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箱庭の火の鳥  作者: ゆくかわ天然水


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116/119

116.違う人生

違う人生もあったのだろうか。


まだそれほど長く生きたはずはない。

記憶にある限りでは。

数限りなく繰り返しているのであれば、生きた合計の期間は長いのかもしれない。


それにしてもこの世界には、理不尽なものを感じずにはいられない。


普通に平和に過ごせれば、それでいいのに。

外部世界からの干渉とか侵入者とかそれを消すとか。

記憶を失うとかそれを取り戻すとか。

そんなこと気にせずにただ、好きな人たちと何でもない日々が過ごせる人生もあったのだろうか。


そもそもこの世界は、何者かに作られた箱庭世界だという。

単純にこの世界は創造主である神が作ったと、ありきたりな宗教のように考えていいのだろうか。

この状況は、創造主の意図通りなのだろうか。


住民に人格を持たせるのであれば、もっとそれに配慮した仕組みにしてくれてもいいではないか。

なぜ苦しみや悲しみを感じる感情を持たせた上で、過酷で残酷な境遇を与えるのか。

それともこれは、意図されたものではないのか。


意図されたものであってもそうでなくても、創造主というのが存在するのならそれはあまりに無責任に思える。


知られている歴史の上では、百年ほどの間に二度の世界大戦があったことになっている。

人類史上、最大の悲劇と言える出来事。

あれは神の思し召しだったのか。

人類に平和の尊さを学習させるためだったとしても、あまりにも凄惨な過去。

しかもその目論見は、成功していない。


ぼくたちはこの世界を、そこで暮らす自分たちを、どのように理解すべきなんだろう。


ここがどのような世界であれ、どのように作られたものであれ、ぼくたちはここに現れた。

それは定められた運命なのかただの偶然なのか、どちらであったとしてもぼくたちの意識はここに存在し、ここで生きていく。

つまり死ぬまで、意識が消滅するまでこの地で過ごすことになる。


意識を持たない無機質な物体であれば、なんの問題もない。考えることもない。

ぼくたちは意識という不思議ななにかを持っているため、もうちょっとややこしいことになる。


意識があっても感情がなければ、喜びや悲しみを感じることがなければ、まだそれほどややこしくはなかった。

ただ生きるに必要なもの、食べものとか飲み物とか、を手に入れることだけを考えていればいいのだから。


だけどぼくたちは、もっと複雑なものを持っている。

それは、生きる意味を求めてしまう。

しかも自分一人だけについてではなく、同じ世界に生きる他の人たちとの関係も含めて考えてしまう。

生きることの意味。幸福を追求すること、という言い換えになるだろうか。

それが具体的に何なのか明確な解はなく、何らかの解を得たとしても必ず手に入るというものでもない。


必要なのだろうか?

きっとそういう話じゃない。

必要かどうかという議論であれば、必要はないという結論になる。

何者も存在しない無機質な宇宙がただ広がっていても、何の問題もない。


必要性じゃない。必要だから生きてるんじゃない。

必要なのであれば、最初から何らかの価値が与えられていることになる。

だけど、そんなものはない。ぼくたちの存在は、偶然でしかない。

偶然に出現したぼくたちが、この世界にどれだけの意味を見出せるか。

いまぼくたちの手にあるものから、ぼくたちがなにを生み出せるか。


ぼくたちがこの世界に生まれて、同じように生まれた人たちと出会って、共に過ごして人生を生きて、そこにどんな意味をぼくたちが見出すのか。

それはあらかじめ何者かに決められたことじゃない。

それは全てぼくたち自身が追求すること。



違う人生はあっただろう。

だけどそれは、ぼくたちが違う選択をしていたらという世界線。

違う運命というわけじゃない。


人生の長い歩みの中でぼくたちは、何度も分岐点に遭遇してなんらかの選択を強いられる。

そしてそのたびに、なにかを得てなにかを失っていく。

いつかあの時の判断は正しかったと、この道を選んでよかったと、いつかそう思える時が来ればいい。

それが何年先のことなのか、分からなかったとしても。


ぼくたちの存在は必然ではなく偶然。

だからぼくたちがなにをどうするかは、ぼくたちの選択。

何者かに決められたものじゃない。


この世界は何者かが作ったものなのかもしれない。

だけどその中でどう生きるかは、ぼくたちの選択。



「どうしたの?黙っちゃって」


向かいに座る水菜月が怪訝な表情でぼくを見ている。


「あごめん。ちょっと考えごとしてた」


テーブルの脇には空になったパフェのグラス。


「おいしかった」


満足そうな顔。


「なにを考えていたの?」


なんて説明したらいいんだろう。

自分たちの未来は自分たちで選ばなきゃねってことなんだけど。


「やっぱり食べたいパフェは自分で選ばないとね」

「なによそれ。わたし自分で選んだじゃない?北山くんがわたしのために選んでくれてもいいけど?」


他人に決められた未来でいいのか?


「わたしの好みを理解してくれているのならね」


この世界の創造主はきっとそんな気は利かない奴らだと思う。


「チョコ系じゃないの?ティラミスパフェとか」

「…何で知ってるのよ」


不審者を見るような目。


「ニ回に一回はそんな感じのを頼んでるじゃない。茶色いココアパウダーにチョコスティックが突き刺さっているようなの」

「…見てたの」

「いや、目の前で注文しているし食べてるし」


別に不審がられる話ではないと思うけど。

ふ〜ん。とか言って微妙に笑っているような照れているような。


でもこんな会話が心地いい。

水菜月と共に過ごすのはとても楽しい。

幸せな時間だと思う。


「これからも、こうしていられたらいいのにね」

「こうしてって?」

「二人で一緒にいられたらってことだよ」


さらっと言ったけど、言ってから恥ずかしくなる。


「あ…」


水菜月もちょっと戸惑っている。


「そう、だね」


少し俯いて小さくそう答えるのが聞こえた。

ストローでグラスの氷を回してる。


そうなるような選択をしていかないと。



「いまでも鍋料理は好きなの?」


水菜月の唐突な質問。


「鍋料理?」

「うん。前は好きだったから。特に海鮮系」


そんなことがあったのか。

海鮮だなんて五十鈴と被るではないか。

嫌いではないけど取り立ててという好物わけではなかった。


「記憶が飛ぶと好みが変わったりするのかな」


単なる好き嫌いにとどまらず価値観や倫理観まで変わるとなると、いろいろ問題が生じかねない気がする。


「先天的なところは変わらないはず。後天的というか、記憶のありなしに影響する範囲では違うかも」


「以前は鍋料理を食べる機会がいまよりも多かったのかもね。いまでも食べたら好きになるよ。根本的な好みは変わらないから」


そういうものなのか。

それに関係して気になることが一つある。


「異性の好みが変わることは?」

「変わっちゃだめ」


力強く拒否してくる。


「いつでもわたしを選ぶの」


ときどき束縛してくるんだよな。

嫌じゃないけど。


先天的には同じでも、人の考えや価値観って経験による影響が大きかったりする。

生活環境が変わらなければ、それほど差がないのかもしれないが。

世界が少しずつ書き換わるのであれば、そこにいるぼくたちも変わっていくかもしれない。



それからしばらくは二人で会うのはお休みになった。

水菜月曰く「一人で集中してやりたい作業があるので」とのことだった。

邪魔をしてはいけない。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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