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箱庭の火の鳥  作者: ゆくかわ天然水


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102/117

102.有希葉への最後の連絡

『桂川さんのことが好きなの?』

「…うん」


その気持ちを言葉にして話すのはこれが初めてだった。

だけどもう曖昧なままにはできない。

有希葉に正直に伝えなければいけないことだった。

本来は水菜月本人に一番に伝えるべきなんだろうけど。


電話の向こう側。

冷たい沈黙がしばらく流れる。


『…なんとなく気づいてはいたよ。やっぱりそうだったんだって感じかな』


『ななくんはずっと仲良くしてくれていたから、勝手に彼女になったような気分だったりもしたけれど、それも違うことはわかってたし、はっきりしてくれないことにヤキモキもしてたけど…』


有希葉がぼくのことを気に入ってくれていたことは、ずっとわかっていた。

それに答えないといけないこともわかっていた。

でもはっきり聞かれないことをいいことに、ずっと曖昧なまま先送りしていた。


そんな中で水菜月と出会った。というか再会した。

ぼくにとって彼女は特別だった。

彼女についての記憶の大部分を失っていたが、それでもその存在は覚えていた。

そして彼女にはぼくが必要で、その代わりはいなかった。


有希葉は…同級生。魅力的な、普通の同級生。

普通であるということは懸念もないわけで、それはいいことのはずなのに、なぜか踏み込めない感覚がつきまとっていた。


『あでも、ななくんはなにも罪悪感とかそんなこと、気にしなくてもいいんだよ。実はね、わたし結構モテるの。いまでもある男の子に告白されて返事をどうしようかと思っていたところだったから』


有希葉が男子生徒に人気があるのは知っている。

明るいしかわいいし親切で、気づかいもできる。

お洒落で、成績もいい。同性の友達も多い。

ぼくが有希葉と仲が良かったのを妬んでくる奴もいたぐらいだ。

言っていることは事実だと思う。


だけどほんの少し、強がっているようにも感じるのは、自惚れすぎだろうか。

こう言う時はなんて答えるのが正しいのだろう。

謝ればふったことになる。激励すれば他人事のようにも聞こえる。


「ゆきはとても素敵だし、仲良くしてくれたことはうれしかった。その…なんと言えば…」

『ななくんとわたしは、これまでもこれからもいいお友達だよ。ただそれ以上ではなかったってこと』


返す言葉がない。いいお友達、か。

どこかさみしい響きがする言葉だ。

それが有希葉の本心でないことは、ぼくでもわかる。

こんなこと、言わせてしまってよかったのか。


(もし水菜月がいなければ、迷うことなく有希葉を選んでいただろうか)


その選択が正しいのかどうかなんて、永遠にわからないのかもしれないけれど。


『じゃあ、またね』

「うん、おやすみ」


スマホを置いて、天井を仰ぐ。

はっきりさせなければいけないことだった。

これでいいんだ。むしろもっと早く話すべきだったんだ。

そう考えても、心の中に生じた空洞を埋められるわけではないのだけど。


有希葉とは昨日までは毎日のように話していたけれど、この日以降は通話することもなくなった。



教室で隣の席にいる有希葉は、学校では普通に話をしてくれはしたが、それもいまとなっては「ただの同級生」になっていた。

呼び方は「北山くん」と「大沢さん」に戻っていた。

左手首のブレスレットは、なくなっていた。


同級生たちもその変化に気づいていたと思う。

だれもなにも言ってはこないけれど。


図書館で一緒に勉強することもなくなった。

いつも一緒に食事をしていたパスタ屋さんに行くことも、もうない。


気が楽になった、と感じるところはある。

だけど身近な人が離れてしまったことは、説明しがたい空虚さに締め付けられるような感覚。

しかも自分が原因で、そのようにしてしまったのだから。


それでもこうするのが正しいこと。

いまはまだ気持ちがざわつく感じだが、いずれはこれが普通になる。

有希葉はきっと、ぼくが気にするほどには気にしてないだろう。

未練がましいのは、たいてい男の方だ。



美術室に続く校内路。

レトロなキャスト・アイアン建築風の大きな建屋に、有希葉が友人たちと談笑しながら入っていくのを見た。

彼女から絵の相談を受けることも、もうないだろう。

いつか話していた絵画コンクールの結果を、ぼくはまだ知らない。

こちらから聞かなければ、彼女から話されることはきっとない。


一階の売店を覗いてみると、有希葉の新作絵画のアイテムが加わっていた。

それらを手に取って、なにやら熱心に話をしている生徒たちがいる。

以前ここのおばさま店員が話していたことだが、人気があるのは本当のようだった。


一方でぼくにはそれらの絵画が、急に遠い存在のように感じられた。

少し前までなら、聞けば有希葉はいくらでも語ってくれただろう。

苦労話とか裏話とか、愚痴とか本音とか、期待や夢も、きっと話は尽きなかった。

いまでも話してはくれるだろうけど、あくまで「一般の人向け」かもしれない。


ただのいいお友達とはそういうこと。

いまはもう、有希葉の特等席にいるわけじゃないのだから。

授業以外でここに来ることは、もうないのかもしれない。



そしてもう一つ、次にやること。

水菜月に伝えないといけない。


彼女も有希葉のことを気にしていたと思うけど、直接その話題に触れたことはあまりない。

だけど無関心ではなかったはず。表面に出さないだけで。

なんらかの説明をしなければ。


どんなふうに話すのがいいのだろう。


ないと思うけど、あの二人が無用に対立するような事態は避けたい。

深刻な雰囲気にならないように、軽い目に話すのがいいだろうか。

かといって、軽んじているような感じにはならないように。

「彼女さん」ではなくなったということを端的に話すのでいいか。


水菜月はどう感じるだろう。

彼女にとってどの程度気になることだったのか、それほどのことでもないのか。


あれこれ考えすぎかもしれない。

水菜月もぼくが気にするほどにも気にしていないのではないか。

また自意識過剰になっている気がしてきた。


ただ事実を伝えるようにしよう。

彼女もあまり深く触れたい話ではないだろうし。



次の週末にいつもの高台のカフェで会うを約束していた。

水菜月と二人で会うことに、後ろめたさを感じなくなくなったのは確かだった。

いま現在、特に親しくしている女性は一人だけ。

これが品行方正で、清く正しい状態。


にもかかわらず、そうなったことに一抹の寂しさを感じるのはなんなんだろう。

これが多股する男の心理なのか。


墓穴を掘る心理じゃないか。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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