015.気まずいすれ違い
夕闇が迫る街に明かりが灯り始めて、向こうの岸壁にはクルーズ船が停泊しているのが見える。
このくらいの時間帯を黄昏時と言うのだろうか。
頭上には昼と夜が交差する曖昧な空。
平和な街の平和な風景。平和な時間と空気が流れる。
危険なことなんて、なにもないように見える。
外部世界からの干渉だとか、もうすぐ死ぬだとか。
(桂川さんはなにを知っているのだろうか。なにを見てきたのだろうか)
最近出会った不思議な少女のことを考えていた。
(なぜ彼女に既視感があるのか。前世で会った?そんな馬鹿なこと…)
彼女はぼくをどうしようとしているのだろう。
ぼくはどうすべきなのか。
彼女に関わっていいのか、それとも避けるべきなのか。
「…ね〜聞いてる?」
「えっあっごめん。なんだっけ」
「どうしたの?ぼーっとして心ここに在らずみたい」
有希葉が袖を引っ張っている。
「ああ、あの船見てたんだ。ディナークルーズかな。楽しそうじゃない?」
「あっわたしも気になってたの。いいよね。乗ってみたい」
なんとかごまかす。
デート中に他の女の人のことを考えていたなんて、ちょっとまずい。
この街は古くからの港町なのだが、海沿いの一帯が再開発されて大型商業エリアになっている。
そのすぐ横が旅客用の岸壁になっていて、フェリーや観光船などが頻繁に停泊していた。
クルーズツアーの広告はあちこちで見る機会があった。
これまではスルーしていたけど。
(海から見る逆夜景。見てみたい気もする)
すぐ横でなにかを訴えかけるように、こちらをじっと見ている女子がいる。
「今度乗ってみようか」
「やった」
ああ言うのっていくらぐらいするんだろう。
片手に海を見ながら有希葉が少し前を歩いていく。
なにかを思い出したように振り返る。
「ね〜」
「え?」
「本当は船じゃなくて違うこと考えてたでしょ?」
さっきまでとは違う雰囲気でこっちを見ている。
なぜわかる?顔が少し引きつる。
「やっぱり」
ちょっと怖い笑顔。
「なんかそんな気がしたの。なに考えてたのかは知らないけど」
岸壁のそばにある、街の名前を英文字で模ったモニュメント。
観光スポットになっていて、日中は記念写真を撮る人で行列ができることもある。
夕暮れのこの時間だと、見る人も少ない。
よじ登ろうとしている女子高生が一名。
有希葉がモニュメントに足をかけてしがみついている。
「スカートで登るのはやめた方がいいのでは」
そもそも登るものじゃない。
「じゃあこのままでいいから写真撮って」
台座から上向きにライトアップされているので、ちょっとホラーな感じになるのではないか。
本人は気づいてなさそう。無邪気にポーズを取っている。
面白そうなので希望通り撮ってみる。
「こんな感じ」
スマホで撮った写真を見せる。
予想通り顔の下から紫色のLEDで照らされて、真夏のバラエティー番組でも使えそうな仕上がりになっている。
「…やっぱり消しておいて」
「はい」
なにかに使えそうなので消すふりして保存しておく。
「ちゃんと消した?」
「消したよ」
「本当に?」
想像以上に疑り深い。
保存してあるのが見つかるとめんどくさいことになりそうなので、やはり消しておくか。
「ちゃんと消したから」
「いま消したでしょ?」
「消えてるか確認しただけだよ」
なんでこんなに勘が鋭いんだろう。
「なんでバレたんだ、とか思ったでしょ」
公園から中央駅に向かって街を歩く。
真新しいオフィスビルと、ライトアップされた石造りの古い建物が混在して並ぶ。
幅の広い歩道には煉瓦か石畳のようなタイルが敷き詰められていて、レトロなデザインの街灯が足元と街路樹を照らす。
真夏の昼間はかなり暑いが、海が近いからか夜は比較的涼しくなり過ごしやすかった。
時折り吹く風が心地いい。
百年以上前の建築物が改築はされつつも、ほぼそのままの外見でいまでも使用されている。
歴史を感じさせつつも古臭さは感じない。
こういうのを時を超えるデザインというのだろうか。
設計と建設に携わった人たちは、いまはもういない。
自分たちが作ったものが自分たちの寿命以上に使われ続けるというのは、それを作った立場からしてみれば感無量と言えるかもしれない。
(時を超えるなにか)
それは建築物や絵画のような、物理的な存在でなくても構わない。
なんらかの発明や発見、思想や理論など無形のものであったとしても、長きにわたって価値のあるものとして存在し続けるのなら。
そのようなものが残せるのなら、生きた意味というか自分が存在した意味になるだろうか。
しかしそれほどのことができるのは、限られた人たちだけではないか。
多くの人は、些細なものしか残せず消えていくのだろうか。
(自分たちが存在する意味というのは…)
そこまで大きく考えることではないかもしれない。
もっと日常的というか、普段の生活の中で自分たちの存在を実感できればそれでいいのではないか。
それであれば誰もがやれることだろう。
◇
帰り際の中央駅のコンコース。
改札に向かう途中で、知っている顔とすれ違う。
「北山くん?」
「あ、桂川さん」
あの不思議少女が右肩に白とピンクのボストンバッグを掛けて、Tシャツと刺繍入りのデニムのパンツ姿で声をかけてきた。
桂川さんは有希葉の存在に気づいたようだ。
有希葉はすぐ横にいるのだが、表情はわからない。無言のまま。
「デート中だったのね。ごめんなさい。それじゃまた」
「ああ、うん」
バッグを肩に掛けたまま軽く手を振ると、栗色の長い髪を揺らしながら足早に去っていく。
すぐに人混みに紛れて見えなくなった。
「ななくん、あの人は?」
「え?ああ、同じ学校の子だよ?顔見知りなだけだけど」
「…ふうん。きれいな人ね」
普段の有希葉は嫉妬深いタイプではないのだけど、この時はちょっと嫌な気配を感じた。
週末の夜の中央駅。広告用のディスプレイが並ぶ。
帰宅の途につく人たち。まだまだこれから長い夜を楽しむ人たち。
その合間を縫うように改札を抜けてホームへ向かう階段を登っていく。
混み合うホームで列車を待つ間も列車の中で揺られている間も有希葉に特に変わった様子はなく、いつも通りなんでもないおしゃべりをしていた。
自宅の最寄り駅で列車を降りる。
「じゃあ、またね」
「うんおやすみ〜」
列車の扉が閉まる。有希葉を見送ってから改札に向かう階段を降りていった。
最寄駅から自宅に向かう緩い坂道をひとりで降っていく。
さっきまでの賑やかな繁華街とは違い、クルマの通りも少なく静かで街灯の明かりがさみしい道。
(ゆきにはなんて言おうか)
桂川さんのことはいずれ有希葉には話しておくべきだと思う。
だけどどうやって説明しようか。どこまで話すべきか。ぼく自身消化しきれていないのに。
下手に話せば有希葉にまで心療内科行きをお勧めされてしまう。
そもそも桂川水菜月という謎多き人物をどう紹介すればいいのか。
さらにたびたび二人で会っているなんて言えそうにない。
(やっぱりまだ話せないな)
とは思ったが、聞かれれば話すしかない。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
ブックマーク・いいね・評価ポイントいただけるとうれしいです。




