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箱庭の火の鳥  作者: ゆくかわ天然水


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105.わたしの「存在」

時折り別世界の夢を見るような、こことは違う遠いどこかと繋がるような、不思議な感覚がすることがあった。


神様のお告げ?

みたいなものを受け取っているような。

宗教を信仰しているわけでもないけれど。


宇宙と交信?

そんなこと言ったら友達をなくしそう。


異世界からの召喚?

そんなこと考える自分がちょっと嫌。



「わたしって他の星から来たのかな」


五十鈴が豪快にマスカットスムージーを吹き出している。


「ゆっ有希葉って、そっち系のキャラだったの?大丈夫?事務所の方針?」


真顔で心配される。

事務所ってなんだろ。


「どこか遠い世界とつながっているような感じがすることがあるの。なんとなくなんだけど」


以前、茶道部のお茶会に五十鈴と参加した時に、お抹茶を点ててくれた女の子もそんなことを言っていた。

振り袖の似合うショートヘアのかっこいい子で、北山くんの知り合いだった。


実はよくあることなのかもしれない。


「あ〜それは逃避願望ね。現実から逃れてどこか遠くに行きたくなるんでしょ。前も言ってたよねそんな話」


別に具体的になにかがあるわけじゃないし、心配性で不意に不安になったりするのと同じようなことなんだろうか。


「だとすると、逃げ出したくなるような現実があるってこと?」

「そんなことはないと思う。そこまで辛いことなんてないし」


五十鈴がなぜかニヤついている。


「確かにね。最近なにかと楽しそうだしね」

「そうかな?」

「『お隣さん』と仲良さそうじゃない」

「あ」

「なにがあったのか知らないけど」

「ちょっと勉強教えてもらっただけだよ」

「そうなの?放課後になると二人でどこかに消えていくし」

「だから図書館で勉強しているだけだから。それに週に1回ぐらいだし」

「ふ〜ん。まあいいけどね」


図書館で勉強する以上の進展はないのだけれど。



逃避願望。

五十鈴はそんなこと言ってたけど、これはあんまり納得いかない。

逃げたいなんて願望はない。少なくとも自覚している範囲では。


潜在意識の中にあるのだろうか?

しかしその仮定を支持する事実はないように思う。


だとすれば、ただの思い過ごしか、本当になにかどこかに繋がりがあるのか。


(ただの思い過ごしかな)


それが自然な結論。

というか常識的に考えてそれしかない。


この事についてあまりこれ以上、あれこれ考えるのはやめた方がいいかもしれない。



美術室のアトリエ。

もし現実逃避というものを、敢えて挙げるとすればこれかもしれない。


特技というほどではないけれど、趣味というか絵を描くのが好きだった。


そのことを知った美術部の友達が、アトリエの場所を確保してくれた。

入部のお誘いもあったけど、いつも好き勝手やってしまうので、迷惑をかけてしまう気がして保留したまま。


パソコンやタブレットを使ったデジタルイラストではなくて、キャンバスに油絵で描くアナログで古典的なやり方。


デジタルの方が手軽に描けるしいろいろ便利なんだけど、絵の具と筆の方が「描いている」ということを実感できるのがよかった。


機械で描くのは、なんというか、自分と絵がガラスに隔てられている感じがした。

手に取って見ることができないというか、文字通りディスプレイの向こう側に絵があった。


白いキャンバスは自由な空間。

なんでも描くことができる。

誰からのなにからの制約もない。


それはつまり、そこに描かれたものは全て自分に起因するということ。

自分の責任ということ。


これは解放でもあり抑圧でもある。


真っ白な無の空間と対峙した時に感じるものは、自由よりもむしろ圧力だった。

わたしがこれからなにを表現するのか、何者からか試されているのか期待されているのか、それとも挑戦を受けているような、そんな圧迫感が白いキャンバスにはあった。


なんの絵をどのように描くのか、無限と言えるほどの可能性がある。

なのになにも思い浮かばないことがいつもある。

描くものがないのではない。

わたしがそれを見つけられないのだ。

無数に存在するはずなのに。


あるけど決められないのか、そもそも見当たらないのか。

いくら考えても浮かばない時は、浮かぶまで待つしかない。


なにかのきっかけで閃くことがある。

突然どこかから降ってくるように。


なにを描くのか、なにを表現したいのか。

それは言葉での説明が必要だろうか。


言語化するのが難しい思考というものがある。

しかしそれでは人に伝えることができない。

それを絵で表現する。そういう発想はある。


だけどそれだけでは十分に伝えきれない。

ゲルニカの絵を見ただけでは、あれが何なのかを理解するのはまず無理なのだから。



いろんなものを描いてきたけれど、一つ仕上げたいテーマがあった。

落ち込んだ塞ぎ込んだ心が、晴れていくようなもの。


この世界は楽しいことも、そうじゃないこともある。

逃げたい願望なんてないって言ったけれど、それはきっといまのわたしが幸いにも恵まれているというだけのこと。

辛いこと苦しいことを抱えている人は大勢いるはずだし、わたしだってこれからそういうことにも遭遇するだろう。


悲しいこと不幸なことは起こるけど、それでも希望のある未来を信じられるようなもの。

だって希望がなければ、生きてられないと思うから。

そんなのを描いてみたい。


いろんな表現の仕方はあると思う。

とりあえず思いつくのは、あまりに月並みだけど、嵐が止んで雲の切れ間から日が射すとか。


—— 見ていて心が晴れるようなふうに描きたいの。わあぁぁーって感じになるような。


だけど、こういうものが描きたくなるのは、心に曇りがあるからなのだろうか。

自覚していなくても、現状から逃れたいという深層心理があるとすれば、それはなんだろう。


いまの自分に納得できないなにかがあるのか。取り巻く環境に不満があるのか。

それとも、朧げに感じている違和感が原因だろうか。


自分の存在が定まらない。漠然としている。根拠がない。

夢の続きを見ているような感覚を、どのように表現したらいいだろう。


夢の中で眠りから覚めて、また夢の中。

いつになったら本当に目が覚めて、実感のある現実世界と現実のわたしに戻れるのか。

そんな感じ。


なんて話したらまた五十鈴に心配されそう。


ぼやけた雲は自信のないわたし自身かもしれない。

それを確固たる存在の太陽に置き換えたいのだろうか。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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