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【毎日更新・学園ラブコメSFまたはファンタジー・文庫本3巻分目標】5010.The Phoenix - 箱庭の火の鳥  作者: ゆくかわ天然水


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13/30

013.学校で水菜月

今日も暑い中、学校に来ている。

天気予報だと午後から雨だとか。

早く降ってちょっとでも涼しくなればいいのだが。


今年の自由研究は謙心と共同で、巨大宇宙要塞の実現可能性について考察することにした。

主には謙心が技術面で、ぼくが運用面という分担。

巨大宇宙要塞というか、宇宙空間のような制約の多い環境で大規模な設備を建造・運用するにはどんな課題とその解決策があるのか、のような話。


これまでに存在する参考になりそうな事例を調査してみる。

具体的には、過去に打ち上げられた宇宙ステーション、大型の海洋船舶、洋上の石油プラットフォーム、南極の観測基地、紛争地域の難民キャンプなどの隔離された環境で運用されているようなもの。


しかしどれもこれも規模的には今回の想定よりかなり小さい。航空母艦でも乗員数は五千人程度。

キャンベラやブラジリアのような僻地に作られた計画都市も、運用上の参考になるだろうか。


なんてことをあれこれ午前中に、一人で図書館で考えたり調べごとをしたりした後、食堂に向かう。


入り口の自動ドアを抜けたところの空間に、今日のメニューが並んでいる。

松葉ガニはもう終了したようだ。メインは豚肉の生姜焼きにしておく。


湯気が立つ厨房内では、白い長袖の調理服を着た人たちが忙しそうに作業をしている。

調理カウンターと冷蔵ケースから料理をとって、次はドリンクバー。

あっさりめに烏龍茶をコップに二杯。


料理と飲み物をのせたトレイを両手で持って、窓際の席に向かう。

一人の時は外の景色を見ながら食事することが多かった。


大きなガラス窓から昼の日の光が差し込むカウンターの席。

見覚えのある栗色の長い髪の横顔が目に入った。


(やっぱりこの学校だったんだ)


着ている制服が一緒だったし、本人からもそう聞いていたから驚きでもなんでもないはずなのだが、これまでなぜか校内で見かけることがなかったので、半信半疑ではあった。


空いている隣の席にトレイを置く。


「今日、来てたんだ」

「あ」


桂川さんもぼくに気づく。

驚くかと思ったら少しうれしそうに箸を持ったまま笑っている。


「学校で会うのは初めてかな」

「そうだね」

「見かけたことなかったから、本当にこの学校なんだろうかって思ってたよ」

「普通に通ってるよ。会わなかったのはたまたまか、気づかなかっただけじゃない?きっとどこかですれ違うくらいはしているよ」


食事しながらたわいもない話。

こうしていると普通の同級生みたいに感じる。

でも確かにこの学校の生徒なら、そこまで不審者ではないか。

少なくとも身元ははっきりしているはず。


「今日はなぜ学校に?」

「研究課題の調べ物とか。ちょっと遅れ気味なので」

「今年はなにをやるの?」

「同じクラスの友達と二人で、巨大宇宙要塞を妄想で作ってみる」

「なにそれ」


桂川さんが控えめに笑う。

これまで彼女が笑顔を見せることは少なかった。

というかほとんどなかった。

謎な話をしているときはほぼ無表情だったし。


目の前の広い窓から街が見下ろせる。

街の中心部に高層ビルが立ち並び、一際高いツインタワーが見える。

その向こうに人工島があり、さらに海が広がる。


日の光が海面で反射して音もなくキラキラしている。

いくらか雲はあるが、青空はのぞいてる。

天気予報では昼から雨だと言っていたが、どうやら外れたようだ。


夏の日の午後。どこかに出かけたい気分。


「ちょっと雲はあるけど、もう雨は降らないのかな」

「今日、このあとってなにか用事ある?」

「いや特には」

「じゃあ、ちょっと遊びに行かない?」

「遊びに?どこへ?」

「街に出るの。わたしとデートしよっ」

「デート?」


なんか嬉しそう。

これまでのシリアスな雰囲気の桂川さんとはちがう明るいノリ。

今日はどうしたんだろう?


本当は午後も図書館で調べごとをしようかと思っていたが、こちらの方が優先順位は上であるべきかもしれない。


「いいよ」

「じゃあ行こうか」


食器とトレイを返却口に置いて食堂を出る。


「ベイエリアに行きたい」


学校の最寄りはこの辺りの中央駅なのだが、ここから数駅行ったところに再開発されたベイエリアがあった。


荷物を取りに図書館へ戻ってから、二人揃って校門を出る。

中央駅までの大通り。列車の中。

彼女は終始上機嫌だった。


ベイエリアの最寄り駅で降りて、改札を抜けて浜側に向かう。

洒落た店が並ぶ明るい地下街を通って地上に出ると、真新しい商業ビルが立ち並ぶ。

きれいに整備された幅の広い歩道。道の両側には街路樹の緑がいっぱい。


デパートに各種大型店舗。海に面した小綺麗なショッピングモールにレストラン街。

その向こうの岸壁にはクルーズ船が停泊している。

海を望むデッキにはテーブルとベンチが並び、夏の日差しの中でたくさんの人々がくつろいでいる。


桂川さんはあちこちぼくを連れ回した。


まだ知り合って間もないのに、お互いのことをまだよく知っているわけでもないはずのに、ときどき彼女はまるで、ずっと前からの仲のいい友達であるかのような態度を見せることがあった。

そしてそれにぼくが戸惑う様子を見せると、彼女は少し寂しそうな顔をして目を逸らすのだった。


「桂川って呼びにくいでしょ?水菜月って呼んでくれていいよ」


ちょっと前に玲奈にも同じようなことを言われた。


「それって、でも…」

「以前のあなたは、そう呼んでくれていたから」


下の名前で呼び捨てにしていたのか。

以前のぼくは、きみとはどんな関係だったのだろう。


水菜月。

六月の和名によく似た名前。

いまはまだ躊躇するけど、そのうちきみをそう呼ぶのが自然になるのだろうか。



日が西に傾き、徐々に橙色の光を帯びてくる。お腹が空いてきた。

晩ご飯はベイエリア内の古い煉瓦倉庫を改造したイタリア料理店。

上部がアーチ型になった扉を開けて入ると、店内は朱色を基調にした装飾。

19世紀か20世紀初頭の欧米のイメージだろうか。

レトロなポスターが壁に飾られている。


若い店員さんが奥のフロアの壁際の席に案内してくれる。

アンティークな雰囲気の木製のテーブルと椅子。

まだ夕食には早い時間だからか比較的空いている。


パスタのコースを注文。桂川さんはカルボナーラ派だった。

ぼくのまわりってなぜかパスタ好きが多い気がする。

サラダと飲み物とデザートのアイスを選ぶ。


「ここはよく来るの?」


桂川さんは首を横にふる。


「前から知っているお店なんだけど、一人じゃ入りにくいから」


今日ぼくと来たのが初めてなのであればそれはそれで光栄なのだが、あんまり友達はいないのだろうか。


店員さんが料理を運んでくる。


コースについている硬めパンを自分でギザギザナイフで切らないといけないのだが、これがうまくいかない。

手で押さえたパンが崩れて、切り口もきたなくなる。


「あまり力を入れずにこまかくナイフを動かすの」


ぼくからナイフを奪うと、桂川さんが器用にパンを切っていく。

手慣れてる感じ。これまでにもこのお店に来たことがあるようだ。


「どうぞ」

「ありがとう」


ガーリックバターとプレーンバターがそれぞれ小皿にある。

切ってくれたパンにガーリックバターを塗る。

桂川さんはプレーンバター。


「ガーリックのにおい、気になるかな?」


軽く嗅いでみた感じでは特に臭わない。


「大丈夫だよ。あっさりした方が好きなだけ」


パンはおかわり自由だったが、こればっかり食べてたら他のものが入らなくなる。


この後に運ばれてきたパスタも美味しかった。


洒落たお店で二人でテーブルを挟んで夕食をとる。

本当にデートしているみたいだ。

デートなのだろうか。



お店を出ると、もう空はすっかり暗くなっていた。

西の空にはまだ幾分橙色の光が残っている。


駅に向かう街路はライトアップされていてとてもきれい。


「あのお店、以前にも行ったことあるの?」

「あるよ」

「それは、過去のぼくと一緒に?」

「さあどうかしら」


桂川さんは意味深な顔。


「パンの切り方、また忘れていたね」


少し寂しそうな声と顔。

その言葉の意味は、なんとなくはわかる。


ぼくの知らないぼくが、過去に彼女と会っている。


でもまだ実感が伴わない。素直には信じられない。

本当にそんなことが、起きるなんて。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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