第51話 その名は赤マント
「はいはいっと。あ、もしもし? こちら雷門探偵事務所……」
スマホを取ったのは、茶色のニットとベージュのチノパンといったラフな部屋着を着こなしつつも、あちこち穴の開いたダサダサの青いドテラを羽織り、裸足にサンダル履きというどこか抜けた格好をした中年男だった。
男の名は雷門真人。
かつて警察に所属し、その後ヤクザとなり、そして現在、探偵業を生業としている異色の経歴の持ち主だ。
「おぉ、光太か。え? いやいや、全然だよ。浮気調査に、迷子の猫探しに、迷子の犬探しに、迷子の……ってそれはいいから。で。用件は?」
雷門は、事務所備え付きのコーヒーメーカーからデカンタを外し、コポコポと愛用の柴犬柄のコーヒーカップに中身を注ぎながら、スマホの向こう側の人物を促した。
雷門の話している相手は和谷光太郎。
海東警察署に所属する警部だ。
光太郎は雷門の警察時代の後輩であり、相棒でもあった人物だ。
「何? 銀行強盗だと? うむ。……うむ。分かった。任せておけ。あ、謝礼は期待しているからな?」
電話を切った雷門は、コーヒーカップ片手に秘密の階段を下り、作戦室と呼ばれる部屋に入った。
上のよくあるタイプの普通の事務所と違って、ここはあちこちモニターだらけだ。
自分の席に座ろうとした雷門は、部屋に先客がいることに気付いた。
マイク付きヘッドセットを頭に付けた、白いゴスロリ姿の少女だ。
PCに向かっていた少女は雷門に気付き、椅子に座ったまま軽く会釈する。
「おぉ、さっすが沙良君。行動が早い。ってことは……」
「えぇ、和谷クンは既に現場に向かっていますわ」
白ゴスロリの片桐沙良に回して貰った情報をPC上で精査しながら、自らもヘッドセットを付けた雷門はマイクに向かって話しかけた。
「颯坊、かましてやれ!」
◇◆◇◆◇
銃を片手に、海南台銀行海東支店の裏口を見張っていた黒の目出し帽を被った男が、腕時計を確認した。
大丈夫、警察は来ていない。
緊急ボタンを押させる暇すら与えず制圧したから、異常を感じた警察が念のためと確認行動を起こすのはまだ先のはずだ。
しかも、窓口のシャッターが閉まる十五時ギリギリに行動したから、外から普通に客が入って来ることも無く、邪魔も入らない。
慌ててドジさえ踏まなければ、金庫の大金は自分たちのものだ。
今夜には大金持ちになっている自分を想像し、犯人の顔がニヤつく。
と、そんな犯人の視界が一瞬で臙脂色の何かで覆われた。
◇◆◇◆◇
「さぁ、モタモタするな! 早く開けろ!」
「わ、分かってます! でもこの金庫、予定の時間以外のタイミングで開けようとすると、手順が面倒臭くなるんです。お願いですからもう少々お待ち下さいぃぃ!」
頭の禿げあがった店長と一緒に金庫室にいた男は、イライラを隠そうともせず、店長に銃を向けた。
店長が半べそをかきながら、震える手を押さえつつ、金庫を開けるべく格闘している。
「もしも何か罠を仕掛けようとしているなら命は無いぞ!」
「ひぃぃぃぃぃぃ!」
と、金庫室で店長を脅していた男の視界の隅に、臙脂色の何かが翻るのが見えた。
◇◆◇◆◇
いかに早く金を入手し、脱出出来るか。
時間との勝負だ。
ATMコーナーで観葉植物の陰に隠れつつ侵入者、脱出者がいないか見張っていた男は、全身黒のゴスロリ服に身を固めた美少女が金を卸すべく入ってくるのを確認した。
――ちょっと脅して、早々に帰って貰うか。ついでに連絡先を聞いて……。
邪な考えを胸に観葉植物の陰から身を起こした男は、次の瞬間、ピンク色の何かが疾風のようにATMコーナーを駆け抜け、自分の視界いっぱいに広がるのを見た。
「がっ!」
鳩尾に一撃食らった男は呆気なく気絶し、倒れこんだ。
ピンクのゴスロリ少女が口をへの字にしつつ見下ろすところに、黒ゴスロリ少女が駆け寄ってくる。
「ありがとう、桜花ちゃん」
「どういたしまして、千尋先輩。やっぱ囮が良いと食いつきが違いますね」
黒のゴスロリ少女・橘千尋とピンク色のゴスロリ少女・佐倉桜花は笑顔でハイタッチを交わした。
◇◆◇◆◇
「おい、お前ら! 何で一人も出ない? どうなってるんだ?」
ロビー中央に銀行員を集め、銃を突き付けていた銀行襲撃のリーダーは、耳に付けたインカムから仲間の誰からの反応も返って来なくなって焦っていた。
そんなはずは無い。
銀行の各所に配置した仲間全員と、たった三分前には繋がっていたのだ。
「くそ、あいつらどうなっ……た……」
焦りながら振り返ったリーダーの目の前に人影があった。
どこから、そしていつの間に現れたのか。
チャコールグレーの細身のスリーピーススーツ。精緻な意匠の施された臙脂色のヴェネチアンマスク。そして羽織った同じく臙脂色のマント。
髪はオールバックだ。
「誰だぁ、貴様はぁぁぁぁ!」
リーダーは人影に向かって反射的に銃を乱射した。
たった十秒で銃弾を撃ち尽くしたリーダーは懐に手を突っ込み、予備の弾倉を取り出した。
その瞬間、雷のような閃きと共に、持っていた拳銃本体と予備弾倉が男の手から吹っ飛ばされた。
マント男が握っていた右拳を前に出し、ゆっくり開くと、手の中からリーダーの放った銃の弾丸が零れ落ちた。
マント男は、リーダーの放った弾丸を全部、手で受け止めたのだ。
リーダーの目が驚愕に見開かれる。
そこでようやく、マント男が口を開いた。
「我が名は赤マント。此街を守護せし者。さぁ、舞踏會を始めやうか」
赤マントこと和谷颯太は、百八十センチ近い長身で華麗にタップを刻むと、マントを翻しながらクルっと一回転し、右手の指を鳴らしつつ人差し指をビシっと銀行強盗のリーダーに突き付けた。
END




