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バレンタイン×バタフライ  作者: 新田猫レ
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一月・10 君は何をおしえてくれた

 転校初日から荒らし もとい嵐のような玲華の発言や行動に振り回された俺と学友だが、それもある程度の日数が経てば『そういうものだ』と言う状況が浸透する。


 隣り合った机で、肩が触れあう距離で勉強のサポートをしたり。

 休憩時間中に体育館や部室棟、音楽室なんかの学校案内をしたり。

 通学路は当然同じなので、自転車を使った学校までのSC(ショートカット)を教えたり。

 普段オレが買い食いをする店に案内してみたり。

 勉強会に誘って一緒にテスト対策したり。

 教師別テスト問題のクセを教えたり……。


 ───おかしいな。

 オレってこんなリア充みたいな生活は、あの頃してなかったハズだが。


「ねートーちゃーん?」


 そしてこの受験を控えた時期、上級生の半数以上はほぼ学校へは来ておらず、校内にはある種の開放感が漂っている。自転車に悪戯(いたずら)をする不良学生(トンチキ)共も、年明けからさっさと不登校を決め込んでいるお陰で、至って平和なのだ。


「ねーねー」


 だから尚更、年明け早々の玲華の転入騒ぎが、やたらと印象的だった訳で。

 それも今では『受験勉強最優先、恋愛になぞ(うつつ)を抜かしている場合では無い』という涼木さんの提案を採用し、玲華とはちょっと距離を置こうかなと考えつつ現在に至るのだが。


「ねーってばー!」

「さっきから何だよ」


 場所は図書室。いつものメンバーと勉強会の真っ最中である。


「勉強飽きたー! いつになったらギター弾けるのー?」

「アタシも疲れたー!」

「ボクはもうちょっといけるけど、まっちゃんは?」

「ふう、確かに一息入れたいところかなー」


 キミタチさぁ。

 1次関数の式とグラフの勉強を始めて、まだ30分も経っていないんだが。


「はぁ分かったよ。じゃあ10分休憩した後、少し雑談でもするか」

「「さんせー!」」

「次は何の教科をやりたい? 準備しとくわ」

「うーん、数学はもうコリゴリじゃよー」

「分かった。何か考えておくから、全員水分補給しとけ」


 玲華以下全員が室内から出て行った所で、俺は肩をグルグル回したり、机に突っ伏したり、背中を伸ばしたりとストレッチをしていた。

 ふと室内を見渡せば、俺たち以外には下級生が数人、それも殆どが部屋の反対側に固まっている。ひょっとしなくても遠慮してくれているのかな?

 図書室を半ば占拠している形になってしまい、申し訳ない限りだ。


 と。


「あっ、あのっ」

「?」


 不意に横から女子に声を掛けられた。見れば……知らない顔だ。学年章を見ると1年生だった。


「い、今っ、お時間大丈夫ですかっ?」

「うん大丈夫だけど、何か用かな?」


 チラと彼女の後ろに視線をやると、両手をグッと握って(ガンバレー!)とか口パクで応援してる生徒が複数見えた。あー、これは。

 きっと後ろ手に回している彼女の手には、某かの手紙とかが握られているのだと想像がついた。


「こ、こっ!」


 俺も思わずガンバレー! と声に出すところだった。


「こ、国語の勉強法を教えて下さいっ!」


 後ろにいた女生徒達が、桂三枝師匠よろしく盛大にズッこけた。

 俺? 呆気にとられて石になったよ。よし、この子の名前はゴルゴンちゃんにしよう。


「えっ、あれっ? あっあのっ、本当はそうじゃなくて!」


 テンパり具合すごいな。

 とは言え、ブンブンと振り回しわたわたしているその手の、チラッと見えてしまった恋文っぽい便箋は無視できない。涼木さんの提案もあったので、ここは敢えてすっとぼけるとしよう。


「いいよ、じゃあ俺の仲間たちが戻ってきたら後ろのお友達も含め、皆で集団授業でもしようか」

「いいんですか!?」

「よし、ついでだ」


 俺はゴルゴンちゃんの後ろにいる下級生達に呼びかけた。


「もし俺の授業を受けてみたい人がいたら、こっちの席の周りに集まってねー」



 突発的な国語の授業が始まろうとしていた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 戻ってきた玲華達が目を丸くしていたが、俺は経緯を簡単に説明して授業を開始した。


「さて、飽くまでテスト対策としてだけど、まず漢字の読み書きは完璧にしておくこと」

「ふんふん」

「ぶっちゃけここだけで20点近い配分になっているのが普通だから、漢字については好きな本を一冊買って何度も読んで、まぁ慣れておくのが一番だね。そして漢字は必ず書いて覚えること。楽はしちゃダメ」

「はいっ」

「読書がそれほど好きじゃ無いって人でも、教科書だけは何回も読み込んでおくこと。所詮定期テストなんて、教科書の範囲からしか出ないんだし」

「なるほど……」

「まぁ担当の教師によっては、ちょっと捻った出題とか答えさせ方をするけどね。それは授業をしっかり聞いていれば分かるはずだよ」

「そうなんですね」

「そうなんだよ」

「勉強になりますっ」


 気づけば貸し出しコーナーに座っている図書委員らしき下級生達も、一緒になって俺の話を聞いていた。

 と、そこへ挙手をしてきた女生徒がいた。ゴルゴンちゃんだ。


「はい先輩!」

「なんでしょう」

「ええと、国語力って漢字だけじゃ無いのは分かるんですけど、文章の、えとえと」

「文章読解力?」

「はいっ、そっ、それですっ。それはどうすれば鍛えられますか?」


 おお、思いのほか学習意欲が高くて素晴らしいね。こういう子は将来、成績が伸びるぞ。


「あっ、それアチキも聞きたーい!」

「わたしもです!」


 やいのやいのと言いつつも、全員が大真面目なのは嬉しいね。


「じゃあちょっとだけ、ここにいる皆で”探偵ごっこ”でもしてみようか」

「探偵、ですか?」

「そう。でもそれほど難しい話じゃ無いから、気楽に考えてくれていいよ」

「分かりました!」


 よーし、パパ塾講師のアルバイト経験を発揮しちゃうぞー。

 全員に向かって笑顔を作ると、俺は淡々と話を始めた。





「『千年蝋燭(ろうそく)』という話がある。とある考古学者が、少なくとも千年は誰の手も入っていないピラミッドを発見したんだが、王の石棺がある部屋への扉を開けると、なんとその通路の両側にある蝋燭全てに火が(とも)っていた、というものだ」


 おお、みんな固唾を呑んで話を聞いている。


「その考古学者は狂喜乱舞した。『すごい! きっとこの蝋燭は千年以上燃えていて、私の発掘を待っていてくれたに違いない!』とね」


 とは言えただの思考実験だし、分かる人はすぐ答えに辿り着いちゃうから、メモを取る必要も無い。

 十分に静まりかえった生徒を見て、俺は質問を繰り出した。


「話はここまで。さて、じゃあ5分あげるから、今の話を聞いてどう思ったのか、自分なりの推理や解釈をしてみて欲しい。もちろん友達と相談するのもありです。はいスタート!」

「えー!」

「時間は有限だぞー、ほら早く」


 腕時計の針を気に留めつつ、俺は何となくグループになった集団、その一つ一つを見て回った。


「千年燃え続けるローソクなんて作れるのかな?」

「どんな材質なんだろ、ちょっと見てみたいなぁ」

「その考古学者が前日の夜に自分で火を付けておいたとか?」

「ええ、そんな話になるー? 一旦情報を整理しようよ。先輩はなんて言ったっけ?」


 色んな意見が出ているなー。そして良い着眼点も少しだけあって、これは教え甲斐があるというものだ。

 中には少々突飛な解釈もあったが、色々と自分なりに考えを巡らせるのは良いことだよワトソン君。




 あーでもないこーでもないと皆でアタマと首を捻っていたが、時計の針は無情にも正確に時を刻む。意見もある程度出尽くした様だし、そろそろいいかな?


「はい終了ー!」


 そこで全員がはぁーっと息を吐いた。


「どうだった? 正解らしきものは出たかい?」

「分かりませんでした……」

「お手上げですよー」

「えっ、これ正解ってあるんですか?」


 そこからかー。


「もちろんあるよ」

「えー、難しいですよせんぱーい!」

「よし、じゃあ先に言っちゃうけど、今見て回ったどのグループも不正解でした」

「あちゃー」

「惜しいところまで行ったグループもあったけどね、残念でした」


 落胆している生徒を見て俺はニヤリと笑った。邪悪か。


「では解説と行こう。いいかい? この話の要点は二つある。『常識的に考えて、千年も燃え続ける蝋燭は存在しない』がまず一つ目」

「あ、その考えで良かったんだ!」

「そして二つ目は、『扉が開いた時、蝋燭に火が点いていた』という事実のみ。この二点を抜き出せるかどうかだ」

「う、うーん」

「読解力を鍛えるには、まず文章を聞いたり読んだりした時、その文章中の大事な箇所や、キーワードをどれだけ探れるかって所が焦点になる。ここまでは分かったかな?」


 全員がコクコクと頷いている。


「では先の二点を念頭に置いて、改めて推理してみて欲しい。『千年燃え続ける蝋燭は無い』、でも『扉を開けたら火が点いていた』、つまり?」

「つまり?」

「うーん……」


 ありゃ、ここまで誘導しても無理っぽいかな?


「あーっ、分かった!」


 青野がはいはいと勢いよく手を挙げている。喜色満面、いい笑顔だ。


「どうぞ」

「扉を開けたときに火が点く仕掛けがあったのね!」

「大正解!」

「「おおー!」」


 あ、青野がちょっと得意げな顔になってる。まぁ嬉しいよな。


「そう、余分な情報を省くのも大事な作業だ。そして5分という制限を設けたのも、実際のテストでは時間に限りがあるからだ。なるべく短い時間で答えを出すよう努める。これは国語だけじゃ無く、他の教科にも活かして欲しい。そして余った時間を使って、不安だった解答をもう一度見直すまで出来れば完璧だ。みんないいかな?」

「「はい」」

「ヨシ。では本日のオレの授業はこれで終わりです。ここにいるみんなが少ーしで良いから、読書の時間を増やしてくれる事、読み方に工夫をしてくれる事を期待します。以上!」

「「ありがとうございました!」」


 ガタガタと席を立ち、帰宅の準備を始める生徒達。なんだか久しぶりだなこういう光景。

 はーやれやれ、それじゃ俺も帰る準備をするか。


「せんぱい、すいませんでした!」

「うん?」


 おや、ゴルゴンちゃんだ。さっきのように俺の横にいて、何故だか頭を下げている。


「せんぱい達って、普段からこんなにレベルの高い勉強なさってるんですね!」

「まぁ今年はいよいよ受験生だし、多少はね」

「わたし、初川せんぱいのお勉強の邪魔をする所でした、これからは気を付けます!」

「お、おお?」

「本当はこの手紙をお渡ししようと思ったんですが、やっぱりやめておきます。失礼します!」

「ああうん、じゃあまたね」

「! はい、じゃあまた!」


 ペコッと一礼してゴルゴンちゃんは図書室を出て行った。友達からは「いいの?」、「チャンスだったのにー」、「でも『また』って言ってくれたね」とか言われていたが、まぁ聞かなかったことにしよう。


 ちょっぴりほこほこした気分で自分達の席を振り返ったんだが。


「ぐへー」


 玲華がぐでっていた。


「何なんだお前は」

「やーなんと言うか、真面目に受験のことを意識しちゃったら、浮ついた気分じゃいられないなーって反省したんじゃよ」

「さっきの子を見て、何か思う所でもあったか?」

「そんな所ー」

「ボクもちょっぴり反省だねー」

「アタシもかなー」

「うん、実は私もだよ……」


 ゴルゴンちゃんのお陰で、意外な相乗効果が発生したっぽい。

 やれやれ、これで少しは恋愛脳が冷えてくれるといいけどな。


 もうすっかり暗くなった窓の外を見て、俺は心地よい疲労感に包まれていた。



 そして今回の授業の噂が広まった結果、理科の小鷹先生からは、「時々でいいから授業の補助をしてくれ!」と頼まれるようになったが、それはまた別の話。

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