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箱庭の火の鳥  作者: ゆくかわ天然水


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108.最後に見たもの

「あでも、ななくんはなにも罪悪感とかそんなこと、気にしなくてもいいんだよ。実はね、わたし結構モテるの。いまでもある男の子に告白されて返事をどうしようかと思っていたところだったから」


虚勢以外の何物でもなかった。


確かにわたしのことを気に入ってくれる男の子は大勢いた。

だけどそのどれもが、上っ面だけの興味にしか見えなかった。


心が揺れるような関心を寄せてくれたのは、彼だけだったように思う。

少なくともいままでのところは。


これからまた違う出会いがあることを、期待してはいるけれど。


その後、彼とは以前のような普通の同級生の関係に戻ることができた。

彼も自然に振る舞ってくれたのはありがたかった。

それでも久しぶりに「北山くん」と呼んで「大沢さん」と呼ばれた時には、寂しいものがあった。


まわりの友達が無言の気遣いをしてくれていることも感じられて、申し訳ないようなうれしいような。

表面的には穏やかに過ごすことはできていた。

内心はそんなに単純ではなかったけれど。


春ははじまりの季節なのに、わたしには重くて深い霧が立ち込めていた。

だけどこれも、多くの人が経験するようなこと。

乗り越えないといけない青春の一コマ。いずれは過去のことになる。



放課後の食堂。

広いフロアに生徒たちがまばらにいる程度。

混雑する昼休みとは雰囲気が違って、誰かとゆっくり話すのはいい場所だった。


自動販売機で買ったジュースを持って、窓際のカウンター席に五十鈴と並んで座る。


「北山くんとはなんかあったの?」


五十鈴には率直に聞かれる。

これは仕方がない。


「なんかあったというか…ずっと微妙な関係だったとは思うけど、やっぱり友達だねってなったような」


なにがあったかなんて、正直には言いにくい。

五十鈴なら真剣に聞いてくれるだろうし、わたしの味方でいてくれるだろうけど、話したくなかった。


理由は、わたしの強がり。

失恋したということを認めたくない。

いいなって思っていた友達がいたけれど、やっぱり友達以上ではなかったかな、ってことにしたかった。

というつまらない話。


深く傷つくのを、なんとか回避しようとしているだけなのはわかっている。

そのやり方がいいのかもよくわからない。


いっそのこと、五十鈴の前で大泣きした方がいいのかもしれない。

だけど、わたしにはそれはできなかった。

感情を封じ込める方を選択した。


「そうなんだ。まあ二人とも前からただの友達って言ってたしね。確かに北山くんも別にそんな気でもなさそうな感じはわたしもしてたよ」


五十鈴はわたしの方をじっと見たあと、なにかを悟ったのか投げやりな口調で答えた。


「いいんじゃない?また違う男の子を探してみれば?運動部の試合の応援にでも行けば、有希葉ならすぐに声がかかるんじゃない?」


そんな風に前向きになれればいいのだけれど、すぐにはなれなさそう。

気持ちの整理にはしばらく時間が必要だった。

単にふられたのではなく、恋仇までいる状態だし。


「別に彼氏が欲しい訳じゃないよ。そんなことで気を揉むぐらいなら五十鈴といる方がいいし」


時間が解決してくれるものなのだろうか。


「そうなの?だったらわたしが有希葉と付き合ってあげようか?」


あ、わたしはそっち系じゃないです。


「人の話ばっかりしてないで、五十鈴はどうなの?」

「さあね〜」


意味深な笑いでジュースを飲んでいる。


「えなに、その含みのある答え方。まさかなにかあるの?」

「まだ教えない」

「なんで隠すのよ。誰なの?同じクラス?それか図書委員会?」


この日は結局、教えてくれなかった。


五十鈴はいいことがあったんだ。

わたしにもまた、そのうち巡ってくるだろう。

だけどいまは、しばらく休む時。



一人で過ごす時間が増えた。

放課後にアトリエで絵を描いたり、家でも読書したり料理したり。

博物館や美術館の企画展とか、いろんなイベントに出かけたり。

お買い物を一人でするのも、最初は寂しいかもって思ったけど、気楽でそれもありだった。


なにもせず、ただ思索に耽ることもある。

それはそれでいい機会だと思う。


自分の部屋でパソコンを開いて、浮かんだ言葉をテキストエディタに並べてみる。

漠然とした考えが明晰化されて、文字となって表現されていく。

文章を書くのは楽しい。

絵に疲れたら小説を書いてみるのもいいかもしれない。


椅子に座って窓の外を眺めているだけで、脳裏にあれこれ言葉が湧いてくる。

同じ考えを何度も繰り返すこともあるけれど、それは同じことの繰り返しではなくて、思考と理解を深めていっているということ。


自分でも意外だったのだが、そういう時間の過ごし方が思いのほか心地よかった。

一人でカフェとかレストランとか、話す相手がいないなんて時間を持て余すだけだと思っていたのに。



夕方、一人でパスタ屋さんで食事をしたあと、川べりの道を散歩する。

桜の花はもうずっと前に散っていて、緑色の葉が生い茂っている。

春の風が木々の葉を揺らして、さざなみのような音を立てている。


去年の夏、彼と二人でお弁当を用意して桜を見に来ようと約束していたのを思い出した。

だけど、それが叶うことはなかった。


あの頃すでにいまのこの状況を、予見していたようにも思う。

風の音、川のせせらぎ、全てが去年とは違って聞こえる。

心地よく感じられていたものが、悲しい響きを伴って胸に沁み込んでくる。


誕生日のプレゼントだったブレスレット。

もう身につけることはないけれど、いまでもポケットの中に入ったまま。

こういうのを、引きずるっていうのだろう。


本当にもう、こんな感情は早く消えてしまえばいいのに。

全てを忘れてしまえば、気軽に過ごせるのに。

新しいことに、向かっていけるのに。



西の彼方に日は沈み、東の空から群青が広がってくる。

立ち止まってその色を眺めていると、人影のない小径に不意に気配を感じた。


「…大沢有希葉さん」


聞き覚えのある声に振り返る。

緑色の葉が揺れる桜並木の下に、見覚えのある栗色の髪の少女。

二度と会いたくない相手だった。


だけど、どうしたのだろう。

絶望と覚悟が混ざったような表情をわたしに向けている。

じっとこちらを見つめて、まるでいまにも泣き出しそうに見える。


(なぜあなたがここに?わたしになにを…)


最後に見たものは、燃えるようなオレンジ色の光。


それが何なのかわからないまま、わたしの意識は停止した。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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