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箱庭の火の鳥  作者: ゆくかわ天然水


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110/116

110.もう一人の侵入者

植物園に行ってからしばらく経ったある日の午後のこと。


いつものカフェのいつものテーブル。

向かいに座る水菜月がまた深刻な顔をしている。


「ごめんなさい。また一人いた」

「また一人?」

「…侵入者」


これまでも何人もいたのだから、これからもいるであろうことは理解はしている。

それにそれは水菜月がぼくに謝ることじゃない。


それよりその表情から推測されることがある。


「ぼくがよく知っている人?」

「…」

「身近にいる人」

「身近にいた人、かな」


そのヒントでわかってしまう。

だけどどうして、なんて思っても理由なんてないんだろう。


ただそうだったというだけのこと。

玲奈に続いてこんなことになるとは、予想してはいなかった。

胸がざわついて頭がくらくらする。


そんな可能性があるのはわかっていただろと言われればその通りなのだけど、あえてそんなこと考えたりはしなかった。

よく知る人がそうだなんて、誰だって考えたくはない。


「有希葉?」


水菜月は黙ってうなづく。


「そうか…」

「本来あなたは再起動しても記憶は消えないはずと思ってたんだけど、その原因の一部がおそらく大沢さん…」

「有希葉がぼくの記憶を消していたということ?」

「大沢さんだけの話ではないし、大沢さんが北山くんの記憶に直接作用していたわけではないんだけど、彼女が持つ機能に関連して記憶が初期化されるように書き換えられていたというか…」


水菜月の説明は相変わらず独特で、理解が難しい。


「でも玲奈さんと同じで、彼女にはその自覚はないの。侵入者の意識は後付けされた物で、本来の機能とは別なの。彼女の、彼女の人格のせいではないわ」


それはぼくも理解している。玲奈もそうだった。

でも水菜月は、これから有希葉も消さないといけないということ。


「有希葉がいなくなれば、ぼくの記憶が消えなくなる?」

「そこはもう少しややこしくて、簡単にそういうわけではないのだけど…ただ彼女が存在していたのではあなたの記憶は戻らない」

「…」


こんなトレードオフ、悪魔の仕業と言わずになんと呼ぶのだろう。

侵入者を送り込むにしても、なぜぼくのそばに。

偶然なのか、狙ってやったのか。偶然なんだろうけど。


水菜月が俯いて話を続ける。


「ときどき思うの。わたしたちに感情というのは、人格なんてものは、本当に必要なのかって」


「わたしって傍目には、無差別殺人犯ね。殺人鬼というかテロリストというか」


「わたし自身はいつ死ぬのかしら?どうせ地獄しか行くところはないんでしょうけど」


「それとも『不死鳥』として永遠に生きて、永遠に人を消し続けなければいけないのかな?こんなことを永遠に…」


水菜月の震える声に返す言葉が見つからない。


「北山くん、もしあなたなら、わたしを消せる?」


そんなことできるわけがない。


なのに水菜月にはどういうわけかそれが課せられていて、そのための特殊な力も与えられてしまっている。

この世界の創造主は神なのか悪魔なのか。


有希葉がいなくなる。頭で理解しても、感情がついてこない。

玲奈だって、いまでも信じきれていないところがあって、どこかに転校しただけって思いたくもなる。


「…いつやるの?」

「今日。この後」


玲奈の時も猶予はなかった。急がないと影響が広がるのだろう。

水菜月はこのことにそれだけ真剣だということ。

ぼくは気持ちの整理がつかない。

だからって待ってもらったところで、どうにかなるものでもないけれど。


「…」


それを受け入れる以外に、ぼくにできることはない。



重苦しい空気が流れる。

こんな時、なにを話せばいいのだろう。


「今日は、一人で行くよ」


ぼくを見つめてそう言って、水菜月はバッグを持って席を立つ。


「いつでもぼくは、水菜月の味方だから」


咄嗟に声をかけると、水菜月は無言で頷いて扉の方に歩いていく。


彼女がなにをしに行くのか、わかっている。

どんな結果になるのかもわかっている。

それを止められないのも、止めてはいけないのもわかっている。


しかしそれを、どう受けとめたらいいのか、なにをどうすればいいのか。

永遠にわかる気がしなかった。


ぼくが席に残り、水菜月が一人で出ていくのを、橘香さんが見ているのに気づいた。

けど、なにも話しかけてはこなかった。



空席になったテーブルの向かい側を見る。

無力感とため息しかない。


玲奈に続いて有希葉もいなくなる。


(彼女たちが犠牲になって、この世界が平和に近づき、ぼくの記憶も戻ったとして…)


そんなこと考えたって、納得のいく答えなんて見つからない。

もうなにも、考えたくない気分だった。


こんな状況はどれだけ続くのだろう。

永遠に繰り返されるのだろうか。

出口は一体どこにあるのか。


ぼくが悩むのはいいけれど、水菜月に救いがあって欲しい。

彼女の苦しみに比べてたら、ぼくの憂鬱なんて取るに足らないもの。



窓の外では、西の彼方に日は沈み、東の空から夜の闇が広がってくる。


こうしている間にも、水菜月が有希葉をこの世界から消そうとしている。

それをわかっていながら、悶々としていることしかできない自分はなんなんだろう。


「飲み物のおかわりをお持ちしましょうか?」


橘香さんが、変わらない上品な笑顔で声をかけてくれる。

なにか普通でないことに、橘香さんも気づいているだろう。

心配かけないためにもいずれは説明したいけど、なんて話せばいいのか。


「お水だけで…大丈夫です」


あまりなにも喉を通らない気分。

頭の整理ができないまま。


やがて夜の帳が迫り、窓ガラスに店内が映り込むようになる。

そこには情けない自分の顔があった。



夜の坂道を一人で下っていく。

暗くなった夜空と、音もなく地面を照らす街灯。


もう済んだ頃だろうか。

水菜月から連絡はまだなかった。


玲奈が消された時のことを思い出す。

炎の魔物が人を焼き尽くすような光景。

あれがまた、どこかで繰り返されている。

炎が解かれた後に有希葉の姿はなく、立ち尽くす水菜月が残されるのだろう。


有希葉が行方不明になったことは、学校でもすぐに知られることになる。

これで三人目。生徒たちの動揺と不安がさらに広がるはずだ。

ニュースでもきっと大きく取り上げられる。


五十鈴は…どう思うだろう。声をかけられるだろうか。

他の同級生たちは...人気のあった有希葉が失踪したとなれば、衝撃は大きい。

真相を知っていても、それは話せない。


足が地につかないような感覚だった。

ざわめいた心が落ち着かないまま、静まり返った夜道を一人で歩いて行った。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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