101.海岸の有希葉
少し向こうの松林の手前にオープンテラスがあり、テイクアウトのお店が幾つか並んでいる。
何組かのグループがテーブル席で談笑していた。
「のど渇かない?」
声をかけると水菜月が顔をあげてこっちを向く。
目の前にお互いの顔。鼻がぶつかりそう。
慌てて体を離す。
別に嫌なんじゃなくてまだちょっと恥ずかしいだけ。
水菜月も少し気まずそうな表情。
「なにか飲み物でも」
「うん」
遊歩道をオープンテラスまで歩く。
二人で同じものをオーダーする。
細かく砕いた氷にコーヒーとミルクにシロップ。
一般にはフラッペコーヒーとかいうやつ。
それに生クリームとかチョコパウダーとかキャラメルとかをトッピング。
蓋付きのカップにストローをさして飲む。
この時期に飲むにはちょっと冷たかったかも。
片手に持ってテラスから砂浜に階段を降りる。
「あっ…」
水菜月がバランスを崩してぼくの腕を掴む。
「大丈夫?」
「うんごめん。ちょっと足が滑っただけだから」
そのまま組むように腕を滑らせる。
「…ななくん?」
階段の下の方から呼ぶ声がする。
振り向くと砂浜によく知る人の姿があった。
水色のシャツに白いパンツ姿の有希葉が、こちらを驚いたような表情で見ている。
なぜ有希葉がここに?いや別におかしなことじゃない。
この海岸は近場で手頃なリゾート地。
みんな普通に遊びに来るところだ。
だけどタイミングが悪かった。いや悪かったのか?
友達と一緒にいるところに、別の友達に出くわしただけではないか。
やましい状況ではないはず。
でも気まずい空気は思いっきり流れている。
「桂川さんと来てたんだ。二人で?」
水菜月はぼくに体を寄せて腕をしっかりつかんでいる。
「あ…ああ、そうだよ。ゆきも友達と来てるの?」
いつもの有希葉と違って、人懐っこい顔から表情が消えている。
「うん…そう。じゃあ、わたし行かなきゃいけないから」
有希葉はそう言って軽く手を振ると、そそくさと足早に去って行った。
水菜月は黙ったまま。
「砂浜に降りて波打ち際まで行こっか」
「うん」
ぼくの腕をつかんでいた手は解かれて、代わりに手のひらが繋がれる。
水菜月は少し俯いたまま、ぼくの手を強く握りしめていた。
それがなにを伝えようとしているのかは、おぼろげにはわかっていた。
どう答えるべきなのか、考えはまとまらなかった。
柔らかい砂に足を取られながら、海岸を歩く。
広くて白い砂浜と穏やかな青い海。少し冷たい春の風。
有希葉の姿はもうどこにも見当たらなかった。
◇
—— やっぱり曖昧なままなのね
いつかの玲奈の言葉を思い出す。
もうごまかし続けるのは無理なところまで来ている。
優柔不断というやつだろうか。
批判的に見れば、複数の女の子をもてあそんでいる、ということになるかもしれない。
自分としてはそんなつもりはないし、そんなことができるほど女性を惹きつける魅力が自分にあるとも思えないのだが。
だけどいま現実に直面している状況では、このままだと二人の女の子を困らせてしまう。
玲奈と冗談でラブコメごっこしていたのとは話がちがう。
(有希葉も水菜月も、ぼくのなにを気に入ってくれたのだろう)
玲奈が仲良くしてくれたのも、ぼくのなにがよかったのか。
学校では目立つ方でもないし、なにか特技があるわけでも、場を盛り上げるのが上手いわけでもない。
成績は悪くはないけど、そんなことで人の気を惹けるとも思えない。
見た目は…それほど悪くはないかもしれないけど、平凡の域を出ない。
—— 女の子から見て安心できるキャラではあると思うけどね
あのカフェの店長はそんなこと言っていたが、うちの男子生徒の多くは善良で平和的だ。
中には厄介なやつもいないわけではないが、そんなのは少数で人畜無害なのが大半だと思う。
さらに店長が言っていたように、水菜月と玲奈は確かに美人でとても華やかだった。
外見だけで人を判断するものではないし、あまり気にしていないとはいうものの、間近で見ると見惚れてしまうほど。
有希葉だって二人のような美形タイプではないにしても可愛らしくて、旗章がいつか言っていたように男子生徒の間ではずいぶん人気があった。
身近にいたのであまり意識しなかったが、改めて考えると魅力的な彼女たちは地味なぼくにはかなり釣り合わない気がしてくる。
だとすれば、有希葉と水菜月のどちらかを選ばなければならないなんて、なにかの間違いだろうか?
仲のいい友達であれば何人いてもいい。
普通に知人として好まれているのであればよかったのだが。
だけど、現実にそんな状況になった。
それを見ないふりをしてごまかせる時期はもう過ぎた。
選択を悩んでいるわけではなかった。
どちらかを選ぶとすれば、水菜月を選ぶ。
それは以前からそうするだろうと考えていたこと。
有希葉にはぼく以外にも選択肢があるはずだ。
でも水菜月はきっとそうじゃない。
都合のいい話かもしれないが、有希葉とは今後もよき同級生でいられるだろうか。
心苦しい状況が続くことにならなければいいのだけど。
だけどきっとそれも杞憂になるはず。
彼女はとても魅力的だ。
奥手で控えめなのが多いうちの男子生徒どもであっても、さすがにほっておかないはず。
そうあって欲しいと思うのは、自分の罪の意識を減らしたいからなのかもしれないけど。
◇
波が崩れるたびに、足元まで海の水がやってきては引いていく。
白い砂浜が澄んだ水に洗われる。
静かな海岸に、その音が繰り返し満ちていく。
「なにか考えごと?」
水菜月が痺れを切らしたように沈黙を破る。
なにを考えていたかなんて隠しようがないけれど。
「ずっと昔にぼくが水菜月と初めて出会ってその後記憶を失うまでの間に、なにか約束していたことってある?」
「…」
繋いだ手をぶらぶらさせながらなにか考えている。
「約束というわけでもないけど、言ってくれて嬉しかったことはある」
「どんなこと?」
「わたしが必要としている間はずっとそばにいるからって、言ってくれてた」
それはいまでも思っている。
昔のぼくはいまとあんまり変わらないのかもしれない。記憶がないだけで。
「じゃあそれを、いま改めて約束しようか」
「わかった」
水菜月には答えた。
明確な回答ではないけれど、水菜月を選ぶことを意思表示したつもり。
有希葉になんて伝えるかは、ぼくの大きな宿題だった。
◇
帰りの列車の中。
窓の向こうでは、夕方の海が西日に照らされて眩しく光の粒を撒き散らしている。
(有希葉と、話さなきゃ)
もう先延ばしはできない。
こんなことで、ぼくが悩むようになるなんて。
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