014.有希葉とおでかけ
今日は有希葉と一緒に自習室に来ていた。
隣の席で夏休みの宿題をやっていた有希葉が話しかけてくる。
「ななくん、明日は空いてる?」
「大丈夫だよ。どこか出かけようか」
「うん、ありがとう」
「行きたいところある?」
「博物館」
夏休み中のお出かけ先としては渋い選択。
「なにか企画展でも来てるんだっけ」
有希葉が好きな建築家の特別展があるとのことだった。
その建築家が設計したという教会が、未完成であるにもかかわらず世界遺産になっていた。
なかなかの有名人なので混むかもしれない。
◇
翌日の午前中。
中央駅のコンコース。巨大なスクリーンの付近で待ち合わせ。
ちょっと早めに着いていた。
スクリーンの中で女性アナウンサーが、神妙な表情でニュースを読み上げている。
『…40歳代の男性と先週から連絡が取れておらず、警察は事件に巻き込まれた可能性があるとみて…』
また行方不明者か。多くはないが、時々ニュースになっている。
突然いなくなって、行方が分からず、連絡が付かない。
盗難品もなく、遺書もなく、身代金要求などもない。
そして二度と見つからない。
遺体や遺留品が発見されることもない。
(自殺か拉致か、それとも巧妙な殺人事件なのか…)
ある人が行方不明になると、その人に比較的近い人、知人や同僚などもいなくなることがよくあるようだった。
だが被害者には特に共通点はないらしい。
(いまどき政治的な理由で蒸発させられるなんてことがあるだろうか)
全体主義時代のドイツや旧ソビエト連邦などでは、そのようなことが行われていたと聞く。
いや現代でも国によってはあるのかもしれない。
だけど権力者によるものであれば、報道されることはないだろう。
人が何らかの事情で失踪すること自体は、どこの国でもいつの時代でもある。
しかし最近この辺りで起きていることは、何者かによって意図的に行われているような、不気味さを感じないではなかった。
「ななくん」
有希葉がこちらを見て手を振っている。
「おはよ」
夏らしい明るい水色のシャツと、少し短めの白いスカートにサンダル。今日もかわいい。
駅ビルを出て大通りを南へ、横断歩道を渡って浜側へ向かって歩く。
視界の先は澄んだ空でいい天気。午前中だけどもう暑い。
歴史的な建造物が多く残されている地域の一角に、国立の博物館があった。
それ自体も趣のある石造りの近代建築だった。
登録有形文化財で、もともとは銀行の支店として建てられたものだとか。
石段の上にある大きな入り口の横に、特別展を告知する巨大な垂れ幕が下がる。
入場券は昔ながらの紙だった。
QRコードが付いているのがいまどきと言えばそうかもしれない。
学生なのでちょっとだけ割引された。
機械化されたゲートを抜けると、見上げるような高さの天井と広々としたホール。
白い大理石の床と壁。
順路の案内に従って進んでいく。
いくつかに分かれた展示室はいずれも広々としていて、それなりに入場者がいても混雑しているようには感じない。
主催者の挨拶と建築家のバイオグラフィーが最初にあり、設計図や見取り図などの図面、代表的な建築の模型や写真が年代ごとに展示されている。
それぞれに説明文が付いているが、結構長い。全部読んでいるとめちゃ時間がかかる。
「ゆきはこういうの全部読むの?」
「ううん、文章を読むより展示物を見てる。説明は本とかでも読めるけど、物はこういうところじゃないと見れないから」
建築家の代表作である未完成の教会の完成模型が、フロアの中央に展示してある。
建設が始まってから百年以上が経ち、当初三百年はかかると予想されていたようだが、あと十年足らずで完成見込みとか。
欧州にある大聖堂などは何百年もかけて建てられたものが多数あるが、資金を寄付金で賄っていたりして、細々としか進まないらしい。
教会を建てること自体が信仰なのか修行なのか。
この教会は世界遺産に登録されてから観光客が増えて資金面が改善したため、近年建設作業が急にはかどるようになったらしい。
博物館内のレストランでお昼ごはん。
ガラス張りの向こうには、芝生がきれいに手入れされた中庭が見える。
中庭にもテーブルと椅子があり、外でも食事ができるようだった。
「外にする?中にする?」
「外は暑そうだし…」
窓際のテーブルに角を挟んで隣り合って座る。
コースのランチを二人分。
「あの教会、完成したら見に行きたい」
サラダには魚介類がいっぱい。タコとホタテがおいしそう。
「まだしばらくかかりそうだけど」
メインは白身の魚にオリーブオイルがベース?と思われるソースがかかってる。
「バルセロナまで一緒に行こうねっっ☆」
聞かないふりをしていたら、逆らえない笑顔でプレッシャーをかけてくる。
有希葉と二人で海外旅行。きっと楽しい。
断る理由なんてないのだけれど。
銀色のナイフとフォークで、あんまり音を立てないように気をつけながら魚をいただく。
と言っても金属製のカトラリーで陶器の皿の上の料理を食べていたら、どうしてもカチャカチャする。
有希葉は手慣れた感じで優雅に食べている。
育ちの違いだろうか。
ガラスの向こうの中庭のテーブルで、食事をする家族が見える。
お母さんが小さい子供に、スプーンでなにかを食べさせようとしてる。
子供は明らかにしかめっ面。きっと苦手な食材が目前に迫っているのだろう。
あ泣き出した。お父さんがなにか言っている。
お母さんもなにか言い返してる。喧嘩になった。
他人の家庭内不和は、ガラス越しに見ている分には楽しい。
「なに見てるの?」
「微笑ましい家庭団らん」
今日見にきたのは建築家の特別展。
「ゆきって建築系志望だったっけ?」
「ちがうよ。でもデザイン関係はいろいろ好きだから」
「じゃあどっち方面?」
「金融系。投資銀行でファンドマネージャーになるの。四十歳でリタイヤするから」
ずいぶん野心的な。
「リタイヤ後はなにを?」
「カンヌかモナコにアトリエ付きのゴージャス別荘を建てようかな。ななくんを執事にしてあげる」
清掃員から昇進できそうだ。
◇
博物館を出ると、高そうな路面店が並ぶ通りを繁華街の方へと向う。
アーケード付きの商店街を歩く。
歩行者専用になっていて、日差しも避けられる。
しかしさすがに人通りが多く賑やかだった。
有希葉がいろいろ見たいというので、いろいろお店を見物していく。
ここにきてまた荷物持ちをする羽目になる予感がしたのだが、今日は本当に見て回るだけだった。
「ななくんはなにか見たいものある?」
「今日はいいかな」
「え〜もう疲れたの?まだ若いのに」
物色するのは一人でじっくり派だった。
なにかに嵌ってしまった時に、連れ人を待たせるのにためらいを感じてしまうので。
一緒におしゃべりしながら選べるようなものであれば、いいのだろうけど。
あれこれお店を巡った後、最近オープンしたらしいスイーツ店で有希葉が山盛りのパフェを食べていた。
見ているだけで胸焼けがしそうだったので、ぼくはコーヒーのみ。
海沿いの公園に来た頃には日も西に沈んで、空は東の方から暗くなってきていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
ブックマーク・いいね・評価ポイントいただけるとうれしいです。




