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箱庭の火の鳥  作者: ゆくかわ天然水


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113/118

113.絵本の続き

退院した後は特に問題もなく、水菜月は日常の生活に戻っていた。

学校でも見かけたので、普通に通学できているようだ。


だけどまたなにかあれば、無理でもしたら倒れてしまうかもしれない。

少なくともその前に気づいて、休むように促すくらいはできないと。

これまでも彼女の体調とか気にしていなかったわけじゃないけど、かといって積極的に配慮していたわけではなかった。

でもこれからはもっと気遣うようにしないと、と思うようになっていた。


(水菜月を、支えてあげたいけど…なにかできることは…)


直接できることがなくても、せめて少しでも心の支えにでも。

彼女のことを知るのは、ぼくしかいないのだし。


この世界に住むぼくたちには、家族というものがなかった。

知識として知っている世界では、体調が悪い時はまずは家族が看病をしてくれるものなのだが。

このおかしな世界。ぼくたちはこれまでどうやって生きてきたんだろう。

これからどうやって生きていくのだろう。


そもそもぼくたちは生きているのだろうか。

この意識は、いまこの思考をしている意識はなんなんだろう。


だけど知りようがないことについて考えても答えはない。

それよりいま確実に必要なことを考えよう。


水菜月の心労を少しでも和らげるためにぼくができること。

お節介すぎない程度には気を配るようにして、負担がかかることはしないように。


それからもう一つ。

いまはもう彼女は孤独ではないということを、わかってもらえたら。


(絵本、描いてたな)


ずっと前の記憶を呼び起こした。

以前、彼女があのカフェで見せてくれたノートに描いてあったひのとりさんの話。


(あの話の続きを書くとしたら…)


彼女に伝えたいこと、うまく表現できるだろうか。

机の引き出しから新しいノートと鉛筆を取り出した。


文才も絵心もないけれど。



中央駅近くの繁華街にある大型書店。

普段行くのは参考書や専門書か、文庫か雑誌の売り場。

絵本のコーナーで立ち読みなんて初めてかもしれない。

一言で絵本と言っても様々。何冊か手に取って開いてみる。


言葉を学び始めた幼児向けのものから、ある程度の読解力がある小学生向けのものまで。

いかにも絵本的な微笑ましいお話から、現代社会を風刺したような大人向けじゃないのかと思えるような深い内容のものまで。

海外の作品の翻訳もあれば、国内作家のものもある。

最近の若手作家の最新作に、古典的なベストセラーも並ぶ。


(結構、高いんだな)


裏表紙を見て、興醒めな感想を漏らしてしまう。


子供の頃に読んだ記憶のあるちょっと怖い絵本が、いまでも売られていた。

しかも人気があるのか、積み置きされている。

夜更かししている子供が、おばけに連れ去られてしまう話。

絵が不気味なので苦手だったのだが、いま見てもやっぱりだめだった。


だけどそれだけ、人の心理に影響する効果があるっていうこと。

いい印象で心に残っている作品だって多くある。


(水菜月はなぜ絵本を描くようになったんだろう)


あまり聞くと恥ずかしがりそうなので、突っ込んだ話はしていなかった。

彼女は友人が少なかったし、そもそもあまり社交的なタイプではない。

それに、人には言えないようなことを抱えている。

彼女なりの心の整理の手段だったのかもしれない。


以前、ひとつ見せてくれた。

それはまるで彼女自身の境遇を、示唆するようなものだった。


単に自分が描いた絵本を見せる以上に、ぼくになにかを知って欲しかったのだと思う。

主人公の寂しさを感じる内容だったけれど、彼女は同情が欲しかったわけではないだろう。

理解されなくても、みんなのために頑張っていることを、伝えたかったのか。


他の作品も見てみたい気もするけれど、でもそれはきっと彼女の心に踏み込むようなことなのかもしれない。


有希葉の絵も、多分に自己表現だった。

絵も文章も音楽もクリエイティブな要素のあるものは、多少なりとも自分の内面を見せるもの。

なので、慣れないと人に見せるのは恥ずかしい。


有希葉はいつも躊躇なく絵を見せてくれていたけれど、最初は違ったのだろうか。

もともとあまり気にしないタイプだったのかもしれないけど。


ではぼくは、いまなにを見せようとしているのか?

それこそ恥ずかしくて言いづらいこと。

水菜月に伝えなければならないのに、ずっと言えずにいたこと。


いつまた記憶を失うかもしれない。

そうだとしてもそうなる前に、いまの自分の気持ちは伝えておかなければ。



いつもの高台のカフェ。

壁掛けのテレビには、どこかの公園のつつじがきれいに咲いているのが映っている。


向かいの席で水菜月が、いきおいよくパフェをほおばっている。

すっかり元気になったようだ。


しかしこれだけ甘いもの好きなのに、ちっとも太らないのは大したものだと思う。

いろいろ気を遣ってはいるんだろうけど、どこかで運動しているのか、そもそも基礎代謝が高いのか。

確かにどちらかというと、痩せ型に見えて筋肉質体型かもしれない。


それとも火の鳥モードの時は、カロリー消費が多いのかも。

冷静に考えると、あれだけの光と熱を放出するのであれば、かなりのエネルギーが必要なのではないか。


(...どんな仕組みになってるんだろ。糖分が燃料なのか?)


考えるだけ無駄か。聞いても本人もわからないだろうし。

そもそも人が変身するなんて、常識的な自然科学の法則を逸脱している。



ところで今日のぼくは、いつもより緊張していた。


別に水菜月に緊張しているわけじゃない。

絵本作家としてのデビュー作の出来が気がかりだった。


とか言って水菜月が描いたものの続きだから、二次創作みたいなものだけど。

想定読者は一人だけ。その一人にうけなかったらおしまい。


「見て欲しいものがあって」

「うん」

「ずっと前に水菜月が描いた絵本を見せてくれたよね?」


水菜月の手が止まる。


「…あの話?」


ちょっと恥ずかしそう。

やっぱりあんまり触れたくない話題だったか。


「あれの続きを書いてみた」


目を丸くして驚いた顔をしている。


「続き?あれの?北山くんが?どうして?」

「あのままだと、ひのとりさんが可哀想なので…」

「それで続きの話を?」

「うん」


半ば戸惑いながらもちょっとうれしそうな顔。


「ふ〜ん、あの後どうなるのかしら」


右手に持ったパフェスプーンを空中で回しながら、若干からかいが入っているような笑いを浮かべてる。


「期待に応えられるか、自信ないけど」


鞄からノートを取り出して水菜月に渡す。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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