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箱庭の火の鳥  作者: ゆくかわ天然水


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039.予兆

よく晴れた日の放課後。秋風が心地いい。

学校から中央駅に向かう大通り。緩やかな下り坂を降りていく。

今日は一人で帰宅していた。


ぼくの少し前を小学校低学年ぐらいの男の子が、母親と思われる女性と手を繋いで歩いている。

母親が前方になにかを見つけたのか、指差して男の子に話しかけている。

男の子は母親の顔を見たあと、手をはなして駆け出していく。


という光景をぼんやり見ながら歩道をぶらぶら進む。

そこでおかしなことに気づく。


走っていた男の子が一瞬停止して姿を消し、数十cm先に再び現れてそのまま駆けていった、ように見えた。


(…?)


1秒にも満たない瞬間の出来事。


(いまのは?)


見間違いだろうか。

母親と見られる女性もそれ以外の歩行者も、特に気に留めていないようだ。

中央駅に着くまで注意深く周囲を観察してみたが、それきりなにも気になるようなことは起きなかった。


気のせいならいいのだが、よくないものを見つけてしまったような、当たってほしくない予感が湧いてくる。



列車を降りて駅を出ると、いつもの高台のカフェに向かう。

夕方に水菜月と会う約束をしていた。


彼女が生クリームとチョコレートがたっぷりのったパフェをがっついている。


(…やっぱり甘党なんだよなあ)


先日のチョコタルトの件といい、わかってはいたけれど。

初めの頃はクールでシャープなイメージで、エスプレッソとか飲んでそうな雰囲気だったのだが。

いろいろ崩れていっている気がする。

口直しはソーダフロート。


慣れてきて徐々に素を出し始めたか。

それはそれでいいけど。



気になっていることを聞いてみる。


「見間違いかもしれないけど」


水菜月はアイスクリームの乗ったスプーンを口に入れながらこっちに視線を向ける。


下校途中にさっきの路上で見かけた男の子のことを話した。


「見たのは一回だけ?」

「いまのところは」


やはりなにかあるのだろうか。


「他の人は気づいていないようだった」

「あなたも見える人なのね」


なにやら穏やかでない回答。


「見えるって、心霊現象?」

「そうじゃないけど、数日のうちに頻度が増えると思う」

「頻度が増えるとどうなる?」

「運が悪いとまたあなたの記憶が消えることになる」

「それって...」

「崩壊の予兆現象なの。外部世界からの干渉が活発化してる」

「干渉の経路を封鎖すればいいのだけど、それが...ずっとできないでいるの」

「どうすればいいのかな?」

「とても根気のいる難しい作業で、それをわたし一人でやらないといけないの。というかできる人がわたししかいないことだから。ずっとやってきたんだけど、それでもまだ終わらなくて、このままだといつかこの世界は再起不能になるまで壊されてしまうかもしれなくて」


水菜月が大変なことを一人で抱え込んでいるらしい。


「…ぼくにできることは?」


少し間の沈黙のあと、こちらをじっと見て彼女は言った。


「そばに…いて欲しい。わたし自身が壊れてしまわないように」


もちろんだ。

けどそれ以上にできるはないのだろうか。


「きっとあなたにお願いすることが出てくると思うんだけど」


どんなことなのか、見当もつかないけれど。


「いまはまだ干渉を受けて完全な崩壊が起きても世界は再起動できていて、壊されるまではいっていないのだけど、その度にみんなの記憶の多くが失われて、堂々巡りを繰り返しているの」


「その周期が短くなっているようで、もし侵入者によって再起動もできないように書き換えられてしまえば、この世界は終わるわ。わたしたちは永遠に消滅してしまう」


「近いうちにまた崩壊が起きると?」


頷く水菜月。


「以前、横断歩道や花火大会のときに起きたような」

「あれならまだいいの。不完全なものだから。だけど、はっきりとはわからないのだけど、おそらく次は…」

「完全なやつ?」

「たぶん」

「そうなると…」

「またやりなおし」

「なにが?」

「なにもかも」


あきらめたかのような表情で窓の外を見ている。


「でもやりなおしはできるんだよね?」

「いまはまだ、たぶん」


いずれそれもできなくなるのか。

そうなればこの世界が終わるという。

とても実感がわかない。

こんなに平和になにもかもが平穏に見えるのに。


「時間が巻き戻るの?」

「ううん。時間は進んでいて遡行するわけではないの」

「それでもそのたびに、ぼくたちはまた出会えているのなら、次もまた会えるはずでは」


水菜月のため息が聞こえる。


「あなたはわたしを忘れてしまうから」


「夏に横断歩道で会った時も、覚えていなかったでしょう?」


覚えていないどころか不審者扱いしていた。


「…ごめん」

「北山くんが謝ることじゃないよ。わたしたちのせいでもないし。それにわたしが…どうにかするから」


どうにかなるのだろうか。



駅前で水菜月と別れて一人の帰り道。

暗い道路をまばらな街灯が照らしている。

歩行者は殆どいない。クルマが時折り通過する程度。

信号機が音もなく色を変える。


近いうちに天変地異かなにかが起きて、みんなの記憶が失われるとか。

そのうち気がついたら、忘れてしまっているのだろうか。

いやそうじゃない。気づきもしない。

何事もなかったように、日常は続く。


気づかずに忘れてしまっていて、見知らぬ女の子からその話を聞くのだろう。

そんなことを何度も繰り返したのだろうか。


(水菜月も嫌になるだろうな)


それなのに彼女はなぜぼくと会うのだろうか。

彼女を助けるためにぼくができることなんて、なにもないんじゃないのか。

ぼくなんてただのその他大勢。


今日だって、ただ話を聞いていただけ。

水菜月にしてみればきっと、数え切れないくらい話したこと。

それでもぼくに会ってこの話をするのは、そこに希望がまだあるからなのか。


崩壊の予兆。

これまでも見えていたのだろうか。

そうだとしても、おそらく気にも留めていなかった。

水菜月の言い方だと他の人には見えないようだ。

だとすれば、なぜぼくには見えたのだろう?


それよりも、また来るのか。

どうしよう。どうしようもないか。

忘れないようになにかに書き留めたところで、無駄なんだろうな。

きっとそれも消滅してしまう。

残っていたとしても、それを見たところで理解できないだろう。

妄想の落書きぐらいにしか思えず、おそらくそのまま捨ててしまう。


だとすれば、ただ運命に流されるだけなのか。

という考えが浮かんだところで、それを否定したい衝動が湧いてくる。


水菜月はそうじゃない。

彼女はただ流されるのではなく、自分の意思でどうにかしようとしている。

それを理解する人がいなくても、一人でもやり遂げようと何度も繰り返している。

そして唯一ぼくだけが、それに近づける可能性がある。


これを厄介ごとに巻き込まれたと表現するのか、運命に従うと表現するのか、やるべきことを見つけたと表現するのか。


いずれにしても、それでどうするのかは同じなのだが。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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