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箱庭の火の鳥  作者: ゆくかわ天然水


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107/118

107.夕陽の小径

彼女の存在を初めて知ったのは、北山くんと二人でお出かけした帰り際。

中央駅のコンコースで改札へ向かう途中、その人と偶然すれ違った。


「北山くん?」

「あ、桂川さん」


北山くんに女の子の知り合いがいること自体は、別に気になるようなことではない。

五十鈴や玲奈さんとも仲がいいし、そもそもわたしたちの学校は共学だ。

まわりには男子生徒と同様に、女子生徒も大勢いる。

それに控えめだけど親切で温和な彼は、多くの女子生徒から見て印象は良かった。


しかしなぜか彼女には、見過ごせないものを感じた。

それはなにか特別な、わたしとも他の子とも違うもの。

踏み込むことができないもの。


「デート中だったのね。ごめんなさい。それじゃまた」

「ああ、うん」


彼女はよそよそしく、足早に去っていく。

すぐに人混みに紛れて見えなくなった。

知っている人とたまたますれ違った、表面的にはそれだけのこと。


「ななくん、あの人は?」

「え?ああ、同じ学校の子だよ?顔見知りなだけだけど」

「…ふうん。きれいな人ね」


自分では嫉妬深いタイプではないと思っている。

北山くんが、恋愛の対象ではないと前置きしつつも、玲奈さんのことが好きだと公言していても別に気にならない。


それに別に取り立てて、彼と親しいというわけでもなさそう。

きっと本当に顔見知りなだけで、気にしなくていいはず。


だけどこの時は、何とも言えない嫌な不安感が胸の中で渦巻いた。



それ以降も彼はこれまでと特になにも変わらず、親切で仲良くしてくれていた。

彼の口から桂川さんのことが語られることはなかった。

わたしも気にしないようにしていた。そのつもりだった。

だけど、やっぱり気にしていた。



いつものパスタ屋さんで彼とランチ。

その日はなぜかいつもより混んでいて、ほどんど席に空きがなかった。


夏休み中の遊ぶ予定の相談。プールに行く約束をしていた。

その他あれこれ。日常的なたわいもない話。

彼の様子もいつもと変わらない。

だけど、これまでにはなかったことが起きる。


隣のテーブルに一人の女性が座るのに気づいた。

彼がそちらの方に視線を向けて、少し戸惑ったような表情を見せる。

思わずその視線の先を追うと、その訳がそこにあった。


わたしの顔にも不自然な色が浮かんだことに、彼も気づいただろう。

敢えてそのことには触れなかったが、その後の会話はどことなくぎこちないものになった。

彼はわたしに、彼女についてなにかを話そうとして話せないでいるようにも見えた。


彼女はわたしたちに気づいているのかいないのか、一度もこちらを見ることはなかった。



しばらくして彼女がバッグを持って席を立つ。

後方で店員さんの「ありがとうございました」の声が聞こえ、店の扉が開いて閉じる音がした。


「ななくん、さっきの人ってこの前に駅ですれ違った人?」


思わず口をついて言葉が出る。


「そうだよ」

「どこで知り合ったの?」


なんでこんなこと、言ったんだろう。

聞くべきじゃないのに。聞くつもりもなかったのに。

気にしないふりをしておけば、それでよかったのに。


彼の説明は、いつもの彼らしくなく、声にも言葉にも動揺が感じられた。

率直に話せないなにかがあることが、すぐにわかった。

嫌な予感が徐々に嫌な確信に変わっていく。

だけど、それ以上は聞けなかった。


そのあともなんとか自然に振る舞おうと努めたが、心のモヤモヤは増すばかり。

余計なことを言ったせいで、不安の渦がより大きなうねりになっただけだった。



その後、人づてに北山くんが桂川さんとたびたび会っているらしいという話を聞いた。

だけど、それを確かめる気にはなかなかならなかった。

都合の悪いことを、受け入れたくなかったのかもしれない。


でもだからと言って、ほっておくわけにはいかなかった。

校内で二人が仲良さそうに話しているのを見たことも、一度や二度ではなかった。


目の前が暗くなる感覚。

ただの不安や戸惑いとは違う、心を刺すような引っ掻くような蝕むような感覚。

これが嫉妬というものだろうか。


(嫌な感情…)


多くの人が経験するであろう、この負の心理。

理性なんてものは、全く役に立たない。


はるか昔から人々を悩ませてきたもの。

おかげで古今東西これを扱った小説、映画、ドラマなどなど無数にある。

他人がこれで四苦八苦しているのは確かに見ものかもしれない、なんて思ってしまうわたしは結構性格が悪いのかもという気がしてくる。

だけど当事者となると、まさに救いのない苦しみになる。


(こういう時、みんなはどうしているのだろう…)


誰かに相談してみる?

五十鈴に話したら、なんて答えるだろうか。


—— そんな二股男はさっさと捨てて、別のを探せば?


きっとこんな感じだろう。

あんまり相談にならないな。


自分でどうにかしよう。

本人と直接、話そうか。



人通りの少ない校舎裏の小径。日もかげり始める頃。

わたしは一人の女子生徒に声をかけた。


「桂川水菜月さん、ですね?」

「…はい」


長く艶やかな栗色の髪に、透き通るような肌と端正な顔立ち。

同じ女性のわたしから見ても見惚れてしまうような、美しい少女だった。


それなのに、悲しみと苦悩が滲み出るような、幸の薄い影のある雰囲気を感じてしまうのはなぜなんだろう。

わたしにはないなにか深いものを持っているような、それがなぜかわたしに敵わないと思わせるような、漠然とした苛立たしさを感じずにはいられなかった。


「少し、お話がしたいです」

「…わたしも、そう思っていました」


空き教室で桂川さんと向かい合った。


「わたしにとって必要であれば、彼とは会うし話もするわ。大沢さんは恋愛的な意味で言っているのだと思うけど、それはわたしたちではなくて彼が選ぶことじゃないかしら」


やはり彼女は、彼から手を引いてはくれなかった。


(勝てない…)


直感的にそのように思った。


彼がわたしから離れて彼女の元に行くのは時間の問題ように思われた。

いやもうすでにそうなのかもしれない。

わたしがそれに気づいていないのか、受け入れたくないのか、ただそれだけで。


「…負けないから」


震える手を握りしめて逃げる以外に、わたしにできることはなかった。



海岸で二人が寄り添っているところを見た。

彼はわたしに気づいても取り繕おうともしなかった。


結局、わたし一人が勝手に舞い上がっていただけと言うことなんだろう。

気のいい彼は、そんなわたしの相手をしてくれていただけだと。


公言していた通り、ただの友達だったのだ。

そんなこと、ずっと前からわかっていたはずなのに。



この感情はなんだろう。

単になにかが欲しいとか、それが手に入らなくて残念とか、そういうものじゃない。

大きな幸せにも不幸にもなるような、どうにもならない心の作用。


うまくいけば神様からの贈り物のように感じられ、そうならなければ悪魔の所業のようにもなる。

運の良し悪しなのか、運命なのか、選択と努力の結果なのか。

いずれにしても、いまのわたしには悲しい方向に流れていってしまった。


—— それで残念な結果になるんだったら、それを受け入れるしかない。


五十鈴の言葉が心に浮かぶ。その時なんだろうか。

いまを受け入れて、そして希望のある未来を、信じられるだろうか。


いつか嵐が止んで、雲の切れ間から日が射して、わたしを照らしてくれるだろうか。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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