに多くの国で導入されているか、またはその準備が進められている。
しかし各国の政策や事情により、規制したり促進したりその内容は多様だった。
全世界を対象にするとキリがないので、今回はいくつかの主要国のみに限定した。
それでも国により方向性が顕著に違っていた。
大きく三つのパターンに分かれる。
人権重視で規制。
過去の戦争など歴史的背景により個人の人権を尊重する傾向のある国では、新技術に対しても保守的に規制する傾向があった。
安全保障重視で規制。
特に社会主義の国では、個人の人権よりも国自体を守ることに重きを置く傾向が見られた。
経済重視であまり規制せず。
新興国や先進国でもIT系の産業を重視する場合は、企業活動に負担がかかるような規制は控えめにして、それより利活用を推進するための戦略や仕組みづくりのための法律が作られる傾向があった。
方向性の違いや規制の軽重の違いはあれ、AIによる好ましくない影響の懸念への対策として透明性の確保を重視する姿勢は各国とも共通して見られた。
リスクベースで層別し、リスクの大きさに応じて課す義務を決めている。
最もリスクが高いカテゴリーは禁止されるが、これはほとんど犯罪のためにAIを使うのを禁止するか、深刻な人権侵害を防止するようなもの。
比較的リスクが高いカテゴリーでは、当局による審査と認可の制度を設けている国もある。
基本的には人権を損なうものや、物理的・経済的な損失が生じる恐れがあるものが高リスクとされている。
将棋やオセロでAIを使うような場合は、人畜無害なので基本は規制対象外。
汎用性のある生成AIやAIエージェントの類はどう考えたらいいんだろう。
使い方によってはネガティブインパクトが大きくなり得るのだが。
AIとのチャットにのめり込んだことが一因とみられる自殺も発生していて、社会問題になりつつあった。
学習データやAIが出力したコンテンツにおける著作権の扱いも国によって異なっている。
すでに大企業間の裁判に発展している国もあった。
◇
普段はちゃらけた上岩瀬玲奈なのだが、やる気モードに入ると実はかなり優秀だった。
この会社のビジネスからリスクが高いと見られるものを抽出し、必要な対応項目とその具体的な内容、実装および評価方法を整理していく。
茶碗を指で回して遊んでいるいつもの玲奈とはまるで別人の表情。
「なにか失礼なこと思ってない?」
「いえ」
褒めてたつもりだ。
というかなぜわかる?
「人工『知能』って言い方には違和感があるのよね」
「どうして?」
「ソフトウェアアルゴリズムじゃない。ツールだし。知能なんかじゃないもの」
「AIが人を超えるか?なんて話題があるけど、機械はとっくに人を超えているじゃない?人とは比べ物にならない速さと正確さで計算するし」
「チェスや囲碁でAIが人に勝ったからって騒ぐほどのことなのかな。あのようなボードゲームって状態を明確に定義できるし、ルールもロジカルに決まっているからそもそも機械に向いているはずだし。数値計算で人に勝つのと大差ない気がする」
「クルマが人より速く走れるからって、人の100m競走が無駄だなんて思う人なんているのかしら」
「人より力が強い機械なんていくらでもあるけど、支配しているのは人よね。強い機械ではなくて。問題は能力の高さじゃなくて使い方じゃない?」
「AIがどれだけ高機能になっても使い方次第よね。ブルドーザーを暴走させれば危険だけど、安全に使えればいいんだし」
「原子力のように制御しきれないことが起こるのなら問題だけど、コンピュータなんだから電源切ればおしまいじゃない。AIが生意気になったらコンセント抜けばいいのよ」
玲奈理論が炸裂する。
「AIをパートナーとして扱う発想については」
「主従関係は必須だと思う。あくまで人間が主で」
◇
そうこうしているうちに月日は流れ、と言っても二週間だが、体験学習も終盤。
これまでの検討結果を資料にまとめていく。
「いい感じね。大事な点をよく押さえているわ。ストーリー展開もロジカルにうまく組み立てられているようだし」
バリキャリ姉さんから指摘がくる。
「目的について罰則の回避だけしか触れられていないのはどうなのかしら。罰則があるから法律を守るの?じゃあたとえばもし罰則がなければ人を殺してもいいってこと?罰則以前に人命の尊重があるんじゃない?」
倫理学の講義が始まる。
「そもそもなぜこんな法律が作られたのか、それぞれの国の立法者の思いも考えてみることね」
◇
体験学習の最終日に開かれた報告会。
会議室に各組の派遣先の部署の人たちが多く集まっていた。
「高校生の発表にこんなに集まるなんて」
「普段と違う雰囲気の話が楽しみなんだよ。仕事していると高校生と会話する機会なんて家族ぐらいしかないからね」
人事部の担当者の司会進行で報告会が始まる。
各組順番に会議室前方の大型スクリーンにスライドを投影してプレゼンしていく。
ぼくたちの番が回ってくる。
対象法規の内容と影響分析についてぼくが説明し、それへの対応案を玲奈が説明する。
何件かの質疑応答。
いじわるな質問もなく、和やかな感じで進む。
大学を卒業したらうちに来ないかという問いに、玲奈が例のごとくモビルスーツを作るつもりと答えて場を引きつらせていた。
お世話になった社員の方々に見送られながら、生徒一同オフィスを後にする。
想像していた以上に疲れる二週間だったが、新鮮な体験でとても有意義だったと思う。
帰り際。中央駅までの大通り。
一緒に参加していた生徒たちが、開放感いっぱいな感じで談笑しながら駅に向かう。
玲奈が話しかけてくる。
「わたしたちのってかなりよかったんじゃない?」
「まあそうかな。玲奈がよく頑張ってくれていたし」
お世辞ではなく、彼女の仕事ぶりは素晴らしかったと思う。
「室長さんが『このまま実際の対策検討に使えるんじゃないか』なんて言ってたし、給料欲しいぐらいよね」
そこはリップサービスじゃないか。
「まあわたしと北山くんなんだから、あのくらいは当然ね」
玲奈がえらく上機嫌だった。
「二人の愛の力に勝るものはないわ」
なんの力だって?
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