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箱庭の火の鳥  作者: ゆくかわ天然水


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111/118

111.有希葉の消滅

水菜月から有希葉のことは終わったと連絡があった。

それ以降、有希葉の姿を見ることはなくなった。


同じ学校の同じ学年から三人もの失踪者が出ていることが、予想した通り大きなニュースになっていた。

真相はわからず、手掛かりも痕跡もない。


ぼくはそれを知っているのだけれど、話したところできっとだれも信じない。

ある少女が火を吹く怪鳥に変身して人を消しているなんて。

そして消された人は異世界からの侵入者だったなんて。



しばらく茫然自失の日々を過ごした。

有希葉に電話をかけても繋がらない。

メッセージも既読にならない。

わかってはいるけれど、やっぱりそうなのかという現実を目の当たりにしてしまう。


付き合ってないなんて意地を張ってはいたけれど、過去においては殆ど恋人のような関係だった。

その有希葉は、いまはもうどこにもいない。


そしてそれをやったのは、もう一人の親しい人。

彼女も望んでやったわけではない。

それが彼女の運命で、それがこの世界を救うことになるという。


なぜこんなことになるのだろう。

だれがこの世界を作り、ぼくたちを作ったのか。

だれがこの世界を破壊しようとしているのか。

だれが彼女たちに、こんな試練を与えたのか。


わからないことだらけで、どうすればいいのか。

悲しみと怒りをどこにぶつければいいのか。

だれを恨めばいいのか。だれかを恨んで解決することなのか。

せめてこれ以上こんな不幸を増やさないためには、なにができるのだろう。


どうすれば水菜月を救えるのだろう。

彼女をどうすれば、あの呪われたとしか言いようのない運命から解放できるのか。

自分の無知さと非力さが嫌になる。


自宅の部屋から見る窓の外は、気持ちよく晴れた空。

春の明るい光に包まれている。

暖かい風と柔らかい青い空は、むしろ無情さを感じさせた。


脱力感にまみれながら、家を出る。



朝の教室。見た目は普段と変わらない。

開いた窓の隙間から流れ込む心地よい春の風に吹かれて、白いブラインドがかさかさと音を立てて揺れている。

穏やかに見えて落ち着かない空気を感じているのは、ぼくだけじゃなかった。


「ななお」


旗章が声をかけてくる。


「ニュース見たよ」


無言で返事を返す。


「上里は最近、学校に来ていないようだ」


親友を突然失ったのだ。ショックだろう。


「一体なにが起きているんだろうな」


その真相は知っている。だけど、話せない。

どう反応したらいいかのか、考えがまとまらない。

旗章の言葉になにも返せず、ただ空中を眺めていた。


よっぽど不景気な顔をしていたのかもしれない。

旗章はぼくの肩を軽く叩くと、自分の席に戻って行った。



昼休みの食堂。

窓際のカウンター席で一人でうどんをすすっていると、周りの生徒たちの声が耳に入る。

また一人、うちの生徒が失踪したことをそこらじゅうで話されているのがわかった。


(みんな怖いだろうな)


次に消えるのは、自分かもしれない。いま会話している友達かもしれない。

何者かに襲われるのか、どこかに拉致されるのか、それとも突然消えるのか。

そしてそれを防ぐ手立てもない。

確率的には低くても、その可能性があることが恐怖だった。



夕方。

有希葉とよく通ったパスタ屋さんに、何週間ぶりかに来てみた。

最後に来てからそれほど時間が経っているわけでもないのに、木目調の天井と壁がなぜかとても懐かしい。


席に座ってもテーブルの向こう側には誰もいない。

なのだけれど、そこに有希葉の面影を感じてしまうのは、あまりに感傷的すぎるだろうか。


店員さんがオーダーを取りに来る。

ほとんど無意識のうちにエビのピリ辛トマトソースを注文する。


謙心、玲奈、有希葉。

なぜ彼ら彼女らは、消えなければならなかったのか。

なぜ水菜月は、彼ら彼女らを消さなければならなかったのか。

こんなことがこれからも続くのか。

やれることはないのか。

説明しがたい感情をどこにぶつければいいのか。


パスタが喉を通らない。



夕闇が迫る川べりの道。

木々にはもう緑色の葉が生い茂っている。


こんなところにも有希葉の残像を探してしまうぼくは、なにがしたかったのだろう。


それが存在することの価値というのは、失ってから本当に理解するものなのか。

それともそれを失うと、その価値が大きく見えてしまうのか。

いま感じている空虚感は誇張されたものなのか。


小径の先に銀色に輝くなにかが落ちている。

失踪した人は痕跡も残らない。そのはずなのに。

なぜここで、見覚えのあるブレスレットを見つけてしまうのだろう。


最期の時に有希葉はここに来ていたのか。

水菜月とその炎の姿を見たのだろうか。

だとすれば、この小径でなにを思ったのだろう。


有希葉が消されてしまうのであれば、それまではそばにいてあげるべきだったのだろうか。

それともそんな考えは、思い上がりでしかないのか。

有希葉がぼくから離れて行った時、いやぼくが有希葉から離れて行った時、こうなることはわかっていなかった。

たとえわかっていたとしても、どうなるものでも、どうにかできるものでもないのだけれど。



さらに数日が経って、五十鈴がしばらくぶりに登校した。

かなり憔悴しているようではあったが、心配そうな同級生たちといくらか言葉を交わしていた。


昼休み。お昼ごはんに誘った。

窓際のカウンター席に並んで座る。

ガラスの向こうは若葉の緑と春の空。


五十鈴は俯いたまま、力のない声で話し始めた。


「北山くんは、どんな気持ち?」


なにも知らなければ、「ゆきが帰ってくることを信じて待つよ」なんて答えたかもしれない。

だけどもう帰らないことを知っている。

五十鈴の質問への答えがまとまらない。


「なにも考えられないというか、どう受け止めたらいいのかわからない」


これは正直なところだと思う。


「有希葉はもう帰ってこないのかな」


帰ってこない。それはわかっている。

だけどそれを言ってしまっていいものか。

いつかきっと帰ってくるよ、なんて無責任なことはもっと言えない。


「帰ってこなくても、有希葉のことはずっと忘れないでいよう」


五十鈴は黙って頷く。

箸を右手に握りしめたまま、声を殺して涙を流していた。



放課後、五十鈴と美術室の有希葉のアトリエを訪れた。

有希葉は正式には入部していなかったが「ほぼ美術部員」だったため、自分の作業場所をもらっていた。


描きかけの油絵がイーゼルの上にそのまま残っていて、壁際にはキャンバスが幾つも並んでいる。

その上にはJ.M.W.ターナーの複製画が掛かったまま。


近くにいた美術部員に聞いてみる。


「大沢さんの同級生なんですが…」


彼女が行方不明になっているのを知っているのだろう。

悲しげな視線がぼくたちに向けられる


「あの、彼女の絵はどうなりますか?」

「このまま置いておきますよ。大沢さんがいつ帰ってきてもいいようにね」


五十鈴の表情が少し緩む。

だけど、いつまでもってわけにはいかないだろう。


「もし今後、片付けるようなことがあれば、その時は連絡ください。ぼくたちが引き取るので」


五十鈴とぼくの連絡先を渡して、美術室を後にした。


「別のフロアにロケットの発射台の模型があったんだよな。あれってだれが作ったんだろ」

「…知らない」



中央駅までの大通りを五十鈴と歩く。


「北山くん、最近は有希葉と会ってなかったの?」


五十鈴には説明しておくべきか。

でもなんて言えばいいか。

水菜月のことを正直に話す?

しかし、この状況でそれがいいことなのか。


「うん…これまでもこれからもいいお友達、ということになって…」


確かにそう言われてはいた。

でもこの説明だど、まるで有希葉のせいだったようになってしまう。


「結局、二人の気持ちがそこまでは盛り上がらなかったってことね」

「まあ、そうかな」


そうなのか。

それとも、五十鈴がうまく逃げ道を用意してくれたのか。


「もったいないことしたかもね。あの子、他の男の子にモテモテだったのに」


それは知っている。

確かに彼女はぼくにはもったいないくらい魅力的だった。


だけどぼくには他に、きっと有希葉以上に、ぼくを必要とする人がいた。


駅の改札を入ったところで、五十鈴と別れる。


「今日はありがとう。それといままでありがとう、有希葉を大切にしてくれて」


そう言って手を振って去っていく五十鈴の後ろ姿に心が傷む。

ぼくは、有希葉を大切にはできていなかった。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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