二月・1 Without you
日常は続く。
西に東に南に北に、三面六臂の大活躍。
いやこれ、仏法帰依以前に大暴れした阿修羅様じゃねーか。そこは八面六臂だろ。
玲華のフォロー、後輩達との集団授業、部活に受験勉強に授業補助。イベントてんこ盛りである。
先月、あの胸が痛くなったラブレターを貰い、幾日かが過ぎた頃。
オレはある意味開き直ることにした。
だって、なぁ?
涼木さんの尽力もあり、「受験勉強に徹する」という免罪符で、他者からの一切の恋愛感情を切断しようと画策したんだが、実際はそう都合良くは転がらなかったのだ。
いや、表面上は確かに沈静化したように見えるよ? でもそれは視認できる範囲の話。
オレにはオオトモ様から授かった「恋愛発生注意報」があるので、耳と言うか脳内からの通達で、もうイヤと言うほど認識させられているから。
「おい初川、なにボーッとしてんだ、あぶねーだろ!」
そう言って、声とバスケットボールを投げてきたのは作間だ。
おっとそうだった、今は体育館でバスケットボールの試合中。背の高いオレは無条件でゴール前役をあてがわれたが、ボールがこちらに飛んでこない状況もあって、少々物思いに耽っていたのだった。
オレは慌てて意識を切り替え、本来の自分の立ち位置を思い出すことにした。
無事お役目を果たした所でちょうど時間となった俺たちだが、……オレは体育館の残り半分を使ってバレーボールの授業をしていた一年女子達から、いつもの音を聞かされている。これじゃ授業に集中なんて出来るわけないじゃろ。
所でバスケットボールと違い、バレーボールはネット外しやらポールの後片付けやらで時間がかかる。
そこへ一年女子の体育担任兼理科教師の若きイケメン、小鷹先生から声がかかった。
「二年男子、悪いけど女子に代わって片付けをやってくれないか?」
「ういーっす」
「マジかよー」
「だりー」
ともあれ、男子はぶつくさいいながらも、せっせと後片付けに取りかかった。
女子に良い所を見せて点数稼ぎをしたがる男子の習性、なんとこれはもう数式で証明済みだ。
ズバリ「E=(C)^2」(いい格好しぃの事情)と。
アインシュタインさん、あなたの理論をちょっぴり応用させて頂きましたけど、草葉の陰からキレないでね?
脳内でくだらない事を色々考え、黙々と作業に没頭していると、不意にいつもの音が気にならなくなる。深夜ラジオをかけながら、自主学習している感覚に近いかな。そう言や今夜のDJは誰だっけ?
片付けも終わった所でチャイムが鳴った。
小鷹先生が女子全員を集めて点呼していたが、体育館から出ようとしていた俺たちの方を振り返り、───そして何故かオレの姿を見つけるなり───いきなりニヤッと笑った。え、なに?
「じゃあ女子達、片付けをしてくれた先輩達に向かって、みんなでお礼を言いましょう!」
「「ありがとうございましたー!!」」
あー、これ『なんらかのリアクションを取ってくれ』って前フリだったのね。お礼を言った女子になんの返事もないと可哀想だとか、そういった理由で。
───仕方ない。
オレは女子達にくるっと顔を向け、ニコヤカな笑顔で「やっ」と手を上げて挨拶をした。
そこへ作間がすかさずドロップキックをかましてきて、オレはやや大げさに吹っ飛んで見せた。
女子全員がドッと大爆笑。しかしそのあと。
ピンポンパンポーン♪
もはや様式美。最近のオレはこんな感じだ。
どうせなら目の前にいるイケメン教師に、そのベクトルを向けてくれ。
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「減らねぇ……」
休職後 もとい給食後のまったりとした昼休み。
オレは握っていたスティックを手近な机の上に置き、譜面台のスネアドラム教則本をパタリと閉じた。
場所は音楽室。
最近は図書室も安住の地とは言いがたい空間になってしまったので、オレは度会先生に許可を取り、スネアドラムの練習と称して独りの時間を手に入れていたのだった。
「んん? 何が?」
「トーちゃんどしたー?」
まぁ、今は山口と玲華もいるんだけど。
まさか他人には聞こえない警報の話をする訳にもいかず、オレは本音半分、冗談半分で返事をした。
「いやほら、先月ラブレター貰ったじゃん」
「あ、ちょっとストップ」
「えっ!?」
あ、いけね、玲華は知らないんだった。
そしてこちらに向けて突進してきそうな玲華の様子を見て慌てたのか、山口がフォローに入った。
「なんでそういう大事なことを! ポロッと漏らしちゃうかなこの男は! 黙ってなさい!」
「ご、ゴメン」
「えー、これアチキは知らない方が良かったっぽい?」
ちょっぴり疎外感を味わったらしい玲華が目を白黒させて、オレと山口のやり取りから離脱した。
「まぁうん、そういう訳だ。別に隠すような話でも無かったけど、誤解されるのもいやだったんで黙ってたんだよ。悪かったな」
「ふーん、まーそういう事情なら仕方ないかー。さすがアチキの嫁はモテますなー」
「混ぜっ返すなよ……」
「で? 何が減らないって?」
一応の収束を見た山口が、改めて声をかけてきた。
「腹」
「……腹?」
「具体的に言うと食欲が落ちている」
「なんで?」
「いやその」
これ、正直うまく伝えられるか自信が無いんだけど。
「なんつーか、オレが存在ことで、他人の感情をマイナスにしてやせんかって、ちと不安になったからさ」
「それは……」
「そういうのはちょっといやだなーって思い始めたら、腹と胸がいっぱいになっちゃって」
「……」
山口は知っている。手紙を渡してきた相手も、その感情も、結末も。
だからこそ口を噤んでいる、何を言ってもどうしようも無いと分かっているから。
と。
「それってトーちゃんの責任じゃなくない?」
玲華が割って入った。
「多分トーちゃんの事だから、ふった相手のフォローとか、余計な事考えてるんでしょ」
的確すぎてグゥの根も出なかった。鋭いな玲華。
「そうだなー。例えばアチキが今ここで、トーちゃんに『お前とは付き合えない!』って言われたら、どうなると思う?」
「……どうなるんだ?」
「泣く」
「うん」
「取り敢えず盛大に泣いて、取るものも取りあえず家まで泣きながら帰って、そんでもって一晩かけて枕をびしょ濡れにする」
「……」
「でさ、次の日になって、兎にも角にも学校に来てさ、そん時トーちゃんが『昨日はゴメンな』とか、うっかり優しい言葉をかけたりする訳さ。そしたらアチキなー?」
「うん」
「偶然持ってた彫刻刀で刺しまくる」
ホラーすぎる。
「うーんと、要するにさ、『その気も無い相手なんだから当然ふっちゃう』って結果は変えられないんだから、ふった側がのこのこ後から追いかけて、とどめを刺しに来るなってことじゃよ。そしたらもう反撃するしかないじゃろー?」
「あー、何となくだが伝わったよ」
「何となくじゃなくてしっかりハッキリ伝わりやがれー!」
「はいゴメンナサイ、しっかりハッキリくっきり伝わりました!」
日立のカラーテレビCMみたいな返事をしてしまった。キドカラー。
「ならよーし」
「そうだね。ボクもいまの話を聞いてモヤっとしたけど、これはれいちゃんが正解かな」
「うん」
「ならもう、色々考えたって仕方ないってことだよ。だからご飯はちゃんと食べなね?」
「そうするかぁ。うん、ありがとうな二人とも」
食欲はいきなり戻ったりはしないが、それでも肩の荷が少し軽くなった気にはなった。
「───ところでぐっちー」
「何かなれいちゃん───」
───なんだか二人で示し合わせているようだが、なんだこの緊張感は。
「もしもトーちゃんがぐっちーをふったらど」
「わーーー!?」
「もしもの」
「アーアー聞コエナーイ!」
「もし」
「牛車! 牛車!」
牛車どっから来た!?
「二人ともその辺で止めとけー! なんか怖いからー!」
謎のチョコレート以前に、今後は彫刻刀に気をつけようと思ったオレであった。




