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箱庭の火の鳥  作者: ゆくかわ天然水


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106/117

106.この先にあるもの

希望のある未来。

それを目指して前を向くとしても、それはまっすぐな道じゃない。

それでも希望のある未来へと繋がるものと、信じて歩んでいく。

きっとそうなのだと思う感覚と、自分の未来に確信が持てない感覚が交錯する。


歴史の教科書に年表というものが載っている。

過去から現在へ出来事が時系列に並んでいる。

そこでは、時間の流れは直線で表現される。

古来から時間は、太陽の動きや、ガラス容器の中の砂や水の流れや、時計の針の回転で間接的に捉えられてきた。


時間の流れ。

時間を線や数字で表すのは概念的な手段。

実感としては、つかみどころがない。

ここにあるのは現在だけ。

過去は消えてなくなり、未来はまだ見えない。

記憶の中にだけ過去は残り、想像の中にだけ未来は存在する。


実感の湧かない過去と、確信の持てない未来。

現在の自分の存在だけは、確かだと言えるだろうか。


わたしが絵を描くのは、自分の存在を確認したいからだろうか。

美術室のアトリエにある何枚もの油絵。

それはわたしが過去に、確かに存在してそれを描いたという証拠。


ではわたしの未来が確かに存在するという証拠は?

それは、見当たらない。

世界線はいつでも現在までしか存在しない。

未来の存在は、約束されない。

未来への不安は、なくせない。

明るい未来予想図を描いても、それは現在のわたしの存在しか証明しない。


だからこそ希望が必要になる。


未来はこれからやって来ること。それが自分たちが望んだ姿であること。

そう信じて現在を生きること。


その思いを確かめるように筆を走らせていく。

日の光は希望の象徴。

嵐の雲を引き裂いて地上を照らす。


絵に描いたところでそれが実現するわけじゃないけれど、自分の意思を確かめて強くすることはできる。


大人になるということは、迷いが解消されていくことだろうか。

それとも迷いが増えていくことだろうか。


幼い迷いは成長と共に答えを見つけていくとしても、新しい戸惑いも成長と共に増えていく。

それでも晩年を迎える頃には、多くの迷いは解決を見ているだろうか。


そもそも、わたしに晩年があるのだろうか?

そんな悲観的なこと、考えたくはないのだけれど。

未来は、これから来るもの。

自信が持てなくても。



「…有希葉?」


五十鈴が怪訝な顔をしてこっちを見ている。


「どうしたの?また魂が抜けたみたいになってたけど」


友人を無視して一人の世界に没頭してしまっていたようだ。

わたしが感じているような不安を、彼女も抱えているのだろうか。


「五十鈴には未来があるのかな?」

「なにその失礼な話。いつの間にわたしの人生が詰んだことになってるのよ」


言い方が悪かった。


「先のことってわからないよね?不安にならない?」

「なんだそんなこと考えていたの。将来の不安なんて、そんなのいまやれる努力を精一杯やるだけじゃない」

「それだけ?」

「それ以外になにができるのよ」


五十鈴はなに言ってんのよって顔をしている。


「知りようがないことについて考えたってしかたないわ。やれるだけのことをやって、あとはなるようになるだけ。それで残念な結果になるんだったら、それを受け入れるしかない」

「そこに希望はある?」

「いま精一杯の努力ができるってことが希望かな。自分にやれることがあるのなら、それは望みがあるってことじゃない?」


能動的で前向きな五十鈴らしい発想。

この世界がどうであろうと、やれることをやるだけ。

実に明快で簡潔。


わたしは難しく考え過ぎだろうか。

五十鈴がじっとわたしを見ている。


「なにか悩み事?」

「悩み事というか、漠然とした不安というか」

「なにちょっと鬱なの?」

「そんな深刻な話じゃないよ。前からなんだけど、なんというか、あまり自分に自信が持てないというか」

「思春期だねえ」

「そういうことなのかなあ」


あれこれ悩んでいたことが、あるとき急に取るに足らないことだったと思うようになったりすることはある。

わたしの曖昧な不安も、そうであればいいのだけれど。


「未来が分かればいいのに」

「そんなことできたら、みんな大金持ちじゃない。株でも競馬でも」

「予言って当たるのかな」

「適当なこと言っているだけでしょ」

「当たったって騒いでいる人たちもいるけど」

「予言なんて曖昧で『いつかどこかでなにかが起きるであろう』みたいな話でしょ?そりゃ当たるよ。後付けで解釈するんだし。当たるというか当たったことにするというか」


五十鈴はあまり悩みがなさそう。

悩みがないというか、あってもあまり悩まなさそう。

それはきっと、生きていく上で強みになる。



別の日の放課後。

美術室のアトリエに五十鈴と来ていた。


「つかみどころのない感覚なんだけど、過去と未来に確信が持てないというか」

「未来に確信が持てないのは、別に自然なことじゃない?これからのことなんだから。誰もわからないよね」

「その、これから来るということ自体が確信が持てないの。わたしたちの未来って本当にあるの?みたいな」

「過去については?」

「記憶はあるけど実感がないというか、本当に体験したことなのかよくわからなくて。五十鈴は気になったことないの?」

「う〜ん、あまり気にしたことないかなあ。昔の記憶は薄れていくものだし、未来のことはわからなくて当然だし。それよりいまのことで頭がいっぱい」


五十鈴の感覚がちょっと羨ましい。


「過去はもう済んだことだし、未来は現在の積み重ねの結果だし。いい未来が欲しいのなら、いまどうするかを考えるってことじゃないかな」

「いい未来がきっと来るって確信は持てなくても、そう思えるようにはなりたくて」

「それで絵を?」

「うん。気持ちの整理かな」


描きかけのキャンバスに筆を走らせる。


「心の中のものを描きだして固定化するの」


「それを見て、もう一度心の中に戻して、また考えて」


「そうやって、気持ちを落ち着かせていく」


絵を描く心理ってどんなものなんだろう。

このような創作活動は自己表現だなんていうけれど。

自分の心との対話とでもいうことなのだろうか。

人に見せる前に、自分が納得しなければ。


自分についての不安や迷いは自分でなんとか解決する。


それでもわたしは、もう少し厄介な個人的な感情とも折り合いをつけなければならなかった。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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