069.有希葉の遭遇
相変わらず異次元空間な美術室。
有希葉がアトリエに通い詰めている。
コンクールに応募する絵が仕上がらないらしい。
キャンバスの前でエプロンをした有希葉が泣きそうな顔をしていた。
しばらく前に彼女が言っていた通り、日の光の描き方が印象的な風景画。
素人目にはとても上手に描けていると思うのだか。
「有希葉的には納得できないと?」
筆を握りしめて頷いている。
「わしが求めているのはこんなもんじゃないっっ!!ガシャーン、って気分」
人間国宝ごっこをする大沢画伯。
思ってたより余裕ありそう。あまり心配ないかも。
「締め切りは?」
「来週いっぱい…」
描き直す時間は限られている。
「締め切りに間に合わせるなんてそんなこと、当たり前って言われるのかもしれないけど」
「当たり前ってことはないんじゃないかな」
「どうして?みんながやらないといけないことだよ?」
「そうだとしても努力しないと達成できないことは、当たり前じゃないよ」
「でも…」
「それは賞賛されることだよ」
納得できるものが描けないことが悔しいのだろう。
「有希葉はこの絵のなにが足りないと思う?」
「それがよくわからないの。なにかもの足りない気がしてるんだけど」
完成させるために必要な要素を探す。
「今回のコンクールのテーマは」
「未知との遭遇(地球外生物に限らない)」
「この絵は…なにと遭遇しているんだろ」
「わかんない」
テーマは無視されたようだ。
「誰かがなにかと遭遇していることにしておいた方がよいのでは」
「じゃあこの辺に村人Aが野良猫を拾ってるところを描いておく」
そんなついでな感じでテーマをこなしたことにしていいのだろうか?
「ただの村人Aだとちょっと平凡だな。もっとインパクトが強いのにしてみたら」
「インパクトが強いの。ヘビー級のチャンピオンにしよっか」
そういう強さ?
しかも村人Aからの飛躍ぶり。
「世界チャンプが防衛戦を制した帰りに野良猫と遭遇、でいいよね」
…本人が納得しているのなら。
有希葉が握る筆が、啓示を得たかのようにキャンバスの上を滑り出す。
日の光が美しい中世ヨーロッパ風の牧歌的で幻想的な田園風景の中に、グローブを手にしたいかついマッチョとお魚くわえたドラ猫が描かれていく。
絵画コンクールの審査員たちはこの絵になにを思うだろうか。
(ぼくはもういいかな)
フロー状態に入った有希葉の顔は、いつもの人懐っこい表情とは打って変わって真剣そのもの。
邪魔するといけないので、そっとしておくことにする。
アトリエをこっそり後にした。
◇
再び退屈になったので、また建屋内を徘徊する。
ポップアート調の作品が並ぶフロアがあった。
最近の傾向というか流行りというか、いわゆるアニメ風の様式を取り入れた絵画が増えていた。
明るい色彩に、人物描写の特徴として大きな目に控えめな鼻と口。
特に女性をかわいらしく描かれる場合が多い。
このような様式の絵を熱心に好む層が結構いる。
ぼくも嫌いではなかった。
ここで一つ不思議に思うことがある。
この様式で描かれた人物像というのは、現実の人物とはかなり異なる。
端的にいうと現実の人物と比較して、極端に目が大きく鼻と口が小さい。
実際にこのような人物が存在したら気持ち悪いのではないか、とはよく言われる。
なのに、とてもかわいらしく魅力的に感じるのはなぜなんだろう?
漫画アニメ好きの人たちが、ニ次元キャラに恋をするような現象はよく見られる。
目が大きくはっきりしているのは美人の特徴とされるが、そうだとしても極端過ぎる表現である。
アニメ風の様式で描かれたものは、サブカルチャーなんて呼ばれることがある。
この表現は王道的な芸術からは外れていることも意味する。
だけどアニメ風の絵もあと300年ぐらいしたら、美術の教科書に載るんじゃないかという気もしてたりする。
「20世紀末から21世紀にかけて広まった絵画様式の一つ」といった感じで。
浮世絵というものがある。
いまでこそ芸術として認識されている浮世絵だが、元々はそんなものではなかった。
当時の浮世絵はいまで言うところの写真週刊誌みたいなもので、歌舞伎役者の絵や美人画などはまさにグラビア写真である。
浮世絵は版画であるが、版画の板そのものがあまり残っていない原因の一つがそこにある。
版木は消耗品のように扱われていたことが大きいが、一部は海外に流出してしまっている。
外国人が珍しがって欲しがったところ、国内では価値のあるものだと思われていなかったので、みんなあげてしまったのだ。
アニメ風の絵もいずれはそんな風になるのかも。と個人的に想像していた。
幸い漫画等の原画は価値のあるものとすでに認められているので、不用意に流出したりはしないだろうけど。
◇
美術室で活動する生徒の中には、ファンがついている人たちもいた。
そんな人たちは学校の内外で個展を開いたりグッズ販売をしたりしていて、バイト代わりの小遣い稼ぎをしていた。
美術室一階の売店にはそんなのがたくさん並んでいて、額入りの複製原画などには結構いい値段がついていたりする。
寂れた古城を背景に、びっくり箱からランプの魔人のようなものが飛び出している絵があった。
額装複製原画
『絵画コンクールに向けた予期せぬ出来事』
大沢有希葉
数量限定生産品
¥58,000
いや高すぎだろ。買う人いるのか?
在庫無し
まさかの売り切れ?
「その展示してあるのが最後よ。限定品なのでもう出ないから」
まじまじと見ていたら、店番のおばさまにお声がけいただく。
「…あの、人気なんですか?」
「大沢画伯はねえ、注文の受付が始まると一瞬で埋まってしまうのよね。注文サイトにアクセスできないんだけどって苦情が毎回くるから」
大沢画伯。
知らなかった。
「だとすれば、これが残っているのはなぜ?」
「次回作が完成するまでは残しておいてってご本人の希望があって。なので抽選になるのよ。すごい倍率だけど。申し込みする?」
「あ、いえ、見るだけで十分です」
「いい値段するからねえ。ポストカードならお手頃だけど」
よく見るとポストカードに画集、カレンダー、タペストリー、アクリルスタンド、キーホルダー、缶バッジ、Tシャツまである。
「画伯ご本人出演のメーキングビデオが発売になるんだけど、先行予約が来週から始まるから」
そんなものまで。
「発売記念の直筆サイン入りミニ色紙も数量限定だけどあるし。先着順で」
もうプロではないか。
「でも大沢画伯って個展は開かないのよね。かわいいしサイン会兼握手会なんてしたらファンが殺到するだろうに」
アイドルなのか?
最後まで読んでいただきありがとうございました。
ブックマーク・いいね・評価ポイントいただけるとうれしいです。




