七月・4
またしても二ヶ月空いてしまいました……。お陰で再就職できましたが激務につきヒーヒー言ってます。。
さて、では早速料理に取りかかろうか。
今日作るのはシチューである。
とは言っても、シチューと言うのは先ほどのインタビューの通り、「時間がかかるのでレトルトの方がベターなメニュー」である。
てな訳で敢えてこれを選んでみた、そう「敢えて」だ。
「じゃあ厨房の機器の使い方を簡単に説明するね、家庭用とは火力が違うので注意して」
「「はい」」
今日は試作の意味もあるので、寸胴鍋じゃなくごく一般的な家庭用の鍋を持参してきた。
とは言え、この鍋だって一杯に作れば大人7、8人前ぐらいにはなる。
料理器具の使い方を教わった後、俺たちは全員で下準備から始めた。
「じゃあ松元と山口はジャガイモとニンジン、玉ネギの準備に取りかかってくれ、ジャガイモはちゃんと芽を取ってな」
「「りょうかーい」」
「青野はオレと鶏肉だ」
そう言ってオレはラップで包み、氷で冷やしている鶏肉の塊をビニール袋から取り出す。
「分かった、……ってナニコレ?」
「ふっふっふ、実は昨日から下ごしらえはしておいたのさ」
「この白いのってヨーグルト? これに漬け込んであったの?」
「そう、ヨーグルトに漬けておくと肉が軟らかくなるんだよ」
「知らなかった」
「へぇー」
そこでマスターが感心したように口を開く。
「初川クン、よくそんなこと知ってるね」
「あ、これ親戚の叔母から教えて貰ったんです」
矢鱈と料理に凝る叔母に、田舎へ行くたびに教え込まされたのだ。
いずれ大学生になったら一人暮らしをするのだろう、そんな時は作り置きの出来るカレーやシチューを作りなさいと、これでもかと言うぐらいに覚えさせられた。
そんな叔母ももう故人だ、なんだかちょっぴりしんみりして。
……って、今の時代ならまだ健在じゃん! 今度遊びに行ってみよう。うわ懐かしいな。
叔母はオレが勤め始めて数年後、ある日持病で突然死してしまったので、ちょっと色々とお説教しに行かないとならない。
いずれ夏休みで田舎に行くハズだから、その時にできることはやっておこう。今は目の前の鶏肉に集中だ。
「で、この鶏肉なんだが、煮込むと小さくなるのでやや大きめに」
「うん」
「このキッチン鋏で切っていく」
「包丁じゃないんだ?」
「包丁だと身と脂身の間にあるスジが切りにくいんだよ、そこに気をつけて鋏を入れてくれ」
「わかった、やってみる」
そんなこんなでワイワイと料理は進んでいく。
有塩バターを温めて溶かし、玉ネギを入れてしんなりしてきた所で白ワインと鶏肉を入れ、次にジャガイモとニンジンを投入。
一旦中火にして薄力粉を放り込み、粉っぽさがなくなったら水を加え、弱火にしたらアクを取りつつ十数分ほど。
「……いや白ワインって! 一応未成年じゃん私たち!」
「今気づいたのかよ松元。大丈夫だ、温めればアルコールは飛ぶから」
「そうなの?」
「今日ここに参加したことを幸運だと思えるようになるぞ」
将来の旦那さんが苦労しそうだなーと思いつつふと振り返ると、青野の両親が顔を寄せ合い、何やらヒソヒソ話をしている。
しかし聞き耳を立てるわけにもいかない。
オレは気付かなかったフリをして再び鍋に顔を向ける。
「そろそろ野菜に火が通ったかな、じゃ次はこれだ」
「ててれてってれー♪」
「牛乳とコンソメ顆粒ー! ってドラえもんやめてくれ山口」
「ノッたくせに。でも初川の料理ってなんだかマジメに面白いね」
「どこがだ」
「腕時計で時間計ったり、色んな材料をキチッと計量したりさぁ」
「まぁお菓子作りなんかもそうだけど、CMで流行った『料理は愛情』なんて嘘っぱちで、料理は基本化学だからな。手順通りに作ればまず失敗なんてしないよ」
そこで青野の両親がギクリとした表情になったが、まぁ今は気にしない、時間は限られているのだ。
牛乳とコンソメを混ぜた物を投入して数分、トロミが付いてきた所で最後のレシピのピザ用チーズと粉チーズを取り出す。
「え、まだあるの?」
青野が目を丸くする。
「おうともさ、もうコッテコテのを作ってやる。ホッペタ落とすなよ?」
「うん、楽しみにしてる」
そして完成まで待つこと数分。
すっかりチーズのなじんだシチューを人数分の皿に盛り付けパセリを散らし、俺たちの合作は完成した。
「初川と初めての共同作業……」
いや、今はそんなお約束なセリフ要らないぞ山口……。
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「……おいしい」
「うん、すごくコクがあって」
「ご飯が欲しくなる……」
「お好みでタバスコもあるけど使うか?」
大好評だった。
ちなみにオレ、高校に進学して友達に教えて貰うまで、タバスコなる存在を知りませんでした。
嘘のようなホントの話、いや田舎者ゆえお恥ずかしい限りですわ。
「これを中学生が……、自信無くすなぁ」
「すごいわねぇ」
青野の両親も、今は黙々とスプーンを口に運んでいる。
いつの間にやらマスターがご飯を用意してくれていて、みんなの手が止まらない。
と言うかあのー、みんなでご飯ってもっと和気藹々と会話しながらするものじゃないの?
確かに昭和のこの頃は、まだまだ戦前の教育を覚えている親も多く、食事時に無駄口を叩くと怒られることも多かったけど。
それにしたって全員無言なのはちと怖い。
時々女子がチラッとこっちを見るけど、……なんだそのウットリ顔と例のSE音は。
そうして過ぎる小一時間。
全員がおかわりアンド完食し、鍋がすっかり空になった所でマスターが口を開いた。
「いやー、これは美味しかった、一本取られた感じだよ」
「お褒めにあずかり光栄です」
「いやいや冗談抜きでさ、これウチの新メニューにしたいぐらいだ」
「レシピなら後ほどメモに書き出しましょうか?」
「いや……」
そこでマスターはピタリと口を閉じ、それからゆっくりと言葉を吐き出した。
「作り方は見ていて分かった、調味料なんかの分量も把握している。ただこれは……」
「作り置きでも提供できない?」
「うん、悔しいが全くその通りなんだ。と言うか調理前にも言った通り、時間が勝負のこういう店じゃとても出せない……」
うーむと唸ったまま黙りこくってしまうマスターと、何故か後ろでおろおろしている奥さん。
さてどうするか。
一応余計な口出し、というか提案は出来るし、いまここでプレゼンしても構わないんだが……。
「アタシ、初川のこのシチュー作るよ。って言うか作るの手伝うよ」
なんの前触れも無く、青野がそう言葉を投げた。
「いやしかし……」
「お父さんが渋ってるのって、昔これでお母さんとケンカしちゃったからなんでしょ?」
事前に松元と山口から聞いてはいた。
『ケンカの原因は誰でも作れるはずのシチューだった』って。
さっき調理の途中で「料理は化学だ」とか調子こいた発言をしちまって、マスターや奥さんも何かしらのわだかまりが再燃したかも知れん。ちょっとマズったかな。
むしろ離婚が早まったりしたらどうしよう。
っていや、全部オレの責任ですねハイ。その時は青野にジャンピングスライド焼き土下座をするとしよう。
所が、マスターの口から出たのは、意外な返事だった。
「いや、単に再加熱する時に火力が強すぎると、焦がしちゃうって点が問題なんだが」
「……は?」
「あれだけチーズをふんだんに使ってるんだ、ずっと火に掛けたまま何時間も置いとけないし」
「え?」
「小分けにして業務用レンジでチンしてもいいんだけど、そうすると熱にムラが出て均一にならないしな」
「……」
いやおい青野、そこで固まるなよ。
「と言うか材料を見た時にまさかとは思ったけど、君たちもしかして?」
「な、ナンノコトデスカ?」
松元、おまえ棒読み表現うまいのな。
仕方ない、もう全部バラしちまおうか。
「あの……、アナタ」
そこで奥さんが静かに、しかし何か決意を固めたように割って入った。
「今まで色々とゴメンナサイ。私の無知とワガママで、あきらが苦しんでいたのは知っています」
「……うん」
「今日の初川さんの言葉でハッとしました。料理は愛情じゃなく料理は化学、あれいい言葉ね」
「あ、ああ、ビックリしたのは自分もだ」
「そうね、昔のアナタと同じ事を、まさかあきらのお友達から聞くことになるなんて」
げ、そうだったのか。そりゃ二人してフリーズする訳だ。
しかしあの言葉は、青野が生まれる前のやり取りだろうし、そんなことを本人にも言ったことは無いだろう。本当に単なる偶然だ。
「いや自分も迂闊だった。あの当時は店を始めたばかりで、独立できるかどうかで焦っていたし、心に余裕がなかったのは事実だ。改めてすまん」
「アナタ……」
あのーお二人とも、長年のわだかまりが解けたのは大変結構なんですが、さっきから青野が恥ずかしさのあまり、息をしてないので早く気づいてあげて欲しい。
精一杯の勇気を振り絞ったと言うのに、全部すべっちゃった感なんですが。
えーとそんじゃま、ハッピーエンドにしましょうか。
「えーすいません、そろそろよろしいでしょうか?」
「「はっ」」
「実はオレ、無い知恵を振り絞って、色々と考えてみたんです、売り方」
「えっ」
「逆転の発想で『限定メニュー』にしてしまうんです」
「あっ、なるほど!」
流石は商売人のマスター、もうこれで理解できてしまった様だ。
「提供できる時間が限られているなら、その時間帯でのみ売ればいいんだ、そうだよね?」
「はい、これなら先ほど挙がった問題点は全て解決です。加えて忙しくなる時間帯をある程度ずらすことも可能となりますし、ひょっとしたら収益もちょっぴりアップ」
「いやぁすごいすごい、キミ本当に中学生?」
中身はアナタより年上です、とは言えないけどね。
「そして出来ればお願いが」
「うんなんだい。もうキミのことは全面的に信用しちゃうよ」
「このメニュー、ぜひ奥さんとあお、えーとあきらさんに作って欲しいんです」
うぉい青野、そこでSE音立てるな、気が散るじゃないか。
「マスターがしっかり監修して、『愛情たっぷり、母娘の手作りシチュー』って名前で、メニューに加える。どうですか?」
「採用!」
話早いな!
「よーし、そうと決まったら、今夜から特訓だぞ、いいか二人とも」
「アタシは最初からやるって言ってるじゃん」
「あきらちゃん。頼りにしてるわ、よろしくね」
「出来上がったら、早速お店の常連さん何人かに試食して貰おう。そこで手応えを掴んでおきたい」
良かった、これならもう十分すぎるほど充分だろう。
気炎を上げて盛り上がるマスターと、それを眩しそうに見つめる奥さん。
そして何より、あきらの顔が今はもう沈んでいない。
余計なお節介かもと思ったけど、やってみて正解だったな。
ヒントをくれたミキちゃんにも、後でお菓子を買っていってあげよう。
青野の両親にお礼を言われ、オレ達は『風嶺夜』を出た。
そしていつまでも手を振っている青野明良と視線がぶつかる。
あの梅雨の日に見た濡れた瞳が、いまは夏の青空をしっかりと映していた。
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「初川、やるじゃん」
後ろからトンと、松元に肩を突かれた。
「ボクは初川なら、なんとかしてくれるって思ってたよ」
山口、お前に喰らったグーパンな、ある意味あれで吹っ切れたんだよ。
そうだな、事前に色々と情報を集めてくれたこの二人にも、ちゃんと感謝しないとな。
「いや、オレ一人じゃここまで上手くいくとは思わなかったよ。改めてありがとう、助かった。二人のお陰だ」
「うんうん、しゅしょーな心がけだね初川」
「でもなんかちょっと妬けるね」
……おい待て、話をややこしくするな。
「じゃあ今度、今日の成功を祝って、どこかに遊びに連れて行けー!」
そんな風に盛り上がっているオレ達の夏は、まだ始まったばかりだ。
続きます、ロングなアイでご覧下さい。




