七月・3 唇よ、熱く君を語れ
夏休み初日となる今日。
青野の「実家」にやって来た俺は、あんぐりと口を開けて固まっていた。
いや、固まっていたのは俺だけだった。
「……なぁ、山口さんや」
「なぁに?」
お前、口元がほころんでるぞ。
「これ絶対知ってただろ?」
「当然じゃん、ボクの通学路の途中にあるお家だし」
「ちがくて、お前俺の『計画』を知った上で実行させようとしたなって話」
「若さの可能性は無限大なんだよ?」
「ぐぬぬ……」
『計画』の難易度が一気に跳ね上がるのが予想されるその建物を見て、俺はもう色々と観念した。
ドライブイン『風嶺夜』、これで「フレイヤ」と読む。
青野の実家兼店舗を見て空腹の犬のようにうなっていると、松元が俺の背中をバシッと叩いた。
「もう来ちゃったんだし諦めなよ」
「でもなぁ」
「いいじゃん初川の案、私は好きだなー」
「うんうん、ボクも好きだよ」
「ちくしょう二人ともありがとよ!」
お前ら二人がクスクス笑いさえしてなけりゃあな!
改めて本日の計画。それは、
『青野の家に食材を持ち込み、皆んなで楽しく料理をしよう。ついでにご両親が娘の心情をくみ取って、結婚直後のように仲良くなってくれると嬉しいな! 作戦』
である、長い長い。
しかし家がドライブインとは思ってなかったわ。計画に賛同した山口から、
「じゃあ夏休みの課題の職業体験もついでにできて一石二鳥だね!」
と言われ、その候補地として青野の家を指定されたときは一体何だろうなーぐらいにしか思わなかったんだが、こういうことだったのか。
……話は変わるが。
正直この時代のドライブインというヤツは、店によって食い物のレベル差が著しかった。
今みたいに均一な品質を保証できるファミレスの無い頃だ、まぁ色々あったな。
中には市販のレトルトハンバーグを温め、ちょっとサラダを添えただけで800円を超える価格設定の店もあったほどだ。あの店まだあるのかな。
どちらかと言えばドライバーの休憩所兼、ドライブに飽きた子供らの息抜きみたいな施設なのである。特にお土産コーナーは子供に大人気だ。
男の憧れ模造刀。
メタル製ご当地キーホルダー。
真贋分からん水晶玉。
誰が買うんだ木彫りの面。
裏がエッチな鬼の……。
まぁいいや、そんな微妙な土産物が食堂スペースに隣接しており、どっちつかずな印象の「食事処」、それが昔のドライブインという施設だった。
しかし「風嶺夜」は違う。
ここは食事が美味しいことで地元でも有名であり、実は俺も親父に何度か連れられて食べに来たことがあった。カツ丼が絶品なんだよな。
だがここが青野の家だったとは。
地元の子供はみんな知ってて、わざわざ教えなくてもいいと判断したのかね。
どこまで行っても転校生だったのな、当時の俺。
「まぁここまで来ちまったんなら仕方ない。いっちょ頑張りますかね」
「「さんせーい!」」
勝ってー来るぞと板橋区ー、誓って国を世田谷区ー♪
脳内で訳の分からない歌をリピートしつつ、俺たちは「風嶺夜」に入っていった。
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「「お邪魔しまーす!」」
「お、いらっしゃい、待ってたよ!」
普段は厨房にいるため、滅多に顔を見ることの無いマスター、と言うか青野父が笑顔で迎えてくれた。
第一印象だが、これが本当にメシマズを突きつけて、嫁さんと不仲になったとは思えない、非常に柔らかい雰囲気の人である。
「皆さん、今日はあきらのためにありがとうございます」
こちらはウェイトレスをしていることもあり、よく見かける青野母だ。
楚々とした細面の美人で、逆にこの人がメシマズ嫁だとはとても思えない。
ちなみにあきらというのは、青野の下の名前だ。本人曰く、
「明るく良い子に育って欲しいから『明良』って、まんますぎない?」
だそうだが、俺は良い名前だと思うぞ。普段の元気娘っぷりからみても最高じゃないか。
「いえこちらこそ、お店が定休日だというのに、わざわざ開けて頂いて感謝してます」
「ほほぉ、なかなかしっかりした挨拶の出来る子じゃないか、感心感心」
「「お邪魔します、ありがとうございます」」
「本当ねぇ、あきらも良い友達を持って安心したわ」
転移前の俺より年下であろうご両親をまじまじと見、そして今のやり取りを聞いて、抱いていた疑問が少しだけ氷解する。
いま現在、この夫婦の仲は決して悪くはない。むしろ恋愛結婚よりも、まだまだお見合いで相手を決めることの多かった時代としては、夫婦仲は良い方の部類に入るだろう。
しかし結婚後、充分に愛情を育む前に娘が生まれ子育てが優先してしまい、その忙しさにかまけている間に、謝るキッカケを見失ったと見た。自分にも覚えがあるのでよーく分かる。
事前にいくつか考えていた夫婦仲シミュレーションの内、その一つが該当したな。
「ほら、あきらもみんなに言うことがあるだろう?」
父親であるマスターにそう諭され、やっと奥から青野が姿を見せた。
「……いらっしゃい」
青野は真っ赤な顔のままそれだけ言うと、ぺこっとお辞儀をしてそのまま厨房へと足を向けた。
人前で名前を呼ばれる機会が少ないせいだろうか?
「実はねぇ、あきらは初川くんが来ると恥ずかしいらしくて、姿を見かけると奥に隠れちゃうんだよね」
「ぎゃー!」
「他の同級生だと、普通に出てきてくれるんだけど」
「おとーさん! よけーなこと言わないで!」
「おやぁ、聞こえちゃったかー」
マスターがわざとらしく言ってケラケラと笑う。うん、あまり虐めないであげて下さい、俺もなんだか恥ずかしくなってきた。
ちなみに本人には今日の計画は伝えていない。
飽くまで「夏休みの課題の一つとしての職場体験」ということにしてある。
青野がマスターを店の奥へ引きずっていったのを機に、俺たちも「計画」に取りかかった。
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「ふむふむ、人気メニューはカツ丼、と」
「そうだねぇ、後は定番のラーメン。うちじゃ塩ラーメンがよく出るよ」
「自分はコッテリスープと肉が食べたいので、いつも味噌チャーシューが定番なんですが、そっちはあまり出ない?」
「あはは、それはここから2、3キロ先にどさんこラーメンさんがあるじゃない」
「あーなるほど。味噌バタコーンラーメン美味しいらしいですね。じゃあ醤油は」
「そっちは竹岡さんが頑張ってるからねぇ」
「ありゃ」
「ラーメン以外はお腹に溜まるものが多いかな、さっき言ったカツ丼もそうだけど、カレーライス、レバニラ炒め、豚肉の生姜焼き定食なんかは鉄板だね」
「うわぁ、まだ10時前なのに、もうお腹が空いてきました」
「お、じゃあ後で作ろうか」
まずはインタビュー。
お店の情報を聞いてどんなものが売れているか、もし自分が店員になったら何に注意するかなどを考える。
一応職業体験なんだし、料理を作って食べてハイ終わり、という訳にはいかないのだ。
「でもこういったお店だと、味も大事ですがスピードも求められませんか?」
お、松元ナイス。俺たちは事前に打ち合わせたとおり、マイナス面も掘り出そうとする。
するとマスターはちょっと考え込んだ風になり、それから寂しそうに口を開いた。
「そうなんだよねぇ。何せみんな決まった時間に来る訳じゃない、お腹が空いたから手っ取り早くってお客さんばかりだし」
「そうすると、じっくり作るようなメニューは、提供しづらいってことです?」
「だねぇ、お客さんは車でやってきて、一斉に降りてくるじゃない。特に土日なんかは、家族連れがよく立ち寄るでしょ。で、殆どの場合、みんな同じ物は食べないんだ。一度にバラバラな注文を4、5人分、一気に頼まれることになっちゃう」
「ああそうか、そうですよね」
「手早く作れるメニューと、ちょっと時間のかかるメニューは、一応その都度説明はする。でもなるべく、みんな揃っていただきますをして欲しいじゃない」
ああ、こういう真面目でガンコな人って、この頃は沢山いたよなぁ。
後に進出し始めるファミレスも、「同テーブル・同時セット」が基本って聞いたし、それをこの時代に自分のポリシーにしているのって、もの凄いことだと思う。
「難しい所ですね」
「だから火力の強い業務用コンロでガシガシ作れるものや、一部レトルトを使って、とにかく数をこなさないといけなくなる。するとメニューも、ある程度しぼったものしか出せなくなるんだ」
「なるほど、これは大変なお仕事ですね」
「慣れるとそうでもないけどねぇ」
そう笑った後、マスターがふと俺たちの持ち込んだ食材を見て、興味津々な顔になった。
「所で君たち、今日はどういった企画なんだい? どうも夏休みの課題だけじゃなさそうに見えるんだけど」
「いやー、それが実は、青野…あきらさんの家がここだって自分だけ知らなくて」
「そうなの?」
「はい、だから今日こちらに食材持ち寄って、みんなで何か作ろうって言い出した主犯は、実はコイツラなんです」
「はいっ、コイツラ一号の松元です!」
「二号の山口です、……って、この二号って愛人って意味にならない?」
「言い方ァ!」
「すると正妻は私……」
「松元も乗っかるんじゃないよ」
なに顔赤くしてんだ、むしろ制裁するぞコノヤロウ。
「あきらは素敵なお友達が多くて羨ましいわね」
お母さん、なんか色々とズレてません?
「初川くん、キミまさか……」
「何かカンチガイされてるようですが違いますよ、違いますからね!」
何かの難易度が一気に上がった気がしたが、しかし俺たちの「計画」はスタートしたのであった。




